【ノアの階段】
とある冬の朝・・・
男は目覚めると、いつものように、カーテンを開け、水滴で曇ったガラスを、手で拭きながら庭を見た。
「今日も寒そうだな・・・」
広い庭を見渡しながら男は、ある変化に気付いた。
「おや!デッカイ霜柱か?」
つぶやきながら庭に出て、大きな段に恐る恐る近づいた。
そこは、昔から何かの祠が有る所で、高さ1メートル、縦横が約10メートルくらいの四角形に、土が盛り上がっているのである。
ぐるっと段の周りを見た男は、腕組みをして呟いた。
「いくら何でも、こんなデカイ霜柱は無いな・・・」
男は、だんだん体が冷えてきた。
「さて、会社に行く支度をするか」
言いながら部屋に入った。
ここは、都心から離れた郊外。
そこに、わりと大きな敷地の家を持つ、天涯孤独の男がいた。
男は35才、酒もタバコもやらない、休みの日は、趣味で動物園や植物園、たまにアウトドアに出掛ける、健康だけが取り柄の、真面目で平凡なサラリーマンである。
そして今日も、いつものように自転車で、会社に向かった。
都心の小さなビルが、男の勤める会社である。
会社に着いた男は、駐輪場に自転車を停め、営業課内の席に座り、一日中、庭の段の事が気になって、ぼんやり過ごしていた。
普段から、うだつの上がらない男が、窓際の席で、何をしていようが、上司も同僚も、気にも留めないのである。
そして夕方、会社を出た男は、何となくワクワクと言うか、心配しながら、家に戻り、急いで庭を見た。
「朝の状態から、変わりは無いみたいだな。」
つぶやきながら男は、安心したような、少し物足りないような、複雑な心境だった・・・
翌朝・・・
いつもより早目に起きた男は、目を擦りながら、カーテンを開けると庭に飛び出した・・・
「あっ!」
男の期待は、裏切られなかった。
段が二段に増えていたのだ。
昨日の段の端に、少し乗っかかった感じで、宙に浮いてる様に見えた。
「うむ・・・」
唸った男は、不思議に思いながらも、楽しそうに会社に向かった。
その日も一日、庭の段が気になって、仕事は上の空であった。
「あの段は、まだ増えるのか?増えるなら、何処まで上がるんだろ・・・」
そんな男にも、二人だけ、挨拶を交わす程度だが友達がいる。
それは、天気の良い日には、朝昼夕と社屋の玄関前にある、花壇の世話を欠かさない、庶務課で少し年上の草野保男と、アウトドアが趣味なスポーツマンで、明るい性格の、同じ営業課の後輩笹山美子である。
三人は、河川敷や公園の清掃や花壇の手入れなど、会社が行う、地域の奉仕活動で顔見知りになった。
いつも真面目に参加するのは、この三人くらいだったのだ。
それから一週間後・・・
庭の段は、五段になっていた。
「会社が休みの日に見張っていたが、段は増えなかったな・・・」
夕方、庭に出た男は、呟きながら段を見上げた。
段は地面から、5メートルを越えていた。
「きゃー!」
突然、庭の外から、女性の悲鳴が聞こえた。
男は、急いで段に駆け上がり、その方向を見た。
人気の無い道路の脇で、女性が何者かに迫られていた。
「大変だ!」
言いながら男は、その方向に駆け出した。
そして駆け付けた時、女性は一人だった。
「大丈夫かい?」
男は、近づきながら話し掛けた。
「はい!撃退しちゃいました。」
女性は、恥ずかしそうに、ペロッと舌を出した。
安心しながら顔を見た男は、びっくりして言った。
「笹山くん?」
女性は、会社の後輩の笹山美子だった。
「あれっ!」
美子もびっくりしながら、話しを続けた。
「さっきのストーカー、杉浦哲也って名前で、私が通ってた園芸教室の生徒なんです。しつこく言い寄って来るんで、今日教室を辞めて来たら・・・でも私は大丈夫ですよ!」
「しかし、なんて奴だ!」
男は許せない様子だった。
それから、嫌な空気を変えようと、男が指差しながら言った。
「そこが、一人暮らしの俺の家なんだよ、ご近所さんなんだね。」
「そうだったんですね、犬のいつもの散歩コースじゃないですか。」
美子は、言いながらその大きな家を見た。
それから男は、周りを見て言った。
「もう大丈夫だろう。暗くなって来たし、気をつけて帰ってね」
「はい!ありがとうございました」
美子は、手を振りながら帰って行った。
そんな事が有ってからも、相変わらず、たいした仕事も与えられない男は、会社の窓際の席に着くと、パソコンを眺めながら、段の事を、あれこれ調べてみたり、思いを巡らすのである。
「そろそろ、近所から見える高さになるが、大丈夫だろうか?」
ふと男は、心配になってきた。
「隣近所から、日当たりなどの問題で、文句が出たら・・・」
などと、いろんな心配が、頭をよぎった。
しかし、十段になっても、二十段になっても、まったく文句どころか、噂にもならなかった。
そしてある日・・・
植物好きの男は、段の上に、好物のスイカの種を蒔いてみた。
するとスイカは、一週間程度で実を付け熟した。
「育つのが早いな〜!」
見ていると、スイカの陰から
『ニャ〜ニャ〜』
猫が二匹、人懐っこく出て来た。
男はびっくりした。
「なんだ猫か!」
しばらく猫達と遊んだ。
「そうだ!」
男は、あることを思いついた。
次の日から暇を見ては、色んな種や苗木を買い込んで来て、段ごとに育てる事にした。
不思議な事に、植物が育つ度に、近所に生息する、いろんな動物や昆虫などが住み着くのである。
・・・月日は過ぎ・・・
いつの間にか、段は百段を越えていた。
この頃になると、種や苗木も自給自足でまかなえた。
男は、ある疑問を抱いた、不思議な事に、段の上では、何かのバリアに囲まれてるみたいで、雨や風などの影響は、一切受けないし、段から落ちる心配も無いようだ。
それでいて、植物は順調に育っているし、動物達も元気に過ごしている。
「何故だろ、水を撒いたり肥料なんかも、全然上げてないんだけどな〜?」
男は不思議に思い、段の土を少し深く掘ってみた。
「これかー!」
穴には綺麗な水が、湧いて来た。
男は、それ以上詮索をせず、何かに取り付かれたように、段に植物を育てて行き、いつしか会社を辞めていた。
男には、親の遺産や貯金もいくらか有るので、食うには困らないし、腹が減れば果物や野菜を食えば良い。
そして良い事に、贅沢には全く興味無かったのだ。
・・・年月は過ぎ・・・
段が三百段を越えた頃、畑や林となった段も、二百段を越えていた。
「いちいち下に降りるのが、面倒くさいな・・・」
男は段の何段か毎に、小さな小屋を建てながら、快適に過ごし植物を育てた。
ある日、小屋で目覚めた男は、段の下の方から、人の声が聞こえたような気がした。
「あれ?ついに近所の人達から、文句が出たかな・・・」
男は、心配そうに下を見ながらつぶやいた。
「少し降りてみるか・・・」
少し降りると、下から人が登って来るのが見えた。
「あれ?あれは後輩の笹山美子じゃないか、そう言えば同じ地区に住んでたな」
男は手を振った。
「お〜い!笹山君!」
下からも、手を振っているのが見えた。
やがて二人は、段の中腹辺りで合流出来た。
「笹山君、いらっしゃい!」
男が、嬉しそうに言った。
「こんにちは、来ちゃいました」
美子が、小さな茶色の犬を抱いて、少し照れ臭そうに、ちょこんと頭を下げた。
「他にも下から、人の声が聞こえるが!?」
男が下を覗き込むと、横から美子が言った。
「ええ、下で何人かの人達が、植物の手入れを、手伝ってくれてるみたいでしたよ、うちの家族も来てます!」
男は、心当たりがあるように頷きながら。
「そうか、いつも自然とか植物とかの話しで盛り上がってた、近所の人達だな」
男と美子は、下に向かって、嬉しそうに手を振った。
「しかし、良くここが分かったね」
男が、美子に聞いた。
美子は、当然といった顔で言った。
「家は知ってたし、こんな高い段なら、どこからでも見えますよ!」
「それと、あちこちに、同じような段々畑が在るみたいなんですよ」
美子は、遠くを指差した。
男は、指の方向を見た。
「あっ!本当だ、今まで全く気が付かなかったよ!」
そして遠くを見渡しながら、独り言を言った。
「こんな高い物が、あちこちに在ったら、色々と影響が出ないだろうか・・・」
「実は、この段が見える人と、見えない人がいるみたいなんです」
美子が後ろから言った。
「そうなんだね!じゃあ、俺や笹山君や下の人達には何で見えたんだろ?共通点は・・・」
男は言葉を詰まらせた。
しばらく考えた二人は、顔を見合わせ同時に言った。
「自然大好き!」
「ハハハハ!」
「フフフフッ!」
何となく解って来た二人は、手を取り合って笑った。
ハッと我に返った二人は、慌てて手を離し、うつむいて顔を赤くした。
「ゴメン・・・」
男は謝った。
美子が言った。
「実は、私も仕事を辞めて来たの・・・」
美子は、話しを続けた。
「なぜだか解らないけど、手伝わなきゃって思う気持ちが強くなって、見えない力に引き寄せられるように、家族でここに来ました」
男は、微笑みながら優しく言った。
「ここで活動するのには、理由なんかいらないよ、なんと言うか・・・運命共同体かな?とにかく各自が、心の赴くままに、動植物と共存して行けば良いような気がするんだ」
「わかりました!」
美子も微笑んだ。
男は、久しぶりに人と話したせいもあり、美子と段に腰掛けて、色んな話しで盛り上がった。
『ワンワン!』
美子の連れて来た犬が、シッポを振って、男の膝に乗って来た。
「こら!チョコ」
美子は、犬を叱った。
男は、犬を抱き上げ、ほお擦りしながら、美子に言った。
「チョコちゃんて名前なんだね、動物好きだから気にしなくて良いよ!チョコ可愛いな、仲良くしようぜ!」
『ワン!』
チョコが答えるように吠えて、男の顔を舐めた。
「ハハハ!さて仲間も増えたし、小屋はどこでも、空いてるのを、自由に使えば良いよ、今日から一緒に楽しくやって行こう!」
さっそく二人は、段に種を蒔き、木の苗を植えた。
チョコは、みんなを元気付けるように、上に下に嬉しそうに走り廻った。
そしてある日、事件が起こった。
美子が心配していた。
「チョコどこに行ったのかしら・・・」
夜になっても、小屋に帰って来ないのを心配して、外に出た
びっくりした美子が声を上げた。
「チョコどうしたの!」
小屋の入口に、チョコがぐったり横たわっていたのだ。
『ガサッ!』誰かが走り去る音がした、その方向を見た美子が、つぶやいた。
「あれは!・・・まさか・・・」
「どうした!」
少しして、隣の小屋から、男が飛び出して来た。
そして、ぐったりしたチョコを、抱きしめて泣い崩れている、美子の肩をそっと抱きしめながら慰めた。
いつしか夜が明けて、二人はチョコの亡骸を、ホシクジャクの花の根元に、男が付けていた勾玉の首飾りと共に埋めた。
チョコの死んだ原因は毒によるもので、何故毒が有ったのかは、分からなかった。
それから半年・・・
総勢二百人と動物達で、毎日みんな楽しく、生活をしながら過ごしているが、不思議と病気や怪我をする者は無かった。
段も数百段になり、雲を突き抜けていた、植物の方は、上へ上へと、男と美子で種や苗木を植えて行き、他の仲間が上へ下へ移動しながら、手入れをしている。
もともと、動植物や自然大好きな仲間だから、不満に思う者は一人もいない。
その日も、いつものように時間が、ゆっくりと流れている・・・
突然住人の叫び声がした。
「おーい!誰か段から地上に堕ちかけててるぞー!」
騒ぎに駆け付けた男が、住人の指差す上の方を見ると、まだ手付かずの段の所に、人がぶら下がって叫んでいた。
上の方の手付かずの段は、聖域と呼ばれ、みんなは近寄らない、バリアがまだ弱い所なのである。
「助けてくれー!」
「聖域か!」
言うが早いか、男と美子は、急いで駆け登って行った。
「あっ!杉浦哲也!」
堕ちかけている住人の顔を見た美子は、目を疑った。
思い出した男は、助ける手を止めて言った。
「あの時のストーカーか!」
「助けてくれ!いや助けて下さい!」
杉浦哲也は、今にも泣きそうな顔をして懇願した。
身構える美子に、男が叫んだ。
「とにかく助け上げるんだ!」
『パチパチパチ!』
見守っていた住人達から、助け上げたのを見て、盛大に拍手が巻き起こった。
それから、事情を知らない住人達は、安心して、皆笑顔で戻って行った。
男と美子と三人になったのを見計らって、杉浦哲也は土下座をし、過去のストーカーの事、チョコの命を奪った事、今回自殺しようとして、死にきれなくて迷惑かけた事を、涙ながらに詫びた。
「・・・すまなかった!」
杉浦哲也は、頭を土に擦り付けた。
「やっぱりチョコを・・・」
美子は呟いた。
男が美子に優しく聞いた。
「分かっていたんだね」
そして杉浦哲也に向かって厳しく言った。
「やった事は、簡単には許される事じゃない!しかし、君も選ばれて、ここに来たと言う事は、人の心を持たない奴じゃ無いはずだ!これから心を入れ替えて、みんなと仲良くやってくれ!分かったな!」
「美子、それで良いね?」
男は聞いた。
「はい!」
美子に笑顔が戻った。
「ありがとうございます・・・」
何度も頭を下げながら、杉浦哲也は、段を下へ降りて行った。
その日の夕方・・・
小屋に戻った美子は、ドアを開けた。
『ワンワン!』
犬が飛び出して来た。
びっくりした美子は、犬を抱き上げた。
「チョコの復活!?」
美子とチョコは、夜が更けるのも忘れて遊んだ。
その騒ぎに、ドアの外で土に埋めていた勾玉の首飾りを、自分で着けながら、男も嬉しそうに微笑みつぶやいた。
「ホシクジャクの花言葉は、復活だよ」
・・・その頃、地上ではニュースや新聞が、騒ぎたてていた・・・
やれ誘拐だ行方不明だ神隠しだと、段の上に移住した人達の事を、連日騒ぎ立てていた。
情けない事に、ほとんど身内や遠縁の親戚による、保険金や遺産の問題などの受け取りなどが、騒ぎの発端であった。
世の中は、急激な大気や水質汚染が進む中で、異常気象や天変地異により世界各地が、脅かされているにも関わらず、人や動物や自然よりも、相変わらず金や地位や権力に執着していたのだ。
段の上では、そんな情報も入らず、みんなが生き生きと、楽しく、自然と戯れながら過ごしていた。
しかし、ある夕方近くに、それは起こった・・・
今まで、どこからも影響を受けなかった、段がゆっくりと揺れている。
男は大声で、段の住人達に言った。
「みんなー!大丈夫だから安心するんだ!決して慌ててはいけないぞー!」
住人達は、微笑みながら口々に言った。
「分かってるよ!」
「落ち着いてるとも!」
「地上の方は、雨が激しい様だが、当然段の空間は影響受けないし、動植物達も大丈夫だよ!」
それを聞いた男と美子は、笑顔で頷きあった。
「よし、今夜は揺れが有るから、段の中腹付近の小屋で休もう」
男は、美子とチョコを連れて、中腹の小屋へ移った。
夜の間も、ゆっくりと揺れは続いたが、住人達は心配する事無く休んだ。
翌朝、チョコの吠える声で、一番に目覚めた男は小屋を出て、地上に向かって吠えているチョコに近寄った。
「チョコどうした?」
チョコを撫でながら地上を見た男は、愕然とした・・・
「・・・じ・地面が無い・・・」
男は、声にならない声を搾り出した。
異変に気付いた美子が、駆け寄って来て下を覗き込んだ。
「あっ!・・・濁流しか見えない・・・」
男は、怯える美子とチョコを抱きしめながら、荒れ狂う濁流を茫然と見ていた。
暫くして、段の上から下から、ざわめきが聞こえて来た。
起き出して来た、段の住人達に男は叫んだ。
「とにかく、事実を受け止め、落ち着いて、今まで通りやって行こう!」
「オー!!」
住人達は、両手を突き上げ喝采した。
「よっしゃ!」
「さ〜て!」
「ぼちぼちやるか!」
住人達は、思い思いいつも通りに、行動を起こした。
それから一年程経った頃、段の住人達も、一通り植物の育成が終わり、のんびり過ごしていた。
地上に氾濫していた濁流は、引いてはいないが、何事も無かったかのように落ち着き、キラキラときらめく、澄んだ水になっていた。
「綺麗だわ」
チョコを抱いた美子が、段から地上を見てつぶやいた。
後ろから男が言った。
「そうだね、汚れた物は、何もかも流れて沈んでしまったな・・・」
男は複雑な心境だったが、サッパリした心境だった。
振り向いた美子が聞いた。
「これから、どうなって行くんだろね?」
男は周りを見渡しながら言った。
「それは俺にも分からない、でも良い方向に進むのは、間違いなさそうだな!」
美子は安心して微笑んだ。
「うん!」
その日、男と美子、そして住人達は手分けして、日が暮れるまで上から下まで、段を見て廻った。
「みんな異常無しだったみたいですね、お疲れさまでした、解散しましょう!」
男と美子と住人の代表達で、段の点検報告会議を行ったのだった。
住人達はみんな、それぞれの小屋に戻って行った。
『ゴーーゴゴゴーーーゴー・・・』
夜中、みんなが寝静まった頃に、地響きが襲った。
『キャンキャン!』
チョコが、怯えて吠えている。
段の上や下でも、動物や住人の叫び声が聴こえてくる。
「何事だ!?」
目を覚ました男が小屋を飛び出し、すぐさま隣の小屋に飛び込んだ。
「美子大丈夫か!」
部屋を見渡したが、美子とチョコの姿が無かった。
「大変だ!どこに行ったんだろ」
男は、部屋を出ようとした。
「どうしたの?」
震えるチョコを抱いた美子が、部屋に戻って来て、キョトンと男を見た。
びっくりした男は、美子達を見ながら言った。
「どしたって、心配して見に来たら居ないから・・・」
男の慌てた様子を見て、美子が笑いながら言った。
「フフフッ!良い方向に進んでいるって言ったのは、誰だっけ?」
美子は明るく続けた。
「最初はね、私もびっくりしたよ、チョコも怯えて、外に飛び出しちゃうし、でも朝の言葉を思い出したの、それで、チョコを連れ戻しに行ってたんだよ」
「そっか、美子は冷静で強いよ!」
男が頭をかきながら言うと、美子がすかさず言った。
「それって、褒め言葉?レディーに対して!」
男は慌てて言った。
「ゴメンゴメン」
また頭をかいた。
「フフフ、許してあげる」
「ハハハ!ありがとう」
二人は、楽しそうに笑い合った。
『ゴゴゴゴーー・・・』
真っ暗な中、小さな地響きは続いた。
明け方、少し明るくなった頃、小屋を出た男と美子は、小さく叫んだ。
「あっ!段が地上に向かって降りて行ってる!」
遠くを指差して美子が言った。
「見て!他の段も降りてるわ」
段の上下の住人達も、ざわついていた。
周りの段には、既に地上に、降りてしまっている物もあった。
それは四角い段が、縦に横に移動しながら、ゆっくりと、まるでパズルが組合わさって行く様な感じである。
綺麗な水面に、だんだん陸地が出来ているのだ。
水面には、高い山などは残っているため、その周辺に集落を作る様に、降りて行く段もあった。
「成る程、こうゆう事だったのね」
美子は様子を見ながら、嬉しそうにつぶやいた。
段の役割に気付いた住人達も、みんな手を突き挙げて、歓声を上げていた。
男は独り天を仰いでいた・・・
数日後・・・
男達の段も、地上に移動し終えた。
すると動物や昆虫達は、嬉しそうに散り散りに、山や森に入って行った。
「皆さん、ありがとう!今までと変わらず、自由に仲良く生活して行きましょう!」
男は、集まって来た住人達に言った。
『パチパチパチ!』
住人達の間から、拍手が響き渡り、それぞれ思い思いに、挨拶や談笑に盛り上がった。
美子も久しぶりに、家族とゆっくり話しが出来た。
しばらくして男と美子は、小屋に戻ろうとした。
「おーい!」
後ろから声がした。
振り向いた二人はびっくりして言った。
「草野さん!!」
庶務課に居た草野保男だった。
「久しぶりですね!元気そうで何より!」
草野は嬉しそうに、二人と手を握り合って挨拶を交わした。
「僕は隣の段に居たんですよ」
草野が、その方向を指差して言った。
「そうなんですね!三人共、自然が好きでしたからね!」
美子が言った。
三人は芝の上に座り込んで、今までの出来事を、時間を忘れて、楽しそうに話し合った。
「ではまた、隣の集落なんで遊びに来ますよ!」
草野が立ち上がりながら言って、帰って行った。
「さてと、俺達も小屋に戻るか」
少し寂しそうに、男が言った。
美子は、男の寂しそうな表情を、不思議に思いながらも、チョコを抱き上げながら元気に言った。
「うん!戻りましょ!」
「色々と有ったけど、これからも元気で・・・」
男が言うと。
「フフフ、何言ってるの、お別れみたいな言い方しないでよ!」
美子が明るく言い返した。
「そうだね!ハハハ!」
男は、恥ずかしそうに、頭をかきながら笑った。
「おやすみ!」
それぞれの小屋に入った。
そして翌朝、畑仕事をしてた美子が、起きて来ない男を心配して、小屋の扉から声をかけた。
「おはよう!大丈夫?」
しばらく待ったが返事が無い。
慌てて美子が扉を開けて飛び込んだ・・・
「あれ・・・」
小屋の中には、誰も居ないどころか、生活してた形跡が何も無い。
立ち尽くしていた美子は、足元に落ちている勾玉の首飾りに気付いて、手に取って眺めていた。
「彼・・・誰だったのかな・・・名前は何だったっけ・・・」
しばらくして、何かを悟った美子は呟く。
「・・・神っているのかな・・・」
美子は、勾玉の首飾りを着けて、元気に畑に走って行った。
その後、美子は、他所の集落のリーダー達も、突然居なくなった噂を聞いたのだった・・・
・・・自然いっぱいで平和な世の中は、穏やかな時間がゆっくりと過ぎて行く・・・