エルザの内心
何度目だろうか、彼の有無を言わさぬ言動にハラハラするのは。
ウィリアムが中央の玉座に鎮座している謁見の間、その玉座のやや右手後方、余り目立たない位置にエルザは居た。
何度目だろうか。そう思いながら彼女は、幼き日を共に分かち合った青年、ウィリアムを、その双眸に重ねる。
ウィリアムはかつて、エルザにとって弟のような存在だった。
彼は昔から、どこか危うさを抱えた人間だった。身体は弱く、積極的な性格でもないのに、一つ事に熱中するとまるで嵐のように凄まじい勢いでのめりこんでいく。自分の身体が他人より弱い事など気にも留めず、熱中している事柄以外の事は一切合財耳に入らなくなる。そして、無理をして身体を壊す。
幼き日のエルザは、そんな彼を止めるブレーキ係だった。
彼女が彼を押し止めると、いつも決まって彼は不服そうな顔で反抗するのだ。
その癖こちらが諦めて、もう好きにすればと放っておくと、今度は打って変わって寂しそうな顔をしてやめてしまう。
天邪鬼というより、恐らく自分の興味関心の対象を突き詰める強い欲求と、他者からの反発を必要以上に感じてしまう繊細さ、そのバランスが取れていないのだろう。
きっと今も、表面を取り繕っているだけでその根本は変わっていない筈だ。
ウィリアムの声が謁見の間に響き渡る、静かだが、不思議と良く響く声だ。彼は変声期を迎えてもほとんど声が変わらなかった。昔と同じ、耳触りの良い声だ。
そういえばいつからだっただろうか。エルザが彼と自分の間に超えてはならない決定的な溝、地位という溝がある事に気がついたのは。
その溝に気づくまでエルザは彼の姉として、ずっと彼の傍に居られると思っていた。
ところが現実はそうではなかった。エルザは歳を重ねる事に、彼が自分とは違う世界の人間なのだと思い知らされた。
エルザはその溝を知ってから、必死に努力した。弟のように可愛がってきたウィリアムが、どんどんエルザとは違う世界の人間になっていくのが嫌だった。
勉強して、宮内省の官吏登用試験に受かり、そこから更に実績を重ねて、何とか今のポストを勝ち取った。
正直、平坦な道のりではなかった。何度も諦めようと思う事はあったし、幾度となく挫折を味わった。
それでも、彼女はここまで辿り付いた、いつしか彼女の中でその立ち位置を変えたウィリアムの傍に居るために。
そして秘書として、彼の傍で仕事をして数年が経ったある日。彼が寝所の給仕の仕事を頼んできた時、彼女はとても嬉しかった。今までの努力が報われた気がした。
自分の気持ちが一方通行で終わるものではなく、彼が自分を必要としてくれた事、たったそれだけの事が、とても嬉しかった。
彼はきっと自分が何故、頑なに彼の傍に居続けるのか、その真意を汲んでいないだろう。
でもそれでも良い。今はまだ。
ウィリアムが話を負え、玉座から立つ。
こうした公儀の場では、立場上彼女がウィリアムの隣に立つ事は許されない。
しかし、いつの日か彼の隣に立ちたいと思う。
これは我が侭だろうか?
そんな感情を胸の内に秘めながら、彼女は宮廷を出るウィリアムを迎えるべく、静かに、迅速に、謁見の間の脇にある通用口から、外に出るのだった。