第231話 帰路での厄介ごと(3)
大変遅くなりました。
盗賊に追われていた隊商を助けようなどと思ってから既に小一時間が経過しただろうか。
周囲に目を向ければ背の高い木が幾本もそびえるようにして生えている。夏の強烈な陽射しは生い茂る葉を何枚も通過することで柔らかな陽射しへと変わっていた。しかし、遮るもののない街道は強い陽射しがあたりに濃く短い影を作り出していた。
天然の日除けを出来るだけ残すようにして、街道脇の森に土魔法で整地をしたスペースを造り自分たちの分のテーブルと椅子を設置してある。
お昼前ということもあって間食に相当するものはない。精々が冷却系の火魔法で冷やしたお茶と水くらいだ。
しかし、これを準備した効果は大きかった。
自分たちが炎天下であっても寛げるというのもそうだが、盗賊に扮した謎の一団と行商を偽っていた謎の一団も俺たちが魔法を使って整地をする様子を見ていて一様に静かになってくれた。
いや少し違うか。
文句や罵詈雑言を浴びせる相手から俺たちが外れたと言うのが正しい。その後は盗賊に扮した謎の一団と行商を偽っていた謎の一団とでお互いに罵り合うこととなった。
だが、その罵り合いもそろそろ終わりに近づいたようである。
天然の日除けの下で冷たい飲み物を飲みながら寛いでいる俺たちと違い、炎天下の街道は直射日光が当たる。
当たり前だが街道で睨みあいを続ける人たち――盗賊に扮していた謎の一団と行商を偽っていた謎の一団とに強烈な直射日光が容赦なく振り注いでいる。
木陰に居る俺たちでさえ辛いんだ、炎天下にいる目の前の人たちは尚更だろう。そろそろ限界に近づいている者が少しずつ増えている。何人かは青い顔をしてふらついていた。
特に深刻そうなのは行商人に偽装した一団だ。
護衛たちはともかく、馬車の中に居た女性や子どもはいつ倒れてもおかしくないくらいに消耗をしていた。
「盗賊と行商人だったら簡単だったのに……」
「本当ですね」
黒アリスちゃんが椅子に腰かけたままの姿勢で大鎌を抱きかかえ、杖のようにして体重をあずけたままうつむき、その後ろに腰かけていたロビンが疲れた表情で相槌を打つ。
まったくだ。
あの時間に戻れるなら、仏心を起こして行商の一団を助けようなどと思った自分を殴ってでも止めたい。
盗賊と行商人に見えた一団の正体はすぐに判明した。
素直に白状をしたのではなくお互いに正体を暴露し合った結果である。人とは他人のことはよく見えると言うが本当だな。たとえ敵対している相手同士とはいえ醜い争いだけはしたくないと痛感させられた。
盗賊と思っていた連中はガザン王家が保護している宗教団体が雇った傭兵と探索者たちであった。
行商人に偽装していたのはガザン王家の第七王子――末の王子とその一行である。
ガザン国王もまだ成人していない子どもが可愛いのか、万が一の後継者を残すために落ち延びさせようとしたのかは分からない。
第一王子と第二王子はガザン国王とともにベール城塞都市へ入城している。
第三王子は王都で留守番。
第四王子と第五、第六、第七王子はそれぞれの母方の実家なり縁のあるところへ落ち延びる手はずだそうだ。
教団のお偉いさんの孫娘を母に持つ第五王子にガザン王家を継がせようと画策しての行動だ。
早い話が第五王子以外を暗殺するつもりである。
ガザン王国存亡の危機だというのに後継者争いとか……あきれた連中である。説教のひとつもしてやりたいところだが……
まあ、こうなった遠因は俺たちのような気もするのでそこは黙っておこう。
ルウェリン伯爵の思惑としてはガザン王国には滅んでもらうつもりなのだが、諸侯のひとつとして血統が存続するのは別に構わないとも言っていた。
問題は誰が次代のガザン家の当主となるのが俺たちの利益になるかだ。そう、ルウェリン伯爵でもなく、リューブラント侯爵でもなく俺たちの利益となるのは誰かだ。もちろん、ルウェリン伯爵とリューブラント侯爵の利益にも繋がる方が望ましい。
もっとも、当面の問題は第五王子と第七王子のどちらに味方したほうが俺たちの利益になるか、だ。
行商人と偽った連中に味方すれば第七王子と繋がりが出来る。
盗賊に扮した連中に味方すれば教団のお偉いさんと第五王子との繋がりができる可能性がある。
労力で言えば、目の前にいる第七王子を助けた方が楽だよな。
この場には教団のお偉いさんもその孫娘も、ましてや第五王子もいない。だが、目の前には第七王子がいる。
よく考えろよ、俺。
――いや、よく考えてみればどちらとも繋がりを持つ必要なんて無いような気もするな。
そんなことをつらつらと考えながら見物していたら、さすがに空腹を覚えてきた。
そろそろ昼食の時間か。
その傍らに腰かけていたテリーがアレクシスに何かメモを渡し自身のコップに冷水を満たしていた。
「もういいよ。見なかったことにして食事にしないか?」
「見なかったことか、良いネェ。賛成だ」
木陰で寝転んでいたボギーさんが半身を起こしながらもの凄く投げやりな口調でテリーに同意を示した。
そんな俺たちのやり取りが聞こえているのかいないのか、ネッツァーさんは俺たちに背を向けたままで言い争いを続けている一団を見ている。
「フジワラ様、これを」
汗で薄い服が身体に張り付き平べったい胸の形が一層強調されたアレクシスが、冷たいお茶のお代わりと二つに折られたメモを俺に差し出した。
先ほどのテリーが渡していたメモか。
俺はアレクシスの胸に視線が行かないように気遣いながら彼女にお礼を言い、冷たいお茶とメモを受け取った。
受け取ったメモに目を通す俺の隣で聖女が面倒臭そうに丸投げをしてくる。
「どうやって決着をつけますか? 落としどころとか浮かびました?」
「そうだな、取り敢えず」
聖女に返事をする振りをしながら、お互いに睨み合っている人たちに向かって俺の背後から小声で『ファイッ!』とか、おかしな掛け声を掛けている白アリの様子をうかがうように聖女へ向けて言葉を続けた。
「そろそろ昼食にしないか? 昼食の用意をお願いしたいんだけど?」
俺の言葉に即座に白アリが反応を示し、聖女と黒アリスちゃんが後につづく。
「そうね、食事をしながらゆっくりと見学……じゃなかった、対応方法を話し合いましょうか」
「はい、では皆で準備に掛かりましょう」
「じゃあ、私は調理スペースを造ります」
黒アリスちゃんは言葉が終わると同時に今寛いでいる場所から少し離れたところに向けて土魔法を使い周辺の整地作業に掛かった。
白アリと聖女が黒アリスちゃんの造ったスペースに向かいながらアイリスの娘たちや奴隷たち女性陣に次々と指示を出していくと、森の中で休んでいたワイバーンたちも自分たちの食事が近いと感じたのか急に騒々しくなる。
そんな食事への期待が高まるワイバーンたちの方へと大量のエサを担いでメロディやローザリア、アレクシスを含めた他数名の奴隷が走った。
ワイバーンの騒ぐ声が次第に大きくなる。それに反比例するように言い争いをする人たちのテンションが下がっていく。一際大きな声が響いたところで言い争いの果てに疲れきっていた人たちの顔色が変わった。
言い争いを中断して森の中の様子と俺たちの顔色をうかがうためか思い思いにこちらを見ている。
「心配はいりません。ワイバーンがお腹を空かせてエサを要求しているだけですから」
ロビンの言葉に不安そうにしていた人たちがさらに緊張と恐怖に身を強ばらせ、そのタイミングでテリーが追い打ちを掛けた。
「あ、そこの肉付きの良い君たちとお腹に溜まりそうな君、ちょっとこっちへ来てくれるか」
テリーが二枚目然としたさわやかな笑顔をふりまきながら、先ほどから突出して騒がしい三人に向かって手招きをしている。
来るわけがない。
テリーに呼ばれた三人は緊張と恐怖を通り越して今にも泣きそうな顔をして首を横に振っている。そんなやり取りを後目に俺の指示をメロディとティナに伝えるためマリエルが高速で飛び去った。
肉付きの良い君たちとは人相の悪い傭兵と護衛の副隊長――正式には第七王子付きの特別護衛騎士団第二分隊長らしい。黒アリスちゃんにボコボコにされたのだが、それでも挫けることなく偉そうに名乗っていた。
お腹に溜まりそうと評された男はでっぷりと太った男でこちらも第七王子付きの何とかという役職だ。
そんな三人をからかうようにテリーがなおもワイバーンの評判を落とすようなことを適当に並べ立てている。
もしワイバーンが人語を解すことが出来たら風評被害を訴えられてもおかしくないような内容だ。
「私も白姉さまのお手伝いをしてきます」
いつの間に出てきたのか、水の精霊が満面の笑みで白アリの方へと歩き出すのが見えた。
どうやら整地も終わり食事の仕度に取り掛かったようだ。水の精霊の向かう先へと視線を向けると、用意された調理スペースとなるテーブルの上には彼女が摘めそうな食材が所狭しと並べられている。
あの満面の笑みはそういうことか。何と言うか、実に良いタイミングで出てくるよな。
ガサッ
俺が水の精霊のことに気を取られていると、そんな『いかにも』な音と共に一匹のワイバーンが生い茂る草の壁をかき分けるようにしてヒョイッと顔をのぞかせた。
いや、一匹ではない。続いてさらに二匹のワイバーンが顔をのぞかせる。さらにその後ろにはメロディとティナ、ローザリアがいた。
「ミチナガー」
マリエルがサムズアップをしながら、得意気な顔でこちらへと飛び込んできた
良いタイミングだ。
諸手を挙げて褒めてやりたいところだが、小声で『よくやった』と伝えるに留めた。ここは食後のハチミツを奮発することでここは我慢してもらおう。
三匹のワイバーンを連れて来たメロディとティナ、ローザリアはマリエルに伝えた俺の伝言通りにテリーがターゲットとした三人の男たちをワイバーンに咥えさせていた。
ちゃんと仕事をこなしながらもティナがテリーに耳打ちをしているのが見えた。おそらく状況を伝えているのだろう。
ワイバーンに咥えられた男たちはパニックになり泣き叫んでいた。
念のため耳を傾けたが何やら意味不明な言葉と自身の身に降りかかった不幸を呪う言葉が辛うじて聞こえた。
パニックになっているのは咥えられた男たちだけではない。
第五王子陣営――教団のお偉いさんに雇われた傭兵や探索者、第五王子側の陣営も半ばパニック状態となりかけたところをボギーさんとロビンが恫喝することで踏みとどまらせていた。その傍らでネッツァーさんまでもが腰を抜かしていたようだがそっとしておこう。
三人を咥えた三匹のワイバーンはティナの先導のもと素直に森の中へと戻って行った。泣き叫ぶ男たちの声が森の中に木霊する。
「た、助けてくれっ! 何でも言うことを聞く」
肉付きの良い男に『何でも言うことを聞く』と言われてもノーサンキューです。
「俺たちは雇われただけなんだ。旦那たちには迷惑を掛けてないはずだ」
行商と偽って逃げていただけで十分に迷惑を被ってるから。お前らが俺に仏心を起こさせるようなことさえしなければこんなことにはならなかったんだ、少し反省してもらおうか。
「待ってくれっ! 話せば分かる」
醜い言い争いを聞いただけで十分だよ、もう話すようなことはなにもない。
哀れな男たちを咥えた三匹のワイバーンが視界から消えたところで、街道で固まっている人たちに向き直り、テリーとは違う路線の二枚目然とした笑顔を意識して話しかけた。
「さて、そろそろ言い争いを中断して昼食にしませんか? 食事の用意はそれぞれでお願いします。歯向かったり逃亡したりしようとしなければ当面の身の安全は約束しますよ」
パニックから抜け出たばかりのためか、虚脱状態の人たちが虚ろな瞳を俺に向けていた。




