CategoryⅥ『最強系Dead Rings』03
「ここがそうらしいよ」
「ここが…ねぇ」
灰色の髪の少年アズマは黒髪の中年男であるウエムラに話しかける。二人はウエムラのひみつ道具である、名状しがたい黄色い竹とんぼのようなものを頭につけて空を飛んでいた。
向かった先は如月白夜が提供した情報による場所。
目の前にあるのは虚空。本来はいくつもの半球の『領地』が浮かぶこの世界で、その場所には何もなかった。空っぽなのだ。ただ青い空だけが突き抜けていた。
「一夜にして無数の『領地』が消滅したんだってね。確かに、異常な事態ではある」
この世界は宙に浮かぶ無数の半球状の『領地』で構成されている。半球の断面であるおよそ半径数百キロの円形のフィールドを領地とよび、それらが上下左右、ある程度の距離をとって無数に浮かんでいるのがこの世界だ。
世界の果ては無いらしく、ある勇気ある冒険者によると、まっすぐに下に落ちていくと、いつのまにか同じ場所に帰ってしまう。空間が歪曲しているのだ。地球を一周するように、上下左右まっすぐに進むと、いつかは同じ場所に戻ってしまう。
閑話休題。
「それで、アリスが関わっているのかもしれない…と」
「だけれども、これじゃあ何が起こったのか分からないねぇ」
確かに。何も残ってやしないのだから、何をどうしたらこうなったのかが全く分からない。
領地というのはかなり丈夫なもので、壊すのにはかなりの手間がかかる。それは超人と呼ばれる転生者たちでも一朝一夕にはいかないほどに堅牢なのだ。
にも拘らず、ここではそれが、未曾有の規模で行われた…らしい。
「本来なら地道な調査をするところだけど…、ねえウエムラ、君の持ち物の中に都合のいいものがなかったっけ?」
「そう言うと思ってたよ。ちなみにタイムマシンは持ってないから。あれはポケットに入っているものじゃない」
そう言って、ウエムラがポケットの中に手を突っ込んでガサガサとあさり出す。そして出てきたのは、一台のテレビ、薄型テレビを思わせるフォルムとしか言いようの無い、過去や未来を写し出す冒涜的な機械。
「ああ、あったよね、そういうの。過去とか未来の風景を映し出すテレビとか。君ってさ、本気出せば最強じゃないの?」
「そうは都合よくいかなくてねぇ。一部、上手く機能しない秘密道具があるんだよ」
「どういうの?」
「もしもの世界、パラレルワールドを実現する公衆電話ボックスがあったけど。それが上手く動かなかったんだよ」
とはいえ、汎用性という意味では、ウエムラの能力より秀でるものなど無いだろう。彼自身の身体能力は低くても、『ひみつ道具』というチートはそれを補って余りある。
ただ残念なことに、この『ひみつ道具』の多くは攻撃的ではなく、万能では在るが全能ではない。
「使えない道具があるんだ。妙な話だね」
「このテレビだってそうだよ。過去は視れても、未来を視る事が出来ない。まあ、今回は過去を見るだけだから大丈夫だろう。じゃあ、使ってみようか」
ウエムラがテレビの電源を入れる。事件があった時刻を知る必要があるが、これには試行錯誤が必要で、『いつ』この破壊が起きたのかをまず調べなければならない。
ウエムラがテレビをいじる間、僕は手持ち無沙汰で、ぼおっと流れ行く雲を眺める。そうしてしばらくして、ウエムラがようやく言葉を発した。
「ん~、どうやら事が起こったのは一昨年の6月18日の…午前3時ぐらいのようだねぇ」
「それで、犯人は写った?」
「いや、それはまだ…。ん? んんん!?」
「どうしたの?」
ウエムラが先ほど撮影した写真を凝視し、唸り声を上げる。どうやら、当たりを引いたらしい。
「見せて」
僕はウエムラに割り込む形でモニターを見る。そこには、黒い何か、そう、何かよく判らないモノとしか表現できないモノが『領地』を破壊する様が映し出されていた。
「ウエムラ、違う角度から、違う場所から映してみて」
「分かったよ」
そうして、現れたものの正体は、
「蔦…なのかな?」
「いやあ、触手にも見えるねぇ」
それは無秩序に蠢く無数の蔦。直径5mもの太く艶のないその蔦は、陽の光を一切反射することなく飲み込むような漆黒で、茨のような無数の棘を備えている。
そして、それら無数の黒い蔦は中心部から周囲の『領地』に絡みつくように伸び、半球の領地を貫き、もぎ取っていく様がモニターに映しだされていた。
その中にはいくらかのPCがこれに立ち向かう場面も映し出されていたが、彼らの力を持ってもこの黒い蔦の前には無力で、捕まれ、握りつぶされてしまう様子が写真を通して見える。
「これが『アリス』なのかいアズマ?」
「うーん、なんて言うか、ちょっと想像とは違うね」
アリスという名前の響きからはかけ離れた、おどろおどろしい無数の黒い蔦。これはまるで、化け物や怪獣といった表現のほうが正しく思える。
「もう少し時間を遡って撮ってみて。原因とか見えるかもしれない」
「ああ、分かったよ」
そうして、事件の根幹を辿っていく。辿っていくと、黒い蔦がある一点から発生していることが見てわかる。その一点は、見る限り、おそらくは領地の一種だ。
一種というのは、それがあまりにも異様だから。かろうじて半球状というのが分かるだけで、絡みつく黒い蔦により覆い隠されている。どこか陰鬱で、底知れぬ邪悪さすら感じさせるような。
この一点から、黒い蔦は生え、伸びて、周囲にある『領地』を人々を滅ぼしたのだ。
「この場所で何かが起こったんだろうね。もう少し時間を遡って」
「はいよ」
そしてモニターに現れたのは数人のPCで構成される侵入者たち。どうやら、この黒い蔦で覆われた謎の領地の調査しに来たようであった。
「彼らを追ってみよう」
この時間を越えて映像を映し出すテレビは特定の人物を追跡する機能を持ち合わせている。少し犯罪臭い機能だ。
調査隊は黒い蔦の森に侵入し、きょろきょろと周囲に注意を払いながら進んでいく。蔦の森は入り組んだ迷路のようで、一度道を失えば二度と陽の当たる日常には帰れないような、そんな雰囲気がある。
故に彼らは迷わぬようにと、自発的に目印として蔦に傷をつけながら奥へと進む。その途中、
『なんだこいつらっ!?』
『とにかく倒そう! このっ!』
現れたのは数体の黒い影。未知の暗黒物質が集合した黒いもや状のようなものが、かろうじて人型の体裁をとっているような、そんな存在であった。それらはゆらゆらと身体を揺らしながら、両手を伸ばしてゆっくりとした動作で調査隊に近づいていく。
とはいえ、それに相対するのはこの世界に改めて生れ落ちたPCであり、特別な力を秘めた超人である。彼ら調査隊は各々の持つ力を使用して、影の人型に立ち向かっていく。しかし、
『えっ? なんだこれ? そんなっ!?』
第一に彼らが表した感情は戸惑いであった。
遠距離からの間接攻撃を得意とするらしい一団の一人が、目から赤い破壊光線を発し、それは黒い人型を確かに捉えたはずであり、なんらかのダメージを与えてしかるべきはずであった。
が、破壊光線は黒い人型を貫くと、そのまま素通りし、もや状のそれを少し揺らしただけで、影の人型にはなんら影響を与えることが無かった。
調査隊のほかの面々もそれぞれ攻撃を加えるものの、結果は変わらない。強力無比な超能力も、魔術も、全く意味を成さない。
そして次に隆々とした筋肉を誇る男が、勇気を振り絞り直接攻撃に打って出ることにした。彼は本来ならば圧倒的な身体能力を以って蹴りを放つ。
彼の放った蹴りは、黒い影の人型へと突き刺さる。否、突き刺さったのならば足は黒い影を貫いてるはずだ。だが、彼の足はそのまま飲み込まれ、失われていた。
『俺の脚がっ!? ああっ! ああぁぁぁぁぁぁっ!?』
それは異様な光景であった。人型をとる黒いもやに、男の右足は突き刺さり、しかし貫かず、消失し、そしてそれに合わせるかのように影の人型の右足もまた消失していた。
それは丁度、対消滅のようで、
男は顔を引きつらせ、狂ったように泣き叫ぶ。そして、仲間の一人が足を失った仲間の救援に向かった。
『落ち着けっ、今助けに……、うわ何する止め…』
しかし、救援に向かった男は太い蔦の陰から現れたもう一体の影と衝突し…、悲鳴さえ上げる暇も無く消滅してしまう。
仲間が二人が黒い影に飲み込まれ、対消滅したのを見届けると、残った調査隊は恐慌状態に陥り、空中分解して散り散りになって逃げ出してしまう。
相手は一切の攻撃を受け付けず、しかし触れれば必死という認識外の化け物である。とはいえ、黒い影の人型は、それ自体の動きは緩慢だ。落ち着いて対応すればそこまでの脅威ではないように思える。モニター越しにはそう思える。
だが、彼らは混乱という盲目状態に陥っており、何処からともなく現れ続ける黒い影の人型に包囲され、悲鳴がさらなる混乱を呼び寄せ、また一人、また一人、影の人型に飲み込まれていく。
そうして、最終的には一人だけが残った。
『くそっ…、だから俺はこんな場所行くんじゃないって言ったのに…。出口はどっちだ?』
男は悪態をつきながらも、平静さをなんとか取り戻し、細心の注意を払いながら蔦の森を歩く。既に方向感覚は失っているようで、どんどんと森の深みへと足を踏み入れていく。
それでも彼は時折現れる影の人型に怯えつつ、森の奥へと進んでいく。そして、男は蔦の森の只中に一際開けた、ドーム状の場所に出た。
『ここは…なんだ?』
そこは蔦に編まれた直径50mほどのドーム状の構造で、蔦と蔦の間から陽光が差し込むどこか荘厳ともいえる空気を醸しだす場所であった。そんなドームの中心には、
『誰だ? おいっ』
そこに現れたのは、一人の少女。くすんだ金色の髪の、光の差さない底知れぬ闇の瞳の、フリルをたくさん付けた黒いドレスを身に纏った、病的な白い肌の10歳くらいの少女。そんな少女が蔦の間から差し込む光を浴びて、無言で上方を見つめながらただ佇んでいた。
男は少女に近づく。そして男は少女の肩を掴み顔を覗き込んだ。彼はあまりにも無用心過ぎた。少女の何も映さない瞳が男を射抜き―あたかもモニター越しに僕らを射抜いたような気がして、
次の瞬間、画像が乱れる。
「あれ、どうしたのかな? 故障?」
画面は乱れた後、真っ黒になり何も映さない。それでも僕は興奮を隠し切れずにいた。映像が途切れる直前の、何の光も映さない、奈落の底の様な瞳があまりにも印象的過ぎて。
「……アリス」
僕はそう自然につぶやいていた。
「いや、決め付けるには早過ぎるんじゃないかねぇ」
「さっきの、もう一回映して!」
「お、落ち着いて…、うん、ああ、ダメだ。壊れてる」
「復元できるライトとかあったでしょ。さっさと直して」
「わ、わかったよ」
そうして、万物を修繕するこの世の物ならざる奇怪な光線でテレビを修復した後、何度か同じ場面を映す。その度にテレビは壊れる。
分かったことは黒い服の少女に男が触れた瞬間、黒い蔦が活性化して周囲のあらゆるものを飲み込んだという結果だけだ。
それでも、あの少女こそが『アリス』であると、僕の直感は確信へと変わる。
「うん。この部分はもういいや。次、この哀れな犠牲者さんたちが来る前の、『アリス』が発生する瞬間が欲しい」
「はいはい」
ウエムラが僕の言葉に肩をすくませつつ、テレビを操作しだす。映像は遠距離から。あの奇妙で不気味な蔦が巻きついた『領地』が発生したであろう過去の瞬間の映像を追跡する。
そうしてテレビは映し出す。写し出されたのは、かつて繁栄していただろう大都市の廃墟。そこに生きているものは草一本すら無く、血生臭い虐殺の痕跡、様々な方法で損壊されたNPCの屍骸が山と積まれていた。
「ホロコースト?」
「みたいだねぇ」
瓦礫の山には乾いた血がこびり付いており、モニター越しですら屍骸の腐臭が漂ってくるような光景。そんな荒野の中央において異変が起こる。
画像が乱れ、あの闇色の瞳の少女が一瞬だけ映り、そして画面はブラックアウトする。どうやら『また』壊れたらしい。今度はテレビが黒い煙を上げはじめた。
「どこのホラー映画って感じだよねぇ」
「さっさと直して。この『領地』のことをもう少し知りたい」
そうして、過去を写し出すテレビは、そこでどのような忌まわしい出来事が起こったのかを克明に暴き出す。
舞台はおそらく大都市。優れた領主を預かった領地ではNPC達が巨大な都市を築く。どうやら、かなり内政に長けた転生者の領地らしい。都市の規模からして、人口は300万を超えていただろう。
しかし、その繁栄は突如として幕を閉じる。ここで起こったのは、単純に言えば大虐殺であった。
極たまにそういう転生者達がいることは前から知られている。つまり、快楽殺人者。今回は複数犯のようであったが、まずは領主が殺され、そして守る者のいなくなった領地で、狩が行われた。
倫理を踏み外した外道の行いは三日三晩続き、虐殺者達は互いにどれだけ『芸術的に』NPCを殺せるかを競い合うように、殺戮を繰り広げた。
生きたまま内臓をぶちまけ、あるいは串刺しにされ、あるいは前衛アートじみたオブジェの一部にされて、NPC達が殺されていく。石畳は血で赤く染まり、虐殺者達は笑いながら狂宴を演じ続ける。
そうして、死体の山が築かれていき、領地から人っ子一人いなくなったことを確認して、ようやく邪悪な背徳者たちは立ち去って言った。
そして『彼女』が現れたのはそれからしばらく経ってからだった。やっぱりテレビは壊れる。
「子供には情操教育上悪い映像」
「他にも同じようなことが起こった場所が在るんだよねぇ?」
「白夜の情報が正しければね」
実のところ、このように大量の『領地』がごっそりと消滅している場所はここだけではないらしい。現在知られているだけで14箇所、同じような場所が在るとのこと。
「他も回ってみる?」
「めんどうだねぇ。なんとなく気が進まないのは気のせいだろうかねぇ」
「まあ、何となく悪趣味いけれど。アリスが現れる条件とか判ると思うし」
そうして、僕らは各所の現地調査に赴いた。
◆
「うん、どれもこれも同じ、黒い蔦だね」
調査の結果、この大規模な破壊現象を起こした正体は全て同じであった。黒い蔦。そしてその中心にいたのは深遠に通じる闇の瞳の少女。
トリガーはPCの誰かが彼女に接触すること。例外なく、次の瞬間、蔦は活性化して周囲のもの全てを食いつぶす。
「何かの能力なのかねぇ?」
「どうかな? 僕も古参の方だけど、いままで見てきた中で『領地』をあんなに簡単に破壊できた転生者は数えるほど、無の王とか恥ずかしい名前を冠してたのぐらいだね。でも見る限りこの少女の能力はそれに該当はしない」
「つまり全く新タイプの能力ってことかねぇ?」
「さてね。ただPCにしてはちょっと機械的な感じがする。NPCがいなくなると、自動的に発生するとか。ちょっとファンタジーな設定」
「災害みたいなものってことかい?」
「かもね。少女の姿をとった大災害。うん、ますますファンタジー」
14のどの事例でも、彼女が現出する前にNPCの消失が観測されている。どのような形であれ、一つの領土から全ての民が消失する、それが共通項であった。
ある意味、それはどこか自動的な。
台風や地震のような、この世界特有の災害の類の可能性。魔法や超能力などの超常の技が実在するせかいなのだから、ファンタジーじみた災害があってもおかしくは無い。
「これ以上は彼女に会って話してみるしか分からないよね」
「話とか通じるのかねぇ?」
「さあ? とりあえず、白夜に調査結果でも報告しにいこうか」
ボクがそう言うと、ウエムラは珍しいものを見たように目を丸くして、
「本当に行くのかい? 俺はてっきり無視するつもりだと思ってたんだけどねぇ」
「僕のことをどう見てるのかは知らないけど、僕って意外と律儀なんだよ?」
「それは知らなかった」
まあ、確かに、律儀に報告なんて僕の柄ではないけれども。それでも今回は、如月白夜の手の上で踊っているように見えても、『彼ら』の協力を得たほうが言いと判断した。
何しろ、全くの未知の現象。それに二人だけで挑むのは少し心もとない。そういうわけで、僕らは彼ら風紀委員会、自称『中央政府』へと足を運ぶ。
『中央政府』というのは、転生者たちの転生者たちによる自治組織あるいは自警団みたいなもので、この世界に秩序をもたらすという大それたお題目を掲げる集団のことだ。
要は、チカラを求め、最強でありたいと願った転生者たちが、必ずしも自分が強者ではないという現実を突きつけられて、しかたなく身を守るために群れることを選んだ連中のことである。
正義の味方気取りのいけ好かない連中。自由であることを望んでこの世界に来たくせに、今度は自分達で自分達を縛る規則を作り出し、自縄自縛を地で行く愚か者の集まり。
だから僕のようなフリーの人間達からは煙たがられている存在だ。
「ていうかさ、本末転倒だと思わない? チカラを得たのは何のためだって僕は問いたいね。好き勝手やりたくてここに転生してきたクセに、政府とか組織とかの枠の中に自分をはめ込むとかどういう神経なんだろうね」
「いや、アズマ君ここで大声でそんなこと言わなくても」
「正義とか虫唾が走るよね。単に保身に走ってるだけじゃないか」
「いやだから、ほら向こうの人睨んできてるじゃない。もっと穏便に、ねぇ? 正義、秩序、大切だよ? 心に平安を与えてくれるしねっ」
最強になって無双できると信じてやって来たくせに、それが叶わないと知った途端に、怯えて、群れ始めた。そして群れが大きくなると、気が大きくなったのか、中央政府だなんて自称しだし、『この世界に秩序をもたらす』なんていうお題目なんかを掲げ始めた。
全く、救いようが無い。
「相変わらずだな、隠者の王」
「その名前で呼ぶな、エターナルフォースブリザード使い」
うろたえるウエムラを無視して、僕は転移して現れた白いキャソックの青年、如月白夜にこれでもかと笑顔を向ける。
本当はここでこの男の心臓なり脳なりを引きずり出してやろうかとも思うが、ここは我慢する。今回の目的を果さなければならない。
「一通り回ってきた。これ、レポート」
「ふん、普段もこれぐらい殊勝なら助かるのだけれどな。ついて来い」
白夜は僕の差し出した紙の束を受け取ると、踵を返して建物の奥に歩いていく。仕方が無いので僕もそれに合わせて付いていく。
案内されたのは彼の執務室らしい。白を基調とした、どこぞの貴族様の部屋だといわんばかりに高価そうな調度品に囲まれた部屋。NPCに作らせたのだろうが、趣味が悪い。
そして白夜はデスクの椅子に腰掛け、レポートを捲り始める。僕とウエムラはソファに座り、NPCのメイドのお姉さん(美人)が淹れてくれた紅茶に口をつける。
しばらくして、レポートを読み終わったのか、白夜は紙の束をデスクの上に放りだし、ふうと溜息をついた。
「感想は?」
「君は文書を作る才能が無いな」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「事象の起こる条件はこれで間違いないかい?」
「書いたとおり、領地が無人になることがトリガーになる可能性が高い。その形は問わない。どういう形であれ、領地一つが完全な無人になることが条件かな。それは虐殺であっても、大規模な捕囚、移動であっても構わない。というか、君ら、このぐらいのこと、調べはついてただろう」
「ふっ」
白夜がニヤリと笑う。
「そこまでして、僕を巻き込みたかった?」
「駒は多いほうがいい。確かに君のいうとおり、ある程度の情報はすでに得てはいる。こちらにも過去視のできる能力者がいるからね。ただ……、いや、いい」
白夜は何かを言いかけて、言葉を飲み込む。なにやら秘密があるらしい。それも、白夜をして説明しかねる不可解なものと予測。
「ごほん。とにかく、我々は少女のこの能力に強い関心を持っている。領地を、しかも一度に大量に破壊するほどの能力だ。野放しにして良い存在じゃない」
「白夜は彼女がPCだと思ってるの?」
「それ以外の何がある? 一匹狼を好む性質のPCは少なくはないし、正気じゃない者も多くはないが存在する。特異な能力だが、どのような能力かはある程度予測が立つ」
とのこと。どうやら白夜は件の少女を『アリス』ではなく、一個人、一人の転生者と見ているようだ。まあ確かに、少女を特別な存在と見るよりは現実的ではある。
「ふうん。それで彼女をどうする気?」
「説得して中央政府に従わせる。説得が無理なら排除するまでだ」
「さすが、正義の味方」
「で、君はこれを無視できるのかな?」
「僕は勝手にやらせてもらう」
「好きにすればいい」
白夜の不敵な笑みが、どこか何か乗せられている感じがして虫唾が走る。というか、そういう風に期待されると裏切りたくなるのも人情というもの。
「話は済んだし、帰らせてもらうよ」
「ああ、2週間後はよろしくたのむ」
僕らはそのまま白夜の部屋を後にした。そして、
◆
その翌日、中央政府はある声明を出した。内容は要約すれば『アリス捕獲作戦の決行』。
その2週間後、中央政府によって大規模な作戦が敢行された。すなわちNPCの大移動。一つの領地から、その領主を含む全てのNPCが強制的に退去させられた。
そうして、中央政府の目論見どおり、彼女は降臨する。