帰り道
エルザは宮殿の外に先回りして、ウィリアムが来るのを待っていた。
カーペットの左右には、未だに宮廷警邏隊が不動を姿勢を保っている。春とはいえ、まだそれほど暖かい気温とは到底言えない。そんな中で何時間も不動のまま立っているのはさぞ辛いだろう。
本来ならば、代行府組閣が正式に認められた後に新代行府の顔合わせという名のパーティが催されるため、それが彼らの息抜きにもなるのだが、今回は事情が事情であるだけにかなり早い段階でパーティは行わない方向でプログラムが組まれ、宮内省を通じて彼らにも説明が為された筈である。
それでもなお文句一つ言わず、ただ王家の、ただ陛下のために一体となって付いてきてくれるのだから、これほど有難い話はない。
ふと、彼らの一人と視線があった。エルザは少し微笑みながら軽く会釈して
「ご苦労様です。」
と言った。すると、目が合った衛兵はこころもち背筋をピン、としながら
「陛下の御為とあらば喜んで。」
とやや笑いながら答える。他の衛兵も笑っている。別の場所では「良く言った!」という声も聞こえる。
「その言葉をお聴きになれば、陛下はさぞお喜びになると思いますわ。」
「もしそうならば、私にとって、いや我々にとって、これ以上無い僥倖です。」
そんな事を話していると、ウィリアムが謁見の間から出てきた。
「気をつけ!」
その号令が飛ぶより早く、先程まで緩んでいた衛兵の顔が別人のように引き締まり、姿勢が一層、ピンと張り詰める。
そして、ウィリアムが前を通ると、その左右にいる衛兵が順々に最敬礼を行う。
ほどなくして、ウィリアムはエルザの前に来た。
エルザも同様に最敬礼を行う。今、この場においてエルザは寝所の女中ではなく、宮内省の役人なのだ。宮内省は代行府でも独立した位置にあり、組織は王家に直属するものだ。
だからこういった場で、普段のノリは出せないし、出してはならないのだ。
ウィリアムが軽く手を振る。
エルザは敬礼をやめた。
「馬車の用意を。」
「はっ。」
エルザはすすっと静かに素早く馬車の方に移動する。
御者は既に馬車の戸を開き、脇で待機している。その横から、エルザは馬車の中をチラと覗き込み、そのまま御者とは反対の側に待機。
ウィリアムが馬車へと近づく。
「異常はありません。」
ウィリアムに対し、そう告げる。
「大儀である。」
ウィリアムは、最敬礼を行っていた御者に手を振りながらそう答える。
そのまま、馬車の中に消えたウィリアムに続き、エルザも馬車に乗る。
馬車の戸が閉まる。がたっと馬車が大きく揺れ、動き出した。
その瞬間、ふら・・・とウィリアムの身体が崩れた。
「陛下!」
すんでの所でウィリアムの身体を受け止める。ウィリアムは首筋にじっとりと汗を掻いていた。
「お待ちください陛下、今すぐ人を・・・。」
が、ウィリアムは首を振った。
「構わん、大丈夫だ。」
「何が大丈夫なものですか!」
ウィリアムを座席にもたれさせ、馬車を止めようとするエルザをなお彼は引き止める。
「動悸が少しおかしいだけだ、いつもの事だ。わざわざ大事にして、周りの者に心配をかける必要はないだろう。」
「しかし・・・。」
「余の身体の事は、余が一番知っておる。それでも余の言う事が信用ならんと言うのか?」
「・・・・。」
エルザは押し黙る。ウィリアムも黙る。数瞬、お互いの間に流れた沈黙の後、折れたのはエルザの方だった。
「寝所にお戻りになられたら、すぐに係りつけの医師を手配しますからね。」
「すまぬ。」
ウィリアムはやや青ざめた顔で笑う。
普段の堂々として、不遜な彼を見ていると、彼が残り少ない命を削りながら生きている事を、つい忘れてしまう。
彼がせめてその事業を終えるまで、生きていられるよう、これからはより一層彼の体調に気を配らねばならないだろう。
結局、自分の立ち位置というのは昔から余り変わっていないのかもしれない。
そう思いながら、エルザは窓の外に視線を向けた。
宮殿の庭園では桃の花びらが陽光を反射して、眩しく散っていた。
その花の嵐を、エルザはなんとも言えない心で見つめるのだった。