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隣の憑神さま  作者: 有瀬川辰巳
第一章
8/10

七幕 決戦

「・・・いよいよじゃな」

「・・・はい」

 自室で向かい合って和服姿で耳と尾を出している狐子さんと話す。その内容は当然、これから向かう戦い・・・決戦についてのことだ。

 結局、あの後現実時間で数分の訓練を行い、新たな術をいくつか使えるようになった。また、体力を使わない訓練ということでマダチの形状変化も学んだ。その結果、組み合わせによる戦術をいくつか思いつき、少しは強くなれたのではないか、と感じられる。

 でも、感じられる、なんて程度で大丈夫なのだろうか? そんな程度で・・・雪慈ちゃんの嘘を暴けるのだろうか?

 いや、落ち着け・・・狐子さんが言っていたじゃないか、わからないことを思い悩んでも仕方ない、と・・・悩むな。大丈夫だ、きっと助けられる・・・そう信じて、戦いに赴こう。

「時は既に十一時半・・・まもなく、あやつの言っていた時間となる。そろそろ出るとしようか。彼奴を・・・おぬしの妹の仇を討つ時じゃ」

 狐子さんの言葉に頷く。とりあえず、両親が眠ったことは既に確認している。だから・・・安心して、戦いに赴ける。両親に気付かれる心配がないのだから。

「さあ・・・行こう。今こそ、戦うときじゃ!」

 その言葉で、決意は固まった。

「はいっ!」

 今こそ・・・戦うときだ!

 勇ましい決意とは逆に、出来るだけ音を立てないように部屋を出て、玄関の扉を開ける。

「父さん、母さん・・・必ず、生きて帰るから・・・」

 扉を閉めるとき、そう呟いた。狐子さんに聞こえてしまっただろうか?

「日本刀・・・」

 腰に鞘に収めた状態で日本刀を作り出す。この時間帯なら出しっぱなしで歩いても人にはみられないだろう。

「ぬしよ、緊張しているな?」

「もちろんです・・・」

「そうじゃな、妹の友人が敵ともあれば・・・緊張するな、というほうが無理というものじゃな・・・ぬしよ、少しかがんで目を閉じよ」

 狐子さんの言葉に頷いて言われたとおりにする。

 その直後、額に柔らかい感触。

 あわてて目を開くと、離れていく狐子さんの顔が見えた。

「な、なにを・・・!」

「緊張はほぐれたか?」

 言われて気付く。確かに・・・驚いたからか気が楽になった。

「は、はい・・・」

「そうか。ならよかった。肩に力が入っていてはまともに戦えぬじゃろうからな」

 そう言って歩き出す狐子さんのあとをあわてて追いかける。本当に、神様ってよく分からないな・・・でも、気まぐれなのっていいかも。狐というより猫みたいな感じで・・・。

 って・・・決戦を前になにを考えてるんだ、僕は。狐子さんが額にき・・・キスなんてしてくれたのはこんなことを考えさせるためじゃないだろう!

 両の頬を思いっきり叩いて、気合を入れる。

「ぬしよ、もうつくぞ。それと、気合を入れるのもよいが、入れすぎは禁物じゃぞ」

「はっ、はい!」

 狐子さんの口元が多少にやけているように見えたのは気のせいではないだろう。こんな状況でも楽しむ余裕があるなんて・・・凄いな。

「ようこそおいでくださいました。全力でぶつかるためとはいえ、ご足労をおかけしました」

 廃ビルの敷地の中に立ち入ると、どこからともなく雪慈ちゃんが現れ、そういった。

「小夏さんも言っていたけど、口上はどうでもいい。それよりもひとつ聞きたいんだ・・・昼間言っていたこと。あれは本当? 僕には、嘘がある表情に見えたんだけど」

 そういうと、鉄化面のように微笑を崩さなかった雪慈ちゃんの表情に変化がでたように感じた。それは・・・悲しみ?

「嘘などありません。私はあなたを殺したい・・・さあ、ここからは主が言ったとおりにいわせていただきます」

 しかしその表情の変化はすぐに鉄に覆われてしまう。くそ・・・この言葉じゃ足りないのか?

「今の君を紫織がみたら・・・どう思うんだろうね」

「っ! ・・・各階を結界で覆っておいた。各階層で戦いをこなし、三階の扉の奥で待ち構えている俺のところまで来てみろ。それぐらい出来ないと、俺には勝てないだろうがな、以上です。では・・・私は三階の結界で待っています」

「待って!」

 呟きは確かに聞こえていたはずだ・・・だから、あんな表情をみせたはずだ! なのに・・・!

「ぬしよ、三階についてからが勝負じゃ。結界といっても所詮は元人間の張る結界じゃ。簡単に破れる。それゆえ・・・三階にたどり着いたらわしは結界を破って本田の元へ向かう。あの娘は、おぬしに任せるぞ・・・」

 狐子さんも表情の変化をみて説得できそうだと判断したのだろう。そう言ってくれる。

「ありがとうございます。そうですね・・・まずは、三階にたどり着いてから・・・ですね」

 狐子さんのほうを見ず、そう口に出す。きっと、僕の表情はこの上なく緊張しているように見えたことだろう。

「いくぞ・・・」

 狐子さんの言葉に首肯を返し、ビルの中へと足を踏み入れる。

 すると、あたりの景色が変わりだす。グニャグニャと色彩を変える様子はどこか邯鄲の夢見筒を思わせた。

 そして、色彩が固着したとき、そこに広がる景色は・・・。

「・・・なるほど、こういう趣向か・・・悪趣味な」

 そう、そこに広がる景色は・・・紫織がはねられた、あの道だった。

 別の場所だと分かっているのに、同じ景色というだけで動揺してしまう。吐き気が・・・こみ上げてくる。

「でも、これくらいなら・・・何とかなる」

 そうだ、別の場所だと分かっているのだから・・・このくらい、大丈夫だ。それを狐子さんに示すために、口に出してそういう。

「さて・・・わいてきたな。この程度の結界、破ろうと思えば破れるが・・・それを知られ、三階を補強されるとまずい。一階、二階は普通に敵を撃破して進むぞ!」

「了解・・・です!」

 狐子さんの声を背に、化物を切り伏せながら言葉を返す。

 数は多いけど、最初にみた口と足だけの化物しかいない・・・これなら、何体相手でも倒せる!

 黙々と敵を切り伏せ続ける。時に狐子さんを助け、時に狐子さんに助けられる。背中を預けて戦える・・・いや、背中を任せてもらえている。本当に、光栄に感じる!

 そうして戦うこと数分。化物は全て消え去り・・・景色も元に戻っていった。

「結界って・・・妙ですね。目に映るとおりの景色ではないあたり・・・」

 そう、何度か目に見えない壁にぶつかった。そのせいで化物に噛みつかれそうになったこともあった。

「そういうものじゃ。あらかじめ地形を把握し、どれくらい動けるかを覚え、計算する・・・それぐらい出来れば、まあ結界の中での戦闘における心配はないの」

「難しいことをさらっと言ってくれますね・・・」

 話しながら二階へ向かう。そして、階段を上り終えると同時に再び景色が歪みだす。

「・・・またこの道か。それも、昔の僕と紫織の姿があるってことは・・・一階より時間が進んでいる、ということか・・・」

 狐子さんも言っていたけど・・・悪趣味だ。僕の力を少しでもそげるような景色を映し出している・・・そして、きっと三階は・・・いや、今考えても仕方ない。行けば分かることだ・・・。

「・・・まだ、動けるか?」

「ご心配なく・・・いざというときには、薬がありますから」

 話している間に化物が湧き出してくる。数はさっきと変わらないけど・・・手が生えた化物になっている。

「徐々に強くしているつもりか・・・・ゲーム感覚じゃな。この数は術を使わねば厳しいかのぅ」

「だったら、僕に任せてください。狐子さんはあいつとの戦いに備えて万全の状態でいてほしいので」

「そうか・・・なら、ここは任せるぞ」

「はい!」

 返事を返し、敵の群れの中へ飛び込み、数体を切り倒す。敵の注意がこちらに向いたところで一気に駆け抜け狐子さんと挟撃の形になるようにする。

「狐子さん、よけてください! 風神よ、その力の一端を・・・”断風(たちかぜ)”!」

 叫びながら剣を横一文字に振るう。すると、ふるった刀からかまいたちが巻き起こり、敵を切り裂きながら飛んでいく。

「なかなかみごと・・・ほっ」

 化物の口程度の高さを切り裂きながら飛んでいくかまいたちを軽々飛び越えて見せる狐子さん。それなりに高さがあってよかったな・・・正直、この術を撃つところまでしか考えていなかった。こんなことを小夏さんに知られたら怒られてしまうな・・・まあ、狐子さんなら何とかしてくれるだろうと思ったから撃ったのだけど。

「しかし、風の術とは・・・おぬし、今日覚えたばかりの術をよく使う気になったな」

「まとめて倒せるのがこれぐらいしか思いつかなかったので・・・さあ、行きましょう」

 狐子さんとともに階段を上りだす。

 そして、十三段の階段を上り終える。

「早かったですね。想像以上ですよ」

 僕達の前に立ちはだかる雪慈ちゃん。その背後には、例の扉が見える。あの扉の先にあいつがいるのか・・・。

 でも、あいつと戦うのは僕ではない。僕はここで雪慈ちゃんを食い止め、彼女が隠していることを暴く。そうして・・・彼女を殺さない道を選ぶ。

「それでは、始めましょうか・・・結界、発動」

 彼女がそう呟くと同時に世界は色彩を変える。そして、変わり終えた場所に現れたのは・・・。

「・・・やっぱり、か・・・!」

 予想はしていた・・・だけど、実際に目にすると、動揺せずにはいられない。精神安定剤を飲み込み、何とか耐える。

 そう、広がる景色は、紫織がはねられ、地面に叩きつけられたあと・・・頭から、血を流しているところの景色だった。

「・・・っ、はぁ、はぁ・・・残念だけど、これくらいじゃあ、もう動揺しないよ・・・」

「・・・そうですか。まあ、予想していましたけどね・・・それ以前に、あなたには・・・紫織が死ぬ原因を作ったあなたにはこの光景を見て嘆く権利などないのですから」

 冷酷な表情でそう告げる雪慈ちゃん。だけど、その言葉はおかしい!

「・・・本当の意味で紫織を殺したのは本田のやつだ。それは認めるよね?」

「ええ、認めます・・・紫織をはねた車を運転していたのはあの男なのですから」

「なら、どうしてあいつを責めないの? どうして・・・黙って従っているの?」

「・・・さあ。どうしてだと思います? あ、答えないで結構ですよ。教えるつもりも、あなたがたどり着いた答えが正解か否かを答えるつもりもありませんので」

 もう、雪慈ちゃんは言葉では動揺してくれないのか。だったら・・・。

「・・・来なよ、僕を殺したいんだろう?」

「ええ、言われずとも・・・行きますよ!」

 懐からナイフを取り出し、突進してくる雪慈ちゃん。刀をガントレットに変化させ、その一撃を受け止める。

「よ・・・っと。狐子さん!」

 そのまま雪慈ちゃんは力を込めてきた。力をそらし、体勢を崩したところで片腕を掴み、動きを止める。

「ここは任せたぞ! このっ・・・邪魔じゃ!」

 狐子さんの一喝で結界はほころび、その隙を突いてあの扉の中に飛び込む狐子さん。

「・・・参りましたね。主に怒られてしまいますよ」

 どうでもよさそうにそう呟く雪慈ちゃん。やっぱり、ただ従っている、というわけではなさそうだ。

「そろそろ離してもらいますよ」

「っ、くっ・・・!」

 ナイフを持ち替え、僕に向けてふる雪慈ちゃん。あわててその一撃をかわす。

「でてきなさい、雑魚戦闘員」

 僕の拘束をほどいた雪慈ちゃんは片腕を振り上げ、そう呟く。その途端に、彼女の周囲を黒い霧が囲み、意味ある形となっていく。

「くらいなさい」

 その一言で巨大な拳とかした黒い霧が僕に襲い掛かる。

 しかし巨大な分、遅い。黒い霧に触れたらどうなるか分からないので、念のため大きくかわし黒い霧にふれないようにする。

「この程度で終わるとでも思ったのですか? ・・・はっ!」

 しかし、彼女の呟きをきっかけに無数の手に変化した黒い霧に包まれ、全身を拘束される。しまった・・・!

「・・・この程度で、終わりませんよね?」

 そういいながらこちらに歩み寄ってくる雪慈ちゃん。残念ながら、体を使ったことはこれで終わり。僕には、もう考えがひとつしかない。

「紫織は・・・自分の親友が人を殺したら、どう思うんだろうね」

「・・・っ!」

 やっぱりだ。紫織のことを出すと、雪慈ちゃんは激しく動揺する。今も・・・拘束が一瞬緩む程度に動揺した。

「ねえ、雪慈ちゃん。雪慈ちゃんはどう思う? 紫織のことなら、雪慈ちゃんのほうが詳しいくらいだったから、ひょっとしたら雪慈ちゃんなら分かるんじゃない?」

「だ、黙ってください・・・!」

「僕はね、きっと悲しむと思うんだ。誰だってそうでしょう? 自分の大切な人が、人を殺すなんて大罪を犯したら・・・絶対に悲しむ。少なくとも、喜ぶ人なんていないよ」

「うるさい・・・うるさぁい!」

 拘束が緩んだ・・・今だ!

「雪慈ちゃん・・・ごめん!」

「え・・・きゃっ・・・!」

 黒い霧の拘束を振りほどき、雪慈ちゃんのほうへと駆け寄り、押さえ込む! そして、ガントレットの先端部分を小型のナイフのように変化させ、彼女の首元に突きつける。

「ああ、私は負けたのですね・・・」

 そういうと、雪慈ちゃんは目を閉じた。

「殺してください」

 そして、静かにそう呟いた。

「・・・その前に話を聞かせてくれないかな? もう、嘘も隠し事も無しで」

「遺言、というわけですか・・・そうですね。そういうのも悪くありません」

 目を閉じたままそういう雪慈ちゃん。でも、違う。遺言なんかにはしない。

「どうして、あいつに・・・本田剛志に従っているの?」

「もう言いましたよ? あなたを殺したかったんです。本来、紫織が死んだ日に死ぬはずだったあなたを、殺したいからです。紫織の死ぬ原因を作ったあなたを殺したかったんです」

「いい加減にしなよ」

 若干怒気を込めて雪慈ちゃんにそう告げる。雪字ちゃんもそれに気がついたからか、目を開く。

「いい加減にするのはあなたですよ。私がこの体勢からでも魔霧を・・・あなたを捕らえて離さなかった黒い霧を動かせるかもしれないのに、なにをもたもた話しているのですか?」

「だったら、僕はとっくにあの霧につかまっているよ。その体勢からでも動かせるのなら、の話だけど・・・そうでしょう?」

 そういうと、やれやれ、とでも言うように首を振ってみせる雪慈ちゃん。

「そうですよ、この体勢からではあの霧を動かすことは出来ません。あの霧を動かすには最低でも腕を振る必要があるので」

 そういう彼女は、どこかあせっているようにも見える。それは単に押さえ込まれているからかもしれないけど・・・もうちょっとだ。もうちょっとで、彼女が隠している何かを見つけられそうな気がする!

「じゃあ、早く話してよ。君があいつに従っている理由を・・・早く聞かせてよ」

「しつこいですよ! 私は何度もいっているじゃないですか! 私はあなたを殺したい! そのためにあの男に従って――」

「嘘だ!」

 自信を持って断言する。だって、それはありえないのだから!

「本当に僕を殺したいのなら・・・雪慈ちゃんが本気で僕を殺そうとしているのならいくらでもチャンスがあった! 今日だって・・・僕にナイフを持ってせまってきたとき! 一緒に霧を使われていたら僕は防げなかった! 霧で僕を捕まえたとき、あの距離なら僕が何かを言い出す前に殺すことが出来た! いや、それだけじゃない! 最初から霧をとげだとかの形にして、僕に使えば・・・簡単に僕を殺すことが出来た! 今日だけでこれだけあったんだ。しかも、本気で殺そうと思っていたのなら紫織が死んでからも僕と接するようにして、僕の隙を突いて殺そうとすることができた! これも含めるとそれこそ無限に殺すチャンスが存在していた! これでも・・・僕を殺したいという嘘をまだ言うつもり!?」

 そう告げる。そうだ、僕を殺すチャンスはいくらでも存在していた。なのに、僕に接することすらしなかった・・・それが、雪慈ちゃんのいっていることが嘘だということを証明する何よりの証拠なんだ!

「・・・お願い、教えてよ・・・僕が憎いというなら、紫織のために教えてよ・・・紫織だって、親友が人を殺そうと思った理由を知りたいと思うはずだよ・・・」

 言っていると、自然と涙が溢れてきた。お願い・・・僕は、君を殺したくないんだ・・・だから、本当のことを話して! そう思いながら、ナイフを首筋からそらす。

「お兄さん・・・」

 僕の涙を顔に受けながら、雪慈ちゃんがつぶやく。

「・・・卑怯です。こんなところにまで紫織の名前を出されたら・・・私はもう、嘘がつけなくなってしまうじゃないですか・・・」

 そう呟くと、こらえていたものがあふれ出したように、雪慈ちゃんも落涙しだした。

「そうですよ・・・私はあなたを殺そうなんて思っていなかった・・・それどころか、あなたを憎いとすら思っていなかった! 紫織があなたを助けたのは、紫織がそれで自分が死んでもいいとすら思ったからだと・・・そう思える程度には、紫織のことを知っていたのですから!」

 叫ぶようにして口に出す雪慈ちゃん。もうこらえる必要がなくなったのか、涙をボロボロと流している。

「それに、私があなたを憎めるはずがない・・・紫織が自分の命と引き換えにしてまで守った相手だからじゃない。いじめられていた私を助けてくれた・・・あなたは、私のヒーローだった! 私が・・・私がお兄さんを憎めるはずがなかった! 何度打ちのめされても立ち上がるあなたの姿を見ただけで・・・私は十分なほど救われていたのだから!」

 そうか・・・思い出した。初めてケンカした理由。

あの時は、雪慈ちゃんのことを何も知らなかったけど、いじめられている雪慈ちゃんと、それをかばっている紫織。その姿を見て、僕は二人を助けようと思って間に入って。だけど、いじめている人間は楽しいからそれをやっているのだから、邪魔をした僕に殴りかかってきた。ケンカの仕方を知らなかった僕は、何度も殴られて、倒れて・・・それでも、守りたいから、立ち上がって。それを繰り返しているうちに相手が不気味がって逃げ出したんだった。

それをきっかけとして紫織と雪慈ちゃんは仲良くなって・・・僕も、雪慈ちゃんと少しだけど話すようになった。こんなこと・・・どうして忘れていたのだろう。

「私が、あの男に従っていたのは・・・お兄さんを、私のヒーローを信じていたからです。お兄さんなら、あんな男に負けない・・・絶対に倒して、紫織の敵を討ってくれる。そう思っていたから、あの男に従った・・・」

「それって・・・どういうこと?」

「お兄さん。私はね・・・紫織が死んだとき、自分も死んでしまおうとすら思ったんですよ。紫織の存在は、私にとってそれくらい大きな存在だったから・・・だけど、私には自殺する勇気すらなかった」

 冷静さを取り戻したのか、ぶつぶつと呟くような声で話す雪慈ちゃん。

「どうして生きているのだろう、そう思いながら毎日生きていた私の前に、あの男が現れた。あの男は私に悪魔の力を見せて、従うように強要した。もちろん、最初は断ろうと思いましたよ。それで殺されても、紫織と同じ場所にいけるのなら本望だと思いましたから。でも、あの男の戦う相手がお兄さんだときいて・・・気が変わったんです」

 そう呟くと、雪慈ちゃんは再び瞳を閉じた。

「死ぬのは本望です。でも、紫織の敵が討たれることを知ってからなら、もっと本望だと思ったんです。お兄さんが悪魔の力を使っている私を殺すほど冷酷で、強くなっていれば・・・あの男を必ず殺してくれると思ったんです。それに、あんな知性のかけらもない馬鹿な男に殺されるくらいなら、紫織の大切なお兄さんに殺されたいと思ったんです。だから・・・私は、あなたの敵になることを選んだ」

 自分の涙をぬぐいながら雪慈ちゃんの言うことを整理する。つまり・・・紫織の仇である本田が死ぬことを知りながら死ぬために、僕の敵になることを選んだ・・・そういうことなのか?

「バカ・・・」

 口から、思わずそんな言葉が漏れる。

「バカだよ・・・そんなことして、紫織が喜ぶとでも思ったの? せめて・・・その場をしのぐための嘘ぐらいにしなよ・・・どうして、自分が死ぬこと前提なのさ・・・」

 そういいながら、雪慈ちゃんの顔に残っている涙のしずくをふき取る。

「そうですね・・・紫織が喜ばないであろうことは、分かっていました・・・それでも、紫織と同じ場所に逝きたかった・・・死にたかったんです。私は・・・」

 そういうと、再び雪慈ちゃんは泣き出した。先ほどとは逆に、静かに。

 僕も、涙が止まらない。紫織のことをそんなに大切に思ってくれていたのだと知って。それだけ思ってくれていることを知って・・・涙が、止まらない。

「グスッ・・・そうだ、雪慈ちゃん。ひとつ、間違いがあるよ」

「・・・なんですか? 死のうと思ったこと? それとも、あなたの敵になったこと?」

「それも間違ってると思う。だけど、一番大きな間違いは・・・僕から言える間違いは、紫織がまだあの世にいっていないということ。あの男に・・・本田剛志にとらわれているということ」

「・・・!」

 目を見張る雪慈ちゃん。

「そんな・・・それなら、私は何のために・・・!」

 雪慈ちゃんがそう呟くと、周囲の風景が元に戻りだした。結界が解けているのか?

「どうして結界が? 一度張ったら、私が死ぬかお兄さん達が死なない限りとかないといっていたのに・・・まさか! お兄さん、どいてください!」

「待って! 僕が前を行くよ・・・念のために、ね」

「は、はい・・・分かりました」

 何があってもいいように、マダチを盾の形にして、扉を開ける。

「娘・・・! よかったな、主よ。殺さずすんだか」

 そういう狐子さん。その正面には本田が倒れている。

「ええ、なんとか・・・本田は、死んだのですか?」

「いや、殺すほど強くはやっておらぬ・・・意識を失っただけのはずじゃ」

 そうか、意識を失ったから結界が消えたのか・・・。

「油断するな。いつ意識を取り戻すか分からぬからな」

「わかっています。雪慈ちゃん、帰ったほうがいいかもしれないよ。ここから先は――」

「いやです。本当に紫織があいつにとらわれているのなら紫織と会うまでは帰れません」

 雪慈ちゃんの決意は固いようだ。僕の後ろにいるようにと手で示し、本田のほうへと向き直る。

「こいつを、どうするのですか? これから・・・」

「悪魔との契約を結んだ人間は天界のほうへと送る決まりじゃ。故に、小夏の元へと連れて行かねばならぬのじゃが――」

「・・・んなぁ・・・」

「「「!?」」」

 本田がうめき声を出したのに全員が反応し、本田のほうを見る。

「ダンナ・・・ダンナァァ!」

 地面に倒れたまま叫びを上げる本田。ダンナ? そういえば、前にやつは影のダンナといっていた。それってつまり・・・あの影の男の事か!?

「・・・呼んだか?」

 その呼び声に呼応してか、影の男が現れる! まずい・・・狐子さんは本田相手で五分五分だといっていた。あの影の男相手では・・・勝てないのではないか!?

「ダンナァ・・・助けてくれよぉ・・・全員まとめて、殺してやってくれよぉ・・・」

「・・・いいだろう」

 まずい・・・! このままでは、全員殺される・・・!?

 そう思ったとき、影の男は本田の方を見た。

「があぁっ!? だ、ダンナ・・・!?」

 影の男が、腕を槍のようにして、本田に突き刺している・・・え? 何で・・・?

「・・・全員といっただろう? だからお前も殺す」

「ふざ・・・っ! な、なに言ってんだよぉ、ダンナ・・・俺ら以外、あいつらを全員って意味に決まって・・・」

「黙れ」

 その言葉は本田に放たれたもの。しかし、僕まで体をはねさせるほどの気迫がこめられている。

「お前は一対一で負けた。敗者がどうなるか、言わなくては分からないのか? 答えはひとつ・・・死だ」

「ぎゃあぁっ!? だ、ダン・・・!」

「死ね」

 影の男がそういうと、本田はひときわ大きく体を震わせ・・・動かなくなった。

「さて」

 男がそう言ってこちらに向き直る。こ、今度こそ・・・殺される!?

「みればみるほど楽しめそうにない連中だ・・・非戦闘員、力を使い果たした神。そして・・・」

 僕のほうを指差し、意味ありげに笑ってみせる男。僕が・・・なんなんだ?

「全員、戦うまでもない・・・せめて、お前の力の回復を待ってから戦うとしようじゃないか。金色の戦姫よ」

 そう言ってみせる男。え・・・提案しているのか? 有利なのは圧倒的にあの男のほうなのに・・・なぜ?

「・・・わしらに異論はない。じゃが、なぜじゃ? なぜそこまでわしと戦いたがる?」

「そんなもの、決まっている・・・」

 体を影に変えながら呟く男。

「永遠の命を楽しむためだ・・・」

 その呟きを残し、男は消えていった。

「「「・・・・・・」」」

 誰も、何も言わない。当然だ。みんな疲れているし・・・圧倒的な力を持つ存在を前にしたのだから。張り詰めていた気が、まだほぐれていないのだ。

「みな・・・とりあえずは、いったん小夏の元へ行こう。娘は小夏という名はしらなんだな。土地神のことじゃ。あの社まで・・・いったん行こう」

 狐子さんがそう口に出すまで、体感で数十分かかったようにすら感じる。狐子さんの発言に頷き、雪慈ちゃんのほうを見る。雪慈ちゃんも、黙って頷いていた。

 みんなでそろって廃ビルの外へでる。疲れた・・・戦ったのだから、肉体もそうだけど、何より精神的なものが大きい。

 雪慈ちゃんも同じようで、ふらふらとしている。そっと抱き寄せると、体を預けるようにしてきた。そのまま三人で歩く。

 すぐに、あの分かれ道にたどり着く。

「・・・ぬしよ、どうする?」

「・・・もう、平気です。最短路で行きましょう」

 そう言って、雪慈ちゃんと一緒に右へと曲がる。

「そうか・・・成長、したな」

 言いながら狐子さんも僕達の後ろを歩いてくる。

 右に行ったので、神社にもすぐたどり着いた。

「みんな、お疲れ。終わった・・・という感じではないでしょうけど、紛れもなく、今回の戦いは終わりよ。飛び入りゲストも、何か言いたいんじゃないかしら?」

 そういうと、小夏さんの後ろから半透明の人影が現れた。いや・・・あの顔、少し成長しているけれど、間違いない!

「「紫織!」」

 雪慈ちゃんとそろって叫ぶ。そうか・・・本田が死んだから、解放されたのか。

「兄さん、ユキちゃん、久しぶり・・・元気だった?」

「紫織・・・紫織ぃ!」

 おどろいてその場に座り込んでしまった雪慈ちゃんを心配するのも忘れて、紫織の方へと歩み寄る。

「ごめん・・・ごめんね。ずっと後悔してた・・・最後にかけた言葉がうるさい、黙ってろだなんて・・・ずっと、ずっと後悔してた!」

「大丈夫だよ、兄さん。兄さんは、私がこの神社まで着いてきてケンカに巻き込まれないように、って思ってくれたんだよね。知ってたよ。だから、謝らないで・・・」

 半透明の手で僕の頬に触れようとする紫織・・・しかし、その手はすり抜ける。そうか・・・本当に、幽霊なんだな・・・。

「うん、ごめんね・・・ありがとう」

「もう、謝らないでってば・・・」

 困った様子の紫織。兄として、妹を困らせちゃだめだな・・・。

「狐子さん、小夏さん・・・紫織は、これからどうなるのですか?」

「そうね・・・人の間の言い方では、成仏、というのかしら。あの世・・・天界に行って、そこからどうなるかは・・・紫織ちゃんしだい」

「そうなんですか・・・本人なのに初耳です」

 そういう紫織。思わず苦笑する。ああ・・・紫織なりに気を使ったのかな。みんな疲れてるから、少しでも笑わせようとしたのかもしれない。

「私も・・・一緒に行けないのですか?」

 涙を流しながらそう聞く雪慈ちゃん。でも、その表情はどこか答えをわかっているように見える。

「ユキちゃん、そんなこといわないで。兄さんにも言われたでしょう? そんなことしたって私は喜ばないよ。まぁ、私だってユキちゃんと一緒にいたいけど・・・ユキちゃんはまだ生きているんだもん。生きているのだから、生きて幸せになって。それが、私のお願い。多分、最後の」

「紫織・・・うん、分かった。紫織がそういうなら・・・私、生きるね。生き切るね」

 雪慈ちゃんは、泣いているのに無理やり笑ってそういった。きっとそれが、紫織のために出来る精一杯のことなんだな・・・。

「みんな、そろそろいいかしら? 別れたくない気持ちは分かるけど、盆になればまた会えるから。今は一度、お別れよ」

「その前にひとつ・・・紫織、僕が狐子さんと・・・神様といっしょに戦ってるって知って、どう思った?」

 そういうと、紫織は苦笑した。

「びっくりしたよ。でも・・・兄さんらしいなって思った。最初は危ないから止めたいと思ったけど・・・もう今さらだね。がんばって、狐子さんを助けてあげて。狐子さんにもお願いします。兄さんが怪我をしないように、出来る範囲でいいので守ってあげてください」

 その言葉に狐子さんは頷く。

「当然じゃ。わしは・・・こやつを守る」

「はい、お願いします」

「それじゃあ、そろそろ始めるわよ。紫織ちゃん、こっちに来て」

 小夏さんのその言葉に従う紫織。お別れ・・・でも、一度だ。盆になればまた会える。だから・・・笑って見送ろう。

「じゃあね、紫織。盆には絶対に迎え火やりに行くから・・・ちゃんと戻ってきてよね」

「うん、どうすればいいのかわからないけど・・・ちゃんと帰ってくるよ。心配しないで」

「紫織、そのときは・・・また遊ぼうよ。そうしたら、また何か頼み事して。さっきのが最後のじゃなくていい。これからも、いっぱい・・・いっぱい、頼み事しあって、ずっと友達でいようよ。お互いに助け合って・・・紫織はもう死んじゃってるからこんな言い方もおかしいかもしれないけど、支えあって生きていこう」

「うん、ありがとう・・・それじゃあ、二人とも。また会おうね」

 そう言って紫織は手を振る。僕も・・・涙をこらえながら、無理やり笑って、手を振り返す。

「今、迷えるものの魂を母の御許へ送らん・・・葬送」

 小夏さんが言葉を紡ぐと、紫織の周囲に光の点が現れ、地面に落ちる。そして、天まで届く光の柱となる。そして、紫織の体が徐々に浮いてゆく。

「今、凄くすっきりとした気持ちになってきた・・・きっと、兄さんもユキちゃんも強くなってくれたおかげで、未練がなくなったからだね。それじゃあ・・・またね」

 そう呟くと、紫織の体はさらに空高くへ浮かび上がり、だんだん見えなくなって・・・最後に、光のつぶを残して、消えた。

 そのまましばらく、みんなが空を見上げていた。

「さあ、みんな。余韻に浸りたいのは分かるけど、そろそろ帰らないと。特に雪慈ちゃん。あなた、ご家族に何も言わずに出てきたでしょう? みんな心配してるわよ。警察に連絡したほうがいいんじゃないかって、そう騒いでるわ」

 数分後、小夏さんのその言葉でみんなが我を取り戻したかのように視線を戻す。

「そうなんですか・・・それじゃあ、急いで帰らないといけませんね。土地神様、ありがとうございました。お兄さん、狐子さん・・・ご苦労をおかけしました」

 そういうと、どこか恥ずかしげに視線を落とし、僕のほうを向いた。

「お兄さん、今までのお詫びをさせてください・・・小さなことしか出来ませんが、その積み重ねで、お詫びをさせてくださいね。それまで、一緒に生き切りましょう」

「お詫びなんて・・・」

 言葉を返そうとするけど、その前に雪慈ちゃんは駆け出してしまっていた。

「せわしない娘じゃな」

「あら、気付かないの? 狐子。あの表情はどう見ても・・・」

「これ、口に出しては無粋というものじゃ」

「あはは、それもそうね」

 僕の後ろで二人はそう言って笑う。何が言いたいのかはわからないけど・・・きっと雪慈ちゃんのことを話しているのだろう。

「さあ、わしらも戻ろうぞ。両親が眠っているのは確認したとはいえ、もしかしたら目覚めて心配しているやも知れぬ」

「そうですね・・・帰りましょう。小夏さん、またいつか。強くなるために、また訓練つけてもらいに来ますから」

「ええ。またそのうちね。ばいばい」

 そういって、本殿に戻っていく小夏さん。

 その背中を見送ってから、僕達も自宅への帰路へ着いた。



第七幕 了


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