CategoryⅥ『最強系Dead Rings』02
「だからさ、『アリス』なんだよ」
「『アリス』ね…。まだ探しているのかね?」
「みたいなんだよねぇ」
そこは丘の上。
抜けるような空。快晴。浮遊するのは無数のセカイ。吹き抜ける風に、鮮やかな緑を呈した若草が一斉に波を打つ。
瑞々しい緑の絨毯の丘の上には清潔感溢れる白い木製の椅子と小さな円いテーブル。テーブルの上には紅茶が満たされたカップが4つ。
焼きたてのクッキーが盛られた銀の皿。灰色の髪の少年はそこからチョコチップクッキーをつまみ上げ、小さな口の中に放り込む。
席に座るのは4人。
色彩に溢れたその光景は一枚の絵になるよう。ただし、その丘の上に無数の氷の彫像がなければだが。
無粋な風景に眉をひそませ、アズマは紅茶が注がれたカップに口を付ける。
金線による装飾を受けた、しとやかな曲線のフォルムを持つ高価そうな磁器。安定した領地でなければ生産されない類のものだ。
テーブルを囲むのはアズマ、そしてその左手にウエムラ。
正面には燃えるような紅い髪と瞳の妙齢の女性。静かにカップをソーサーに置いて、アズマと視線を交わす。
「『アリス』、この世界の秘密を解く鍵…だったか?」
「うん。『アリス』。金色の髪の、純粋無垢の乙女。このセカイの謎を握る少女」
アズマは少し嬉しそうに揚々と少し時代がかった風に弁を振るう。
「真理の探求。いい響きだと思わない? このセカイで他の連中がかまけてることよりずっと面白いと思わないかな?」
「まあ、確かに」
女は曖昧な笑みを浮かべる。
彼女はこの領地の領主である彼女はフレアさんと言う。
深くスリットが入った、黒のドレスを着こなす美人さん。彼女が炎を操る姿はなかなかに美しかったりする。
とはいえ、陣取り合戦に参加しない、比較的温厚な性格の持ち主らしい。
「セカイの真理の探求という言葉の耳あたりの良さは理解するがね」
対して、アズマの右手に座る雪のように白い髪と、地中海の透き通る青を湛えた瞳の青年が皮肉気に笑みを浮かべた。
白を基調とし、金刺繍で装飾された、キリスト教のキャソックの襟を大きくしたような野暮ったい服装。
如月白夜。
アズマにとってはあまり関わりたくない方に分類される知人である。偉そうに見えるのだが、実際にこのセカイにおいてかなり高位の地位を得ていたりする。
そんな彼の、少し小馬鹿にしたような口調に対し、アズマはおどけた様に肩をすくめる。
「大事なのは楽しいか否かだよ」
「刹那的だな」
「つまらないコトを延々と繰り返すよりはマシだと思うよ?」
「それは我々のことを言っているのか?」
「滅相も無い。でも、実のところ君自身がそう思ってるのかな? 風紀委員長さん?」
「まさか。充実した毎日を送っている。それと、その呼び方は止めたまえ」
「ああ、ごめん。こっちの方が通りがいいから、つい使っちゃったよ」
アズマはしまったしまったとワザとらしく笑う。既にどこか険悪なムード。どこからともなく料理を現出させる不思議なテーブルかけから取り出した美味しい紅茶もクッキーの香りもしなびてしまうような。
その横で、少しソワソワした様子で燐火はウエムラに声を潜めて尋ねる。
「……あの二人、本当に友人同士なのか?」
「そう聞いてるんだけどねぇ。知っているだろう? 如月白夜」
「ああ、何度か私にも誘いが来ている。断ってはいるが」
如月白夜。
最強の白。白の王。
このセカイの住人ならば一度はその名を耳にしているだろう大物。エターナルフォースブリザード使い。
一瞬で相手の周囲の大気ごと絶対零度で氷結させ、辺り一面を暴風雪に巻き込み、相手を氷の棺に永久に閉じ込める。そして相手は死ぬ。
いわゆる厨二病を通り越した邪気眼の使い手である。カノッサ機関とかに始末されればいいのに。
「まあ実際の話、僕は君になんら迷惑はかけてないわけだし」
「無関心は罪だと思わないのかね?」
ヒソヒソ話をする二人をよそに、件の二人は表情には一切出さないがギスギスした、ゴキブリだって尻尾を巻いて家から逃げ出すような、和やかな空気を製造中。
「それは利害の問題だよ。遠い国で起こる悲劇に涙ぐむことはあっても、大半のヒトがそれを解決しようと積極的に動く気を起こさないのと一緒さ。僕は市民感覚を大切にするのがモットーなんだ」
「だが君にはチカラがある。とても一般人などと嘯くことができないほどの」
「チカラを持つ者には責任が求められる?」
「定理だ。力の行使には責任が伴う。あるいは伴わなければならない」
「なるほど。とても立派な思想。崇高すぎて僕にはついていけないのです」
そう茶化すように言って、アズマは銀に皿に盛られたクッキーに手を伸ばす。白夜は一瞬眉を顰めるが、すぐにいつもの澄まし顔に戻った。
「君はいつだってそうだな。いつだって私の話をはぐらかそうとする」
「そんな文句を言うためにわざわざ来たの?」
「いや、今日は譲歩案を提示しに来た」
深い蒼に真摯な光がともる。いつだって真面目さん。
「我々は君の探索に口出しはしない。いや、協力さえしよう。新政府の一つの事業として」
白夜が語る。アズマは少し珍しそうに少しだけ瞳を大きく見開く。
「協力要請についても、任意での参加で構わない。君は今までどおり探索に打ち込めばいい。こちらの掴んでいる情報も提供しよう。代わりとして、定期的に報告を求めるが」
「えらく破格な条件だけど。なんで僕なんかにそこまで入れ込むのかな?」
要はアズマが自分たちの勢力であると対外的にアピールしたいという話らしい。
しかも形振り構わないカタチで。
「君は自分の価値というものを過小評価する傾向にあるようだがね。だが実際のところ、君の名はかなりこのセカイの住人たちに認知されている。『隠者の王』という通り名がつくほどに」
「勘弁してよね。名前が出ないように結構気を配ってるんだ。大体、王って大層過ぎるよ。どう考えても厨二病患者の名前だよねソレ」
「フっ、かつて私と共に『無の王』を討伐した者の言葉とは思えないがな」
「ずいぶん昔の話だよ。最近は当時を知らない新人さんばかりだしね。というか、ああ、何ていう厨臭い会話…」
アズマは少し眉を顰めて渋い表情になる。それを愉快と思ったのか、白夜の口元に薄く笑みが覗く。
そんな会話の中の単語に強く反応したのは紅い髪のフレア。目を見開き、アズマを注視する。
「…隠者の王。まさか彼が?」
「顔も名前も表には出てないからねぇ」
「なるほど。大変な面子だな。『白の王』に『隠者の王』。G☆の二人が揃い踏みか」
「本人に聞かれないようにね。嫌がってるから」
フレアは独り勝手に納得し、正面に座る少年の顔を改めて見つめる。
線の細い、それは彼女が最初に感じた印象だ。とてもじゃないが、言うような猛者とは思えない。本来ならば。
だが彼女は知っている。否、先ほど目にしたというべきか。
彼の強さを。その存在感を。
そもそも彼とその仲間であろうウエムラは当初、彼女、フレアの領地に情報と休息を求めて訪れたのだった。
礼を尽くした彼らに、フレアを相応の礼を持って応対した。
この無秩序なセカイにおいては稀とも言うべきでケースだろうが、彼女にとっては珍しいことではなくなりつつある。
信頼できる温厚な領主として名が知られたためか、彼女の領地には一時の休息を求めて訪れる旅人が絶えないからだ。
そして情報交換。外部に独自の情報源を持たない彼女にとってこういった旅人の持ち込む話は外を知る数少ない手段となる。
そうして旅人のもたらす情報が集まり、情報通などと呼ばれるようにもなった。
彼女はいつの間にやら、情報と休息の場を提供する宿か酒場のオーナーのような地位を得ていた。
確かに襲撃者は絶えない。相応の実力が伴わなければ適わない極めて危険な『趣味』ではある。
しかしいつしか彼女自身、そういった旅人との交流に楽しみを見出していた。
閑話休題。
とかく、アズマという灰色の髪の少年と、ウエムラと名乗る無精ヒゲの中年男性の二人はそういった、彼女にとっての顧客の一であった。
彼らの求めていた情報は『アリス』
私自身、噂の類程度の、確度の低い情報しか持ち合わせていない。
『アリス』を手中に収めた者は世界を統べる。
『アリス』はセカイの秘密を握っている。
『アリス』はセカイの歪みが存在する場所に現われる。
『アリス』はセカイを渡る。
『アリス』はくすんだ金髪の、黒色のエプロンドレスを纏う。
『アリス』の周囲には奇妙な黒服の男たちが現われる。
そして―
『アリス』と会話を交わしたものは……死ぬ。
どれもこれも噂に過ぎない。そもそも誰かがアリスを見かけたという話は聞いても、アリスを見た人間には会ったことが無いからだ。
そもそもセカイの秘密すら何か定かではない。
まるで噂だけが先行して広がっているような、都市伝説じみた感がある。
私はその程度の情報しか彼らに提供できなかったが、少年自身はそれなりに満足してくれたよううだった。
それに対して代価として彼らが話してくれた情報は非常に興味深いものが多かった。特に、最近この辺りで勢力を伸ばす転生者の気質、能力と弱点といった情報は貴重だった。
代価が多すぎると判断した私は、彼らに他のいくつかの情報、他の情報屋の話を提供し、久しぶりに和やかな交流が出来ると期待していた矢先、ちょっとした邪魔が入った。
そうして、まあ、色々あって、今に至る。
「また来よう。次こそは良い返事を期待する」
「今度はお土産くらい持ってきて欲しいよね」
「考えておこう」
気がつけば話が終わっていたらしい。白の青年は口元に僅かな笑みを浮かべ立ち上がる。
フレアはホストとして彼の見送りのために席を立とうとするが、白夜はそれを手で制止する。
「見送りは構わない。私が一方的に押しかけただけなのでね」
そして、青年は几帳面に椅子の位置を直すと、スゥっと虚空に溶けてしまった。
そしてその直後、
「はぁ~~~~」
少年がダランと腕をぶら下げて、だらしなく大きな溜息をつく。よほど苦手らしい。
そんな少年に、ウエムラ氏が笑みを向ける。
「だけど、今回はえらく譲歩してきたんじゃないかねぇ?」
「何焦ってるんだろうね? もしかしたら、何かパワーバランスが変わるような何かが起きてるのかも」
少年が天を見上げながら答える。
「まあ、関係ないよ。僕は僕の目的がある。『アリス』を探さなきゃ。次の目的地は…、なんか掌の上で踊ってるような感じがして嫌なんだけど、如月白夜から教えてもらったしね」