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CategoryⅡ『妄想系Heavens Miniature Garden』01






「いい天気だな」



空はどこまでも高く青い。青一色のキャンバスを一直線の飛行機雲が斜めに横切る。初夏の日差しは明るくコンクリートの地面を白く照らし出し、給水塔の影をくっきりと浮き彫りにする。薫風は涼しく頬をなでる。悪くない。授業をサボるのには恰好な日和だ。



「これは午後の授業もサボれという天啓に違ぇねぇ」



学校の屋上は基本的に立入禁止なのだが、特殊な小道具を使って鍵を開けるという、ピッキングなる通常の渡世にはまったく必要のないスキルを習得している自分にとっては、鍵のかけられた扉など無いがごとくである。


それに、ルールを破るというなんとも言いようのない背徳感は、それが実にせせこましい背徳行為であっても、甘美であり、悪いことしたい年頃の、つまり盗んだバイクを走らせるような開放感と全能感を大いに満たすのである。


すばらしきかな校則違反。屋上は給水塔の影で寝転がり見上げる空は何処までも青く、頬をなでる風は心地よく、我が背徳を祝福しているのであるからして、授業をさぼるという学生にあるまじき冒涜的行為すらも今の自分にとってはすばらしい天啓というべき思いつ-



「何が天啓よ」



唐突に上から声が降ってくる。少しハスキーな少女の声音。見上げると学校指定のスカート。その禁断の花園なる絶対領域の中身は…スパッツ。残念すぎる。女子のスカートの中身はもうちょっと、なんというか、青少年の男子にとってのロマンが詰まっているべきではないだろうか。



「夢もキボーもありゃしねぇ」


「何か言った?」


「いえ、なんでもアリマセン」



さらに視線を上げると一人の少女が仁王立ちになって俺を見下ろしていた。少しきつめのつり目の、ツインテールに髪を纏めた同年代の少女。目つきはきついものの、十人中十人が間違いなく美人と言うであろう整った目鼻立ちをした少女で、名を岩崎卯月という。



「全く、ただでさえライトの馬鹿がいるのに、貴方まで世話を焼かせないで」


「いや、世話を焼いてほしいとは一度も-」


「アン?」


「スミマセン」



見下ろす視線に棘が交じる。まるで今から不貞を働いた虫けらを踏みつぶさんとするような恐ろしい表情だ。美人がそういった表情をすると迫力も当社比5割増しで、くわばらくわばら雷でも落ちてきそうな感じだ。



「さっさと起きなさいよ。また授業サボってるんでしょ」


「バレましたか」


「バレましたかじゃないわよ。バレバレよ。っていうか、そんだけ授業サボっていて、よくテストで上位に食い込むわよね。感心するわ」


「一夜漬けだけは大得意なんだよ」


「それ、自慢するようなモンじゃないから」


「いやあ、それほどでも」



呆れるような表情をする卯月。まあ、実際は友人からノートを借りて凌いでるだけなのだが。と、ふと気づいたことを口にする。



「…ん? ていうかお前クラス違うだろ。なんでA組のクラス委員長がB組の俺に構ってんだ?」


「ん、それは…あれよ。あんた達みたいな害悪は例えクラスが違おうとも取り締まらなければいけないからよ」


「それ、横暴って言わねぇか?」


「アン? 爪の間につまようじ刺すわよ」


「すいません、それリアルに想像呼び起こして痛いです」


「じゃあ、行くわよ」



そうしてドナドナと首輪をつけられ連行される俺。暴虐の鎖を断つ日は来ない。とても哀れで可哀そうな存在である。そうして学校の屋上から戻ろうとしたところ、



「ひぃぃぃぃ~~!!」



屋上の扉を開けようとしたとき、奥の方から男の悲鳴が聞こえてきた。その声というか、悲鳴は日常的に聞き慣れたものであったので、俺は卯月と顔を見合わせ、一様にため息をつく。


扉を開けると、案の定1人の青年、生来のブロンド髪と青い瞳で、同じ男から見てもはっとするような美貌の持ち主が、おぞましい何かに追い立てられているかのような形相で屋上へと階段を走って昇ってくるのを目撃する。


彼は橋本・ルーク・ライトという名の、北欧系のクォーターの青年で、同じクラスの同級生である。日本人離れした美貌の持ち主で、学校でも一二を争うほどよくモテる。いわゆるイケメンである。ギガイケメンである。死ねばいいのに。



「ハ、ハルキっ! 助けてくれっ!」



金髪の青年は救いの神でも見つけたかのような表情で俺を見、手を伸ばして俺の手を掴もうとした。しかし、彼を助けるような、つまり彼を追っている者達と相対、敵対するような愚を俺が犯すようなことはなく、半歩退いて、藁をも掴むように手を伸ばした青年を避け、同時に足を引っかけて転ばせてやる。


青年は俺の足につまずき、よろよろとしながら前のめりになるが、なんとか転ぶことだけは免れたようで、俺は密かに舌打ちをする。



「ちっ」


「な、何するんだ! 俺とお前の仲だろっ!」


「ああ、だからこうしたんだ」


「ちょっ、この薄情者っ!」


「何が薄情者だ。どうせまた女子に追いかけられて修羅場ってたんだろうが」


「そ、そうなんだよっ、今度の転校生がっ」


「親同士が決めた婚約者で、金髪ツンデレ美人の上、大金持ちのお嬢様だって話だろ」


「そ、そう、それで…」


「この前、成り行きで助けてフラグ立てた和風侍美人生徒会長と、隣の家の天然系幼馴染(実家は神社)と、嫉妬深い素直になれない義妹と、元アイドル子役の小悪魔系後輩との間で悪夢の多角形ルーク君争奪戦が繰り広げられてるってだけだろうが」


「お、仰るとおりで…」


「この世界では良くあることだろ。ググレカス。攻略法がネットで掲載されてる」


「そ、そんな無体なっ! 頼むよこの前みたいにさっ!!」


「最低ね」



半泣きになりながら俺に縋りついてくるルークを一瞥し卯月が一言軽蔑したように言う。まあ、それはもっともな意見であり、俺も同意したいところである。



「ええいっ離れろっ! そもそも、なんでまた俺があのヤンデレ幼馴染巫女さんと嫉妬不機嫌義妹さんが繰り広げる戦場に赴かにゃならんのだっ!! つーか、今度は辰巳にでも頼めよなっ」


「ダメなんだよっ、タツミは押しに弱いから役にたたないんだよっ!! たのむよっ!」


「い・や・だ! だいたい、俺とお前、なんでかホモ疑惑が立ってるんだよっ! 嫌だからな、この前は目だけ笑ってない笑顔で包丁を構える幼馴染さんと、俺の首筋に真剣つきつける生徒会長さんの板ばさみになったんだっ!! 3時間だぞっ? 3時間かけてようやくホモダチじゃないって説得できたんだぞっ!?」



俺も半泣きで訴える。あれは酷かった。死ぬかと思った。もう勘弁してほしかった。だから、あの時決めたのだ。もうコイツ絡みの問題には絶対に首を突っ込まないと。



「え、貴方達そうじゃなかったの?」


「「違うわっ」」


「冗談よ」



恐ろしい冗談を口にする女である。そんな事実が既成事実として周囲に認識されているならば首でも吊るところだ。そうして、そんなやりとりをしていると、



「あっ、ルークっ、見付けたわよ!」


「今日という今日は覚悟しなさい!」



複数の女生徒、3学年から1学年まで様々で中には件の幼馴染さんと生徒会長まで混じっている、が金髪の青年を見つけて、階段を昇ってくる。それらの少女達は皆、この学校でも美人と評される女生徒ばかりである。



「兄さんっ、今日という今日は許しませんからっ!」



その中には彼の妹、義理のであるが、も混じっていた。この少女も容姿についてもやはり美少女といってさしつかえない娘だ。



「ほら、ルーク、お迎えだ」


「ちょっ、あっ、岩崎も何も言わずに見てないで助けてっ」


「なんで私がアンタを助けなくちゃいけないのよ」



卯月は虫けらを見下すようなそんな目でルークを見る。すると、何か誤解を生んだのか、ルークを追いかけてきた女生徒、もちろん美少女、の1人が剣呑な眼差しで卯月を射抜く。



「卯月、あんたももしかしてルークのことを」


「勘違いしないでよね。何でこんな奴…、つーか、死ねっ!」


「ざくれろっ!?」



と、何を思ったかルーク君に見事なボディブローを叩き込む卯月さん。その一撃には何の迷いもなく、躊躇もなく、慈悲もなかった。崩れ落ちるルーク。そして、



「さあ、さっさと連れて行って」


「……わ、わかりましたわ。さ、さあっ、ルークさん行きますわよ!」



少女達は一瞬目を点にしたが、すぐさま我に返りルークを引きずっていく。彼が何の容疑で少女達に追いかけられていたのかは結局分からず終いであったが、特に興味もないので放置しておく。もちろん彼にこれから待ち受けるであろう試練の中身にも、興味は全くない。



「まったく、アンタ達バカツートップは…」


「いや、俺をアレと同列に見ねぇでほしいんだが」


「アン?」


「いえ、何でもありません」



彼女の言葉に反論しようとしたが、一睨みで黙らされる。きっと暴君とか圧制者などというのは彼女のような者を指すのであろう。



「全く、問題ばかり起こしてからに。山本君を見習いなさいよ」


「いや、奴は出来過ぎであって-」


「踏むわよ」


「貴女のおっしゃるとおりでございます」



有無を言わさない女王様。こんな彼女もこう見えてA組では頼りにされるクラス委員長だ。正直出来過ぎていて、彼女が『何故』こんな場所にいるのかが分からない。


しばらく彼女の隣に並んで階段を下りていく。半歩ほど後ろに下がりながら自分にちらちらと視線を送ってくる彼女を引き連れながら、どうしたものかと思ったりする。


彼女と自分の共通項は一つ。しかしそれとて、彼女と特別仲が良くなるような要因とはならないはずで、しかしながら、この共通項で結ばれる縁というのは中々バカにはできなかったりする。ルークもその1人で、先の彼女の言葉にも出てきた辰巳という少年ともその縁で自分は友誼を結んでいる。


類は友を呼ぶという諺があるが、それはまさしく当を得た言葉であり、とても周りに漏らすことは出来ない、あるいは漏らしても理解されない同じ秘密を抱えた、一種の共犯者めいた感覚によって自分たちは惹き付けられるのである……とインターネットに書いてあった。コピペ。


共通項というのは、いわゆる転生者、あるいはトリッパーというべきか、であるということ。


自分たちは帽子屋なる謎の存在によって導かれて、ある種の超常的な力により願い、それはささやかなものから大それたものまで様々であるが、を叶えられた存在であり、同時に異世界からの来訪者でもある。


もちろん、他の転生者の叶えた願いを執拗に聞き出すことは御法度であり、事実、自分は自分の叶えた願いを誰かに漏らしたことはなく、また半歩下がって隣を歩く少女が叶えた願いも知るわけではない。


まあ、そうは言っても分かりやすい奴は何処にでもいて、例えば先程のルークなどの願いは端から見ていればだいたいのことは判るというものである。彼は非常に容姿端麗であるが、一言で言えばバカであり、しかしそれでも良くモテる。バカにもかかわらず、である。


それはそれはよくモテて、学校中の美女・美少女にモーションをかけられる程で、しかも彼の周りに集まるのは見る目麗しい少女たちばかりなのである。つまり、彼が望んだ願い事はそういうことであり、ネット界隈ではそういった者を『ギャルゲ主人公系転生者』などと呼ぶのである。


『ギャルゲ主人公系転生者』とは、

つまるところ大抵が美人でブラコンな義理な妹か姉がいたり、

はたまた隣の家には世話好きな幼馴染がいて軒先を挟んで向かい合わせの部屋だったり、

あるいは密かに主人公に憧れる喧しい後輩がいたり、

もしくは偶然のハプニングでフラグを立ててしまった同級生がいたり、

さらにやたら大金持ちでツンデレな婚約者がいたりという、アイタタタなアレである。


まさにその典型とも言えるのがルークという男で、その身から醸し出すフェロモン、あるいはそれに類する特殊な力場、例えるならばニコポとかナデポと一部の界隈で呼ばれる超抜能力により、学校中の女子の心を絡め取るのである。そして修羅場が発生する。


ニコポとかナデポの意味がわからない読者はインターネットで検索すればその意味を知るだろう。人生を歩むうえでまったく役に立たない知識が貴重な海馬の記憶スペースに刻みつけられることうけあいである。


と、ふと考える。



「なあ、岩崎」


「なによ」


「ルークの奴ってモテるよな」


「そうね。何が良いのかわからないけど」


「だが顔はいいだろ?」


「それだけでしょ。私、バカは嫌いなのよ」


「ふむ」


「どうしたのよ、いきなり考え込んで」


「いや、ほら、俺ら転生者だろ? んで、ルークの奴が帽子屋に叶えてもらった願いってのはだいたい予測できるわけだ」


「そうね。バカっぽい願いだけど」


「女の怖さを知らない無邪気な願いと言ってやれ。んでさ、その効果なんだけど、お前には通じねぇのな」


「通じたら首吊るわ」


「ですよねー」



不思議なことかもしれないが、かのギャルゲ主人公が持つ異性を惹きつけるという強力無比な超抜能力は、一般の女子には通じても、同じ転生者である彼女、岩崎卯月には通じない。転生者にはなんらかの耐性レジストでもあるというのだろうか。



「で、あれっていつまで続くの?」


「あれ?」


「あの騒動よ。あれ、ラブコメとかいうの?」


「ああ、あれはルートが確定したら自然と収まるようにできている…らしい」


「何それ?」


「ネットで読んだんだよ。あのモテ期とでも言うのか? はな、ルークが特定のヒロイン、つまり一人の女の子と結ばれると収束するように出来てんだよ。ちなみに別れてフリーになるとまたモテ期が始まる」


「何よそれ。あの娘たちの意思は、っていうか男女間の問題ってそんな簡単なものじゃないでしょ?」


「詳しくは知らねー。ただそういうものだって話だ」



そうしてしばらく歩き、二年生の教室が集まる3階にたどりつくと、ちょうど出会い頭に、男子トイレから出てくる少年、すこしばかり線の細いどこか儚げな雰囲気を持つ顔見知りに出会った。



「よう辰巳」


「あ、ハルキ君。それに卯月さんも」



常に柔らかな優しい笑みをたたえるこの友人は、先程の会話の中に出てきた山本辰巳という少年で、つまり我々と同様の存在である。同類は他にも何人か心当たりがあるが、特別よく話すのはルークと辰巳の2人だけだ。他の連中は、その多くが学校に出てこないため、あまり交流がない。



「ハルキ君、また授業サボってたでしょ」


「天気が良かったかんな」


「そんなの理由にならないわよ」


「アハハ、でも分かるよ。こんなに良い天気なのに教室の中にこもりっぱなしっていうのも息が詰まるもんね」



理解ある友人の言葉が心に染み渡る。隣の鬼女とは大違いなのである。さすがは癒し担当。



「全く貴方まで加勢しないで。こいつが調子乗るでしょ」


「そういえばルーク君を見なかった? 女の子たちが探してたけど」


「ん、ああ、奴は犠牲になったのだ」


「そっか、解決したんだね。よかった」


「ああ、今回は巻き込まれずに済んだかんな。なに、昼休みが終われば戻ってくんだろ」



そうして俺は卯月と別れ、辰巳を伴って教室に戻る。しかしと思う。卯月は俺とルークを併せてバカツートップなる不名誉極まりない称号を押しつけたが、俺たちは普段、俺とルークと辰巳との3人で連んでいることが多く、何故バカの称号に辰巳が加わらないのだろうか?


若干のもやもやする不服を感じながら席に座る。予鈴が鳴る頃にはルークはボロボロになりながらも教室にたどり着くというか、とりまきの金髪の女子の1人に連行されてきた。



「あぁ、死ぬかと思った」


「そのまま永眠すれば良かったのに」


「くっ、この薄情者が」


「いや、そもそも屋上に逃げてきたお前が悪い。どう考えても袋のネズミだろ」


「え?」


「お前、気づいてなかったのか。いや、連中に上手く誘導されたのか。お前の取り巻きはいらんところで妙に連携プレーをこなすよな」



ルークをめぐり争う女子達は、普段こそ淑女協定なる一定のルールによって仲が良いのか悪いのかいまいち分からない距離をとって火花を散らしているが、ことこのバカを制裁することにかけては見事な連係プレーを見せる。


そんなこんなで授業が始まる。五限目は教科は古典。ありおりはべりいまそがり。美しい国日本の美しい古典文学を頼みもしないのにご教授してもらえるありがた迷惑な時間である。


教諭に当てられたクラスメイトがたどたどしい口調で教科書を朗読する声。カツカツと教諭が黒板にチョークを打ち付ける音。おそるべき拷問。目蓋が閉じてしまいそうになる。


と、後ろの席のルークが肩をたたいてきた。振り返ると、案の定、無駄話の用らしい。



「そういえば知ってるか? 今度転校生が来るんだってよ」


「またか? つい最近お前の婚約者が転校してきたばかりだろう」


「そ、そうだね。僕も婚約者がいるなんてあの時初めて知ったよ」


「んで? その転校生とやらがなんだ? また女なのか?」


「ああ、そうだ…って、なんで女だって分かったの?」


「いや、お前が興味持つなんて女以外にはありえないだろう」


「お前な…。でもカワイイ娘ならいいな」


「ふむ」



そして考える。いささか時期を逸した転校生。これが示すのは何か?


考え得ることは二つ。一つは後ろの席に座るギャルゲ主人公のイベント。そうであるなら彼の取り巻きにまた1人参加者が増えるということだ。ハーレム要員が加わるだけなら実にくだらなく、どうでもいい事象に過ぎない。


しかしながらその手のイベントは発生済みだ。まあ、ギャルゲ主人公系転生者の攻略Wikiには転校生が連続して来ることもあると書いてあったから、第2第3の許嫁が現れてもおかしくはない。


もう一つの可能性は新たな転生者が現れた場合。転生者の発生はランダムで、いつ、どのように現れるのかは誰にもわからない。故に不定期の転入生は転生者である可能性が高い。


彼等は元の世界からの唐突にこちらに現れるが故に、時期を逸した転校や異動という形でこの世界の社会に『自然な形で』登場する。


そうして現れる転生者は、はっきりと言わせてもらえばトラブルの種だ。もちろん辰巳や卯月のような無害な…無害と言っていい転生者も中にはいる。しかしながら、一部はルークのように周囲の環境をかき乱すトラブルメーカーなのである。


吉とでるか凶とでるかは運次第。


そんなこんなで5限目6限目と授業は続く。普段ならば屋上で寝転がってボイコットするところだが、今日はあいにく生真面目なA組のクラス委員のせいで学生の義務を全うしてしまう。そこになんの意味もないことを自覚しながら。


学校が終われば、部活に打ち込む同級生らを横目に、無気力な俺はまっすぐに我が家に向かう。せっかく転生したのだから、部活にでも入って青春を謳歌すべきなのだろうが、卯月と違い、なんとなくそんな気にはなれないのだ。


そして帰り道、ルークは取り巻きの女子連中と一緒にどこかへ連れ去られ、辰巳と一緒に家路につく。



「転校生ってどんなヒトだろうね」


「なんだ、辰巳も興味あんのか?」


「そりゃあ人並みにはね」


「またルーク関連かもだぞ」


「あはは、それは勘弁だよね。でも時期的に中途半端だよ?」


「そういうことは良くあるだろ、『この世界』じゃな」



実のところ、辰巳もその手の転校生で、昨年の冬に転入してきたばかりだ。俺自身もそうだし、あの卯月もまた中学の時にこっちに転入してきたらしい。そう言う意味では彼女がこの世界での先輩にあたるのかもしれない。



「で、どうする。今日もゲーセンにでも行くか?」


「そうだね」



帰り道、いつもの道草ついでに駅前のゲームセンターへと足を延ばす。電子音などの様々な騒音に溢れたその場所はルークを含めてよく通っている場所で、故に顔見知りも何人か見かける。


彼らはおそらくは自分たちと同じ転生者であり、なおかつ不登校で、一日中ゲームセンターやネットカフェなどで時間を費やす連中。しかし、『この世界』において勤勉などというものは、ただその日を楽しく生きる上では不必要な美徳だ。なら彼らこそ『この世界』において正しい生き方をしてるといえるのではないか?


何人かと出会い頭挨拶を交わすと、俺と辰巳は格ゲーの対戦などをやって時間をつぶす。いつもの日課であり、ルーチンワークみたいなものだ。そうして時間は過ぎてゆき、18時過ぎ、夕食時になってくる。


どうやら刻限のようだ。辰巳が立ち上がる。



「そろそろ帰ろっか」


「いいのか? もう少し付き合ってもいいんだぜ」


「いいよ、ヨミさんに迷惑がかかるし。それに、家族…も心配するからさ」


「家族ね。俺には分からんが、やっぱ違うものか?」


「そう…だね」



辰巳はどこか寂しそうな笑顔を見せながら頷く。そしてその理由はなんとなくだが聞かされている。そしてそれはどうしようもない事だ。俺がどうこう出来る問題じゃない。


辰巳は、『この世界』での家族が苦手らしい。もちろん、前の、『元の世界』の家族と顔も性格も構成も変わらない。変わったのは辰巳でありそれがもたらした変化は不可逆だった。



「違うって、どうしても思っちゃうんだよね」


「後悔してるのか?」


「まさかっ、あのままなら僕は生きてるとは言えなかったよ」



彼は、辰巳は前のセカイにおいて料理人になることを夢見ていたらしい。美味しい料理を作って、皆に振舞ってみたい。喜んでもらいたい。今のこの世の中で、やりたいことが在ることはどれだけ素晴らしいことだろう。


それが実現しない夢でなければ。


彼は先天性の心臓疾患を患っていた。20歳まで生きることは出来ないだろうと医者は言ったらしい。夢なんて見てはいけなかった。彼に普通の望みはあまりにも高すぎた。


それでも、僅かな望みをかけて手術を繰り返し、しかし奇跡は訪れず、彼は日の大半を病室で過ごすこととなり…。



「今の僕の心臓は正常に拍動してるんだ。こう、力強くね」


「ああ」


「でもさ、ここには、最後の最後まで諦めずに寄り添ってくれたあの家族は居ないんだ。それがさ、なんだか少しね…」



酷く贅沢な、なんて罰当たりな想いなんだろうとタツミは嘆く。



「迷惑かけたね。これ以上は…『家族』に心配されちゃうから」


「そうか、『家族』には心配かけられないもんな。また明日な」


「うん、じゃあ、また明日」



軽く手を挙げて見送る。







願い事一つ。


一部からは『帽子屋』なんて呼ばれているらしい。酷く制限の多い神様みたいな、そうじゃない奴。


前のセカイを失った俺たちに、前のセカイを放棄した俺たちに、願い事を一つだけ叶えてくれる。


ある者には無限の財力を。


ある者には世界の深遠を垣間見る叡智を。


他者を圧倒する才能を。


あるいは、異性を魅了する魅力を。


あるいは、失った足を。


あるいは、視力を。聴覚を。


あるいは、止まることのない強靭な心臓を。



しかし祈り子よ覚悟せよ。


そんな『もし』は前のセカイでは再現されえない。


そんな『もし』を受け入れることが出来るセカイでなければ実現できない。


願い事一つ。


得るモノは無限大に。


そして失ったモノは永遠に-


願い事一つ叶えましょう。貴方の醜い欲望を、貴方の身勝手な願いを、貴方の不遜な祈りを。


そしてヒトはこのセカイをこう呼ぶ。


『祝福された大罪(妄想系Heavens Miniature Garden)』と。







互いの家は反対方向で、辰巳の家は駅の向こう側で、俺の家は学校側で、だからここで辰巳とは別れる。電燈が灯りだした道を、ひとり歩く。


自宅は学校近くのマンションの一室で、厳密には一人暮らしをしている。親兄弟はおらず、というより『この世界』では天涯孤独の身だ。


セキュリティーの行き届いたマンションは立派で、その3階の部屋は元の世界ならば学生一人で借りるのは贅沢というものだが、この世界ではごく普通に借りることも、あるいは買うこともできる。


エントランスホールで操作パネルに携帯電話をかざし、エレベーターに乗り込んで自室に向かう。そうして自分以外の『人間』のいない部屋の扉に鍵を差し込み、扉を開ける。



「ただいま」


「おかえりまさいませ」



返事が返ってくる。俺を出迎えたのはトレーナーにジーパンという軽い出で立ちの年上の女性。ポニーテールの淡い茶色の髪をした、目元がキリっとした妙齢のお姉さんといったところ。そして彼女を特徴付けるのは、イヤフォンにも似た耳を覆う大きな飾り。



「ご飯になさいますか? それともお風呂にいたしますか? それともワタ…」


「先に飯だ。用意を頼む」


「かしこまりました。いけずですね、ハルキさん」


「いや、その冗談はもう聞き飽きたから」


「様式美というものです」


「なあ、それ仕様なのか? そうなのか?」


「それは機密事項です」



クスリと笑いながらヨミは俺の持っていた学生鞄を自然に受け取って部屋の奥に行ってしまう。俺は頭をかき、大きくため息をついた。



「あれ、本当にロボットなのかよ」



ヨミは人間ではない。ロボット、アンドロイドである。そしていわゆるメイドロボさんである。耳を覆う流線型の飾りはコネクタで、光ファイバーやUSB、メモリーカードを差し込むことができる。


彼女は非常に優秀で、家事や護身術、家庭教師の代わりまでなんでもこなす。まさに万能だ。ちなみに執事ロボというのもあって、女性の方の中にはそちらを利用しているヒトもいるらしい。


そして、『この世界』ではこういうロボットが広く普及している。それは一家に一台どころではなく、まるでテレビのように特別な存在ではない。そしてそれは家庭の中に限られた話ではない。


あらゆる労働を、ロボットが肩代わりするセカイ。


介護や家事だけじゃない。農林水産業、鉱工業、金融、医療、サービス業。全てだ。そしてヒトは働かなくても政府から支給される月100万円相当の給付金で十分に生活できる。何かハプニングでお金がなくなっても、役所に申請すれば給付金の前倒しの給付も可能だ。


もっとハイレベルな生活を欲するか、あるいは生き甲斐を労働に求める人間だけが労働に勤しむ。すなわち人間が労働から解放されたセカイ。


そしてこの良く出来たロボットたちは、性欲の処理にも使用できる、すなわちそういう器官が内蔵されていることを自分は知っている。あくまでもインターネットからの知識だが、風俗店で働くのもこういったロボットだ。おそらく、それはヨミさんにも搭載されてあって、俺が望めば彼女は拒まないだろう。


なるほど、インターネットの転生者たちのコミュニティでも言われているように、この世界は楽園なのだろう。


万人にとっての楽園。


人間の欲望、食欲、性欲、物欲、金銭欲、名誉欲。この世界に転生してくる者の多くがそれに類する望みを帽子屋に願って、転生してくる。


そして、このセカイはそれを許容する。なぜならばこのセカイは楽園であり、楽園でなければならないのだから。怠惰と頽廃が支配する恒久平和。欲望という毒に侵された悪趣味でゲテモノじみた世界。


しかしそれでも、元の世界よりは遥かにマシなはずなのだから。



「笑えねぇな」



自嘲する。


ルークの叶えた願いは、異性にモテたいという願いは、男というバカな生き物が望むものとしては全く健全なものだ。辰巳の健全な身体を望むその純粋な願いは全く正当なもので、違和感を覚えながらも自らの夢に邁進する姿は俺の目には眩しく映る。


ゲームセンターで出会った一日中遊び呆けている連中はどうだろうか? 俺は彼らが何を叶えてこの世界に来訪したのかは知らない。だが彼らは彼らなりに割り切って、刹那的であってもこの世界の恩恵を享受して生きている。幸福を享受している。


それに比べて俺はどうだろうか?


罪深い、最悪で下賤で最低な願いを叶えた俺はどうだろうか?


実に中途半端だ。夢があるわけでもなく、展望があるわけでもない。後ろ向きで、中途半端で、惰性で生きているだけの俺はいったい何なのだろうか?



『家族を否定する』そんな人殺しにも似た願いを叶えてしまった俺は-





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