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CategoryⅠ『逆行系Happy End Cradle』




走る。


色を失った霧雨の街、架空の街を私は走る。追跡する。ガードレールを飛び越え、人ごみを縫うように走り抜ける。


以前の、このセカイに来る以前の私では考えられないほどの運動能力であるが、この世界の仕組みを理解すればこの程度の改竄は容易い。


人ごみの隙間に、私は視認する。


銀色の髪の真っ白なドレス姿の少女。


彼女を追うのは私だけではない。


周囲を見れば黒のスーツの、山高帽をかぶる、白い仮面をした不信な男たち。仮面にはトランプの絵柄が描かれており、胡散臭い事この上ない。


にも拘らず、彼らを見て不信がる歩行者は誰も居ない。


だがそれは私にも適用される。何しろ、私の右手に握られた黒く武骨な塊について、周囲の人間たちは一切の関心を払わないのだから。



「ぬっ!?」



突然、仮面の男二人が私の進路に立ちはだかる。手には剣。彼らの仮面の模様もまたスペード。


切りかかってくる彼らに私は立ち止まり、一切の躊躇なく右手にあるモノを、銃口を向けた。そして迷うことなく引き金を引く。


コルト・ガバメントから雷のような銃声が2度、マズルフラッシュと共に大気を振るわせる。大型拳銃にも拘らず体感する反動は少ない。そのように創っている。


二発の弾丸は吸い込まれるように、一発づつ仮面の男の胸に吸い込まれる。


必中。


特に私がこの手の武器に手馴れているわけでなない。そのように創ったからだ。


そして魔弾が彼らに接触した瞬間―



「「ギェ」」



分解する。弾丸に穿たれた男たちは、まるで粉々に砕けるガラス細工のように、光の結晶と化してバラバラに弾けてしまった。


破片は光を反射しながら霧雨へと溶け込んでいくが、私はそれを見届けるかわりに再び地を蹴り、駆け出した。


先を越されるわけにはいかない。ようやく、ようやく見つけ出したのだ。


視界の端、少女が建物の中へと入っていくのを見つける。私は一心不乱にその後を追う。


建物は極めて簡素な造りの集合住宅。私は階段を一気に駆け上がるも―



「キェェェェェッ!!」


「!?」



突然、陰から仮面の男が飛び掛ってきた。私たちは揉み合いになり、階段から転げ落ち、踊り場のコンクリートに強かに背中を打つ。


仮面の男が私に覆いかぶさるような形となる。が、同時に私は男の腹に銃口を突き付けており―



― ガンッ ―



私に覆いかぶさっていた男が砕けた結晶へと還元される。



「(油断したっ)」



不注意に唇を噛む。無駄な時間をかけてしまった。


状況は非常に悪い。仮面の男はこれが最後ではない。もし他に待ち伏せがあるとすれば―


故に私は注意を払いながら階段を登らず得ない。大きな時間のロス。そして私は何度かの襲撃を退けつつ、そして屋上の扉を開けた。



視界が広がる。


灰色の空。


睥睨するモノクロの摩天楼。


そこに、少女はいた。黒服の仮面の男たちの腕に組み敷かれて。クラブのエースが描かれた仮面をつけた男が私に気づき、顔をコチラに向ける。それはどこか嘲る様な。



「その子を離せっ!!」



私は銃を構え、一切の警告も無く引き金を引く。放たれた.45ACP弾は横から飛び出したダイヤの8の男ごと、クラブのエースを撃ち抜いた。


瞬間、アリスの束縛が外れる。そして彼女の紅い瞳が私を捉え、



「待てっ!!」



だが、私の制止の声には何の力も有りはしない。少女はどこからともなく懐中時計を取り出し-



「待ってくれ!」



空間がたわむと同時に少女は悲しそうな表情を残し、忽然とその場から消失する。同時に歪んだ空間が元に戻るのと同時に衝撃波が周囲に放たれた。



「ぐっ」



猛烈な衝撃波が私を襲う。周りにいたトランプ兵たちもまた吹き飛ばされ、屋上から投げ出された。私は改めて彼女を目で追うが、見失ってしまった。


残されたのは、強烈な脚力で踏みつけられ、窪みひび割れたコンクリートの床と衝撃波を受けてひしゃげたフェンスのみ。



「アリスっ!!」



私の叫びは灰色の空へと呑み込まれ、少し強くなった雨の音にかき消された。







このセカイは後悔に満ちている。



「……これが君の望む世界か」



男は傘もささないまま、まるで悲しみに打ちひしがれた泣き女のごとく水滴を地上に流す空を睨みつける。



「アリス…」



男は天に向かい呟く。


ぼさぼさの、白髪交じりの鈍色の髪。かつては美しいブロンドであったらしい。雨に濡れるコートはくたびれて、擦り切れている。


ともすればホームレスと勘違いされそうな。それは敗者のそれだった。



「………」



気がつけば風景が変わっていた。


当ても無く歩いた先にあったのは、緑の生垣に囲まれた家々が立ち並ぶ住宅街。


瓦葺の屋根が並ぶ。


この国のそれらは庭が狭く感じられるが、そんなどこかミニチュアじみた所もまた、彼女にとっては興味深いものだったのだろう。


今も瞼を閉じれば、あの時の記憶が蘇る。


妻がまだ天に召される前、まだあの子が外を出歩けていた頃、私たちはこの国に一度だけ来た事がある。


私たちにとっての最後の家族旅行。



何故こんなことになってしまったのか?



雨粒が空を見上げた私の顔を叩く。そして自嘲する。今自分が思った事に。あの頃に戻りたいなどという妄想に。


そして視線を下ろす。


下ろした先で、視線が衝突した。偶然だ。


目の前には少女と少年。年の頃は10歳前後だろうか? 水玉模様の小さな傘を差した小さな兄妹。


そしてその二人に向こうには二人の男女、おそらくは子供らの両親であろう。


キョトンとした表情で私を見上げる瞳。私はどういう反応を返せばよいのか見当がつかず、視線を両親の元に送った。


そしてふと気づく。長い間、この世界を彷徨っている内に見分ける事ができるようになった。



PCプレイヤーか……」



PCプレイヤー・キャラクター>という呼称が定着したのはいつの頃だったか。


誰が始めて自身らをそう名付けたのかは知識にない。いつの間にか広がり、定着していた。


おそらくはオンラインゲームにこの世界をなぞらえた言葉。その呼称を耳にした時、私はなるほどと思わず納得してしまった。


おそらく、この呼称を考えた人間は事件の真相を一切知らないはずだ。それが真相に限りなく近い考察であったとしても。



「ねぇ?」


「ん?」



と、


不意に子供の一人、女の子が私に声をかけてきた。私はゆっくりと視線を下ろす。


快活そうな少女。赤色の傘を片手に首を傾げる。



「おじさん、どうして泣いてるの?」



唐突な問い。


不思議そうな、穢れのない、まっすぐな瞳が私を射抜く。言われて気づく。どうやら私は涙などを流していたらしい。


気恥ずかしさが込み上げた。


すると、母親が焦って駆け寄ってきて、戸惑いながら、この国の人間にありがちな曖昧な笑みを浮かべながら謝罪をする。


少女は今もあどけない、表面上はそう思える表情で、私を見上げ続けている。


故に私は気まぐれか、あるいは八つ当たりに近い感情で、少女に対して軽く返答することにした。



「私は泣いてなどいないよ、お嬢さん。泣いているのはこの空だ」


「空?」


「ああ。泣いている。何故、セカイはこれほどにままならないモノなのだろうと」



空を見上げる。母親は怪訝な表情をして、私を不審人物と見たのかいそいそと少女を連れて夫の元に戻ろうとする。


だが少女は動かない。動けないのだろう。



「確かに、このセカイならば君はやり直せるだろう」


「っ!?」



少女の表情が凍りつき、少女としての仮面が剥がれ、その内側のある程度歳を重ねたであろう女の表情が浮かび上がる。


NPCノン・プレイヤー・キャラクターの、仮初めの家族に囲まれた一人の少女。


酷く滑稽な、女の末路。


きっと彼女はかつての世界の自分を否定し、何かを取り戻すためにこのセカイへと来てしまったのだろう。


普段の私ならば、このように無粋に彼女に何か声をかけるようなことはしないだろう。その心情を自分は否定しきれないからだ。


だが私はこの時、酷く心がささくれ立っていた。皮肉の一つでも、目の前の少女にぶつけなければ休まらなかった。酷く無駄な行為。



「安心しなさい。確かにこのセカイは造り物で、仮初めのものでしかない。だが事実は主観が生み出すものだ。故にある意味においてこの世界はホンモノ足りえるだろう。君が信じ続ける内は」



このセカイでどれほど成功しようが、愛されようが、愛そうが、客観的には意味が無い。自己満足で出来上がった、まるで自慰行為の極みのようなセカイ。自己完結の、何も生み出さない世界。


数ある世界の中で、私はこの場所が最も苦手だった。


そして何より苛立つのは、この世界の住人の想いを心底理解してしまう、今の自分だ。


対する少女は、私の言葉に顔を真っ赤にして激昂する。当然だ。このような言葉を、初対面の相手にかけるなどどうかしている。



「貴方に私の何がっ!?」


「失言だった。今の言葉は忘れなさい。ヒトは自らの観測の中でしか生きられない。ならば今此処が君の真実なのだろう」



このセカイに用は無い。幾層にも積み重なるこの世界において、跳躍した彼女を見つけ出すのは砂漠に紛れ込んだ一粒の宝石を探し出すようなものだ。今回は運が良かったが、次はどうなるか分からない。圧倒的に人的資源が足りない。


私は少女から目を離すと、踵を返し、右手に嵌めた腕時計に触れ―





「あ…れ? 私何を?」


「おーいっ、夏美。どうしたんだっ?」



唖然と何も無い場所を見つめ続ける私に、父が背中から声をかけてくる。私は頭をかぶり、踵を返す。


おかしなこと。


まるでさっきまで誰かとそこで話していたような。馬鹿な話だ。すごく嫌な気分になったような気がするが、きっと気のせい。


だって私はこんなにも幸せなのだから。やり直すチャンスが与えられたのだから。不満などあるはずがない。


アズマナツミは此処には無く、榊夏美の人生がある。私は二度と間違えない。









世界は、人生は後悔に満ちている。


ヒトは未来が見えないから。瞬間瞬間の岐路において最善を選び続けることなど出来ないから。


だというのに、現実は無情で、とりかえしがつかなくて。


『あの』頃は、あんなにも希望に満ちていた世界が、今ではひどく色褪せて。


故に願う。戻りたいと。あの頃に戻りたい。もう一度やり直したい。時を越えて、あの時の間違いを正したい。


だけど、この場所なら、この世界なら叶えられる。その奇跡を。時を遡る奇跡を。


願い事一つ


願いなさい、叶えなさい。貴方の後悔をここで断ち切りなさい。




ヒトは呼ぶ。このセカイを―



『幸せな結末(逆行系Happy End Cradle)』と。






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