朝食にて
かつて王都と呼ばれ、繁栄を極めたグリュニアは未だかつての繁栄の面影を色濃く残した邸宅が多いが、その中でも一際目を引く豪奢な邸宅がある。ブリスケン王家の寝所だ。
とはいえ、元々ここは王家の数ある別宅の一つでしかなかった。が、王家が国の治世を今のブリスケン政府に委ねて百余年、その間王家は国からの援助で食いつないできたのだが、二代前の王であるイングラム・ブリスケンはそれを潔しとせず、「享受せども甘受する勿れ。」をモットーにできるだけ国の援助に頼らない生活を心がけた。
それ以降、王家あるいはそれに類する宮内省勤めの役人達の中ではそれが一般的な見識となり、王家が所有していた別宅や調度品、収集していた美術品などは最低限必要と思われるモノ以外、全て売り払われるか寄付されたのである。
故に、ブリスケンにおける王家とは、セレブと=で結ばれるモノでは決してない。貧乏とまではいかないが、その実態を知らない者が見れば驚くほど質素である。
現にこの邸宅は、王の寝室以外は全て宮内省の役人が自由に寝泊りに使って良い事になっている。王家の寝所を汚すわけにはいかないと、使う者が少ないのが難点だが。
その邸宅の一室で、彼、ウィリアム・ブリスケンは一人つましく朝食を摂っていた。
朝食の内容は、カリカリのバタートースト、湯気を上げる半熟卵とやや薄めのハム、簡単なサラダに、後は温かいコーヒー、と決して豪華だとは言えないソレである。
が、それを食べているのがウィリアムであれば話は異なる。
やや緩やかにカールのかかった流れるようなブロンドの髪に、透き通ったガラスのような蒼い目、陶器のように白い肌、全体的な身体のラインはやや成人男性としては細すぎるがそれが逆に儚げな雰囲気を醸し出す。
そんな彼が、朝特有の強い陽光をバックに朝食を摂っていると、不思議と絵になるのである。
そのまま彼がちびちびと朝食を摂っていると、ドアからコンコンとノックの音がした。
彼はドアにちらと目をやると
「入れ。」
とだけ言った。
ガチャリという音と共にドアが開く。給仕服に身を包んだ若い女性が中に入ってくる。肩にかかるぐらいの黒い髪は、ちぢれ毛の一本も許さないと言わんばかりにサラサラである。顔はウィリアムの目の覚めるほどの美貌に比べるとやや見劣りするかも知れないが、それでもさっぱりとした美人である。
その女性は入ってくるなり、未だほとんど手をつけていないトレイを確認すると
「あら、まだお召し上がりになってなかったのですか。」
と驚いた。
ウィリアムは少しムッとした表情で
「余はできるだけ食事には時間をかける主義なのだ、お前は知っているだろう。」
と返す。
女性はクスクス笑いながら
「そんなだから、そんな不健康なもやしみたいな身体になるんですよ。」
「フン、余計なお世話だよ。」
そう言ってウィリアムは先程より早いペースで食事を腹に入れていく。
それを見て、女性はまたクスクスと笑う。
若いながらもれっきとした王であるウィリアムに対してかなり失礼な・・・というより、最早不敬罪の謗りを受けてもおかしくない態度だが、それには理由がある。
この女性、エルザ・ヘンダースンはウィリアムの乳母であったイザベラの連れ子、つまりウィリアムにとっては乳兄弟に当たる人物なのである。
勿論、成長し互いの立場の違いが確固足るものになるにつれて、彼女はウィリアムと次第に一線を引くようになった。
それを嫌がったのはウィリアムだ。
先代の王である父、アルフレッド・ブリスケンはウィリアムが生まれる前に、肺炎をこじらせてあっさり逝去した。母であるイリアスフィール・ブリスケンは身体が弱かった事もあってか、ウィリアムを産み落としてから数年間、病院に入退院を繰り返していたが、十六年も前に逝去した。
それからずっとウィリアムを育ててくれたのは、乳母であるイザベラだったのだ。
かつての栄光はどこへやら、今ではいくつかの国事行為や儀式においてしか出番の無い王家、ひいては宮内省から出る俸給は決して高い方とは言えない。
そしてかつてあった大国の王家としての権力は、最早望むべくもない。
にも関わらず、イザベラは我が子と同じだけの愛情を彼に注いでくれた。
ウィリアムにとってイザベラは、エルザは、血は繋がっていなくとも家族なのだ。
だからこそ、彼は一線を引こうとする親子の手を握って引き戻し、そして今に至るまで傍に置き続けてきた。
きっとそれは我が侭なのだろう。
だが、それでも良い。
彼女は相変わらずクスクスと笑っている。
そんな彼女を少しでも良いから見返してやりたくて、彼は更に食べるスピードを上げた。