第248話 リューブラント陣営にて (前) -三人称-
大変お待たせいたしました。
再び三人称視点に挑んでみました。
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爆発がリューブラント陣営の兵士たちを吹き飛ばし、周辺の空気と大地を振動させる。それはリューブラント陣営の首脳陣が集まっているこの場所へも伝わってきた。
響き渡る空気と大地の振動は味方の兵士たちに恐怖と混乱をもたらした。
ここまで聞こえてくる自陣営の兵士たちの悲鳴と逃げ惑う音、蜘蛛の子を散らしたような統率が取れていない動きがその混乱振りを伝えている。
陣幕の隙間から戦場を見ていたミチナガは、不安そうに胸の前で両手を組んで真直ぐに彼のことを見つめるラウラに向き直る。
彼女を安心させるようにゆっくりと振り向き穏やかな口調で語りかけた。
「ラウラ姫。リューブラント侯爵にお伝えした通り、今回の敵は相当に強力な魔術師の可能性があります。カラフルとアンデッド・アーマードタイガーを傍から離さないようにしてください。それと、念のためアーマーの装着をお願いします」
「はいっ! 仰る通りに致します」
ラウラはミチナガの言葉に大きくうなずくと、左肩に乗っているスライムと右横に居るアンデッド・アーマードタイガーにそっと手を添えた。
この二匹の魔物は彼女をここまで守ってきたものたち。
スライムはミチナガの使役獣、アンデッド・アーマードタイガーはアリス・ブラックの使い魔。どちらもその主人に対しても魔物に対してもラウラは全幅の信頼を置いていた。
それは傍に付き従うセルマとローゼにしても同様だ。
自軍の状態の把握ができずに周囲で浮き足立っている諸侯や護衛の兵士とは明らかに違う。語りかけたミチナガと傍らの二匹の魔物を信頼しているからだろう、その愛らしい顔には恐怖の色もなければ慌てている様子もない。落ち着いた表情をしている。
ミチナガはラウラの落ち着いた様子に安心すると、笑顔でうなずき、踵を返すと陣幕の外へと駆け去った。
身体強化の魔法を使ってはいるだろう。それを差し引いてもそれは鍛え抜かれた若者らしい俊敏さと力強さ、そして躍動感のある動きだ。
なぜあの方はいつも魔法を使ったり歩いたり、ばかりいるのかしら。今みたいに走っている方がずっと素敵なのに。
ラウラはそんな場違いなことを思いながらミチナガが走り去った陣幕の出口へと続く通路を見つめていた。
そんなミチナガとラウラのやり取りを無言で注視する人物がいる。リューブラント侯爵だ。
リューブラント侯爵はミチナガの言動を回想しながら思う。
行動が早い。迷いのない表情だった。決断力と行動力があるのは分かった。だが、たった一人で何をする気だ?
少し買い被りすぎたか?
魔術師としては優秀だ。超一流と言っても良いだろう。報告を聞けば分かる。策略を巡らす知恵もある。その一端も見た。自分自身がしてやられたのだから認めざるを得ない。
おそらく平時の統治者としてなら問題ないだろう。だが、戦場での実戦となると甚だ疑問だ。己の力を過信している。年齢的なものもあるだろうが未熟だ。だが、これは自分のもとで経験を積めば解決する程度の問題だ。
リューブラント侯爵はミチナガに対する判断を幾分か下方修正しつつも、将来のグランフェルト領の統治者としての素質は十分であること。そして、それを自分が指導する近い将来に思いを馳せて口元を綻ばせた。
リューブラント侯爵は綻んだ口元を左手で隠すようにして、陣幕の出口へと続く通路から再び爆発音のする方向――敵の奇襲部隊と味方とが交戦している方角へと視線を向けた。
陣幕が邪魔だな。身勝手な話ではあるが陣幕が戦場とのブラインドとなっていることにリューブラント侯爵は苛立ちを覚える。
それはすぐに表情と行動に表れた。リューブラント侯爵は戦況を確認するために幾つか取り払われた陣幕の隙間から戦場を見ながら眉を顰める。直後、護衛たちへ向けて指示を出す。
「周囲の陣幕を取り払えっ! 直ぐにだっ! 諸侯へも伝えろ!」
リューブラント侯爵の大きく張りのある声が響く。
指示を出された数名の護衛たちは侯爵の声量に負けないほどの声で返事をすると弾かれたように陣幕の外へと散っていった。
リューブラント侯爵の指示に遅れること数秒、列席していた諸侯たちも次々と動きだす。
側近に指示を出す者、側近と共に退出する者。自分の部下全員を引き連れて退出するものはいない。そこはさすがに戦争慣れしている国家の貴族と騎士団だけのことはあり、伝令兵を必ず残していた。
陣幕が取り払われ前線を広く見渡せる状態となって視界に飛び込んできたのは、爆発音と共に吹き飛ぶ味方の兵士たち。その吹き飛んだ空白地へとなだれ込んでくる敵の奇襲部隊だった。
奇襲を受けたにしても脆すぎる。
リューブラント侯爵だけでなく恐らくはここにいる首脳陣の全てが感じていることだろう。彼らにして思い当たることといえば圧倒的なまでの魔法攻撃。爆裂系火魔法と火炎系火魔法による攻撃だ。
敵の魔法攻撃に全くと言っていいほど対処できていない。
魔法攻撃に対する備えはしてあったが、予想を超える火力と奇襲による防衛戦となったために対処できていないというのが本当のところだろう。
歯噛みをする思いで戦況を確認しているところに幾人もの兵士たちが駆け込んできた。
兵士たちに交じってネッツァーとセルマ、ローゼの姿がある。
「リューブラント様」
「ラウラ様」
セルマとローゼは入り口付近で一旦立ち止まるとリューブラント侯爵に会釈をし、自分たちの主人であるラウラのもとへと駆け寄り、セルマがラウラへ向けて話し出した。
「先程フジワラ様が前線へ赴かれました。ほどなく敵を撃退してくださると思います」
そう切り出したセルマのセリフに周囲から驚きの表情が広がるが、それは直ぐに嘲笑と蔑みにも似た視線に代わり、言葉を発したセルマに幾つも突き刺さる。
それは『戦況の判断もできないような侍女風情が妄言を信じている』と、そう言っているようであった。だが、彼女はそんな周囲からの反応など意に介さずにさらに話を続けた。
「ですが、今回の敵は強敵が潜んでいる可能性もあるそうです。フジワラ様のお話しされた様子から察するに、『チェックメイト』の皆さんのように単独で敵中を突破できる戦力が潜んでいる可能性があります。念のためアーマーの装着をお願い致します」
そう語るセルマも『チェックメイト』ほどの戦力が居るとは信じていない。仮に居たとしたらそんな強大な魔術師を前にして、今着ているドレスと革鎧とでどれほどの差があることか。
革鎧が気休めにすらならないとは思うが、それでも『チェックメイト』のメンバーの能力を十分に理解していないであろうリューブラント侯爵や列席する諸侯たちの手前、ラウラに革鎧の装着を勧めた。
ラウラはローゼの抱えてきた革鎧に視線を走らせると再びセルマに向き直る。
彼女にしても戻ったミチナガをドレスで迎えたいとの思いはあるが、ミチナガの指示を無視するなどありえない。セルマに小さくうなずくと了解の意思とミチナガからの言葉を伝えた。
「はい。ミチナガ様も念のためと仰ってました。それと、カラフルとアンデッド・アーマードタイガーを傍らから離さないようにと」
「了解致しました」
ラウラの言葉にうなずき、さらにローゼと彼女の傍に居た数名の護衛の騎士たちに向けて話し掛けた。
「ローゼ、それとそこのあなた方、ラウラ様の着替える場所を直ぐに用意してください」
騎士たちが反応するよりも早くリューブラント侯爵が護衛の騎士たち数名へセルマの指示に従うようにうながし、ローゼに続いて護衛の騎士たち数名が直ぐに動いた。
本日中に 第249話 リューブラント陣営にて (後) -三人称- を投稿する予定です。




