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隣の憑神さま  作者: 有瀬川辰巳
第二章
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序幕 時は過ぎて

序幕 時は過ぎて


 土曜日の昼下がり。昼食を食べた僕達は、家の近くの神社へと向かっていた。

 僕達、といった理由は簡単だ。僕のほかにも二人・・・といっていいのだろうか。とにかく、二人と並んで歩いているからだ。

 一人は、白坂雪慈。いまは亡き僕の妹、遠坂紫織の一番の親友だ。紫織が亡くなってからは長らく会っていなかったけれど、先日のとある一件で再会し、少し争ったりもした・・・けど、いまは仲良くなっている。

 そして、もう一人の外見は幼い少女以外の何者でもない彼女。彼女こそ僕が二人と言っていいのかどうか、と悩んだ原因なのだ。

 まず、外見からしてただの人間じゃない。頭の上には狐の耳が、腰の辺りからも四本の尾が伸びているのだから。

そんな彼女の名前は遠坂愛紗、といいたいところだけど・・・それは表向きの名前でしかない。

彼女の本当の名前は稲荷狐子。僕もそれを明かされたときの状況でなければ信じられないけれど・・・正真正銘、千年の時を生きた狐の神様なのだ。神様だというのに、人という単位で数えていいものか。だから、僕は先ほど二人といっていいのか、と悩んだのだ。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、だ。彼女と初めて会ったのは先週の金曜日のこと。そこから数日の間、僕は神と悪魔の戦いに僕は身を投じることとなったのだ。

 だけど、そのことは後悔していない。その戦いのおかげで僕は紫織ともう一度出会うことができたのだから。

 さて、なぜいまその二人と一緒に神社に行こうとしているかというと、雪慈ちゃんの身の穢れを祓うためだ。

 先日の戦いで、雪慈ちゃんはある考えから悪魔の側にその身をおいていた。そして、穢れ(僕も悪魔が放つものだという程度しか知らない)を全身に浴びていたため、それを清める必要が出来てしまったのだ。だから、僕達は一緒に神社へ向かっている。

「あら、いらっしゃい。早速だけど、始めましょうか」

 神社にたどり着くと、そう言って女性が迎えてくれる。彼女は日向小夏。狐子さんと同じで、千年近く生きている神様だ。彼女はこのあたり一体の土地神で、その力を使って穢れの浄化を行ってくれる。また、僕にとって戦闘の師匠でもある。師弟関係というしっかりとしたものはないけど、何度か鍛えてもらったことがある。

「私、雪慈ちゃんの穢れを祓い終わったら狐子をモフモフハグハグするんだ・・・」

 こういうところがなければ本当に凄い神様だと思うんだけど・・・まあ、こういう人間くさいというか、そういう一面がないととっつきにくいだろうけどさ。

「それじゃあ、行くわよ・・・神、小夏の名の元に契約を執行する・・・浄化を司る聖母よ、この人間の浄化にその力の一端を貸したまえ!」

 小夏さんがそう口に出すと、雪慈ちゃんの周りを光が囲み、やがて黒い霧が現れる。

「はっ!」

 そして、小夏さんが力を込めると同時にその霧は小夏さんの正面へと収束し、徐々に消えていった。以前僕も受けた、浄化の術だ。

「ふぅ、浄化完了っと。もう大丈夫だと思うけど、なんか変な感じがするようだったら、すぐに私のところに来てね。また浄化をやるから」

「はい、ありがとうございました」

 そう礼を言う雪慈ちゃん。穢れというのはあまりにもたまりすぎると悪魔に変じてしまうらしいから、そうなる前に彼女の穢れが払えてよかった。

「そういえば、なぜあの戦いがあった日に浄化をしなかったのですか?」

「ああ、確かに即日でやったほうがいいのだけれど・・・あの時はまだ本田のやつとの契約がかすかに続いていてね。微弱だけど穢れが流れて来る状態にあったの。すぐやる必要があるほどたまってはいなかったから、今日まとめてやろうと思ったのよ。式神の契約をしていない人間に何回も浄化をやると体に悪影響を出しかねないし・・・なにより、おねえさん二度手間って嫌いなのよねー」

「やれやれ・・・まあ、本当に問題があるようならわしが言って無理にでもやらせておった。そのことは分かるじゃろう?」

 狐子さんの言葉に頷く。確かに、問題があるのなら狐子さんが黙っているはずがない。

「そんなことよりも、じゃ」

 言いながら小夏さんのほうを見る狐子さん。

「なぜわしらも呼んだ? この娘の付き添いをやらせるため、というわけではあるまい」

 そう言って半ばにらむような目付きをする狐子さん。確かに、雪慈ちゃんも送り迎えが必要な年ではないし、どうして僕達も一緒に呼んだのだろうか。

「あー・・・それなんだけど、ね・・・」

 そういうと、いいづらそうに目をそらす小夏さん。

「・・・やれやれ。おぬしがそういう表情をしたときはよいことがあったためしがないな・・・言ってくれ。覚悟はした」

「そう、なら言わせてもらうけど・・・悪魔の出現波長が変わってきたわ。いつ連中がでてきてもおかしくないように、ね・・・」

 そう聞いた狐子さんの表情がこわばる。それももっともだ。ほんの数日前、小夏さん自身がもう大丈夫だといっていたのだから。

「これほど早くとは・・・彼奴らがこの地に執着する理由でもあるというのか?」

「分からないわ。でも・・・やつらが再びこの地を狙っているのは確かなこと。私も可能な限り手は貸すけれど・・・狐子が今のままだと、大分厳しいわね」

 そういうと、二人ともうつむいてしまった。それはつまり・・・このままでは厳しい、というのが本当だということなのだろう。

「僕の力だけでは不足、ということですか?」

「ええ、そのとおりよ・・・残念ながらね」

 何の迷いもなく頷く小夏さん。自分の非力さは分かっているつもりだけど・・・ここまで即答されると、悔しい。

「だったら、私が狐子様の式神となればいいのでは?」

 そう口にする雪慈ちゃん。でも、それはだめだ! 危険すぎる。

「・・・そうじゃな。式神という手はあるやも知れぬ」

「雪慈ちゃんを式神にするというのなら反対ですよ。これ以上危険な目に合わせたくないです」

 あわててそう口に出す。雪慈ちゃんを巻き込むなんて・・・だめだ!

「心配せずとも、娘は式神にはなれん。悪魔との契約をしてしまった以上、な」

 その言葉を聞いて安心する。よかった・・・雪慈ちゃんはこれ以上神と悪魔の戦いに巻き込みたくない。これ以上危険なことには首をつっこんでほしくないからな。

「わしとしてはこれ以上誰かを、何かを巻き込みたくない。慎一にはついてきてもらうことになったとはいえ、それは他の何かを巻き込んでよいという口実にはなるまい」

「じゃあ、どうするつもり? 力が回復しないまま何とかしようとして、慎一君と一緒に死ぬ? はっきり言って、今の狐子はそうなっておかしくない程度の力しかないわよ」

「それは分かっておる! 分かっておるが・・・!」

「分かってない。本当に分かっているのなら、自分が何かを式神にして戦力を増やさねばならないことが分かるはず。狐子の性格も、いいたいこともわかる・・・でも、今のままじゃ無理。それだけは言わせて」

 半ばケンカのように言い合う二人。しかし、小夏さんは最後の一言で改めて自分の現状を理解したのか、うつむいてしまう狐子さん。

「・・・を受けることを考えねばならぬのか・・・」

 うつむいた狐子さんが何かを言った気がした。

「とりあえず、私は式神に出来そうな捨てられた動物を探してくれるように土地神仲間に頼むから・・・狐子も、自分のおかれた状況をちゃんと考えて、心構えをしておきなさい」

 そういい残して小夏さんは本殿の中へと入っていってしまった。

「あの、狐子様・・・他の神様に応援を頼む、ということは出来ないのでしょうか?」

「・・・他のものも各々の持ち場というものがある。たやすいことではない・・・」

「ですよね・・・すいません」

 そう話す狐子さんと雪慈ちゃん。僕にも何か出来ることはないだろうか・・・。

「狐子さん、確かに厳しいかもしれません・・・だからといって、不可能かどうかなんて分かりませんよ! だから・・・一緒にがんばりましょう」

 そう考えた結果、何でもいいからとにかく励まそうという考えにいたった。

「慎一・・・うむ、そうじゃな。弱気になっても何もはじまらぬ。わしとしたことが、その程度も考えられぬとは、どうかしていた・・・そうじゃな。厳しいというだけで不可能というわけではない・・・慎一がいてくれれば、案外何とかなるやも知れぬな」

 そう言って笑ってみせる狐子さん。だけど、僕はその笑みに嘘があるように感じた。まだ短いとはいえ、付き合いがあるからだろうか。なんとなく分かってしまったのだ。

 狐子さんが、このままでは戦えないと気付いていることに。

 じゃあ、どうすればいいのだろう。僕に・・・ついこの間までただの人間でしかなかった僕に何が出来るのだろう。

 いっそ、僕が影の男のように化物じみた力を持っていたら・・・。

 そう悔しい思いをしながら、昼下がりを神社で過ごすのだった。
















序幕 了


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