飛んできた竜
翌朝。早朝から、セレムは牛達を連れて草原へ向かった。父親のウィルはまだ不安がっていたが、しぶしぶセレムに仕事を任せた。「牛を放ったらかしにして帰るんじゃないよ」ウィルは出かけるセレムに念を押した。
メーシーは黙ったままだった。昨日ポームを持って帰ってから、前にもまして気持ちが沈んだようにみえる。両親を喜ばせようとして買ったポームは、ラルフの思い出を呼び起こし、悲しみを増しただけだった。
いつも良かれと思ってした事が裏目に出る。セレムは慣れっこだ。
テーブルの上に置いたまま手をつけられていないポーム。セレムは袋の中から一つ取りだしてズボンのポケットに入れてきた。
早朝の草原は朝露に濡れて足元がひんやりする。新しい朝の新鮮な風は気持ち良かった。牛達をいつもの草原に連れて行くと、セレムは牛達を見渡せる大木のある場所に歩いていった。 牛達に自由に草を与えている間、木陰の下で待っている。広々とした草原に、さわさわと心地よい風が吹いてきた。雄大な自然の中に包まれていると、心が癒され落ち着いてくる。
セレムは木の元に腰を下ろすと、持ってきたポームをポケットから取りだし一口かじった。みずみずしく甘酸っぱいポームの味が、口いっぱいに広がる。懐かしいラルフの香りのようだ。
セレムが二口目をかじろうとした時、遠くの空に影のような物が見えてきた。目を凝らして見つめていると、その影はだんだん大きくなり、やがて竜の形になった。
「竜だ…」
空を見上げるセレムの目に、昨日見たクリーム色の竜がはっきりとうつる。
「セレムー!」
ルピィというクリーム色の竜に乗ったギルが、上空からセレムに手を振った。
「?…」
驚いているセレムの元に、竜に乗ったギルがゆっくりと空から舞い降りてきた。
「牛の群を見ていたら、君の姿が見えて降りてきた」
ギルはぴょんと竜の背から飛び降りた。
「セレムはポームが好きなんだなぁ」
ポームを手にしているセレムを見てギルが言う。
「お土産でまた持って来たよ」
竜の背の籠には、ポームがたくさん入っていた。
「……」
悲しいポームはもうたくさんだ。
「何しに来たの?」
そっけなく答えるセレム。
「君に会いに来たんだよ。一緒に竜に乗ってみない?セレムは絶対、竜に乗るのが上手いと思うんだ」
ギルは気にすることなく話を続ける。
「…竜になんか乗れないよ」
「大丈夫だよ。ルピィはとても大人しい優しい竜なんだ」
ギルがそっとルピィの長い首をなでると、ルピィはゴロゴロと喉を鳴らす。ルピィはつぶらな瞳で、じっとセレムを見つめた。
「さわってごらん」
「……」
セレムは恐る恐るルピィの背に触れた。昨日と同じ柔らかく温かい感触。幼い頃竜に乗って遊んだ記憶がよみがえる。ルピィは近寄ったセレムの頭を、そっと舌でなめた。
「ルピィも君を気に入ってるみたいだ」
その様子を見てギルは微笑む。竜にもう一度乗ってみたい気持ちは、セレムの中にも強くある。
「…でも、牛の世話をしないと…」
「ほんのちょっと乗ってみるだけだよ。僕だってこっそり竜の谷を抜けてきたから、すぐ帰らなきゃいけないんだ」
「……」
セレムが迷っている間に、ルピィは小さく鳴くとセレムが乗りやすいように背をかがめてきた。
「ルピィも君を乗せたがってる」
セレムは心を決めると、ゆっくりとルピィの背中に上っていった。