プロローグ
アケニアという大陸のやや南西部に、沿岸部から大陸の中ほどまで食い込む広大な領土を持つブリスケンと呼ばれる国がある。
ほんの百年ほど前まではブリスケンという国名の後ろに「王国」が付いていたのだが、少なくとも現在においては立憲君主制という形で、王は直接政治に関与していない。が、完全に政治構造が別のモノに移行したというわけでもないためにブリスケン王国はただのブリスケンとなったままなのだ。
近年、このブリスケンはある一つの問題に悩まされている。
それは、六十年ほど前に隣国であるウォルムガンド連邦との間に起こった戦争が原因の深刻なデフレである。
戦争の萌芽は両国の国境付近における地質調査でたまたま発見された金鉱である。発見したのはブリスケンだが、国境の境界線上ギリギリという事もあって、隣接するヴォルムガンドが採掘に一枚噛ませろと言ってきたのだ。ブリスケン側がこれを拒否すると、ヴォルムガンドはブリスケン側が国境付近において無許可に地質調査を行った事を槍玉に挙げはじめ、両国の関係は次第に険悪になっていった。
そんな爆弾のような状態に火がついたのは鉱脈発見から二年が過ぎた年の二月。
ブリスケンの諜報部員が、ヴォルムガンドが極秘裏に鉱脈を採掘するための施設を建造している事を突き止めたのだ。
そこでブリスケン側は示威行動も含めた意味で歩兵二個小隊にヴォルムガンドの採掘施設を包囲させ、そのまま内部で作業をしていた作業員達を強引に追い払い、そのまま施設を占拠。加えて、施設周辺を重火器で半ば要塞化させ、ヴォルムガンドを牽制した。
その行動に怒ったヴォルムガンドは遂に開戦を決意。機甲師団一個大隊を国境付近に進駐させた、
後に十年戦争と呼ばれる戦争の火蓋はこうして切って落とされた。
が、開戦したは良いもののウォルムガンド連邦はブリスケンに比べ国力でやや劣っているが、その国土はやはり大国と呼べるソレである。
またブリスケンも大陸内に比肩しうる国はそういないほどの大国だ。
結果として両国は迂闊に兵力を動かすわけにいかず、戦局は膠着。戦争は長期化、広大な国土を守りきるための軍事費はかさみ、かといって厳然たる脅威がある以上軍縮をするわけにもいかず、ブリスケン政府はやむなく国債を発行する。
最終的に、この二国は大きな武力衝突を起こす事もなく、和平交渉の末に十年に渡る戦争にピリオドを打ったのだが、十年にもわたる戦争で発行された国債は割と笑えない金額にまで膨れ上がっていた。
唯一の救いは、その国債を買っていたのがほとんど自国内の富裕層であった事だが、だからといって国債の額が少なくなるわけではない。
増え続ける国債に頭を悩ませた政府は公共事業の見直しや社会福祉への支出を抑える事、また戦後から半ば強引に軍縮を推し進める事で何とか資金を捻出しようとした。が、結果としてそれらは余り効果を出さず、むしろそれらを削減した事で今まで捻出していた雇用が消滅し、失業率が上がり、社会不安が増し、不安は過剰とも呼べる貯蓄を誘発し、需要が落ちる事によって物価が値下がり、結果経済は徐々に停滞し、更にデフレが加速し不況になる悪循環の様相を呈していた。
当然不況になれば、税収が落ちるため政府は税率を上げるも逆効果、更に国債を返済するのが辛くなり借金地獄。
更に更に景気を回復させようと、国債を重ねてバラ撒き政策を行うも、全て投機マネーとして海外に流出する始末である。
考えれば当然で、デフレのシステム上、国内でただ金を使うより外国の企業に投資したり、海外の通貨に換金して何かを輸入する方がお得なのだ。
結果として、ブリスケン政府は大した対策も打てないままに不況は加速していく一方である。
そんなブリスケンの中心部、かつて王都とよばれたグリュニアという街。
そのグリュニアの中でも、一際大きく、豪奢で、人目を引く邸宅。
その一室から、物語は始まる。