思慕
「あんたの兄さんって竜の谷に来たことあんの?」
「うん…」
セレムはレナの質問に短く答え、食べかけのポームをかじった。
「どうやって?竜の谷間は道のない険しいとこだよ。人は近づけやしないんだからね」「竜がいたから…」
「竜!?」
レナとギルは驚いて同時に声を上げた。
「君も竜と住んでるの?どんな竜?この近くに竜が住んでるなんて知らなかった!」 ギルは興奮して聞く。
「今はもういないよ…竜も兄さんも…」
セレムは食べ終えたポームの芯を投げ捨てて俯いた。
「セレムのお兄さんは死んだのよ。私は知らないけど竜も一緒に死んだんだと思うわ。お兄さんや竜のことは聞かないで、セレムが可愛そうだから」
アンナはセレムの腕をそっと取る。アンナの言葉が余計にセレムの心を重くすることに気づかない。
「フン、おせっかいだよね、あんたは」
「え?」
「何でもない。ギル、出発の準備して」
キョトンとしているアンナに、レナはそう言う。
「待って、その前に野菜と果物を売ってよ」
「…おせっかいな上に我が儘で鈍感」
レナは軽くため息をつくと、アンナに聞こえないようギルに呟いた。ギルは肩をすくめると口笛を吹きながら果物の籠をアンナの前に差し出した。
「どうぞ!おすすめはポームと黄色野いちご、万能薬の蔓草だよ」
レナとギルは、また竜に乗って隣りの町に飛んでいった。もう少し、彼らや竜と一緒にいたかった。竜の谷に住む人々の中には、ラルフのことを知っている人もいるかもしれない。竜とポームの赤い実は、セレムの心を大きく揺さぶる。
結局、ろくに話もしないまま、セレムはポームの入った袋を抱えて家に戻って来た。
家では母親のメーシーが昼食の準備をしていた。いつの間にか、もうお昼近くになっている。
「ただいま…」
スープの鍋をかき混ぜているメーシーの後ろのテーブルに、セレムはポームの袋を置いた。
「どこに行ってたの?何もすることがないなら、家の手伝いか牛の世話をしてちょうだい」
メーシーは振り返らず鍋をかき混ぜながら言う。
「アンナだって家の手伝いをして働いているのよ。ラルフはあなたよりもっと小さい頃から家の手伝いをしてくれたわ」
「…ごめんなさい」
セレムはそっと台所を出ていった。メーシーがラルフの話を切りだしてくると、セレムの心は締め付けられる。「ラルフは…」「ラルフなら…」「ラルフだったら…」メーシーの心は未だにラルフで占められている。
メーシーが振り向いた時、もうセレムの姿はなかった。
「セレム?」
メーシーはテーブルの上の赤いポームに気づく。
「これは…」
メーシーはポームを手に取りじっと見つめる。ラルフがよく採って来たポーム。今のメーシーにとって、ポームの実は悲しみの象徴でしかなかった。
読んで下さってありがとうございます。
セレム君、セリフ少な〜い。(^^;)なかなか心を開いてくれないので、書きづらいです…。温かく見守ってあげよう。




