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隣の憑神さま  作者: 有瀬川辰巳
第一章
6/10

五幕 あの日の記憶

「ん・・・むぅ・・・」

 なんだろう・・・何か、寝苦しいような・・・。そう思いながら目を開ける。しかし、視界は青一色・・・あれ? こんな青色のものを昨日見たような気が・・・。

「む、起きたか? おはよう」

 というか、この声の主が着ていたパジャマの色がまさにこの青色だったような気が!

「むー! むー!」

 だめだ、頭をしっかり体に押し付けられているから声が出せない! というか力凄い強い!?

「こーれ、そのように暴れてはおぬしの手が妙なところに当たってしまうではないか・・・これ、どこを触って・・・」

 うわあぁぁ! 抜けれたけど、変なところを触ってしまったのか!?

「ぷはっ! ご、ごめんなさい! 決して、わざとでは!」

「・・・ふふ、心配するな。おぬしの手はわしの肩あたりしか触れておらぬ。おぬしの反応を楽しむためにわざと妙な声を出しただけじゃ。人を化かすのはわしの、ひいては狐の楽しみの一つじゃからな。しかし・・・わしの薄い胸に抱かれただけでこのような反応とは・・・おぬし、なかなか純情じゃのう・・・くくっ、イタズラしがいがあるというものじゃ」

「し、仕方ないでしょう・・・外見はともあれ、狐子さんの内面は大人だって考えると、どうしても異性として考えてしまうのですから・・・」

 そういうと、狐子さんはおどろいたような表情をし・・・なんと、赤面した!

「そ、そうか・・・それはすまなかった、の・・・」

 そう言って、起き上がり目をそらす狐子さん・・・うう、気まずい・・・。

 とりあえず、時計を確認しておこう。えっと・・・今は、八時ぐらいか。となると・・・。

『しんちゃ~ん、愛紗ちゃ~ん、ご飯よ~』

 やっぱり! これをきっかけに話しかけて、この気まずさを解消しよう!

「狐子さん、ご飯だそうですよ! 早く下に行きましょう!」

「う、うむ・・・その前に、じゃな・・・その、わしのことを異性として意識してしまう、というのは・・・本当かのぅ?」

 うぅ、何でこんな恥ずかしい質問をしてくるんだ、狐子さん!

「まぁ・・・そう、思ってますよ。僕・・・外見より、中身で判断するタイプなので・・・いくら外見が子供でも、実際は千年も生きている人だと思うと・・・どうしても、異性として考えてしまいます」

「そ、そうか・・・」

 そういう狐子さんの表情は・・・どこか嬉しげに見えた。

「さ、さて! 幸衛殿が呼んでおるのじゃ。早く下にいって、朝食としようぞ!」

「はい・・・そうしましょう」

 どこか嬉しげなままの狐子さんのあとを追って部屋を出て、階段を下りる。

「おはよう、慎一、愛紗ちゃん。よく眠れたかい? 何か、顔が赤いようだけれど」

「そんなことないとおもいますよ? 衛二さんのきのせいだとおもいますです。ね? おにいちゃん」

「う、うん・・・多分、気のせいじゃないかな?」

 狐子さん、やっぱり切り替え早いなぁ・・・僕はまだちょっと動揺してるのに・・・。

「そうかい? まあ、いいか。とりあえずご飯にしよう。いただきます」

「「「いただきます」」」

 父さんの合図でみんなで食べ始める。今日は・・・ご飯、味噌汁、鮭の切り身に漬物か。うん、やっぱり和食が一番だ。

「そうだ! ごはん食べおわったら、いっしょにおさんぽ行きませんか? おにいちゃん」

 しばらくごはんを食べ、大方食べ終わったところで狐子さんがそういう。これは・・・昨日言っていた神社にいっしょに行こう、ということだろうか。

「うん、いいよ。朝の空気を吸いながらそこらへんをぶらぶらするのも悪くないからね」

「おさんぽねぇ~。楽しんできてね、二人とも」

「はいです! ごちそうさまでした! おきがえしてきますです」

「僕も着替えないとな・・・ごちそうさまでした」

 挨拶をして部屋を出る。それにしても・・・なんで神社に行こう、なんていいだしたのだろうか。狐子さん自身が神様なのだから、ご利益とかではなさそうだけど・・・。

 まあ、それも神社に着けば話してくれるだろう。今は着替えることを考えよう。念のため、動きやすい服装に着替えておこうかな。


‡   ‡


「それじゃあ、ちょっといってくるよ」

「は~い。二人とも、気をつけてね~」

「はいです! いってきまーす!」

 狐子さんと二人、家を出る。ちなみに、今日は洋服姿だ。

「さて・・・すまぬな。理由も話さず連れ出して」

 あたりに人がいないことを確認すると、狐子さんはそう話し出した。

「いえ、かまいませんよ。何か大切なことなんでしょう?」

「うむ。わしの力に関することであり・・・おぬしが少しでも強くなるためのことでもある。ただの人間では、これからの戦いには付いてこられないじゃろうからな」

 その言葉を聞いて、なんとなく嬉しくなる。

「そうですね・・・それにしても、最初は戦うことに反対していたのに、いまはそうじゃないんですね」

「む・・・そうじゃな。今でも賛成はできぬが・・・真っ向から反対しようとも思えぬ。戦ってみて、今のわしではとても敵を倒せぬと分かったからかのぅ・・・ただし! 今でも前線に出ることには反対じゃからな。後方で自分の身を守ることに尽力せよ」

「はい、わかっています。僕では足手まといにしかならないであろうことは、昨日の戦いだけでも分かりますから」

 そんな話をしている間に、例の二又に分かれた道にたどり着いた。

「・・・狐子さん、ちょっと遠回りになりますけど・・・右から行きませんか?」

 この道は・・・左に行きたくない。確かに、左から行くほうが早い。それでも・・・いやだ。

「む・・・悪いが、万が一を考えると一分、一秒でも早く神社にたどり着いておきたいのじゃ。悪いが、左から行くぞ」

 そういうと狐子さんは左に行ってしまった!

「あ・・・待ってください!」

 あわてて狐子さんを呼び止め、少しだけ左の道に入る・・・。

 そこで、僕は見てしまった。あの道を。

 蘇るのは、あの日の記憶。高速で通り過ぎる車。跳ね飛ばされ、宙を舞う少女。

 そして、地面に叩きつけられた頭から流れ出る・・・。

――ニイサン

「・・・あぁぁぁぁ! う・・・ぷっ・・・」

 猛烈な吐き気がこみ上げる。この道は・・・あの日、紫織がひかれた道・・・。いやだ、いやだいやだいやだいやだ! あのときのことを・・・思い出したくない!

「・・・っ! どうした!?」

 狐子さんがかけ戻ってきて僕に何かを言っている。だけどその内容は耳に入らない。ぼくののうりをあのひのこうけいがかけめぐっている。あたまからながれでる赤がむげんにひろがっていく。なんどもしおりがはねとばされちゅうをまっている。そして、赤がひろがる。赤、赤赤赤赤赤赤赤赤・・・。

「く、すり・・・」

 ポケットの中の精神安定剤を取り出す・・・でも、手が震えて取り落としてしまう。

「大丈夫か!? 薬じゃ!」

 落とした薬を狐子さんが拾ってくれ、口の中に入れてくれる。それを飲み込む。

 数分たち、ようやく薬が効いてきたのか、多少落ち着いてきた。

「すい、ません・・・迷惑をかけて・・・」

「謝るのはわしのほうじゃ! すまぬ、事情をしらなんだとは言え・・・まさか、この道が紫織殿が事故にあった道だったとは・・・」

「何で、分かったんです? ・・・あ、強い感情の揺れの元なら分かる、という・・・」

「そうじゃ・・・もう、落ち着いたのか?」

 正直言ってまだつらい・・・けど、いつまでもここにいてもつらいだけだ。早く、立ち去ろう。そう思って頷く。

「少しくらい遠回りでもよい。左から行こう・・・立てるか?」

「ええ、大丈夫です・・・もう平気です」

 そう答えを返し、立ち上がる。

「ずいぶんお久しぶりですね。お兄さん」

 そのとき、背後からその声が聞こえた。

「・・・久しぶりだね、ユキちゃん」

「こんなところで会うとは思いませんでしたよ。ここは、紫織が死んだ場所なんですからあなたなんかが来るとは思わなかった・・・それと、その呼び方をあなたに許した覚えはありません。私の名前は白坂雪慈(しらさかゆきじ)です」

「・・・そうだったね、ごめん。雪慈ちゃん」

「おにいちゃん・・・このひと、だれ?」

 即座に愛紗になる狐子さん。そんな狐子さんに答えを返す。

「白坂雪慈・・・紫織の、一番の友達だった女の子だよ」

「過去形にするな! 紫織は今でも私の一番の友達だ! 紫織が生きていたら・・・あなたの代わりに死にさえしなければぁ!」

 憎しみをあらわにする雪慈ちゃん。当然か・・・紫織は僕をかばったせいで死んだんだから。彼女にしてみれば・・・僕は憎い仇なのだろう。

「っ・・・不愉快です! 私は帰ります」

 そういい残して、彼女は去って行った。

「あの娘、憎む相手を間違えておる・・・まるで、おぬしが紫織殿を殺したかのようではないか」

「・・・あながち間違いとはいえませんよ。紫織が死んだ原因は、僕をかばったことなんですから」

「そうやも知れぬが・・・何か、違和感を感じる・・・」

 そう言って狐子さんは首をかしげた。

「それよりも、早く神社に行きましょう。大切なことなんでしょう?」

「うむ・・・そうじゃな。早く行こう」

 まだ納得していない様子の狐子さんに声をかけ、左側の道へ向かう。

「さて、そろそろ話すとしようか・・・」

「え? ・・・あぁ、神社へ行く理由ですか? 力に関することだと先ほど言っていましたね」

「うむ。理由を知らぬままではいまいち納得できんだろうと思ってな」

 そういうともう一度周りを見回す狐子さん。なんとなくその様子をじっと見てしまう・・・うん、可愛らしいな。

「む・・・ふふ、聞いても信じるものはいないと思うが、な。なんとなく見てしまうのじゃ・・・さて、理由じゃが、土地神との契約というものをするためなのじゃ」

「土地神との契約?」

 聞いた事をオウム返しする。契約というと・・・式神の契約ぐらいしか知らない。いや、それ自体もよく知っているわけではないけど。

「うむ。わしらは人の世界にあまり影響を出さないために、ある程度力を制限されておるのじゃ。それを、開放するための契約・・・じゃな。今のわしではそれほど変わらぬが、それでもしないよりはましじゃ。そして、わしの力が大きくなればおぬしに送る力も大きくなる。それゆえ、おぬしも少しは強くなるということじゃ」

「なるほど、そういうことですか・・・」

 なんとなく納得できた。それがどうして土地神との契約なのかは分からないけど・・・まあ、知っても仕方ないか。

「さて、そろそろ着きますよ」

 そのまま少し歩き、八千代神社の前にたどり着いた。

「なるほど、ここが・・・む・・・やれやれ、どうも顔見知りに会いそうじゃな」

「顔見知り?」

 呟いて参道の階段を上り始める狐子さんのあとを追いかける。

「やれやれ・・・やはりか」

 先に階段を上り終えた狐子さんは、そう呟いた。

 そして、階段を上り終えたところで僕はその言葉の意味を知った。

 境内には、狐の耳と尾を生やした長髪の巫女服姿の女性が立っていた。

「久しぶりね・・・狐子」

 その言葉はささやくよう・・・だけど、しっかりと耳に届く不思議な声。それに九本の尾や雰囲気が合わさり、後光すら見えるような気がしてくる。

「ああ、ここ十年はあっていなかったか・・・本当に、久しいのぅ、小夏」

「そうね・・・そっちの男の子、式神? ふぅん・・・なるほどね・・・帯人、いるでしょう?」

 彼女がそう口にすると社務所から男の人が出てきた・・・あの人、昔ケンカしにここにきたときにあった神主さんだ。たしか、蒼井帯人(あおいおびと)さんだったかな? もう三十台半ばぐらいになるはずだ。

「確認させていただきます。あなたは、稲荷狐子様の式神。間違いないですね?」

 彼の言葉に頷く。一応、僕は式神・・・だよね?

「でしたら、社務所の中へどうぞ。御二人の邪魔になりますので」

「はい、分かりました」

 契約の儀式でもあるのだろうか・・・まあ、邪魔になるというのなら言うとおりにしよう。そう考えて社務所の中へ入る。

「さて・・・あなたには小夏様からこれを渡すように、と言伝されております」

 そう言って、帯人さんは僕に布の袋に入れられた何かを渡してきた。う・・・ずっしりと重いな。いったいなんなんだ?

「それは昔小夏様が使われていた、意思を持つ太刀、マダチです。どうぞ、これからの戦いにお役立てください」

「意思を持つ太刀・・・分かりました、ありがとうございます。でも、なんで僕に?」

 神様の存在を知ったのだから今さら意思を持つ太刀程度でおどろいていられない。それよりも気になるのは、どうして話すらしていないあの小夏という神様が僕にこれを渡そうと思ったか、だ。

「小夏様はあなたが幼きころよりあなたを見守っておいででした。それゆえ、あなたならばマダチを託すにふさわしい。そう思われたのでしょう。さあ、中を見てください」

頷いて、太刀が入れられている袋を開け、中身を見てみる。これは・・・いったい何でできているんだ? 見た感じ、ほとんど透明の何かでできているみたいだけど・・・。

「さて、これよりその太刀があなたを使い手として認めるかの試験を行うということですので、私は別室へ移ります。終わりましたら、声をかけてください」

「あ、はい。分かりました」

 使い手として認めるか、か・・・お役立てくださいなんて帯人さんは言ったけど、これって認められなかったらぬくことすらできない、とかそういうのじゃないだろうな・・・。

「おやおや」「これはなかなか」「「察しがいい」」

 いきなり聞こえた声に顔を上げる。そこには白装束の男女が立っていた。

「あなた達は・・・誰ですか?」

「おやおやこれは失礼を」「まずは自己紹介から始めましょう」「我はタチヒコ」「私はサヤヒメ」「「我らは二人で一人、二つで一つ! 合わさって初めて汝のもつ太刀、マダチとなる!」」

「えっと・・・つまり、この太刀の意思、ってこと?」

「「正解、ご名答!」」

 この二人、合わせてか交互で喋るんだな・・・二人で一人なんていうだけあるな。

「さて、試験だが」「あっという間に終わってしまうものなの」「我らは汝の持つ力を感じる」「そして判断する」「「汝が我らを振るうにふさわしい者かを!」」

「え・・・力って・・・」

 そんな・・・力を測られたら、僕はただの人間なんだからないに等しいじゃないか! 試験の結果は分かったも同然だな・・・。

「「さてさて、それでは早速」」

 両側から同時に伸ばされる手。二人の手は僕の肩に触れている。

「おやおや」「あらあら」「「なんと弱く、儚い、微かな力か!」」

 やっぱり・・・そうだよな。僕なんかに凄い力が眠っているわけがない・・・。

「しかし、待てよ。サヤヒメ」「待っているわ。タチヒコ」「この力は実に面白いと思わないかサヤヒメ」「ええ、面白い性質ねタチヒコ」

 ・・・? 二人は何を言っているんだ? そう思った直後、屋外から爆音が響く。

「あらあら、表の二人はずいぶん派手にやりあっていること」「なに、昔からのことではないか」「そうね、あの二人の仲は昔から変わりないようね」

 うーん・・・契約するだけなのにこんな爆音を響かせるってことは・・・相当仲が悪いのか?

「おっと、話がそれたな」「何はともあれ、この少年、実に面白いわ」「そのとおりだな。我らの使い手となれば、さぞや面白い運命を見させてくれそうだ」「それなら決まりね?」

「ああ、決まりだな」「「汝を、我らを振るうにふさわしい者と認める!」」

 ・・・え? 爆音に気を取られている間に話が進んでしまったみたいだけど・・・認めてくれたのか?

「おや、複雑そうな表情」「嬉しくなかったかしら?」

「いえ! そんなことは・・・ただ、さっきは力がない、なんていっていたので・・・そこからどうして僕を振るい手として認めてくれたのか、と思って・・・」

「ふふ、それは簡単な話」「あなたは私たちを楽しませてくれそうだから」「「退屈は心を殺す。故に、面白き力の持ち主である汝を振るい手と認めるは当然のこと!」」

 面白い力? それっていったいどういうことなんだ?

「あの、その面白い力っていうのを具体的に聞かせてくれませんか?」

「「ふふふ」」「教えるのはたやすいことね」「だが教えては面白くない」「「故に断る!」」

 えー・・・なんなんだよ・・・この二人・・・。気になることを言っておいてそれについて聞いたらスルーって・・・。

「なに、じきに分かる」「そのとおりよ。すぐに分かるわ」「「それよりも・・・」」

 そういった途端、二人の姿が薄れていく。

「ちょ、ちょっと! 二人とも!?」

「「契約は完了した。我らは常に汝とともに、汝は常に我らとともに・・・」」

 そう言っている最中にも二人の姿はどんどん薄れていく。そして、手元に違和感を感じ見てみる。え・・・太刀が溶けて、僕の肌の表面をつたっている!?

「わ・・・うわ・・・」

 溶けた太刀は僕の全身を覆うように動いている。何これ、どういうこと!?

「「恐れず受け入れよ。それが我らの原初の形。我らを受け入れよ・・・」」

 その声が聞こえるころには二人の姿は完全に消え、溶けた太刀は僕の全身を覆っていた。でも、これ・・・口までふさいでいるから、息が、できない・・・!

「・・・っぷはぁ! はぁ・・・はぁ・・・し、死ぬかと思った~・・・」

 数十秒がたち、そろそろ息が持たないと思ったときようやく全身を覆っていた太刀だったものが消え、呼吸ができた。

「えっと・・・サヤヒメさん、タチヒコさん。今のって、いったい・・・?」

 落ち着くまで深呼吸を繰り返してから、消える直前の言葉を思い出し、そう口に出す。しかし、答えは返ってこない。

「・・・もしもーし? お二人ともー?」

 ・・・何も答えを返してくれないな・・・気分しだいってことなのだろうか・・・。そう思っていると、先ほど帯人さんが入っていった部屋のふすまが開いた。

「おめでとうございます・・・見たところ、マダチに認められたようで」

「あ、はい・・・そのようなのですが、二人は言葉を返してくれず・・・どうしたものかと」

「はは、心配は無用ですよ。小夏様曰く、その太刀に眠る意思は自由奔放。自分たちの喋りたいときにはうるさいほど喋るが、そうでないときは何万回呼びかけようと返事すらしないそうですから」

「そ、そうなんですか・・・」

 なんて自分勝手なんだ、あの二人・・・。

「さて、小夏様から与えられた命を果たしたところで・・・そろそろ堅苦しい話し方はやめにしようか。久しぶりだね、慎一君。四年ぶりくらいかい?」

「あ・・・はい、そうですね。最後に来たのが高校二年生のときで、今大学二年なので・・・それぐらいになりますかね」

 気軽な話し方をしてくれるようになってよかった・・・正直、年上の人に敬語を使われるのってなんかいやなんだよな。

「ところで・・・マダチはいったいどうなったのですか? 僕の体の表面を覆ったかと思ったら、いきなり消えてしまって・・・」

「ああ、マダチはね。使い手がいない間は太刀の形をとっているけど、一度使い手を見つけるとその相手の体の表面に薄い膜になって存在するそうだよ。そして、使い手のイメージに応じた形に変化する。一度やってみるといいよ。いざというときのためにね」

「そうなんですか・・・分かりました」

 立ち上がり、構えを取る。

 頭に浮かべるのは、日本刀。すると、体の表面を何かが流れるような感覚のあとに、手の中から半透明の物質が噴出し、日本刀の形をとった。

「最初でうまくできるとはなかなかやるね・・・さて、お二人のじゃれあいも一区切りついたようだし、そろそろ外に出るとしようか」

「あ、はい。分かりました・・・」

 ・・・じゃれあい? あんな爆音をだすようなことが・・・じゃれあい?

 そんな疑問を抱きながら社務所の外へ出る。

「うえっへっへっへぇ~、狐子ぉーん・・・狐子ぉーん! 本当に久しぶりぃーん!」

「・・・それは分かったからいい加減抱き上げるのをやめてはくれぬか」

 そこには、最初に見たときに感じた神秘性だとかが一切ない九尾の女性がいた。え・・・あれ、本当に同一人物? 僕が見たときにはもっと、威厳がある本当に神様らしい神様だったのに・・・え? ・・・え?

「あ。・・・一方的ではあるけど、久しぶりね、慎一君。あなたに私が見えなかったころから、私はあなたのことを見ていたわ・・・私はここ一帯の土地神だからね」

「は、はぁ・・・」

 その言葉にはどこか威厳が伴っていて・・・狐子さんを抱き上げて頭に頬ずりをしてさえいなければ凄い神様だな、と思ったかもしれない。

「これ、小夏。おぬしにとっては久方ぶりの再会でもあやつにとっては初対面なのじゃぞ。自己紹介ぐらいせぬか。あといい加減抱き上げるのをやめぬか。そろそろ全力で術を叩き込むぞ」

「んー・・・今の狐子の術なら軽いおいたレベルだけど・・・まあ、自己紹介もしなくちゃ、だしね」

 そういうと九尾の女性はようやく狐子さんを抱き上げるのをやめ、地面に降ろした。

「あなたにとっては初めまして、遠坂慎一君。私は日向小夏(ひゅうがこなつ)。さっきも言ったけれど、ここ、遠坂市を守ることを目的として送り込まれた土地神よ。ちなみに好きな人は狐子。食べちゃいたいくらい大好きよ! ・・・性的な意味で」

「・・・えっと、いろいろスルーして自己紹介させてもらいますけど・・・遠坂慎一です。もっとも、名前はご存知のようですが・・・」

 いろいろ余計な言葉があったと思うけど、気にしないでおこう。こんなこといわれたって、まともな対応なんてできないんだから。

「ところで、あなたに私が見えないころから、というのはどういうことですか?」

 スルースキル高いわね・・・などとぶつぶつ言っている小夏さんに声をかける。

「ああ、霊格っていうのがあってね。私は今まであなたには認識できない範囲、結構高いほうにいたのよ。でも、狐子が力を使い果たして私の担当の土地にきたって分かってから式神のあなたにも見れるように霊格を落としておいたの。それに、力を使い果たして霊格が落ちているとはいえ、狐子も神様だし、式神の契約を結んだからにはあなた自身の霊格も多少は上がったのよ。それで私のこと見れるようになったってわけ」

 マシンガンのように繰り出される小夏さんの言葉を何とか処理する。つまり・・・霊格というのはRPGゲームなんかで言うレベル、ということだろうか・・・それが低かったから僕は今まで小夏さんの存在を知覚できなかった、と・・・。

「これ、そんな一気に説明されてもまったく分からないことなのじゃから理解できんじゃろう。すまぬな、こいつはこういうやつなのじゃ・・・」

「あ、いえ。大丈夫です・・・なんとなく、分かった気はするので」

「そうか、それならばよいのじゃが・・・」

 どこか心配そうに呟く狐子さん。

「ところで、どうする? 慎一君にはまだ感じられるほど穢れはたまっていないようだけど・・・浄化、やっとく?」

「まあ、まだ二度しか悪魔との戦いは経験していないから、感じられるほどないのは当然じゃな・・・まあ、念のためやっておいてくれ」

「あい、あーい。了解よ。さて、それじゃあ、浄化、いっとこー♪」

「ちょ、ちょっと・・・その、浄化とか、穢れというのは、いったい・・・?」

 流石に何の説明もなくやられるのは怖い。

「えっとねー・・・狐子、説明お願い。しかし、事情は聞いたけど、本当に何も知らないのね」

「まあ、マダチに認められるほどの力を持っているのなら、何とかなるじゃろう・・・さて、穢れと言うのはな、悪に墜ちた神や魔が放つ特有の力じゃ。神や魔ならばその影響は受けぬが・・・人間はそうも行かぬ。軽くて体調を崩し、悪いときには悪に落ちた神や魔・・・悪魔に転じてしまう。それを防ぐためにするのが浄化じゃ。早い話が、穢れを清めることじゃ」

「なるほど・・・浄化の認識は人間の世界で言われているようなことと変わりないのですね・・・それじゃあ、お願いします」

 浄化や穢れの説明を受けたところで小夏さんのほうに向き直る。

「はいなー、それじゃあ、やっちゃうわよ~・・・にゃむ~! ・・・あ、ふざけてるように聞こえたかもしれないけど、まじめにやったわよ。実際、わずかな穢れも完全に取れたから」

 言われてみれば・・・わずかにだけど肩が軽くなったような気がする。これが、穢れが取れるということかな・・・?

「よく分かりませんが・・・ありがとうございます。少し楽になりました」

「あら、あんなちょっとの穢れで変化を感じるなんて・・・ずいぶん敏感なのね。こまめにお姉さんのところに来て穢れをヌいたほうがいいわよ♪ うふっ♪」

「お姉さんとは・・・おぬし、わしと大して年変わらんじゃろうに」

 ・・・なんだろう、狐子さんの一言で空気が凍りついたように感じる。

「いいの! 私はいくつになっても心は若いから!」

「ああ、そうか・・・確かに、おぬしはいくつになっても落ち着きがない。子供らしいといえば子供らしい」

「・・・あの、狐子? 私はそんな意味で言ったつもりはないのだけど・・・あら? 招いてもいないお客様の気配・・・帯人、あなたは隠れていて」

 言われてみると・・・廃ビルの中でも感じたいやな感覚が近づいてくるのを感じる。しかも・・・凄く大きい?

「狐子と慎一君は私の後ろに。慎一君・・・日本刀はそのまま出しておいてね」

「わ、分かりました・・・」

 緊迫した空気・・・でも、緊張するな。体が動かなくなる。

「お? おぉ!? 宣戦布告しに来たら・・・ずいぶん懐かしい顔がいるじゃねぇか!」

 数秒後、そんな声が響く・・・場所は、上から!?

「久しぶりだなぁ・・・遠坂慎一!」

 その声は、廃ビルの中で隠れているときにも聞こえた声・・・そして、四年前にも、聞いた事のある声。

本田(ほんだ)・・・剛志(ごうし)・・・!」

「知っているのか?」

「とてもよく知っていますよ・・・あいつが、紫織を殺したんですからね!」

 そう、僕にとって憎いという言葉では足りない仇・・・そいつが、今、鳥居の上にたっている!

「降りてこい! お前は・・・お前だけは、殺してやりたいと思っているんだ!今すぐにでも殺してやる!」

「落ち着きなさい、慎一君」

 今すぐにでもあいつのほうに走って行きたい、そして、斬りつけてやりたい・・・そんな思いの僕を、小夏さんが押さえる。何でだ・・・どうして止めるんだ!

「こいつがこのあたりに最近現れた悪魔の首領格・・・今のあなたじゃ返り討ちよ」

 その言葉で、いやな感覚が近づいてきていたことを思い出す。この感覚は・・・あいつのものなのか・・・?

「今すぐにでも殺してやりてぇのは俺も同じだけどよぉ・・・今日は宣戦布告までと決めてんだ。影のダンナにもそうするようにっつわれたしな・・・というわけでだ、神ども。俺はお前らと正面からぶつからせてもらうぜ。今日から震えて眠りやがれ!」

 そういうと、剛志の周囲に黒い霧が張り巡らされ、あいつを包み隠す・・・なんだ? いやな感覚が増えた?

「やれやれ・・・下っ端使いの荒いやつじゃ。いかに弱っておるといえど・・・この程度のものではわしにすら手傷一つ負わせることはできんというのに」

 黒い霧が消えたとき、そこには廃ビルの中で見た化物三体があいつの立っていた場所にいた。くそっ・・・逃げたのか。

「慎一君、一体は任せたわよ。狐子、一人一体でいいわよね?」

「ああ、すまぬな。本来ならば一瞬でまとめて滅することができるのじゃが・・・ほれ、おぬしも目先のことに集中せよ! いくら武器があるとはいえ、油断をすれば死ぬことに変わりはないぞ!」

「・・・っ、分かりました・・・」

 仕方ない・・・今は目先、やつの手下を倒すことに集中しよう。

 鳥居の上から三体の化物が飛び降り、着地する。そして、向こうもこちらと同じ考えのようで、僕たち三人の前に一体ずつ並んだ。

「好都合! 私は結界維持に力を割いているから術は使えないけど・・・通常兵装で十分よ!」

 そういうと、小夏さんは懐から短刀を取り出した。狐子さんも、例の木刀を取り出し、戦闘態勢だ。

「行くわよ、二人とも!」

「うむっ!」

「はい!」

 小夏さんの合図で一気に駆け出す。

「「「キシャァァ!!」」」

 化物もそれにあわせ、こちらに駆け出す。

「お前らに・・・かまってる暇はないんだよ!」

 鞘に収まったままの日本刀を一気に引き抜きながら切りつける。

「ギャヒィ!」

 しかし、その一撃はすんでのところでかわされてしまう。そして、化物は体重を乗せた一撃をかわされ、隙だらけの僕に飛びかかって来る!

「ぐあっ!」

 牙が肩先に触れる・・・しかし、刺さりはしない。そうか、マダチが体の表面に幕のように存在しているおかげで、一種の鎧になっているのか!

「はなせっ・・・! こいつ!」

 そのため、容易に引き離すことができた。地面に叩きつけるように投げ飛ばす。

「ハァッ!」

 地面にぶつかり、一瞬動きを止めたところに日本刀を突き刺す。それだけで、化物は灰に帰っていった。・・・他の二人は!? そう思って二人がいたほうを見る。

「おつかれー。慎一君が倒したので最後よ」

「マダチがなければ危ないところじゃったな・・・訓練が必要じゃの」

 二人はとっくに化物を倒し、くつろいでいた・・・やっぱり、僕は足手まといなのだろうか・・・。

「ま、あまりへこまなーい、へこまない! 狐子も私も、外見は美少女でも、戦闘のプロなんだから! つい最近まで一般人してた慎一君が私達並に戦えたら怖いって!」

「それは・・・そうかもしれませんが・・・」

 ツッコミを期待しているような表情だけど、今はそういう気分にはなれない。

「それにしても・・・まさか慎一君の妹さんを殺した相手がこのあたりのボスとはね・・・慎一君の戦う理由、できたんじゃない?」

 どこかしょんぼりした表情でそう言ってくる小夏さん・・・確かに、そのとおりだな。

「悪魔に殺された人間は成仏できない。妹さんの安らぎのためにもあいつを倒さないとね」

「え・・・? それって、どういうことですか? 成仏できないって・・・それじゃあ、まさか紫織の魂はまだ、あいつにとらわれているのですか!?」

 だとしたら・・・一刻も早く、あいつを殺さないと・・・。

「まったく、余計なことを言うでない、小夏。重要なことではあるが、それを今のこやつが知ってもあせりを生むだけじゃろう」

「そうね・・・判断ミスだったわ。ごめん」

 二人は何かを話しているようだけど、その内容は頭の中に入ってこない。あいつを・・・本田剛志を、早く殺さないと!

「落ち着け」

 しかし、その思いは、狐子さんの言葉で止められた。

「おぬしの思いはよく分かる・・・わしも、昔同じような状況になったことがあるからな。そして、おぬしのようにあせりもした。早く敵を倒さねば、早くとらわれているものたちを開放せねば、とな。じゃが・・・そうしてあせって、どうなったと思う? ・・・かえって事態が悪化するばかりじゃった。だから・・・今は落ち着いてくれ。頼む・・・」

「狐子さん・・・」

 思い出したくないであろう過去の失敗をあげてまで、止めてくれるのか・・・だったら、僕はそれに従おう。狐子さんのいうことは、正しいのだから。

「分かりました・・・勝てない相手と戦っても、無駄死にですからね・・・だったら、確実に仇を取れるぐらい強くなってから、戦います」

「うむ・・・それでよい。すまぬな・・・」

「いえ・・・狐子さんのいっていることは、正しいですから」

 そうだ、狐子さんのいっていることは正しい・・・そう思わないと、心を落ち着けることすらできそうに無い。

「それじゃあ・・・これからは特訓ね。それじゃあ二人に、これ、渡しとくわ。中に自分の髪を入れて、枕の下に入れて眠るのよ」

 小夏さんがどこからか取り出した筒を受け取る。これに髪を入れる・・・? それと特訓と、何の関係があるんだ?

「これは・・・邯鄲(かんたん)夢見筒(ゆめみつつ)か。中に体の一部を入れたもの達が眠っている間共通の精神世界にいけるという・・・」

「そのとおりよ。しょせん精神世界だから肉体までは無理だけど・・・おおよその動き、精神面の修行はできるはずよ。肉体面は・・・戦いの中と、時間のあるときにここで、ってところかしら」

「不安ではあるが・・・確かにやらぬよりはましか。ぬしよ、忘れぬうちに髪を入れておくとよい」

 自分の髪の毛を入れながらそういう狐子さん。中にはもう一本髪の毛が入っているな・・・これは小夏さんのかな?

「分かりました」

 精神世界というのはよく分からないけど・・・とりあえず入れておこう。一応、訓練はできるようになるみたいだし・・・。

「さて、それじゃあ一通り用事も終わったようだし・・・今一度、こっこぉぉぉん!!」

「・・・殴るぞ?」

 抱きつこうとする小夏さんに木刀を突きつける狐子さん。ああ・・・さっきの爆音ってひょっとしてこれと同じような状況で起こしたのかな?

「まったく、何事かと思って損した気分・・・」

「ひょっとしてさっきの爆発のこと? 狐子って照れ屋だから・・・私が抱きつこうとしたときに今の狐子の全力に近い術使って抵抗したのよぉー、ツンデレ乙! って感じねぇー♪」

「おぬしは・・・嫌がられている、とは思わんのか?」

「うん、まったく。微塵も思わないわ。だって数百年間も友達やってるんだもの! 昔からこういうことやってるわけだし、本気で嫌がってるならもうとっくに友達じゃなくなってると思ってね? ま、私としてはそろそろ友達の一線越えたいんだけどね!」

 木刀を突きつけられ、手を上げた状態でそんなことを言う小夏さん。なんと言うか・・・狐子さんのこと大好きなんだなぁ・・・。

「やれやれ・・・おぬしらしい考えじゃな。まあ、確かに本気でいやというわけではない。本気でいやならおぬしが抱きつくのをやめるまで燃やしておる」

「燃やすって・・・ずいぶん物騒な・・・」

「そうでもないぞ? “我が力よ、焔となれ 狐火”」

 突如詠唱をはじめる狐子さん。その手から炎が放たれ小夏さんに燃え移った!

「あっつぅーい! ありがとうございます! 我々の業界ではご褒美です!」

 燃えながら体をくねらせ、そんなことを言う小夏さん・・・変態だ。変態がいる。

「な?」

「いや・・・な? といわれましても・・・というか、術って攻撃用のもあったんですね・・・予想はしてましたけど」

「そういえばおぬしには回復と防御の術しか見せておらんだな・・・もうよいな。火を消すか」

 そういうと小夏さんに燃え移った火が一箇所に集まり、光の球になって狐子さんのほうへ戻っていった。

「この術は力を炎に変換し、消すときは炎を力に変換するから、燃え広がれば燃え広がるほど消したときに力が戻ってくる。これでまた少し力が回復した」

「はあ・・・そうなんですか・・・」

 正直、ここまでくると苦笑しかできない。これが神々の戯れなのか・・・?

「狐子のあっついのもっとちょうだーい・・・♪」

 地面に倒れている変態は無視したほうがよさそうだと思った。というかあれだけ燃えたのに服は何事もないのか・・・さすが神々の戯れ。というか、これだけふざけてるのについさっき戦いをしたんだよな・・・切り替え早すぎ。ついていけないよ・・・。

「さて、狐子の力が少し回復したところで。慎一君、ちょっと稽古やってく?」

「・・・あ、はい。よろしくお願いします」

 さっきまで地面に倒れていたのに・・・本当に切り替えが早いな・・・。

「じゃあ、私はちょっと着替えてくるから、その間素振りでもしていてちょうだいな」

「あ、はい。分かりました」

 そう返すと、小夏さんは社務所の中に入っていった。

「はっ! はっ!」

 数分間、僕はマダチを大きめの刀にして素振りをした。

「お待たせー、ちょっと着替えてたから時間かかっちゃったー」

「あ、いえ・・・って、洋服なんですね」

「そりゃ・・・和服って手入れ大変だし・・・あまり汚したくないのよね。今日は狐子が来るんじゃないかと思ってたからちゃんとした格好をしていたけど」

 小夏さんはそういうけれど・・・

「巫女服はちゃんとした格好なんですか? というか神様なのに巫女服って・・・」

「いいじゃない、巫女服。かわいいもの」

「・・・はあ、まあいいですけど・・・狐子さんも洋服ですし、ね・・・神様イコール和服ってわけでもないですし」

「そういうこと。じゃあ、これ持って。始めましょうか」

 そういって小夏さんは竹刀を渡してくる。

「どうしてマダチを日本刀の形で使おうと思ったのかは分からないけど・・・日本刀って言ったら、やっぱ剣道でしょ。基本とか、そのあたりを指摘させてもらうから・・・さ、どこからでもお姉さんに打ち込んできなさい!」

 そういう小夏さん。打ち込んできなさい、って言っても・・・小夏さん素手じゃないか。本当にいいのか?

「ぬしよ、心配することはない。小夏は強い。今のおぬしでは一本とるどころかかすらせることすらできんじゃろう」

 む・・・小夏さんが強いだろう、って言うのはさっきの戦いのかかった時間の差で分かってはいるけど・・・そういう風に言われるとちょっと腹がたつな・・・。

「じゃあ・・・行きますよ」

「どんとこーい!」

 小夏さんとの間の距離を徐々に詰めていく。その間小夏さんは何をするでもなく、ただ立っていた。そして、あと一歩詰めれば竹刀が届く距離、一足一刀の間合いにせまってもまだ動かない。本当にいいのか?

 そう思ったとき、まるで、どうぞ、とでも言うように小夏さんが片目を閉じ首を傾げて見せた。悪いけど・・・隙あり!

 目を閉じたほうは死角になっているはず。そう考えて全力で竹刀を振る。

「ひらり、っと」

 しかし、小夏さんにいともたやすくかわされてしまう。流石に・・・この程度じゃだめか。

「どうしたの? 慎一君。私のこと、敵だと思って打ち込んでごらんなさい」

「・・・っ、はいっ!」

 距離を詰めてからの一撃がだめなら・・・一気に距離を詰める!

 駆け寄り、何度も竹刀を振るう。

「ほいほい、っと・・・で、脇が甘い!」

 しかし、そのことごとくをかわされ、最後の一撃の隙をつかれ脇を突かれてしまった。

「・・・っ、つぅ・・・!」

 あまりの痛みに竹刀を取り落とす。

「ほいっ、と・・・はい、一死よ。慎一君」

 取り落とした竹刀が地面に落ちる前に小夏さんが竹刀をつかみ、僕の首に突きつける。一死・・・つまり、実戦だったらこれで一度死んだ、ということか・・・。

「・・・どうする? まだ一回目だけど・・・やめる?」

「まさか・・・僕は弱い、そんなの分かっているんです。だから・・・もっと鍛えてください」

 そういうと、小夏さんはニヤリと笑った。

「いいわねぇ・・・お姉さん、そういうことが言える子、結構好きよ」

 そういいながら竹刀を僕に渡してくれる。さあ・・・まだだ、まだここからだ!


‡   ‡


そこから、時折休憩を挟みながら数時間。死んだ回数だけが積み重なっていく。

「はっ! てやあっ!」

「よいしょ、ほいっ・・・! しまった!」

 またかわされた・・・でも、体勢を崩した! 悪いけど・・・一撃入れさせてもらう!

「てぇやあっ!」

「くっ・・・はぁっ!」

 しかし、その一撃は体勢を崩しながらも放たれた蹴りによって竹刀を弾き飛ばされてしまう。これでも・・・だめなのか・・・。

「っ、ふう・・・えーと、これで・・・何回目だっけ」

「・・・分かりません。なんとか一本とろうとしてましたから・・・何回目かなんて、数えていませんでした」

「そうね・・・でも、一回ごとに確実に竹刀を取られるまでの時間は延びていたわよ。私も終盤はいい汗かいたわ。とりあえず、まずはこれくらいにしておきましょう。一回帰らないとご両親が心配するでしょうから」

「そうですね・・・もう昼か・・・」

 空を見上げ、太陽が頭の上まで来ているのを見て初めて気がつく。八時におきて朝食とかのあとにここに来たから・・・三時間ぐらいやっていたのかな?

「小夏はともかく、おぬしはよく体力がもったな・・・わしは見ているだけでも疲れたわ」

「あはは、結構休憩も挟みましたから。それでですよ。結構疲れてます。家に帰ったら多分寝てしまうくらいには疲れました」

「そうねー、私も疲れたわ。あまり根詰めてもあれだし、今日は、あとは邯鄲の夢見筒を使っての精神面や、術方面の修行にしましょう。じゃあ・・・解散! 私もお風呂はいりたーい・・・」

 そう言って小夏さんは本殿の中に入っていった。本殿とお風呂って何の関係が・・・?

「さて、わしらもおぬしの家に戻ろう」

「そうですね、帰りましょう。それにしても、疲れたなぁ・・・」

 狐子さんと話しながら境内を後にする。それにしても・・・まさかあいつが倒すべき敵になるなんて。まるで、神様がこういうふうになるようにお膳立てをしていたような感覚だ・・・。


‡   ‡


「ただいまー」

「いまもどりましたですー」

 家に入り、挨拶をする。

「おかえり・・・って、慎一、何かあったのかい? 汗でびしょびしょじゃないか。この寒い時期に・・・はやくシャワーでも浴びてきたほうがいいんじゃないか?」

「あはは、そうだね・・・浴びてくるよ。それと、ちょっと疲れたからシャワー浴びたら寝るかもしれない」

「そうか、分かったよ。着替えは用意するから、早く入ってくるといい」

「うん、ありがとー・・・」

 父さんにお礼を言って浴室へ向かう。それにしても、本当に疲れたなぁ・・・。

 脱衣場に入り、服を脱ぐ・・・うわ、これは凄い。搾れば汗がたれてきそうだ。

 それにしても念のため動きやすい格好をしておいてよかったなぁ・・・まさか戦いや訓練になるとは思わなかったけど。

 そういえば・・・本田は去り際に今日から震えて眠れ、といっていた・・・これからの夜は警戒したほうがよさそうだ。浴室に入りながらそう思う。

 温度を高めに設定して、シャワーを浴びる。

「ふぅ・・・やっぱり結構体冷えてたなぁ・・・」

 シャワーだから体の芯まで、というわけにはいかないけれど・・・できる限り温まろう。

「汗をかいたことだし・・・全身洗っておこうかな・・・」

 呟きながらシャンプーを手に取り、泡立てる。さて、ゆっくり洗うとしようか。


‡   ‡


「・・・あれ、愛紗寝ちゃってる?」

 お風呂を出てリビングに戻ると、狐子さんは眠っているようだった。

「うん。そうみたいだね。慎一も寝るかい?」

 父さんの声を聞きながら眠っている狐子さんを見る。すると、そのポケットの中から小夏さんに渡された筒・・・邯鄲の夢見筒、だったろうか。それが覗いている。

「そうだね・・・疲れたから、ちょっと昼寝させてもらうよ」

 言いながら狐子さんの隣に腰を下ろし、目を閉じる。すると、急に眠気が押し寄せ、すぐに意識が薄れていった。


‡   ‡


「ん・・・う、ここが精神世界・・・?」

 ここは・・・またあの映画館か・・・精神世界じゃなくて夢を見ているのか?

「ピンポーン。正解よ、慎一君」

 後ろから聞こえた声に振り返る。

「遅かったな、しっかり休憩は取れたか?」

 そこには小夏さんと狐子さんが立っていた。

「はい、しっかりシャワーを浴びれたので、そのぶん訓練をがんばりたいと思います」

「ん、いい心がけね。でも・・・ここじゃちょっと狭いわね」

 そういうと、小夏さんは大きく手を広げ、一気に手を合わせた。

 すると、手を合わせる音がでる代わりに、世界が歪んだ。そして、ぐにゃぐにゃと色彩を変え・・・広い草原に変化した。

「邯鄲の夢見筒デフォルト設定の世界・・・こんなきれいな精神世界、そうそうもてないわね。でも、慎一君の世界もなかなかいいと思うわよ? 映画館ということは、何かを見ることに長けている、観察力の高さが現れているということだと思うから、ね」

「じゃが、見る事しか出来ぬ、という思いも表れておるな。悪い言い方じゃが、傍観者の性質が表れておるのやも知れぬ」

「はあ・・・そうなんですか」

 よく分からないけどとりあえず頷く。

「そういえば、狐子さんにあってからあの映画館の夢を見るようになりましたよ」

「ほう、それは深層心理に表れた何らかの感情をおぬし自身が訴えておるのかも知れぬの。おぬし以外の登場人物が何か言いはしなんだか?」

「うーん・・・言ってはいますけど、よく分かりませんね。まあ、夢なんだからこうなるものなんだろう、なんて思ってました」

「そうか。まあ、今は訓練を優先するとしよう。小夏、先ほど考えがあるといっていたな?」

 呼びかけられた小夏さんは頭の横に手を上げた。すると、小夏さんの頭から何か光のようなものがでて、小夏さんの手の中に収まっていき・・・本の形になった。

「いろんな術を必要な力の順に並べておいたわ。効果も一緒に書いてあるはずだから、これを読んで勉強してちょうだい」

「あ、はい。分かりました・・・」

 小夏さんから本を受け取る。これは・・・一体なんなんだろう?

「精神世界ならではじゃな。己の記憶や知識を本の形にし、世界を共有している相手に見せることができる。これなら、こやつ一人でも術の訓練ができる・・・少しは考えておるな、小夏」

「そりゃね。大事な大事な狐子の式神だもん。狐子を守れるくらい強くなってもらわないと。マダチだって狐子を守れるくらい強くなってほしいから渡したのよ? まあ、慎一君なら何とかなりそうだと思うけど」

 うーん・・・過度な期待を寄せられているような気がするな。狐子さんを守れるくらい強くはなりたい・・・最初からそれは思っているけど、それは難しいと思う。だって・・・狐子さんは神様なんだから。たかが人間の僕では守れるほど強くなれるかどうか・・・。

「慎一君、心配しなくても大丈夫よ。今の狐子はちょっと強い人間レベルだから。一緒に戦って狐子を守るくらいなら何とかなると思うから」

「そうなんですか・・・」

 ちょっと強い人間レベル、か・・・ただの人間の僕がそこにたどり着くまでにどれくらいかかるのだろうか。そもそも、僕の知っているちょっと強い人間は術なんて使えないし。基準が違いすぎるよなぁ・・・。

「さて、それでは訓練を始めるとしようか。小夏の記憶が確かなら最初のページが最も使いやすい術のはずじゃ」

「あ、はい。分かりました。えーと・・・」

 最初のページを見る。そこにはこう書かれていた。

『術を使えるようになるための訓練講座☆ まずは基本から始めましょう♪ まずは力の根源である精神力の強化のために座禅でもしてみましょう♪』

「小夏、無駄な装飾が多い気がするのじゃが」

「軽いノリのほうが読みやすいかなー、と思ったのよ・・・そう思うでしょう? 慎一君」

「いや、まあ・・・読みにくくはないですが」

 でも装飾が多いのは同意だ。余白部分にはびっしり模様が書き込まれているし・・・。

「で、まずは基礎の座禅でしょうか?」

「うーん・・・とりあえずはどれくらいできるかの把握が先かしら。ごめんね、ちょっと飛ばすと基礎術のページがあるから、そこまでめくっちゃって」

「分かりました」

 しばらくページをめくっていくと術講座☆基礎編という見出しがあった。この次のページからが術の説明なのかな?

『基本攻撃術★各属性の最も簡単な術』

 見開きのページが四分割されていて、それぞれに火、水、風、土を連想される模様が分割されたそれぞれの範囲の左上に描かれている。

「いい? 慎一君。自分の中の力を意識するの。そして、そのページに描いてある呪文を読む。素質があればそれだけで術なんて使えちゃうから」

「案外簡単なんですね・・・了解です」

 返事をし、本に目を戻す。左上に書かれている火の術のところから読み上げてみようかな。自分の中の力を意識する・・・よく分からないけど、全身の感覚を研ぎ澄ましてみよう。目を閉じ、神経を集中させる。そして、呪文を詠唱する。

「穢れを祓うは紅蓮の焔・・・紅神楽(べにかぐら)!」

 そして、詠唱を終えると同時に目を開く!

「・・・まあ、こんなものじゃろうな。式神になったとはいえまだ人間ということか」

「うーん・・・線香花火のほうがまだ大きいわね。とりあえず、属性の適性検査のためにも、他の術も試してみてちょうだい」

「・・・はい、分かりました」

 ・・・そりゃあ、僕はただの人間だから、術が使えるなんて思ってなかったよ。でも、この結果は・・・なんかいやだな。火花が出るだけって・・・これならまだなにもでないほうがよかった気がする。

 そう思いつつも他の術のところを読み上げてみる。

「母なる大地よ、その御力の一端をここに・・・黄波(おうは)!」

 地面から小石が勢いよく飛んでいった。

「自然よ、その力の一端を貸したまえ・・・緑刃(りょくじん)!」

 そよ風が吹いた。

「・・・はぁ、才能ないですね・・・僕」

「そ、そんなことないわよ! 私達だって始めは術なんて使えなかったもの・・・ね!? 狐子!」

「小夏の言うとおりじゃ。それに、火、風、土の適性がなくとも、水の適正はあるやも知れぬ。まあ、使えぬかも知れぬが・・・それで当然なのじゃ。おぬしは人間なのだからな」

「そう、ですよね・・・うん、なんか気が楽になりました。水もやってみます」

 本を見る。えっと、水の術は・・・氷でできたとげを飛ばす呪文なのか。

「冷気よ、我が敵を貫け・・・”蒼槍(あおやり)”!」

 お? なんか今、体の中から何かがでるような感覚が・・・。

「お、おぉ・・・?」

 その直後、変化が起きた。

 空に向けて伸ばしていた手の周りの空気が冷えていく感覚・・・まさか、これって・・・!?

「よいぞ・・・そのまま、手を振り下ろせ!」

「はっ、はいー! あ、蒼槍ぃー!」

 狐子さんに言われるままに手を振り下ろす。すると、手の周りの冷気が一点に集中し、氷のとげとなって飛んでいった!

「やった・・・できた! できましたよ、狐子さん!」

「うむ! よくできたな・・・精神世界はこういったことがやりやすいとはいえ、たいしたものじゃ!」

「そうね・・・とりあえず、慎一君の適正は水、っと・・・メモしとこ。もうちょっと強いのもやってみたら?」

「はい、分かりました!」

 そうか・・・今までのは適正のものではなかったということなのかな? 何はともあれ、術が使えてよかった! これで少しは狐子さんと一緒に闘えるようになっただろうか?

「それじゃあ、次の水系の術を探してみますね・・・♪」

 やっぱり、できると嬉しい。自分でも声が弾んでいるのが分かるもんな。

「えっと・・・次はこれですかね。水よ、穢れを押し流せ・・・”蒼流(そうりゅう)”!」

 前に伸ばした手から凄まじい勢いで水が放たれる。やった! これもできた!

「それじゃあ、次も・・・えっと・・・あ、れ・・・?」

 嬉々としてページをめくる途中、突然視界が歪み、バランスを崩す。

「おっと危ない。慎一君、術がつかえて嬉しかったのはわかるけど、あまり力を使いすぎると倒れちゃうわよ。今みたいにね・・・それにしても、やっぱり元普通の人間だと限界値低いわね」

 倒れそうなところを小夏さんに支えられ、何とか姿勢を戻す。

「力の使いすぎは生命力にも影響を及ぼす。下手に力を使いすぎれば・・・死ぬぞ」

 そうなのか・・・注意をしないとな・・・。

「そういう狐子もよ。力をほとんど使えなくなるまで使うなんて・・・なにがあったのよ?」

「む、そういえば、話しておらなんだな・・・」

 そういうと狐子さんは咳払いを一つして、僕達のほうを見た。

「わしが力を使い果たした理由・・・それは、魔王との戦いじゃ」

「魔王って・・・あの魔王!?」

 小夏さんが驚きの声を上げる。そういえば、狐子さんが前に言っていたっけ・・・常にローブと仮面をつけた、性別すら分からない存在だって。

「その魔王のほかに誰がいるというのか。ともかく・・・わしは魔王と偶然出会い、戦った・・・その戦いの中でわしは力の全てを使い果たした。それでもなお・・・魔王には傷一つつけられなんだ」

「そんな・・・! 狐子の本気で傷一つつけられないなんて・・・!」

 再び驚きの声。僕は狐子さんの本来の力を知らない・・・だけど、想像することは出来る。たとえば、あの影の男は狐子さんに対して金色の戦姫と恐れられるお前と戦いたい、といっていた。敵に二つ名をつけられ、恐れられるような存在・・・それだけで、凄まじいまでの強さだったのだろうと想像できる。

「何はともあれ、そうしてわしは力を使い果たしてしまった。こやつに助けられなければ影の男に殺されていたじゃろうな」

「そうなの・・・慎一君、狐子になれなれしくするの、少しだけ許すわ」

「あ、はい・・・ありがとうございます?」

 よく分からないけど、許可されたみたいだ。

「正直、愛紗としての狐子しか知らない間の慎一君はみていて殺したいくらい狐子と仲良くしていたのよね・・・」

 よく分からないけど、一命を取り留めたようだ。

「いい? 慎一君。狐子となれなれしくしていいのは、私だけ。数百年来の友達の私だけ。分かった?」

「小夏、バカなことをいうでない。ぬしよ、小夏の言うことなど気にせず、親しく接してくれ。おぬしに妹と、愛紗と呼ばれていた時間、なかなか心地よかった」

「うぅ・・・狐子の頭をなでるなんて私もしたことないのに・・・うらやましい・・・」

 小夏さんの嫉妬の視線が痛い・・・。でも、狐子さんがいいといっているのだから・・・今までどおりに接していこう。

「とりあえず、慎一君も結構力使って疲れたみたいだし・・・とりあえず、今日のところは終わりにしましょうか」

「そうじゃな。異論はない」

「あ、その前に・・・ちょっといいですか? 両親に聞かれる心配のないここで話したいことがいくつかあるのですが・・・」

 考えてみれば、僕は神様に関わることを人間の知識の範囲でしか知らない。少しぐらい話を聞いておいたほうがいいはずだ。

「かまわぬが・・・話せることには限界がある。その範囲でのことになるぞ」

「はい、分かりました。では、自分に関係することから聞かせてもらいますが・・・式神、およびその契約に関することを聞かせてください」

 前から気になってはいたけど、聞けていなかったんだよな。

「式神・・・それは、神と(はざま)の間に交わされる契約により生み出される、超常の存在・・・さあ、どのようなことが聞きたいのかしら?」

「説明セリフご苦労、小夏。まあ、小夏の言うことでおおよそあっている。ちなみに間というのは神でも魔でもないものの総称じゃ。人間も獣も全てまとめた言い方じゃな。そして、式神とは互いの力を通わせあうことによって互いにより大きな力を使えるようになる契約を交わしたもの同士のことじゃ。これにはある程度近い距離をとる必要があるゆえ、親しいもの同士ですることが多い。わしとおぬしのように互いの名も知らぬのに契約をするのは特例中の特例なのじゃ」

「そうなのよね・・・まったく、神同士でも契約できるんだから、力を使い果たしたときに私にいってくれればよかったのに! 狐子のためならどんな状況でも契約をしにいったのに・・・」

「わしらはそれなりの力があるからの。別行動をしていたほうが効率的じゃ。それに、おぬしの愛情表現は過剰じゃからな。常に一定範囲内にいるというのは遠慮したい。それ以前に、そもそもおぬし土地神なのじゃからわしと式神の契約できんじゃろう」

 そういわれると、愕然とした様子でうなだれる小夏さん。よっぽどショックだったんだな・・・。

「ちなみに、神と契約した人間は穢れを引き寄せ、己の力とすることができる。それにより神と肩を並べて戦うことができるまで成長することもよくある事じゃ。穢れは神がいればすぐに浄化できるからの」

 うなだれている小夏さんをスルーして話を進める狐子さん。ああ、これ多分いつものことなんだな・・・。

「式神にとって穢れは、悪魔になる前に祓ってしまえば何の問題もない、それどころか強くなれるもの、ということなんですね」

「うむ、そのとおりじゃ」

「慎一君までスルーなんて・・・しくしく・・・」

 口で言っているだけなのでスルーする。しかし・・・ちょっと罪悪感があるな。

「それでは、契約についても教えてもらっていいですか? 小夏さん」

 なんとなく罪悪感が残ったので小夏さんに話をふってみる。

「・・・! ええ! 任せてちょうだい!」

 うわ、凄くうれしそう・・・寂しいのは本当だったのかな。話ふってみてよかったな。

「えっと、契約っていうのはお互いがお互いに力を流し合うことによって起こる現象の総称なの! たとえば、式神としての契約をすれば互いに力を増幅しあうことができるでしょう? そして、土地神と契約をすれば土地神がどこで戦いが起きるか把握できるから結界をその一点に集中させることができる。結果的に戦う神・・・戦神に力の制限をかける必要がなくなるの。狐子が私のところに来てくれたのもこの現象のおかげだから、感謝しなくちゃいけないわね!」

 流石に神様。普段はふざけているようだけど、しっかり覚えているんだな。最後に狐子さんに対する愛の表現を忘れないあたりが小夏さんらしいけど・・・って、まだあって半日もたっていないのに小夏さんらしいって表現も妙だな・・・まあ、それだけ小夏さんのキャラが濃いということだな、うん。

「式神と契約についてはこれくらいでいいかしら? 慎一君」

「はい、ありがとうございます。次に・・・これから戦うことになるであろう、魔王だとか、悪魔について話を聞きたいです」

 紫織の仇である本田剛志も悪魔なんだよな・・・話を聞いておいて損はないだろう。

「いいわよ。まず、悪魔といっても二通りのものがいるの。まずは、純粋な悪魔。これは、神や魔が悪に墜ちることで変じるものね。そして、もうひとつ。おそらく、あの本田剛志というやつもこちらのパターンだと思うのだけど・・・悪魔とある程度深い契約をした存在。いうなれば、悪魔の式神ね。でも、どちらにしても殺された人の魂はその殺したやつを殺さない限り開放されないのは同じ。だから、出来る限り狐子の力の回復を早め、やつを葬り去らないとね・・・そうしないと、いつまでも慎一君の妹さんはあいつにとらわれてしまうのだから」

「・・・狐子さんの力の回復を早める? そのようなことが出来るのですか?」

 そういうと、二人とも複雑そうな表情をした。なんだろう?

「・・・慎一君、ここまでに話したことをまとめるわよ。ひとつ、式神は契約した神と力を通わせあうことが出来る。ふたつ、式神は魔の穢れを自身の力にすることが出来る。この二つをあわせれば・・・回復を早める方法、わかるかしら?」

 え、それって・・・つまり・・・。

「式神が魔と戦う・・・ってことですか?」

 魔・・・それって、あの化物や、影の男の事だよな? 化物は何とかなった。でも、あいつらは下っ端、雑魚のはずだ。それを倒すのですら、マダチ無しでは無傷では出来なかった。いや、マダチ以外の武器を使っていたとしたら、あいつらを倒せただろうか? そして、それ以上の存在である影の男と戦って、勝てるだろうか・・・? まるで、大人と子供だった相手に、武器を手にしたくらいで・・・?

「わかるでしょう? 慎一君。ここからは更なる覚悟が必要になるの・・・だから、聞かせてもらうわ」

 そういうと、小夏さんは一度言葉を切った。

「戦う覚悟は・・・戦って生き延びる覚悟は、ある? 対面した敵がたとえ家族であろうと、殺す覚悟はある? 相手を殺して・・・自分が生き延びる覚悟はある?」

 対面した敵がたとえ家族であろうと・・・か・・・。重いな・・・凄まじく重い覚悟だ。僕の考えていた更なる覚悟なんて、所詮戦いを知らない人間の軽口でしかなかったように思えてくる。

「小夏、ついこの間まで一般人だったこやつに対してそれはきつすぎる。もう少し軽い言い方は――」

 狐子さんはそういう。だけど・・・。

「・・・あります」

「・・・ぬし・・・今なんと?」

 ああ、何度だって言おう。

「あります。家族が敵だったら殺せるか、なんていわれたら無いに等しい覚悟ですけど・・・それでも、戦う覚悟は、あります」

 そういうと、小夏さんはそっと笑ってみせた。

「今はそれで十分よ。家族を殺せるか、っていうのはさすがに重すぎたわ。大切な存在を守るためなら、それ以外を切り捨てられるか、ぐらいでいっておくべきだったわ」

「小夏、それでもまだ重いぞ・・・」

「それがどうかした? だって、中途半端な覚悟なんて役に立たないじゃない。そういう意味では慎一君の覚悟も役に立たないようなレベルかもしれないけど・・・まだ戦闘経験一回の新兵にしてはいい返事だったからね。これからの成長に期待、ってところよ。がんばって狐子を守れるくらいまで強くなってちょうだい」

「・・・っ、はい!」

 小夏さんの言葉に、決意を込めて返事をする。すると、小夏さんは少し微笑んだようだった。

「さて、他に聞きたいことはあるかしら? 新兵君」

 そう言って悪戯気に笑って見せる小夏さん。

「ノー、マム。以上です」

 だから、僕も冗談めかして敬礼しながら答える。

「ふふっ・・・それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか。みんな、おはよう!」

 そう言って小夏さんが手を合わせると、世界は再び歪み・・・真っ暗になった。

 そして、その真っ暗の中に明るさを感じ、目を開く。

「おや、もう起きたのかい? まだ眠ってから五分もたっていないのに・・・起こすようなことしちゃったかな?」

 視線の先では父さんが戸惑ったようにそういう。五分? そんな・・・少なくとも十分以上は精神世界とやらの中にいたつもりだったのに・・・。そう考えたとき、邯鄲の夢という言葉の元になったことを思い出す。

たしか、立身出世する生涯を夢で見たけど、その夢を見ている時間は粟を炊く間というごく短い時間だった、という話だったな。現実でのごく短い時間の間に長い時間精神面の修行を出来る、だから邯鄲の夢見筒なのか・・・。

「いや、そんなことないよ・・・やっぱり、自分の部屋のベッドじゃないと熟睡できないみたいだね」

「そうかい・・・それならよかった。おや、愛紗も起きたのかい?」

「はいです・・・んぅ、ちょっとねたりないです・・・おにいちゃんのおへやでいっしょにお昼寝したいです・・・」

 そう言ってこっちをみる狐子さんは、片目を閉じてみせている。これは・・・何か話がある、ということかな?

「いいよ、僕もちょっと眠り足りないし・・・一緒に寝ようか」

 そう言って頭に手を伸ばしかけ、それに気がついてあわてて止める。いくら外見が小学校低学年の女の子とはいえ実年齢は千歳以上の神様なんだぞ・・・そんな相手の頭をなでるなんて、恐れ多いだろう、自分!

「んぅ・・・んにゅう・・・」

 しかし、その伸ばしかけた手を狐子さんは掴み、自分の頭の上に持っていく。

「えへヘ・・・おにいちゃんにあたまをなでてもらうの、気持ちいいです・・・」

 ちょ、ちょっと、狐子さん? 寝ぼけてるのですか? 思わず口に出しそうになるのを必死で止める。でも、目は明らかに起きているし・・・そうか、愛紗としての狐子さんしか知らなかったときは普通に頭をなでていたのだから、これからもそうしろ、と言うことか? ちょっと恐れ多い気がするけど・・・狐子さんがそう思うのならそうしよう。

「えっと・・・それじゃあ、行こうか。愛紗」

「はいです・・・おにいちゃん・・・」

 狐子さんと一緒に僕の部屋へ入り、ベッドに並んで座る。

「それで・・・どうかしましたか? 狐子さん」

「なに、少しな・・・おぬしの剣技の上達振りがあまりにも早かったゆえ、昔何かしていたのかと気になっただけじゃ」

「昔、ですか?」

 そういわれて昔を思い返してみるけど・・・特に思いつくようなことはない。

「いえ、あの時は無我夢中になって体の動くままにやったような感じですね・・・そうだ、狐子さんの昔のこともよかったら聞かせてくれませんか? 狐子さんの外見って人間の子供みたいなので・・・ちょっと想像できないんです」

「わしの昔のこと、か・・・聞いても面白くはないと思うが・・・」

 そういうと、狐子さんは下を向き、考え始めた。

「そうじゃな、わしがただの狐だったころの話でもしようか」

「いいんですか? おねがいします」

「うむ、あれは千年以上前、この日本でのことじゃった・・・そのころは、わしもただの力なき子狐じゃった」

 狐子さんの昔の話に耳を済ませる。

「わしは、うっかりと人間の仕掛けた罠にかかってしまってな。幼いながらにこのまま人間に殺されてしまうのだと死ぬ覚悟をした」

「そのようなことが・・・同じ人間として申し訳ないです」

「よい、人間もまた生きるのに必死だったのじゃからな」

 そう言ってかすかに微笑む狐子さん。

「しかし、わしは死ななかった。優しい人間の子に助けられたのじゃ。こんなに小さな狐を殺したらかわいそうだ、とな」

 そういう狐子さんはどこか笑っているように見える。いい思い出なのかな? ここまでだとそうは思えないけれど・・・。

「それ以来、その子供はわしの世話を焼いてくれるようになった。子狐ちゃん、機嫌はどうだい? 子狐ちゃん、おなかはすいてないかい? とな・・・あのころは全ての人間を警戒しておったゆえ素直に受け止められなかったが・・・今になって考えてみればあの子供は心からわしのことを心配してくれていた。感謝せねばならぬな。あの子がいなかったら今、わしはこうして生きてすらいなかっただろうからの」

 狐子さんは瞳を閉じ、そのころを思い返しているようだ。

「しかし、幸せな時間は長くは続かぬものらしい・・・」

 狐子さんの表情がかげる。そうか・・・あいては人間だもんな。分かれのときが来てしまったのか。

「罠にかかったときの怪我が治り、最初にしたことはその子供の元から逃げ出すことじゃった。しかし、その子供はわしを追いかけてきた。当時のわしはそれに恐怖を感じてな・・・どんどん険しい道へ、人間の立ち入れぬような道へと進んでいった。そして、人間の心を理解したのは・・・その子供がわしのことを心配していたのだと気付けたのは、その少年が崖から落ちたときじゃった・・・ようやく人の姿を取れるようになったわしはその子供の元へ駆け寄った。子供が今際の際にわしを見てなんと言ったと思う? ・・・かわいいね、そう言ってその子供は息を引き取ったのじゃ。そして、そのときの姿が今の姿。わしは、初めて信頼できた人間の言葉をいまだに忘れられずにいるのじゃ・・・」

 千年も前の言葉に心を縛られるなど自分でも馬鹿らしいと思うがな。そう言って狐子さんは話をしめた。そうか・・・狐子さんは子供の姿しかとらないのではなく、子供の姿しか取れないのか・・・千年も前の言葉をいまだに忘れないでいるから。

「すまぬな、重い話をして・・・忘れてくれ」

「いえ・・・狐子さんのことが少しだけ分かった気がします。こちらこそすいません。悲しかったことを思い出させて・・・」

「おぬしは昔の話が聞きたいといっただけじゃ。この話をしたのはわしの独断、気にするでない。それに、あの子の死は既に割り切っておるよ。今はあの子に助けられたこの命を精一杯誰かのために使おうと思うばかりじゃ」

 そういって、狐子さんは儚げに笑う。

「不思議なものじゃ。おぬしとであって二日程度だというのに、このような話をする気になるとは・・・おぬしといると心が安らぐからかのぅ・・・」

「そうですか・・・そう思っていただけているのなら、嬉しいです」

 いわれて気がついたけど、出会ってからまだ二日もたってないんだよな。だけど、結構親しい感覚がする・・・愛紗としての狐子さんと接して、大切な存在だと思っていたからだろうか? それに、狐子さんも親しくなろうとしてくれていることもあるんだろうな。今朝のイタズラとか・・・。

「どうした? 顔が赤いようじゃが・・・」

「な、何でもありませんよ!」

 そう言ってごまかすけど・・・狐子さんは悪戯気に笑う。そして、ベッドの上に立つと、胸の辺りに僕の顔が来るように抱きしめてきた!

「む、むー!?」

「今朝は異性として意識してしまう、などといわれて不覚にも照れたが・・・一方的に恥ずかしがらせても面白くない。たまには自分も恥ずかしいようなイタズラも悪くはないものじゃ・・・ふふ」

 嘘だ! この声、絶対に恥ずかしがってない! 思いっきり楽しんでる!

 あ、でも今重い話をしたからその空気を払拭するためにやってくれているのかも・・・?

「むぐー!」

 でもそんなの関係ないよ! かすかに柔らかい感触がするし・・・!

「はっはっは・・・いやぁ、楽しい。おぬしと過ごす時間は楽しいのぅ。さて、邯鄲の夢見筒を使っての訓練で精神力を消耗しておるのじゃから、ゆっくり眠って回復させねばな」

 そういうと狐子さんはやっと離してくれた。

「・・・はい。分かりました・・・」

 何を言っても無駄だ。そう半ば諦めながら横になる。それにしても狐子さん、力本当に強いな・・・。抱きしめられている間、頭をぜんぜん動かせないもんな・・・。

 既に寝息をたて始めている狐子さんの隣でそんなことを考えながら、眠りにつくのだった。


‡   ‡


 しばらく眠っていると、母さんに夕飯の時間だと起こされた。

「さて・・・」

 そして、夕飯を食べ終え、入浴も終わり、自室に戻った今。深刻な表情をしている狐子さんと向かい合って話している。その話題は当然、本田剛志の言っていたことだ。

「彼奴は言っていたな。今日から震えて眠れと。その言葉の意味は当然、今宵から配下を使って襲わせる、ということじゃろう」

 狐子さんの言葉に頷く。どう考えても、それ以外の意味に取れないからだ。

「狙ってくるのはわしか、おぬしか・・・どちらにせよ、多くの人に見られることのない夜襲をしてくることはまず違いない。人間に見つかれば警察、それでもだめなら軍隊に、異形のものは狩られることを知っているからじゃ。では、それにこちらはどう対応するか・・・」

「来てから対応、では遅いですね・・・両親や、このあたりの人を巻き込んでしまう可能性が高いですから」

 僕の言葉に頷く狐子さん。

「そこでじゃ・・・小夏、聞いておるのじゃろう? すまぬがちょっと来てくれ」

 小夏さん? 小夏さんは神社にいるんじゃあ・・・。

「呼っばれて飛び出て~・・・土地神の~! 小夏!」

「床から生えてきた!?」

「む、ちょうどここまで伸びてきている地脈を利用したワープを使っただけよ。へんな言い方しないでちょうだい」

 いや、そんなこと言われても生えてきたように見えたのは事実だし・・・というか、ワープとか普通に言われても・・・。

「で、じゃ。小夏、普通ならば戦神が土地神にどこで戦うかの情報を送り、その一点に結界を集中させるわけじゃが・・・おぬしほどのものなら、その逆も出来るのではないか?」

「おぬしほどのもの、だなんて・・・そこまで頼られたら首を縦に振るしかないじゃない! と、言いたいところだけど・・・それは難しいわね。だって、逆って言うことはあれでしょう? 悪魔の出現波長を読み取って、それがどこからのものかを計算して・・・社にいるから出現波長の測定と、神社近くの索敵くらいなら出来るけど、それ以外の場所となると、どこに出現するかの計算なんて、それをやっている間に悪魔が出てきちゃうわよ」

「だとしても、じゃ。はっきりとした特定は不可能でも方角程度なら何とかなろう? それと、可能ならばある程度の範囲に絞れぬものか?」

 二人の話していることはよく分からないけど・・・僕が聞いたところで仕方ないよな。

「分かったわ。その程度のレベルなら・・・ただし、範囲のほうはどうなるか分からないわよ? 本来、町ひとつ分くらいの探知しか出来ないんだから・・・」

「うむ、それで十分じゃ。すまぬな。苦労をかける」

「じゃあ、私帰るわー・・・はぁ、今晩から晩酌は当分無しね」

 そういうと小夏さんは窓を開けて飛び降りた・・・って、ここ二階!

「じゃあ、今晩から二人もがんばってねー」

 あわてて窓から下を見下ろすと小夏さんは平然としてそんなことを言っていた。さすが神様・・・なのか? というか来る時ワープしたんだったら帰りもワープすればいいだろうに。

「と、いうわけでじゃ。悪魔が出現する予兆を小夏が読み取り、どこに出現するかをわしらに教えてくれる。その近くへ行けば彼奴らはわしらを狙ってくるじゃろうから、出来る限りまわりに被害を出さずにすむ場所へ移動するのじゃ。よいな?」

「よく分かりませんが・・・僕が気にしたって仕方なさそうですからね。分かりました」

 半ば諦めた気分でそう返事する。本当に、何かを知ったと思えばすぐに別の単語が出てくるな・・・。

 そう思ったとき、いやな感覚が背筋を駆け抜けた。え・・・この感覚って、悪魔が近くにいるときの・・・?

「大変よ! 狐子!」

 動揺したとき、再び小夏さんが床から生えてきた。

「せわしないな。どうしたのじゃ?」

「どうしたもこうしたも・・・!」

「悪魔が出現したのでしょう?」

 そういうと、小夏さんは驚きを隠せない様子でこちらを見た。

「正確には出現しそうなのだけど・・・なんでそう思ったの?」

 小夏さんのその言葉に狐子さんもおどろいた様子でこちらを見る。どうして二人ともこんなにおどろいているんだ? もしかしたらだけど・・・この感覚って・・・。

「何でって・・・悪魔が近くにいるときの感覚がするからですよ。ひょっとして・・・二人は感じないのですか?」

 僕の言葉に二人は顔を見合わせる・・・この感覚は僕しか感じていない、という想像は当たったようだ。

「・・・もしかしたら穢れを敏感に感じ取っているからそういう感覚がするのかもしれないわね・・・穢れが少量取れただけで体に変化を感じるような慎一君ならば、ありえるかもしれないわ・・・確認のため聞くけど、大体どの方向かわかるかしら?」

「あっちのほう・・・ですね。距離までは分かりませんが・・・」

 言いながら指差すと、小夏さんはますますおどろいた表情になった。

「出現波長でもその方向に感じたわ・・・とりあえず、今は慎一君の能力を話している場合ではないわ。急いで! 早くしないと悪魔がこの家まで来てしまうわよ!」

「そうじゃな・・・ぬしよ、案内は任せるぞ!」

「は、はい! 分かりました!」

 駆け出す狐子さんのあとを追いかけ、部屋を出て階段を駆け下りる。

 玄関を開ける直前、リビングのほうを見る。父さん達はちょうど眠っているようだ。これなら・・・心配をかけずにすむ。

 そう思いながら扉を開け、駆け出す。

「この時間なら人もいないか・・・なら、マダチ!」

 まだ悪魔のいる場所までは遠いだろう。しかし、いつ奇襲されても良いようにマダチを日本刀の形にして腰に携える。

「二人とも、私は社に戻って結界を張るわ! あとはお願い!」

 そういうと小夏さんは姿を消した。今度こそワープで帰ったのだろう。

「ぬしよ、その・・・悪魔が近くにいるときの感覚とやらまでは後どれくらいじゃ?」

「あ、はい・・・もう、結構近いです!」

 少し走っただけでいやな感覚の近くまでたどり着いた。ここは・・・昨日の廃ビルだ。

「あの歪み・・・! 間違いない、ここじゃ!」

 そういう狐子さんの視線を追いかけると、確かに景色が歪んで見える場所があった。あそこから悪魔が出てくるのか!?

「くっ、もうくるか!? 構えよ!」

 狐子さんがそういい終わるかどうかという刹那・・・景色の歪みが一点に収束した!

「キシャアァァァ!」

 そして、景色が弾ける。すると四体の昨日も見た化物が、景色が歪んでいた場所に現れた。

「各自二体か、わしが三体引き受けるか・・・どうする?」

「二体ずつでいいですよ・・・というか、あいつらレベル相手なら、僕が全部引き受けてもいいくらいです」

「威勢のよいことじゃ・・・二体で行くぞ!」

「はいっ!」

 狐子さんの言葉をきっかけに駆け出す。

 まず、駆け出した方向の正面にいる化物を狙い、抜刀術を繰り出す。小夏さんとの訓練のかいあってか、一撃で切り捨て、灰に返すことができた。

 しかし、その隙を付いてもう一体の化け物が僕のほうに飛びかかる。だが、小夏さんの訓練を終えた今の僕にとってはその程度おそるるに足りない。左手を日本刀から離し、抜刀術の勢いを載せたこぶしを繰り出す!

「よい調子じゃな・・・ほれ!」

 殴り飛ばした化物を狐子さんがけり返す。

「そうでもありませんよ・・・っとぉ!」

 狐子さんが蹴り返した化物を切り伏せ、構えを立て直す。それと同時にマダチを投げ、狐子さんに襲いかかろうとしていた化物に突き刺す。

「おっと・・・なかなかやるのぅ。結局おぬしが三体倒してしまった」

「あはは、小夏さんの訓練のおかげですよ」

「そうじゃな・・・さて、そろそろ出てきてもよかろう?」

 マダチを回収しに狐子さんのほうへ歩いていくと、突如僕のほうを見てそんなことを言い出した。僕の後ろには・・・壁?

「・・・やれやれ、ばれていましたか」

 壁の陰から人影が出てくる・・・なんとなく見覚えがあるようなシルエットだけど・・・くらいから顔がよく見えない。でも、この声・・・間違いない。

「久世警部・・・でしたっけ?」

「憶えていていただき、恐縮です・・・遠坂慎一さん」

 そういうと、久世警部の顔の回りが明るくなった。タバコをすうためにライターをつけたのか。

「ふぅ・・・やれやれ。あのような名状しがたい存在が実在するとは、ね・・・」

 そういうと久世警部は眉間に手を持って行ったようだった。そりゃそうだ・・・誰だって、あんな化物が存在すると知れば戸惑う。

「説明、していただけるでしょう? お二人とも」

「僕は詳しくないのでなんともいえませんが・・・どうします? 狐子さん」

「説明する気がないのならば最初から呼び出しなどせぬ。話せる範囲で、そして、こやつの疑いが晴らされる程度の範囲で話させてもらうとしよう」

「それはどうも・・・ありがたいといっていいものかどうか」

 そうして、狐子さんと久世警部の話し合いは始まった。


‡   ‡


「なるほど、式神にして死ににくい体にした上で治療術をかけた結果があの血痕の出来た理由だ、と・・・」

 そう言って口元に手を当てる久世警部。

「・・・てっきりもっと疑うものかと思ったが、すんなりと受け入れるのじゃな」

「あのような化物を目にしたあとでは信じざるを得ませんよ、愛紗さん・・・もとい、稲荷狐子さん、でしたね」

 そう言って笑ってみせる久世警部・・・この人の適応力、凄いかも・・・。

「科学のほうでもね・・・あの血痕が慎一さんの物だと証明されてしまったのですよ。喫茶店でカフェラテを飲んだでしょう? 唾液からDNA鑑定をしたので、すぐ分かりましたよ」

「あぁ・・・あのときの」

 そういえば、飲んでいたっけ・・・あれで分かるなんて、科学の進歩は凄いな。

「それで捜査は行き詰まりかと思いましたが・・・いやはや。人間の知恵など、まだ限られた範囲のことしか解明していないようですね」

 そう言ってオーバーに首を振ってみせる久世警部。

「ところで、久世警部はなぜこのようなところに? 偶然ではないでしょう」

「ああ、もちろんです。あなたが怪しいと思っていたのでね、張り込みをさせてもらっていました。このような時間にどこに出かけるかと思えば、このような結果で・・・いやはや、参りました。どこからともなく表れる日本刀を使う青年、その青年と敵対する化物、挙句の果てには千年を生きた神・・・まったく、報告書をどうかけばいいものか」

 張り込みをしていたって・・・あっさり言うな。それにしても、あんなところをみて考えることが報告書って・・・本当に冷静だな、久世警部・・・。

「まあ、血痕があなたのものだと分かってなお疑っていたのは私くらいなものです、安心してください。それよりも・・・あの少女に対してあなたは警戒したほうがいいと思いますよ」

「・・・少女って、誰のことですか?」

「さあ、あなたの家の前にいるところを偶然見かけましてね・・・名前を尋ねようとしたら逃げられてしまいまして。名前すら分かりませんが・・・このようなことがあっては、その少女のことも警戒すべきでしょう。あの少女もまた、数千年と生きた悪魔とやらなのかもしれませんからね・・・さて、私はこれで失礼させていただくとしましょう」

 そういい残して久世警部は立ち去って行った。

「少女、か・・・一体、誰なんでしょうね」

「さあの・・・じゃが、あやつが言うとおりじゃ。外見は少女でも、中身は化物と言うことなど十分にありうる・・・どうも、日中も警戒を緩めることは出来そうにないな・・・」

 久世警部の残した言葉について話しながら家路に着く。

 なぜだろう。その帰り道では、やけに紫織の顔が浮かんだ。






第五幕 了


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