CategoryⅥ『最強系Dead Rings』01
「なんていうかさ……飽きない? こういうの……」
「あー、見てる方からすれば食傷気味かねぇ……」
「僕は三日で飽きたよ……。昨日もアレだよ? あー、やっぱり違うのにすれば良かった」
膝を抱えるように地面に座る、髪を肩まで伸ばした少年が不平を漏らしながら手近にあった小石を放り投げる。投げた小石は眼前の急勾配に飲み込まれ視界から消え失せるが、彼の心は晴れない。
少年。
アズマと名乗っている。
一見、少女とも見紛うほどの顔付きと華奢で中性的な容姿であるが、本人曰く男らしい。白というよりは灰色の髪。対照的な琥珀色の瞳。
身に纏うのはブカブカの体に合っていない、どこかアオザイに似た無国籍な青紫の衣服。そんな性別が分かりにくい格好だから余計女に見えたのかもしれない。そうでなければナンパなんてしなかっただろうにと、彼を見下ろす形で少年の背後に立つ男は内心でぼやく。
無精髭の、トレンチコートを羽織った。スラックスに白いワイシャツ、緑色のネクタイ。コートの影から、肩から下げたショルダーホルスターに収まる拳銃が垣間見える。一見刑事風の装いの男、ウエムラはオイルライター片手に咥えたタバコに火をつけつつ、
少年のうなじに一瞬目を奪われ、そして自分の行動に気付き愕然として頭を振りかぶり、眼下の光景に視線を移す。
「おーおー、元気だねぇ。あの精力をもっと建設的な方向に使えなかったのかねぇ?」
「君が言うことじゃないね。……っていうか、そんなこと出来る人間がここに来ると思う?」
「へへっ、言うね。耳が痛いねぇ」
眼下。
荒野。
赤茶けた荒涼たる大地。テーブルマウンテンじみた丘陵、アメリカはコロラドが有名どころのメサやビュートと呼ばれる卓上地が折り重なり、サボテンや灌木のような植物が点々と自生するほかは生命の痕跡さえ見えず、大気の厚みに歪む赤い夕日に潅木が長い影を投影する。
カウボーイが悪党と決闘でもしていそうな、あるいは幌馬車をインディアンが奇声を上げながら襲い掛かっていそうな、映画のワンシーンのような光景。おあつらえ向きなのか、3人の男たちが互いの武を競い合っている。
一人は銀髪紅眼の目つきの悪い少年。か細い体を漆黒のクロムレザーに身を包む。両手をポケットに入れ、猫背で睨みを効かすあたり育ちの悪さを想像させた。
一人は隆々たる筋肉を誇る金髪の大男。何だか良く分からない金色の気焔を纏う。しかも上半身裸なあたりがアリキタリな出展を想像させる。
一人は刀を左手に携える美男子。後ろで長い髪を結ったカタチ、赤髪。ただし着流しではなく、パーカーにジーンズといういでたち。マトモな格好。
剣呑。
剃刀の刃を喉元に突きつけるような、あるいは針を眼球の直前に突きつけるような。互いに一歩でも動けば、否、張り詰めた空気に耐え切れず息を吐いた瞬間、対峙は闘争へと切り替わるだろう。
そんな彼らの均衡を破ったのは、どこからともなく投げ入れられた小石の落下。
先に動いたのは侍の男。待てない性質なのはデフォルトらしい。
踏み込みは神速。
影すら残さず小石に気を取られた金色の大男に刃を解き放つ。
― 一閃 ―
完全な奇襲を持って放たれた一撃。
しかし大男は巨体に似合わぬ機敏さでその一撃を紙一重に回避してみせる。
大男はニヤリと笑い―
― 二閃 ―
次の瞬間、その表情は驚愕に変わる。
居合いと共に振るわれるは、あろうことかその鞘そのもの。二歩目の踏み込みと共に、一閃目の勢いを殺さず振るわれた鋼鉄の鞘は、見事に大男の横顔を捉える。
「すげぇっ! リアル抜刀術!」
「君、うるさいよ」
「なんだかねぇ、男の子だったら燃えるんじゃないのかねぇ、こーいうの」
「そういうのがイマイチなんだよね……。っていうか、前にも似たようなの見たよ。でも古くない? あと、ああいう芸だけじゃね」
「お前ってやつにはロマンってのが理解できないのかねぇ……。まあ、確かに相手がアレじゃあな」
「ここじゃスタートラインがモノを言うから」
解き放たれた隠された牙。顔面を捉え、その頭蓋を粉砕するはずだった凶器。しかし、その一撃は黄金の髪の大男の首をただの1mmすら動かすことはなかった。鋼鉄の鞘を顔面に受けて微動だにしない。今度は必殺を放ったはずの侍の青年の目が見開かれる。
そして黄金の男は返礼としてその拳を振りかぶり、ごく単純な動作を、ただ拳で殴りつけるという、技巧も何も感じさせない野蛮な一撃。それが、信じられない速度で放たれ、青年の顔面を捉えた。
それは一瞬。
まるでピンポン玉のよう。
跳ね飛ばされた青年は飛び石のように跳ねながら遥か向こうの岩壁に叩きつけられる。まるで車にひき潰されたカエルのような物言わぬ赤いシミに変わる。
「ケンカ売る相手は良く考えようっていう教訓だっけ?」
「それは俺に言ってるのかねぇ?」
「さあ?」
「でもまあ、アレは反則臭いと思わないか?」
「ここじゃスタンダードな方だと思うよ? 超が付く方なだけまだ自重してるんじゃないかな? この前見たのは……ブロッコリー? だったっけ?」
「合ってるような間違ってるような」
「僕、あの作品あんまり見たこと無いんだよね。まあ、どっちにしろマイナーなのを選ぶとか、趣味に走るとケチャップになるのがオチだよね」
「それは俺に言ってるのかねぇ?」
「さあ?」
アズマは曖昧な笑みを浮かべ、肩をすくめておどける。弱肉強食が世の理で、最初の選択で間違えてしまえばそこでゲームセット。シビアな世界だ。
「でもなんで連中…っていうか全員だけどさぁ、自分の領地だけで我慢しないんだろうねぇ?」
「そんな自重できる奴がこんな所に来ると思う?」
「…まず居ないよなぁ」
「あ、勝負がついたみたい」
もう何度も目にした光景。今回の勝者は目つきの悪そうな少年である。漁夫の利的な。油断した黄金の髪の超人が、少年の『能力』の前に敗北したらしい。
「なんだと思う……?」
「さぁ、見たところ特殊系には違わないけどねぇ?」
「ここじゃ自重しないヒトが勝つから困るよね。雰囲気が荒んで荒んで」
溜息をつく。社会不適合者の見本市。『僕』が新しく生れ落ちた世界。二度と出ることが出来ないと嘆いていたあの牢獄から、僕は今の『僕』となってこのろくでもない世界に放り出された。
甘い言葉には要注意。
無料ほど高いものはありません。
契約書はスミからスミまでよく読みましょう。
大事なことはいつだって、目に付きにくいよう小さく書かれているものなのだから。
◆
あの日、夢の中で出会ったのは自分とそっくりの姿見をした、シルクハットを被った黒いシルエット。
『神』と呼ぶヒトもいれば、『帽子屋』と呼ぶヒトも、あるいは錬金術師が活躍する某コミックに出てくる『真理』とかいうのに似ているからとそう呼ばれることもある。
本人曰く、それほど大層なものではないらしいが。
ともかく、彼?はとても親切であり、なんの対価も求めずに、僕らに望む『チカラ』と『セカイ』を与えてくれると約束してくれた。そして、僕らの多くがそれを夢の中の妄想とタカをくくり、適当で、自分勝手な願いを口にしたのだ。
僕は力を欲した。何者にも侵されない『チカラ』を。思春期にありがちな、中二病じみた超人願望。
そして、多くの同郷たちと同じく、このセカイに落ちた僕は呆気に取られた。
そう、このセカイは、『僕』と同じような願いを叶えてもらったヒト達で溢れかえっていたのだ。
右を見ても、左を見ても最強系転生者。
ある者は星だって片手間で破壊できるほどの力を持った『超』戦士。
ある者は物理法則をも改竄する『超』能力者。
あるいは概念のような曖昧なものを扱う魔法使い。
ドイツもコイツも救いようの無い―
◆
「やれやれ、気付かれたみたいだねぇ」
僕の背に立つ不精ヒゲがぼやく。
この男、ウエムラの獲得した『能力』は顔に似合わずファンシーだ。この『セカイ』には相応しくないほどの。
顔。
転生する時に彼?に要求すれば、好きな容姿が手に入るにも関わらず、ウエムラは以前のソレと変わらない容姿でここにいるらしい。
(少しばかりお腹の辺りをスリムにしてもらったらしいが、それぐらいならばここでは常識人の範疇だ)
ウエムラの能力はとても便利で…、というより、そもそも本質的にこの『セカイ』そぐわない能力ではあるが、そのせいで、僕に出会うまでは他の転生者に捕まり、奴隷同然の扱いを受けていたらしい。
この前僕が成り行きでその『ご主人様』とやらを排除したのが馴初め。寄らば大樹の蔭とか言って僕の後についてくる金魚のフンだ。とはいえ、利用価値はある。同行を許しているのもそのメリットに惹かれたからだ。でなければ僕は今も一人旅を続けていただろう。
「気付かれたのは君だけじゃないのかな?」
「相変わらず卑怯臭い能力だよねぇ、ソレ」
「よぉ…、冴えねぇオッサン」
「相性にもよるよ…、応用利かないし。便利さで言うなら君のソレが一番だとおもうけど?」
トレンチコートの影を指す。すると、ウエムラは皮肉げに笑いながらかるく両手をバンザイして、
「確かに便利だけど、ここの連中にはお手上げだね。僕は身体が一般人だから」
「選択を間違えたんだね」
「オイっ、オマエっ」
「だって、普通思わないだろう? コイツがあれば無双できるぜとか思ったのに、よりにもよって転生先が、アイタタタな重症の厨二病患者で溢れてるなんてさぁっ!」
「行き先の具体的な指名は出来なかったからね。そこで怪しいって気付くべきだったよ」
そして二人して溜息を付く。
「なんで制限かかってたんだろうねぇ…。カレ、神様じゃないの?」
「さぁ? 聞いたヒトもいるみたいだけど要領得ないみたいだし」
「何シカトしてやがんだよそこのオッサンっ! ブっ殺すぞコラァっ!?」
大声が二人の会話に水を差した。当然の権利かもしれない。先ほどから無視され続けた白髪の少年の怒りは頂点に達していた。
「怖い顔だねぇ。まあ、無視してたのは悪かったけどさ」
「ああんっ、何スカしてンだよボケがぁっ? 手前ぇ、ミンチにすンぞこらぁっ!?」
「口は三下か。こんなんでも願いがアレなら大きい顔できるんだからやだよね」
紅い瞳孔をむき出しにして声を荒げる少年。それを前にして、アズマは呆れ果てたとでも言わんばかりに目を細める。
「あぁん……?」
そして、少年の瞳が、まるで初めて彼の姿を捉えたかのように
「オマエ……いつからそこに居やがったんだ?」
少年の怒りは戸惑いへと。
「元からいたよ。さっきからこのオジサンと話してたでしょ? まあ、僕って影薄いらしいから」
「何言ってやがるこの……。『能力』か?」
「さあ? で、僕あまり争いごととこか好きじゃないんだけど。このままお互い、何事も無かった、会うこともなかったってことで手打ちにしてくれない?」
と、いうことで早速停戦交渉です。
「あン? ビビってんのかおい?」
「そう受け止めるかどうかは貴方次第。でも、自分の能力が割れた状態で、未知の相手と遭遇戦。このセカイでそれがどれだけ危険なことか、知ってるよね?」
「へぇ」
「それに、よしんば僕に勝ったとして、多分メリット無いよ?」
「テメェはココ、狙ってんじゃねぇのか?」
「違うよ。陣取り合戦には興味ないんだ」
そう言って、アズマは天を仰ぐ。空に浮かぶのは、水玉模様のように空を飾る無数の半球。
それぞれが一つの『領地』。
半球の断面であるおよそ半径50kmの円形のフィールド。
地動説を字で行く不思議世界。
『領地』には一般人程度の力しか持たない民衆(NPC)が生活し、そして一つの領地に対して転生者(PC)は一人。
獲得した『能力』を用いれば、『領地』に限定すれば「夢」の無双を再現できる。
恐怖政治もハーレムも思いのまま。
しかし、一部、与えられた領地だけで満足できない、空気読めない痛い子たちが発生した。
目の前の白髪の少年もその類だろう。
多分、この領地の領主は、真っ先にケチャップになった、なんとか流の剣士と思われる。
「ちょっと探してる子がいてね。だから、何もしなくても僕はここから出て行くよ」
「まあ、そう言うことだし。気にしないでくれないかねぇ」
ハーレムも権力も興味は無い。陣取りゲームよりも、少しは面白そうなことがあるから。
僕らはそう言って踵を―
「待てよ。そう急ぐことはねぇンじゃねぇか?」
「何かな?」
呼び止められる。白髪の少年はポケットに両手をつっこんだまま前傾姿勢となり、
「はっ、分かってンだろ虫ケラ。呼び止めるってことは……」
「キミ、血の気多いね」
軽く屈伸するように膝を曲げ、
「未知の敵だぁ? んなもんでビビってやがったらセカイ征服なんて出来るかよっ!!」
「……最悪だ。塗る薬も無いほどの厨二病だよ」
ロケットのように自らの体を『発射』した。圧倒的な速度。彼は第一宇宙速度に達するだろう砲弾。それはまっすぐと、
目標を見失う。
「あぁ?」
白髪の少年は振り返る。誰も居ない。あのスカした少年も、無精ヒゲの男も。
「ドコに行きやがったんだアイツ― ……ぶっ!?」
そして、あろうことか、
「何ぃっ?」
「月並みな反応ありがとう」
ローブを纏った少年の拳が彼の頬を強かに打ちぬいたのだ。それは白い少年にとっては全く予想外の事で、未知であった。何故ならば、彼の『超能力』を以ってすれば、いかなる打撃であろうと無効化することができたはずだからだ。
「テメェっ!? 何しやがんだコラァ!!」
白い少年は、しかし果敢に目前の敵を捉えようと手を伸ばす。指が触れさえすれば勝つ。それが少年を最強足らしめる能力のはずだ。そうしてこれまでやってきて、そうして勝利を掴んできた。なのに-
「消えやがった…だと?」
触れられないモノを打倒することは適わない。
「何? もしかして能力に頼り切って、体術とかの訓練してないんだ」
次の瞬間には、アズマの蹴りが少年の脇腹にめり込んでいた。白い少年は脇腹を抱え、苦悶の表情を顔に貼り付けながらよろよろと後方へと退いていく。
とはいえ、アズマが放った蹴りそのものはさほど威力のあるものではない。
『超人系』(と、どこぞの誰かが名づけた)と呼ばれる『気』とかいうエネルギーを操ったりして圧倒的なパワーで蹂躙するヒト達や、『万能系』と呼ばれる魔法使いや霊能力者のような広範な応用を可能とするヒト達とは異なり、アズマやウエムラ、目の前の少年といった『特殊系』は、身体能力において他の転生者に劣る。というか、一般人程度の性能しか持たない。
そして彼の『超能力』という絶対防壁がアズマに無力化されている以上、白い少年の防御性能は紙に等しかった。ここに、彼が絶対の信頼を置いていたチカラは、完全に打破された。
「そういう無謀なコトしてると、君、死ぬよ?」
アズマは半ばたしなめるような口調で、少年に言い放つ。
「……るせぇ」
「そろそろ止めない? こういうノリ、なんかダサいと思うんだ」
向けられる射殺さんという敵意。アズマは肩をすくめる。
「ほらよく言うじゃないか、争いは何も生み出さない、ラブアンドピース。平和と協調が未来を作っていくって。でも、僕は争いが必ずしも破壊しかもたらさないわけじゃないと思うよ。結局、争いっていうのは他者との競争だしね。競争には必ず今の自分をより強くしようっていう向上心を高めるチカラがあるからさ。電子技術や宇宙技術だって冷戦が無かったらこんなに急速に発達しなかったわけだし。でも核戦争が始まったら全部おじゃんになっちゃうんだよね。で、何が言いたいかというと、争いや競争をすることには口は挟まないけど、相手を完全に滅ぼすような、そういう消耗戦だけはしないほうがいいって僕は思うんだけど。そっちのほうが建設的じゃないかなと……」
アズマは適当に言葉をつらつらと連ねていく。だが少年の敵意は減少せず、
「(困った。こういうのは一対一の話し合いじゃ止まらないんだよね……)」
アズマは内心溜息を。そして上空を視線を向ける。そこにはいい歳したオッサンが、石に似た模様の奇妙な帽子を被り、そしてその上に、黄色い竹とんぼのようなものを付けて宙を浮かんでいる。
意地になった相手の戦意を殺ぐには、振り上げてしまった拳を下ろすには、第三者による介入が不可欠だったり無かったり。
アズマはその役割を担うべき中年を恨めしそうに見つめるが、当人は無理無理と高速で首を横に振る。
「(使えない)」
アズマは視線を少年に戻し、
「だから、ここはお互い一時停戦ということで―」
「くっ…、クハハハっ……」
「?」
肩を震わせ、笑いをかみ締める少年に眉をひそめる。
「クハッ、イイネイイネっ、オレはこんなヤツを待ってたんだよっ! 久しぶりに骨のあるヤツじゃねぇかオイッ!!」
「君、話聞かないタイプだねって前に誰かに言われたこと無い?」
狂ったような笑いとともに吼える少年は両手を、まるで世界を掴むかのように広げる。風が渦巻く。アズマは目を細めた。
「ハッ、お前の能力っ、結局は透明人間なンだろうっ?」
「……ねぇ、僕の話、聞いてる?」
「殴られた時っ、俺は殴られた瞬間までその衝撃を把握できなかった。俺の能力は把握できねぇもんには適用されねぇっ。確かに視えねぇもんは把握できねぇよなぁっ!!」
「考えること程度は出来るんだよね」
アズマは苛立ちを押し隠すように、
「だがコイツならどうだ? 面制圧ならよぉ、例え姿眩まそうが避けられねェだろうがァっ!!」
「はぁ……」
溜息を吐く。原作を知るから理解できる。つまり、そういう技なのだろう。少年の上空には眩い閃光。直径20mはあるだろうプラズマの塊。摂氏1万度の地上に現出した太陽。放射される膨大な熱が大地を焦がす。世界が歪む。陽炎が立つ。
「ひゃはぁ! 骨まで蒸発しろやぁ!!」
それを、振り下ろすように。
「……だからっ、……話を聞かない奴はっ!!」
光が―
◆
「だから嫌なんだココ。話を聞かない奴ばっかりだ」
残されたのは大きく抉り取られた、まるで古代人達が想像した太陽を齧って日食を引起こす竜に食われたような丘陵。
僕の後ろには横たわる白い少年。すでに事切れている。
理由は単純。血液を体内で循環させるべくポンプの役割を果す重要な器官、つまりは心臓を抜き取られたからだ。
もはや彼の体は彼を再現することは無い。
「やあやあ、ご苦労様」
甲高いプロペラ音を響かせて、ウエムラが傍に舞い降りる。曖昧な笑みを貼り付けたその顔に、アズマは苛立ちを覚え、軽く非難を込めて睨む。
「そう睨まないで欲しいんだけどねぇ。そうだ、喉乾かない?」
ウエムラはトレンチコートの影からミネラルウォーターが満たされたペットボトルを取り出した。
「いらない。そういう気分じゃないんだ」
「…そう気に病むこともないと思うよ? 彼の自業自得じゃないか」
「本当にクソみたいなセカイだ」
このセカイでは死という概念が酷く曖昧だ。
先ほどウエムラが言ったように、例え一つのセカイで死んだとしても、次があるらしい。
制約といえば同じセカイに連続して転生することが出来ないということだけ。
アズマは深い溜息を付き、ウエムラを横目で一瞥する。
「ところでウエムラ」
「なんだい?」
「その、ぼうし、すごく似合わない」
「……」
◆
誰が言い出したのか誰も知らない。
しかしこの円形で区切られた無数の浮遊大地を人々はこう呼ぶ。
『強者達の円形闘技場(Dead Rings)』と。
勝者には栄光と領土を。
敗者には惨めな死を。
真の自由と力を欲するのならば、汝。
自らの力を以って、最強を証明せよ。