幻影
どれくらいの時間が経ったのだろう?雨はまだ激しく降り続いているが、雷の音はしなくなった。日はすっかり暮れて、辺りは真っ暗だ。凍えそうになるくらい寒い。
抱いているフェアリの体温で、どうにか持ち堪えているが、セレムの意識はだんだんと薄れていった。足からの出血はだいぶ治まってきたが、痛みはどんどん増している。
「……フェアリ……」
セレムはフェアリの体を弱々しく撫でた。
「なんだか眠くなってきたよ……」
フェアリを撫でるセレムの手が止まり、だらんと地面に落ちた。フェアリは心配そうにセレムを見つめ、鳴き続ける。
薄れゆく意識の中で、セレムは雨音とフェアリの鳴き声を遠くで聞いた。やがて、意識は真っ暗な世界へと落ちていく……
「……レム、セレム」
しばらくすると、耳の側から誰かの声が聞こえてきた。懐かしい声の響き。温かく優しい感触。セレムは目を開けようとしたが、瞼は意志に反して開かなかった。
「セレム、また森に遊びに来たのかい?夜の森には来ちゃいけないっていつも言っているだろ。特に雨が降る日はダメだよ」
「ラルフ?……ラルフ、僕を迎えに来てくれたの?」
目は固く閉じられたままなのに、セレムにははっきりとラルフの姿が見えた。ラルフの隣りにはコーリーもいる。雨の降る夜の森のはずなのに、ラルフとコーリーのいる場所は光りに包まれ昼間のように明るい。
「ラルフ兄さん、会いたかった!コーリーも元気そうだね」
ラルフは優しく微笑んでいた。
「ラルフ、もっと側においでよ。コーリーにも乗りたい」
ラルフの声は耳のすぐ近くから聞こえるのに、ラルフもコーリーも距離を置いた場所に立っていて近づこうとはしない。
「……僕とコーリーはもう行かなきゃ」
「何故?何処に行くの?僕も一緒に行くよ」
ラルフは静かに首を振った。
「お前はまだダメだ……ほら、小さな竜がお前を待っている」
「え?……」
フェアリの姿はセレムには見えなかったが、竜の小さな鳴き声が聞こえた。
「セレム、大きくなったな。もう立派な竜使いだ。十年経ったら竜使いになれるって言ったのは、嘘じゃなかっただろ」
ラルフとコーリーの姿がだんだんと薄れ、光りの中に消えそうになる。
「待って、ラルフ!ずっとずっとラルフに謝りたかったんだ。ごめんなさいラルフ、みんな僕のせいなんだ。僕が森にさえ行かなければ……」
セレムの瞳から涙が溢れた。ラルフは黙って微笑んでいる。
「気にするな、セレム。お前のせいじゃない」
コーリーのいななきと共に、ラルフの姿は静かに消えていった。
「ラルフ、待って!」
「心配しなくていい。僕とコーリーはいつもお前の側にいるから……」
どこかからラルフの声が響き、やがて消えていった。
「ラルフ……」
セレムの意識は、また暗い世界へと落ちていく……
「セレム、セレム」
誰かが名前を呼んでいる。誰だろう?ラルフ?否、ラルフじゃない。瞳を閉じたままでも、周囲が明るいのが分かった。体を打ち付けていた雨の感触もなくなっていた。だが、寒さと足の痛みはまだ続いている。
「セレム、セレム」
もう一度誰かが名前を呼んだ。セレムは、重い瞼をゆっくりと開けた。