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隣の憑神さま  作者: 有瀬川辰巳
第一章
9/10

終幕 そして日常へ

 本田との戦いから、三日がたった。

 狐子さんは、いまだに戦っている。本田の力の残滓が弱い化物となって廃ビルの中から湧き出してくるからだ。その化物が人を襲う前に討伐しようと、毎晩あの廃ビルへと向かっている。しかし、最近は湧き出てくる化物の数も減ったらしい。そろそろ残滓も消え去るのではないか、狐子さんはそう言っていた。

 雪慈ちゃんは、あの日帰ってからお父さんにさんざんに叱られたそうだ。悪魔だのなんだのということを話すわけにも行かず、嘘でごまかさないといけないから大変だったと愚痴っていた。

 それと、紫織とまた会って、生きてと言われたことで気力を取り戻したらしい。浪人生活をやめ、僕と同じ八大に入学しようとがんばって勉強しているそうだ。

 小夏さんはというと、相変わらずだ。昨日遊びに行ったら、狐子さんの昔の写真をいれたアルバムを何冊も見せられて、狐子はかわいいでしょう? と数百回言われた。今は自分の受け持ちである遠坂町が平和になったことで、のんびり暮らしているらしい。また週末にでも訓練をつけてもらいにいこうかと考え中だ。まあ、今日は今日で行く予定があるのだけれど。

 そして僕、遠坂慎一は、と言うと・・・。

「おはよう! みんな」

「おはようございます、慎一さん」

「おう、おはよう」

 以前と大差ない生活を送っている。ちなみに、狐子さんはもうあの言い訳は使えまい、といってついてこない。まあ、もう平和になったのだから常に行動を共にする必要もないのだけど・・・少し寂しい気もする。

 ただ、一つだけ違うところがあって・・・。

「おはようございます、お兄さん。今日も、お弁当作ってきました。受け取ってください!」

 そう、雪慈ちゃんが毎朝僕に弁当を作ってきて、渡してくれるようになったのだ。大変だろうからいいよといったけど、早起きする理由になるから、と返されてしまった。だから、ありがたく受け取っているけど、二つ困ったことがある。ひとつは母さんに囃されること。もう一つは・・・。

「ありがとう、雪慈ちゃん」

「もう、お兄さん。ユキちゃんでいいといっていますのに・・・」

「フゥッ!!」

「うおっ!? 今日も里奈の背後に般若が見える!」

 受け取るたびに里奈さんが凄まじく恐ろしい表情をすることだ。どうしてあんな表情をするのか・・・僕には理解できそうにない。

「おっはようごサソリ固め!?」

 礼尾とのこのやり取りもいつもどおり。今日は少し手間をかけてプロレス技だ。

「ギブッ、ギブ・・・っ! たく、公衆の往来でプロレス技はどうかと思うぞ?」

「そう思うんだったら毎朝僕に技をかけようとするのをやめてよね。やらなきゃやられる、そう思って技をかけてるんだから・・・」

「それにしたってサソリ固めなんて若干面倒なチョイスはどうなんだよ? っつーか、なんか力強くなってねぇか? 今だって飛びついたところをひょいと持ち上げられてから極められたし・・・」

 礼尾の言葉を笑ってごまかす。たしかに、式神の契約で力が強くなっているかもしれない。だとしたら、それだけ僕の日常には変化が起きたのかな。ずいぶん平和な形でその変化を用いているけれど。

 そんなことを考えていると、学校に着くまではあっというまで。

「みんなおっは~。今日も一日、がんばりましょ~」

 先輩のそんな声を聞きながら席につく。そして、少し待つと、チャイムがなり、教授が教室内に入ってくる。

「えー、みなさん。おはようございます。今日は久しぶりに授業をしますよ」

 嬉しそうな里奈さん。めんどくさそうな礼尾。複雑そうな表情の双葉。いつもどおりの笑顔の先輩。みんなが違った表情をみせる。

 そして、時間がたち、授業が終わる。

「はい、みなさん。久しぶりの授業でしたが、問題はなかったでしょうか? それでは、今日の授業はこれで終わります」

 教授の言葉をきっかけにみんなはそれぞれの行動を始める。

「今日は持ち帰り無し! ゲーセンでも行くとすっかな!」

「お、いいな。あたしも付き合うぜ」

「楽しんでくるといいよ~」

「そうですね。ごゆっくりどうぞ」

「適当にクレーンゲームでとった景品を押し付けるのはやめてよ、礼尾」

 みんなで雑談をしながら大学を出て、それぞれの方向へと歩みだす。ゲームセンターへ向かう礼尾たちと、先輩は右へ。家へ帰る僕達は左へ。

「慎一さん、妹さんとはどうですか?」

「愛紗と? そうだね、仲良くやってるよ」

「そうですか・・・では、毎朝お弁当を渡しに来る女の子とは? 雪慈さん、でしたっけ」

「雪慈ちゃんとかぁ・・・ケンカもしたけど、うん。今は仲良しだよ」

 そういえば、最近里奈さんは妙に狐子さんと雪慈ちゃんのことを聞くようになったな。二人と仲良くしてくれるなら、それはそれでうれしいけど。

「おにいちゃん、おかえりなさいです!」

「お、っと・・・ただいま、愛紗」

 電車を下りてからも里奈さんと言葉を交し合うこと数分。僕の家の前で飛びついてくる狐子さんを抱き上げる。毎日僕の部屋の窓から僕が帰ってくるのを見ては家の外に駆け出していくらしい。なんでも、僕の反応が毎日微妙に違っていて面白いのだとか。

「フゥッ!!」

 ちなみにこのときも里奈さんは凄い顔をしている・・・と思う。雰囲気だけで分かるくらいの凄い顔を。

「そういえば、ゆきじのおねえちゃんきょうもきてますよ? いつもよりおにいちゃんのかえりがおそかったので、いえにあがってもらってます」

「そっか、ありがとう」

「・・・それでは、今日はもう帰りますね。また明日お会いしましょう、慎一さん」

「うん、また明日」

 里奈さんの背後に般若が見えるような気がするけど手を振り、家に入る。

「お邪魔してます、お兄さん」

「うん、いらっしゃい。これ、いつもありがとう」

 言いながら弁当箱を渡す。もうここ数日の日課だな。

「ごめんね~、ユキちゃん。いつもおばさん助かるわ~・・・で、進行状況はどんな感じ?」

「おばさん! お兄さんの前でその話は・・・! お、お邪魔しました!」

 あわてた様子で家を後にする雪慈ちゃん。

「雪慈ちゃーん! これからも家に上がって待ってていいからねー!」

 その背中に呼びかける。聞こえただろうか?

「えっと・・・しんちゃんとあいちゃんは今日はお散歩に行くんだっけ?」

 ここ数日の間に狐子さん・・・愛紗としての狐子さんはすっかりうちの子になった。その証拠に、母さんもあいちゃん、なんて呼ぶようになったし。

「そうだよ。今から行こうか? 愛紗」

「お兄ちゃんがいいのなら、行きますです!」

 そして、僕達は神社に向かう。

「いらっしゃい、小夏様はもう待ちくたびれた様子だよ」

 境内に入ると、帯人さんがそう声をかけてくる。確かに、今日は授業があったから遅くなってしまったかもしれないな。

「小夏、おるか?」

 社務所に入りながらそう声を上げる狐子さん。

「あらぁ~・・・狐子ぉ~ん・・・いらっしゃぁ~い」

「酒臭い。はなれろ」

 そんなコントのようなやり取りをする二人。本当に、この様子を見ていると神様だなんて思えないな。

「それで、頼んでいたことは出来ているのか?」

「当たり前じゃなぁ~い・・・お酒もいいけど、狐子の頼みを果たすほうが優先順位高いもの~」

 べろべろに酔った様子の小夏さんに水を出す帯人さん。水を飲んで少ししゃんとした小夏さんが言葉を続ける。

「えっと~・・・私が受け持っている範囲では、もう魔が出現しそうな場所はないわ。この辺り一帯は平和に戻ったってわけよ」

「そうか・・・!」

 その言葉を聞いて嬉しそうな表情をする狐子さん。でも、魔が出ないってことは・・・これでもう、僕は戦う必要がなくなってしまうのか。

「ぬしよ・・・」

 そう思っていると、狐子さんはこちらを向いた。

「式神としてわしとともに戦ってくれてご苦労だった。これで、もう戦う必要はなくなった」

 自分でも分かっていたけど・・・狐子さんに言われるとあらためてその事実を感じる。平和な日々に戻れるはずなのに・・・なぜか嬉しくない。

「しかし、じゃ」

 狐子さんは言葉を続ける。

「わしの力はいまだ回復しきっておらず、天界に戻ることも出来ぬ・・・それゆえ、これからもしばらく、おぬしの妹として・・・愛紗として過ごしたい。よいか?」

 狐子さんはそういった。え・・・まだ、一緒にいられるのか!?

「もちろんです! ずっとでもいてください!」

 そう返すと、狐子さんは微笑んだ。

「そうか・・・ぬしよ、目を閉じてくれ」

 言われたとおりにする。って、あれ? 確か、前もこんなことが・・・。

「ありがとう」

 そう思った直後、唇に柔らかい感触がする。こ、これってまさか・・・!

「慎一君ずるい! 狐子とキスなんて私だって数百年してないのに!」

「落ち着け、小夏。口吸い程度、西洋では挨拶にしかならぬというではないか」

「ここは日本よ! キスなんて・・・恋人同士じゃないとしないわよ!」

「まあ、よいではないか。一心同体一蓮托生。式神とはそういうものじゃろう?」

 二人の声を聞いて自分のみに起こったことを確認する。や、やっぱり、あの柔らかい感触は・・・!

 顔が真っ赤になるのを感じる。どうしよう・・・! 今まで経験したことがないくらい顔が熱くなっていく・・・!

「さて、ぬしよ・・・いや、もう家族なのだから、このような呼び方、他人行儀じゃな。慎一、これからもわしの式神として、よろしく頼むぞ」

 ほとんど動かない頭を精一杯に稼動させてその言葉を聞く。そして、その言葉を処理し終え、思う。

 隣の神さまとの日々が、これからの日常になるのだな、と。







終幕~隣の憑神さま 了


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