二匹の竜
雷と雨は一晩中続いた。結局セレムは明け方近くまで眠ることが出来なかった。忘れたくても忘れられない過去の恐怖。ラルフが亡くなった時も激しい雨と雷が鳴り続けていた。あの時以来、セレムにとって嵐は忌まわしい存在となった。
耳をつんざく雷鳴、叩きつけるような大粒の雨、竜のいななき、ラルフの苦しげな顔!鮮明な映像がぐるぐると夢の中に表れ、セレムは悲鳴を上げて飛び起きた。
既に夜が明けて嵐は去り、雨もあがっている。セレムは深呼吸し、額に浮かんだ汗を手で拭った。心臓はまだドキドキと高鳴っている。
セレムはベッドから起きあがり、カーテンを開けた。朝の光が部屋に射し込んでくる。昨夜の嵐が嘘のようだった。窓を開いて空を見上げてみると、雲の浮かぶ空にうっすらと虹が架かっていた。穏やかな景色に、セレムの心は次第に落ち着きを取り戻してくる。
「あっ?…」
空を見ていたセレムは小さく驚きの声を上げる。虹の浮かんだ空に二つの影が浮かんでいた。二つの影は羽ばたきながら、段々と近づいて来る。大きくなった影は、二匹の竜だった。竜の上には一人ずつ人が乗っているようだ。竜達はゆっくりとセレムの家の上空を通り過ぎて行った。
山の向こうの谷に住んでいるという、竜使いの人々と竜なのだろう。今は村まで降りてくることはあまりないが、ラルフは時々谷間まで出かけていたらしい。はっきりとは覚えていないセレムだが、何度かラルフと一緒に谷間に行ったことがある。
竜の飛んでいった空をぼんやりと眺めていると、アンナの声が聞こえてきた。
「セレムー!」
昨日と同じように、アンナは息を切らせながら元気に駆けてくる。
「おはよう!ねぇ見た、竜が村にやって来たわ」
アンナはセレムの部屋の窓まで来ると、笑顔を浮かべて言った。
「うん」セレムは短く答える。
「見に行きましょうよ!教会の裏の広場に行ったらしいわ。母さんも行っていいって言ったから。きっと谷間の珍しい食べ物を売りに来たんだわ」
セレムが断る理由もなく、アンナは今にもセレムの手を引いて連れて行きそうな勢いだった。
「うん、今着替える」
満面に笑みを浮かべてじっとセレムを見つめるアンナの顔の前で、セレムはカーテンを引いた。
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