第229話 帰路での厄介ごと(1)
王都と国境付近の襲撃から帰還と順調に進んでいた。
この調子なら予定通りに後半日でベール城塞都市へと進軍中のリューブラント侯爵軍に帰還することとなる。そしてそこからさらに一日半でベール城塞都市だ。
念のため、ルウェリン伯爵、ゴート男爵、ノシュテット士爵には『火魔法や土魔法に例えて』爆弾と大砲、銃への警戒を記した書簡をサンダーバードに持たせて先行させてある。
さらにこの三名には、強力な魔術師の存在が確認されていることと、俺たちが帰還するまで重要な部隊や人材を無闇に前線に出ないよう書き添えた。
「ミチナガー、あそこっ!」
マリエルが俺のアーマーの胸元から胸から上だけ出して進路の左斜め前方を指差す。
マリエルの指差す先へと視線を向けるが普通に山間の風景が広がっているだけにしか見えない。
「何があるんだ? よく分からないな」
「あの森の切れ間、低くなっているところで馬車が襲われてるよ」
俺の言葉に即座にマリエルが反応をする。
どうやら遠見のスキルを活用して森の切れ間の向こうにある――木々の合間から見える街道の様子を見て取ったようだ。
後方でもレーナがテリーに何やら騒がしく話しかけている。
レーナもマリエル同様に襲われている馬車が見えたようだ。
普段は周囲に空間感知を張り巡らせているからあまり気にしていなかったが遠見のスキルってのはかなり凄いんだな。
暗視のスキルもあるし索敵と偵察に特化させてフェアリーを組み入れた部隊編成も一考の余地はあるな。
俺は重力魔法で自身の目の前に即席の望遠レンズを作成してマリエルの示す街道の様子を確認した。
馬車が三台、一台だけ大きく遅れていた。三台の馬車に対して護衛は八名で前方の二台を護衛しており遅れている一台は見捨てたようだ。一台を犠牲にして逃げ切るつもりか?
馬車を追いかけている側――盗賊と思われる側は二十名ほどで全員騎乗している上に軽装だ。
装備もばらばらで人相も悪い。どう見ても盗賊である。
面倒なので取り敢えず盗賊と断定しよう。
遅れている一台を犠牲にしたところで馬車側は逃げ切れそうには見えない。
馬車の中に何名いるのかは知らないが数が違いすぎる。
助ける義理は無いがここで知らん顔するのも気分が悪い。いや、正直になろう。盗賊相手に対人用の新しい武器を試してみるか。それに予定通り順調に進んでいるし多少の寄り道は問題ないだろう、助けるか。
俺は後続にハンドサインで『問題発生』『一時休止』を示して盗賊たちに追われている馬車の進行方向へワイバーンを向けて降下を始めた。
ワイバーンを最後尾の馬車へ向けて降下しているとマリエルから新たな情報を伝えてきた。
「ミチナガー、馬車の前方にも人が隠れているー」
既に半身がアーマーから出ている状態でさらに身を乗り出すようにして指で示している。
マリエルの声に馬車の前方へと空間感知を広げると三名の男と一名の女性が感知に引っ掛かった。どうやら馬車が直前に迫ったところで倒木を使って街道を封鎖するつもりのようだ。
挟み撃ちか、単純だが効果的な作戦だ。
既に盗賊を感知しているテリーは最後尾の馬車と追撃する盗賊との間に向けて降下をしている。当然のようにティナとローザリアがそれぞれミレイユとアレクシスを同乗させてテリーの後を追っていた。
同様に感知をしているであろうボギーさんは待ち伏せをしている四名の盗賊たちのさらにその先へと回りこもうとしている。
隠れている四名の付近へ降下するように聖女とロビンにハンドサインで示し、アイリスの娘たちにはボギーさんの後を追ってさらにその先へ回り込むようにサインを出した。
俺と白アリ、黒アリスちゃん、メロディの四人で追撃をしている盗賊たちの後方へと回り込む。
周囲には他に隠れている盗賊も居なければ第三勢力も見当たらない。雑魚魔物が何匹かうろついているが問題になるようなものは居ない。
この布陣で盗賊を逃すとも思えない。
テリーの駆るワイバーンの降下速度が上がった。呼応するようにティナとローザリアの駆るワイバーンも速度を上げる。
よし、あれなら盗賊が最後尾の馬車に接触する前に割って入れる。
俺も白アリと黒アリスちゃん、メロディと共に降下速度を上げた。
◇
俺たち四人が降下する最中にテリーたち五人が、最後尾の馬車とこれに取り付こうとしていた盗賊たちとの間に飛び込んだ。
突然飛び込んできた三匹のワイバーンに馬車に接近していた四人の盗賊が駆る馬が後ろ足立ちとなり、騎乗していた盗賊たちを地面に振り落とした。突然のワイバーンの出現には盗賊たちよりも馬の方が驚いたようだ。
それは盗賊たちの駆る馬だけではなかった。前を行く最後尾の馬車を引く馬も同様に驚いて街道を外れ森の中に突っ込んで止まっていた。
「情けない馬ねえ」
「白姉、馬は悪くないと思うよ。悪いのは操車しきれなかった御者ですよ」
降下する中、風の音に交じって情け容赦ない白アリと馬には優しい黒アリスちゃんの声が聞こえる。
いや、この場合、馬車を引く馬がワイバーンに怯えてパニックになるのは責められないだろう。御者にしても逃げるのに必死だったんだし、どう考えても責められるべきはテリーたちの気がするんだが。
などと余計なことを考えている暇はない。
盗賊たちの背後に回りこんだ俺たちはワイバーンを着地させて敵の退路を絶っ……たのは俺とメロディだけだった。
白アリと黒アリスちゃんは着地することなく街道スレスレの低空飛行で盗賊たちの最後尾の一団へと迫っていた。ワイバーンに咆哮まで上げさせ、まるで背後から盗賊団を追い立てているようである。
テリーたちが偶然やってしまったことが面白そうに見えたのか生き生きした様子でワイバーンを駆っていた。
メロディが引きつった笑顔で白アリたちを指差しながら聞いてきた。
「あのう、ご主人さま。私たちもあれに加わりますか?」
「いや、ワイバーンはここで待機させる。メロディはワイバーンに付いていてくれ。盗賊たちがこちらへ抜けてきたら躊躇せずに叩いてくれ。頼んだぞ」
俺はメロディにそれだけ伝えるとワイバーンから降りて、上空からワイバーンを使って盗賊たちを追い立てている白アリと黒アリスちゃんの近くへと転移をした。
◇
前方ではテリーとティナ、ローザリアが駆るワイバーンに怯え、後方からは白アリと黒アリスちゃんの駆るワイバーンに追い立てられて、盗賊たちの騎乗する馬は次々とパニックとなり盗賊たちをその背から振り落としている。
「あ、踏まれた」
マリエルの言葉通り、パニックとなった騎馬に何名かの盗賊が踏まれていた。
念のため先頭の馬車へと視覚を飛ばす。
既に倒木で街道を塞いでいたようで前方の二台の馬車は立ち往生をしていた。そして、馬車の護衛をしていたと思われる男たちは馬を下りて倒木の方へと歩を進めていた。
そんな護衛たちの前にアイリスの娘たちに追い立てられるようにして、隠れていた四人の盗賊たちが森の中から転がり出てきた。
続いて七匹のワイバーンと十二名の女性――アイリスの娘たちとその奴隷が森の中から現れた。そして、最後に街道の前方、倒木の向こう側に黒ずくめの男が二人――ボギーさんと執事姿のネッツァーさんがワイバーンに騎乗した状態で降り立った。
盗賊に追われている自分たちの進行方向であり、逃走路である街道を塞ぐようにして横たわっている倒木。
しかも、どう見ても自然に倒れた木にはみえない。
そこへ二つの集団が現れる。
ひとつは盗賊のような格好をした四名の男女。正体不明の一団に追われていたようでボロボロだ。
もうひとつは十二名の若い女性を従えた黒尽くめの男。倒木の向こう側にまるで行く手を阻むようにして不敵な笑みを浮かべて立っている。
当たり前だが護衛たちに緊張が走る。
そしてそれ以上に混乱と絶望の色が浮かんでいた。




