動き出す歯車
ブリスケンの政治は司法、行政、立法の三権分立だ。そして、それぞれを司る機関が裁判所であり、ブリスケン代理行政府であり、ブリスケン第一議会である。
この内、広義の意味でブリスケン政府と呼ばれる機関はブリスケン代理行政府、通称「代行府」である。
そして、それら三権力の要職を取り決める親任式典が行われるのが、ここグリュニアの中心部にある青の宮殿である。
かつては、王家の威光をこれでもかというぐらいに見せ付けていたその宮殿は、今や政府の所有物であり、歴代のブリスケン王が鎮座していた謁見の間にある玉座は、今や国事行為の際にその用の成すのみだ。
その宮殿の門から謁見の間に至るまでの道は煉瓦によって一分の窪みも許さない程に綺麗に舗装されており、また左右に広がる王宮庭園はそれぞれの植物専属の庭師達によって手入れされた様々な花や樹木が芸術的に配置されており、ブリスケンの変化に富む四季の移行にあわせて、色とりどりの変化を与えてくれる。
その美しさは、王が宮殿から居なくなった今でも、かつての庭師の子孫達が職人として雇われ手入れを続けている事からも分かるだろう。
春の訪れを感じさせる今日三月十日は、桃の花が宮殿までの道を華やかに彩っている。
ウィリアムは今、宮内省が用意した専用の車から乗り換えて、馬車に乗っている。これもまた、かつて王家が使っていたものだ。
何故このような物に乗っているかと言うと、車は原則宮殿内に入る事ができないからだ。車から出る排気ガスによって花弁や葉が汚れ、傷つくのだそうだ。
しかし、宮仕えの庭師達からしてみるとこれでもまだ不服らしく、排気ガスが植物に与える悪影響が問題視された当初は宮殿の敷地から半径百メートル以内は原則自動車進入禁止とまで主張していた。
最も、現ブリスケン政府より長い数百年という歴史を誇る彼ら庭師達からしてみれば、たかだか生まれでて百年かそこらの文明の利器に自分達の仕事を台無しにされては、たまったものではないのだろう。
「綺麗ですね。」
そうしみじみと語るのは給仕服から一転、宮内省の制服に身を包んだエルザだ。エルザは王家の寝所の給仕以外に、王の筆頭秘書官も兼任している。
というより、本来彼女は宮内省に勤めている立派な役人なのだ。それをウィリアムが無理に頼みこんで、寝所の給仕を兼任させているという方が正しい。
「これだけの施設を維持するのに一体どれほどの金と手間が費やされておるのか・・・。」
確かに思わず仰ぎ見てしまうほどの絶景だが、王家として最低限の贅沢しか許されていないウィリアムは、どうしてもそういった所に思考がいってしまう。
そういった部分に考えがいってしまう時点で、かつての王達と今のウィリアムは、同じ血筋を引いてはいても、きっと別物なのだろう。
宮殿の前で馬車が止まる。御者が座席から降り、扉を開ける。宮殿の前に敷かれた真紅のカーペットが眩しい。
ウィリアムが馬車から降りた瞬間、カーペットの左右に並んでいた人の列が最敬礼を行う。彼らは、宮内省管轄の宮廷警邏隊と呼ばれる者達で、やはり数百年の伝統を持つ。
かつてはブラオ王宮騎士団と呼ばれ、その後ブラオ王宮警護団、ブリスケン近衛師団と名前を変え、王政が終わって以降、現在の名前に落ち着いた。
ここから先は一人だ。筆頭秘書官のエルザと言えど、こういった祭礼の場で王の隣に立つ事は許されないのだ。
離れていくエルザに一抹の寂しさを感じながらも、警邏隊が左右を固めるカーペットの中央を悠々とウィリアムは歩いていく。
何ら実質的な権力を持たない筈のその姿は何故か「様」になっていて、今でもなおこの城の主であるかのような威厳に満ちている。
宮廷の階段を昇り、謁見の間へと入る。
その瞬間、
「第五十四代ブリスケン国王、ウィリアム・ブリスケン王!ご入場遊ばされます!」
その高らかな声と共に、ラッパが吹き鳴らされ、謁見の間は拍手で満たされる。
演出過多も甚だしいが、これが儀式というものだ。
ウィリアムはにこやかに手を振りながら左右を見渡す。
謁見の間は別名青き光の間と呼ばれる場所で、その名の通り壁一面が青い光で仄かに輝いている。
理由は、壁に埋め込まれた小さなサファイアが光っているからだ。
サファイアは清浄を意味する宝石であるから、さしずめ明けき清き統治を体現するための意味で埋め込んだのだろうが、残念ながらウィリアムの内心には失笑以外の衝動は何も湧き上がってこない。
この謁見の間はかつて、ブリスケン王国だった時代にブリスケンの王侯貴族、文官、武官が一度に入れるように設計されたものだ。
そのため、今日ここに集まった新代行府の閣僚達、それと宮内省の役人達だけではいささかスペースを持て余し気味になってしまう。
そんな事は気にも留めていない体を装って、ウィリアムはかつて彼の先祖が腰を据えた玉座に座る。
集まった閣僚達はこれから起こるであろう事をきっと一分たりとも感づいていないのだろう。
そんな彼らの顔を玉座の上から見て、彼は笑みの度合いを少しだけ深めた。
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