第189話 市長官邸にて
遅くなりました
合流予定の市長官邸から少し離れたとある広場に白アリとテリー、メロディとテリーの奴隷たちが既に到着をしていた。
ボギーさんと聖女の姿は見えない。
どうやらラウラ姫は今回の市長官邸訪問には付いて来る気が起きなかったようだ。いや、ボギーさんかセルマさんあたりに止められて大人しく待っているのかも知れないな。
何れにしてもラウラ姫抜きで市長に面会できることに密かに胸をなでおろした。
市長官邸前には石畳が敷き詰められた広場があり、広場の中央には直径十メートルほどの円形の噴水が設置されてふんだんに水を湛えていた。
噴水から噴き上がる水が午後四時を回り幾分か柔らかくなった夏の陽射しをキラキラと反射している。
噴水の傍らでは、俺たちを見つけた白アリとメロディが手を振っていた。
その横でテリーが自分の奴隷四人に噴水の水をかけて遊んでいる。奴隷の四人も白アリのことを気にしながらもキャアキャアと嬌声を上げていた。
道行く人たち――主に男なのだが、うちの女性陣にチラチラと視線を向けている。
なかにはクギ付け状態で歩いていて他の通行人にぶつかってお互いに気まずそうな顔を向け合っている光景もチラホラと見える。
気持ちはよく分かる。
弓を射るのにこれ以上無いくらい適した胸をしているアレクシスはさておき、女性陣は白アリも含めて全員が胸元の大きくあいたデザインの薄手の服を着ている。
スカートも、白アリこそロングスカートだが、メロディとテリーの奴隷たちにいたっては娼婦でも外を歩くときには着用しないようなミニスカートだ。しかも生地が薄い。
先ほどからテリーがティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスに噴水の水を掛けて、彼女たちはそれを避けようと飛んだり跳ねたりしているので薄い生地にミニスカートがヒラヒラフワフワと捲れ上がっている。
スカートだけじゃない。
アレクシスを除く三名の胸が揺れる。
胸元が大きく開いているので、胸が揺れる度にこぼれ落ちるのではないかと期待感を煽る演出が心憎い。
しかも、そんな胸元の露出の多い薄手の服とミニスカートを噴水の水でビショビショに濡らして肌に張り付けていた。張り付いて透けて見える。実に良い眺めである。
服の上からでも体線がはっきりと分かる状態だ。ありていに言えばとても扇情的な格好である。
メロディもテリーの奴隷たち同様に大きく胸のあいた服にヒラヒラフワフワのミニスカートを着用している。ただし、恥ずかしそうに立っているだけで動きがない。
まあ、それはそれであの市長の趣味を刺激しそうなので良いのだが。
白アリは相変わらず白を基調にして薄い水色が入ったブラウスのような、こちらの女性が着用する一般的なデザインの服に見える。
ただし、胸元は大きく開けて惜しげもなく深い谷間を見せていた。
スカートも白を基調としている。ミニスカートではなくロングスカートだが薄く柔らかな生地にもかかわらず深いスリットが入っていた。白アリがゆっくりとこちへ歩いてくるがその動きだけで太ももが見え隠れしている。
今回の作戦を考えた自分を褒めてやりたい思いでいっぱいだ。
惜しむらくは一番胸が大きい上に、こういう作戦にノリノリで付き合ってくれそうな聖女がラウラ姫一行の護衛で外れていることと、黒アリスちゃんがいつものドレスアーマーであることくらいか。まあ、人間欲をかいてはろくなことにならない。ほどほどが何よりだ。
「遅かったわね。収穫はどう?」
「ああ、収穫はあった。あったが、予定を変えたくなるほどの収穫だ。市長のところに乗り込む前に打ち合わせをしたい」
俺の正面に立った白アリの横に並ぶ位置に移動して自然な感じで腰に左手を回すと、そのまま右手に黒アリスちゃん、左手に白アリの両手に花状態でテリーたちの方へと歩き出した。
「何かあったの?」
白アリの表情に緊張がわずかに表れる。俺の口調から只事ではないと思ったのか、腰に回した俺の手を払うのも忘れて、視線を俺と俺を挟んで反対側にいる黒アリスちゃんに交互に向けている。
「ああ、市長を傀儡にするのは中止だ。詳しい話はテリーも含めてからな。それで、そっちはどうだ?」
視線が白アリに向くのが自然になるように、既に黒アリスちゃんに伝える必要のないことを話題とする。
もちろん視線は白アリを見おろすようにして、大きく開いた胸元と深いスリットから覗く脚線を極自然に視界に収める。
「あれからの収穫はあまり無いわね。壊滅させたチンピラ組織の一つと繋がりがあったくらいかな。あと、かなりの数の私兵を抱えてる。その証拠がこれね。あと、創作の証拠も用意したわ」
そう言い、右手にA4サイズの書類の束を出現させるとその書類の束を自身の胸元へと持っていく。
胸の谷間が書類の束で見えなくなった。
あれ? 何でだ? 普通に胸元がはだけてるのが恥ずかしかったのか? 胸元を見ていたのに気付かれたか?
いや、俺はごく自然に振舞っていた。勘ぐられるようなこと、ましてや疑われるようなことはしていない。
「何で胸元を隠すんだ?」
「視線がやらしかったから」
即答だ。微塵の迷いもなく決め付けていた。 やっぱりっ! そうつぶやきながら白アリがジト目を向けてくる。もちろん胸元の書類はそのままだ。
「ミチナガさん、白姉の胸を見過ぎです」
振り向くと白アリ同様にジト目をした黒アリスちゃんがこちらを見ていた。
あれ?
どこで失敗したんだ? 経験不足か……やはり日本にいた時の女性との付き合いの少なさがこういういところでミスに繋がるのかも知れない。
「ごめんっ! あまりにも魅力的だったからつい――――」
謝罪と褒め言葉。取り敢えず誤魔化すことはせずに素直に謝り、褒めることは忘れない。
少ない経験、女神さまとのちょっとした行き違いで俺も学んだ。誤魔化すと悪化する。素直に謝ることが最善である。さらに褒めることで状況が好転する。
女神さまありがとう。
俺は心の中で女神さまに感謝しながら白アリと黒アリスちゃんを交互に謝りながら歩を進めた。
「まぁ、良いわ」
白アリはそう言うと書類を俺に手渡して再び胸元を露わにしてくれた。ただし、腰に回した俺の手はやんわりとほどかれる。
「ああ、本当にごめん」
だが、出会った頃だったら二人に冷たい視線を向けられて、そのまましばらくは態度が硬化していたはずだ。
それがジト目だけで済んでいるし、この態度だ。俺自身が成長しているのもあるが、もしかしなくても、大きく前進したんじゃなかろうか? 少しだけ幸せな気持ちが湧き上がってくる。
「よう、首尾はどうだった?」
ビショビショの女の子四人を両脇に従えて、苦労知らずのテリーが笑顔で迎える。
だが、今なら許せる。
いや、違った。意識を切り替えないとな。
市長の悪事が詰まった例の冊子を白アリとテリーに渡して話を切り出し、皆に作戦の変更を伝える。
「それを読んでもらえれば分かるが、あの市長のヤツ思ってた以上に下衆だ――――」
◇
◆
◇
南側の大きな窓の向こうに手入れの行き届いた市長官邸の美しい中庭が広がっている。
背の低い木々が等間隔に植えられていた。木々の緑は建造物の中にあって見る者の目と心を落ち着ける効果があるのだろう。その木々の周囲を覆うように色とりどりの花が咲き乱れていた。
花の蜜が目当てなのか蜂や蝶々が飛び回っている。
それらを目当てに小鳥が集まっている。見る者の心を落ち着ける風景の中でも食物連鎖と生存競争が密かに繰り広げられていた。
室内、ここ応接室では穏やかな雰囲気の中で話し合いが続いている。
中央にテーブルが置かれ、それを囲むように南を向いた窓側と扉側に五人が座れそうな長椅子、左右に三人掛けの椅子がそれぞれ置かれていた。
上座というものがあるのかは知らないが、五人が座れそうな長椅子に市長が座りその正面の長椅子に俺が中心に座り左側に白アリ、右側にテリーが座っている。
黒アリスちゃんとロビンが左右にある三人掛けの椅子にそれぞれ座っている。
市長の後ろと扉の左右には市長の私兵と思しき護衛がこちらを睨みつけるような恐ろしい表情で立っていた。
メロディを含めた奴隷の五名は部屋の隅で居心地悪そうな表情で立っている。
「……なるほど。素材を領主様へ献上するつもりは無いと仰るわけですか」
市長は深く溜め息をつくとそう言い、ゆっくりと背もたれにもたれ掛かり天井を仰ぐ。天井を仰ぎ見る動作の途中で、一瞬だが部屋の隅に固まっているメロディたちに向けられていた。
こんな話し合いの状況でも欲望は見え隠れしている。ある意味見上げたヤツである。
「はい、先ほども申し上げたように素材を献上する必要性も私たちにとってのメリットも見当たりません。確かにアーマードスネークはこちらの領主様の領地内で仕留めたものです。ですが、私たちの国――カナンであれば感謝され褒美を頂けたりすることです。ましてや素材の献上など非常識の範疇と言っても良いほどです」
終始穏やかな口調で話しかけているのもあるだろうが、受け取る市長の側も笑顔を絶やすことなくやはり穏やかな様子で対応をしている。
しかし、護衛は違う。
護衛の採用基準に腹芸とかポーカーフェースはないのだろう。俺のひと言ひと言に面白いように反応して表情を変えていた。
俺の発言もさることながら護衛たちが感情をまったく隠せていないのだからさぞや苦々しい思いだろう。
「私は急ぎませんので滞在中に考えを変えられるのを待たせて頂きましょう」
市長は再びこちらへ向き直るとスリットから覗く白アリの太ももをチラチラと見ながら笑顔で話をする。
「残念ですが」
白アリが身を乗り出すようにして市長に向かって書類の束を押しやりながら話を続ける。
市長は白アリに視線を移したかと思えば、身を乗り出すことでより強調された胸元に視線をクギ付けにされている。書類には意識が向けられていないようだ。
「私たち明日か明後日にはランバール市を出発してガザンへと向かいます。それでこちらの出国許可書にサインをお願いします」
自分の胸元に視線をクギ付けにしている市長に笑顔を向けた。市長は気付いていないようだが白アリの笑顔は、もの凄い邪悪そうな――もとい、楽しそうな笑顔である。
「は?」
この会談が始まってから初めて市長の顔色が変わった。




