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旅立つ日

 村の教会前の広場は、四匹の竜達の到着で朝から賑わっていた。あれから一週間が過ぎ、セレムの足の怪我も治った頃、旅立ちの日は訪れた。

 皆が南の国に行ってしまう前に、セレムの村に集っていた。あの日、初めてレナとギルに会った時のように、竜の谷に住む人々とアリシアは、村人達に珍しい収穫物を売っていた。

 セレムはフェアリを連れて、アンナと一緒にやって来たが、刻々と迫る別れの時を思うと、市場のような賑わいがかえって悲しく目に映った。

「セレム」

 村人達が集まっている場所から少し距離をおいて佇んでいたセレムは、ふと声をかけられた。振り向くと、アリシアが笑顔で近づいて来た。アリシアとは、竜の谷の森で衝撃的な場面に遭遇して以来会っていなかった。

「……」

 あの時のことを思い出すと、セレムの頬がパッと染まった。あれから、アリシアの存在は遠いものとなってしまったけれど、今でもアリシアの金色の髪は輝き、その笑顔は眩しく感じられる。

「元気そうで良かったわ。セレムとはもっとゆっくり過ごしたかったんだけど、もうそろそろ帰らないと冬になってしまうわ。私が住んでいる国は、一年中温かいから過ごしやすいのよ。セレムもいつか遊びに来てね」

「……」

「どうかした?」

 目を伏せて黙っているセレムにアリシアは聞く。

「ううん、何でもない。フェアリが大きくなって空を飛べるようになったら、僕もきっと行くよ」

 セレムは首を振って顔を上げた。

「そう。楽しみにしているわ」

 アリシアはセレムを見つめて微笑んだ。

「アリシア……」

 アリシアの視線を感じながら、セレムはふと、アリシアは自分を通してラルフのことを見ているんじゃないかという気がした。アリシアの心の中には、ずっと13才のラルフが生き続けている。ラルフと同い年になり容姿も似ているセレムは、アリシアが幼い頃に慕っていたラルフ自身なのだと。

「僕……森でラルフに会ったよ」

 セレムはアリシアを見返しながら、静かに言った。

「え?……」

 アリシアは驚いて息を呑む。

「森で怪我をした時、ラルフに助けられたんだ。ラルフはコーリーと一緒だった。夢の中で会っただけかもしれないけど……僕は確かにラルフとコーリーの姿を感じたよ。あの森でラルフとコーリーは生き続け、僕達を見守ってくれてるような気がする」

「ラルフが……」

 アリシアはセレムから視線を外し、口をつぐんだ。その瞳はみるみる潤んでいく。「アリシアは、今でもラルフのことが大好きなんだよね。きっと、僕や父さんや母さんが、ラルフのことを思う気持ちと同じくらいに……」

 アリシアの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

「ええ、大好きよ」

 アリシアは涙を拭おうともせず、微笑んだ。

「ラルフもアリシアのこと大好きだよ。アリシアのこともきっと守ってくれる」

「……」

 アリシアは言葉にならず、微笑みながら首を縦に振った。


「え?アリシア泣いてるの?半年後にはまた戻ってくるんだから、そんなに悲しくはないよ」

 商売を終えたギルは、アリシアが泣いているのを見て驚いた。シンとレナ、コルバとアンナも後に続き、フェアリもピョンピョン跳ねながらやって来た。

「そうじゃないのよ……」

 アリシアはハンカチで涙を拭くと、にっこりと笑った。

「嬉しくて泣いてるの。セレムはいつの間にか随分大人っぽくなったと思って」

「そうかな?僕達出会ってまだほんの数ヶ月だよ。何にも変わってないと思うけど」

 ギルは目を丸くして、まじまじとセレムを見た。

「ギル、籠を片づけて」

 レナはギルの手を引っ張った。

「ほぉっほぉっ、ワシは確かに聞いたぞ。2人が『大好き』と言い合っておるのをな」

 コルバは愉快そうに笑った。アンナはサッと前に出ると、セレムの腕を組みアリシアを睨んだ。

「セレムはそんなこと言わないわ」

「フッ、心配しなくても、アリシアにはシンっていう恋人がいるんだから」

 レナはチラッとシンを見ながら口元を弛めた。

「へぇ?そうなの?2人は恋人?」

 ギルが一層目を丸くすると、シンとアリシアは微笑みながら見つめ合った。

「爺さん、話をややこしくするなよ。耳も遠くなってきたのか?」

 シンは少し照れながら言った。

「何を言うか、まだ耳はよく聞こえるわい。何、まだ結婚をしているわけでもなかろう。この先どうなるかはわからんぞ。いや、結婚したからと言うても、恋愛は自由じゃからな」

 コルバは声を立てて笑った。

「年の差なんぞも気にならんわ。ワシはまだアリシアを諦めてはおらんぞ」

「ったく、コルバ爺さんにはかなわないよ」

 皆が笑う。セレムも微笑んだ。コルバ爺さんにかかれば、どんな真剣な悩みごとでも明るく消し去ってしまいそうだ。


 後かたづけが終わった後、いよいよ別れの時がきた。半年後には戻ってくると言っても、やはり寂しい気持ちになる。

「セレム、ルピィを頼んだよ。ルピィは寂しがりやで撫でられるのが好きだから、毎晩寝る前には抱きしめて撫でてあげてね」

 ギルはしっかりとルピィの首を抱きしめた後、セレムに念を押した。ルピィは喉をゴロゴロ鳴らしている。

「うん、わかった」

 ギルは名残惜しそうにルピィの首から手を放すと、その首にキスして走り去り、レピィの背に乗った。既にレナは先に乗っていた。シンもアリシアもそれぞれの竜に乗っている。

「さぁ、そろそろ出発しようか」

 シンが声をかけると、竜のハーンはいなないて羽を広げた。四匹の竜が勢揃いする姿は勇ましいが、特に一番大きなハーンの姿は迫力があった。フェアリは、ハーンの真似をして小さな羽をパタパタさせた。その様子を見て、アリシアは顔をほころばせた。

「半年後、大きくなったフェアリの姿を楽しみにしているわ。でも、フェアリにはこのままの可愛い姿でいて欲しい気もするわね」

 セレムは落ち着きのないフェアリを抱き上げた。

「フェアリの背に僕が乗るなんて、今は信じられないよ」

「フフ、あっという間に大きくなるわよ」

 アリシアは真剣な眼差しをセレムに向ける。

「セレム、あなたはラルフより成長して、ラルフの分まで生きてね」

「……」

 セレムは黙って頷いた。

 そして、次々と竜達は空へ舞い上がり、レナとギルの乗ったレピィも空へ羽ばたこうとした。

「レナ!」

 セレムは慌ててフェアリを放すと、レピィの元に駆け寄った。

「何?」

 セレムはポケットの中から小さな花束を取り出すと、レナに差し出した。

「これ、持って行って」

「……何さ、これ。萎れかけてるよ」

「あ、ごめん。今朝摘んだんだけど、ずっとポケットに入れてたから……」

 セレムは手にした花に目を落とす。確かに幾分萎れて元気がなかった。

「大丈夫だよ。水筒の水の中に入れておけば、すぐに元気になるよ。貸して」

 レナの後ろからギルが言う。

「いいよ。あたしがやるから」

 レナはギルの手を押しやった。

「ありがと……」

 レナはボソッと言うと、笑みを浮かべた。

「じゃあね、セレム!」

 ギルがセレムに手を振り、レピィも空へと舞い上がって行った。

 竜達はしばらくグルグルとセレム達の上空を旋回する。

「レナ!今度あんたにも花飾りを作ってあげるわ!あんたも花に興味があるなら!」

 突然アンナは、空の上を見上げながら叫んだ。レナはレピィから身を乗り出して、アンナに手を振った。

 セレムとアンナとコルバに見送られながら、やがて竜達はゆっくりと空高く舞い上がり、南の空へと旅立って行った。


「さて、今夜は泊めて貰えるかの、セレム?」

 竜達の姿が見えなくなった後、コルバが口を開いた。

「母君の手料理を頂くとしようか」

「はい。母さんもいつでも来て下さいって言ってました」

「それは良かった。アンナちゃんや、そろそろ帰るかの」

 ルピィの側に佇み、首を撫でているアンナに向かってコルバが言った。竜嫌いのアンナがルピィを撫でていることを、セレムは意外に思う。

「……お爺さん、その竜の谷っていう所に行って、時々はあたしが料理を作ってあげるわ」

 アンナはコルバに目をやった。

「おや、アンナちゃんがワシのとこに来てくれるのかね?」

 コルバは顔をほころばせる。

「ええ……もうすぐしたら父さんが家に帰って来るの。そしたら、あたしも仕事をしなくてよくなるから」

「アンナ、竜に乗るの大丈夫?」

 セレムには、竜に乗って空を飛ぶアンナの姿は想像できない。

「……高い所は好きじゃないけど……竜もよく見たら、なかなか可愛いわ」

 アンナは、ルピィの大きな瞳を見つめる。ルピィはその瞳をパチパチと瞬かせた。

「それに、セレムと一緒なら恐くないわ」

「ほぉっほぉっ、セレムは女性に人気があるんじゃな」

 コルバはセレムを冷やかし、セレムはうつむいた。

「……」

「じゃが、女性皆に優しくし過ぎると、苦労することも多いぞ」

 コルバは愉快そうに笑いながら、先を歩いて行く。

「ねぇ、何でレナに花束を渡したの?」

 アンナは上目遣いにセレムを見る。

「あれは……」

「花束なら私が用意してあげたのに」

 セレムは首を振った。

「僕が摘んだ花束じゃなきゃダメなんだ。もう、帰ろう」

 セレムはフェアリをルピィの背に乗せた。

「ルピィ、ついておいで」

 セレムが歩く後ろから、ルピィは低く飛んでついて来る。

「待って、セレム。どうしてセレムの摘んだ花じゃなきゃダメなの?」

 アンナはセレムの後を追いかけ、しつこく質問する。

「えーと、何ででも……」

 セレムはアンナをかわし、足を速めてコルバの後に続いた。その後ろからは、アンナの声が響く。フェアリは楽しげに鳴きながら、ルピィの背に揺られてその様子を見下ろす。小さな羽を広げたフェアリは、もう空を飛んでいる気分になっていた。

読んで下さってありがとうございました!

今回、書きたいことを全部書き綴っていったら、ものすごく長くなってしまいました……(^^;)いよいよ後はエピローグのみです。嬉しいような名残惜しいような気持ちです。後少しだけお付き合い下さいね。

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