雨に打たれて
霧の立ちこめる薄暗い森を引き返し、どうにか森の入り口までたどり着いた。日は既に沈み、夜の闇が降りてこようとしている。雨足も激しくなり、セレムもアンナも水に浸かっていたかのようにずぶ濡れになっていた。
「……もう歩けない」
足を引きずって歩いていたアンナは、傷みに耐えかねて立ち止まる。アンナの足は寒さと痛みのため、感覚が麻痺してしまいそうだった。体はブルブルと震えている。気温は一層下がってきたようだ。
「もう少しだから歩こう」
セレムがアンナの腕を引き歩こうとした時、前方にチラチラと揺れる明かりが見えた。明かりはだんだんと近づいて来る。
「母さん!」
カンテラを下げたアンナの母親が、こちらに向かって来るのが見えた。その姿を確認すると、アンナは足の痛みも忘れて走り寄って行った。
「アンナ!こんなに濡れて何処に行ってたの?森の方へ行ってたみたいだから、心配したんだよ!」
雨具を羽織った母親の胸にアンナは飛び込み、わぁわぁと声を出して泣いた。母親は、アンナにも持ってきたコートを掛けてやった。
「さ、早く帰るよ」
「待って、セレムが……」
手で涙を拭い、アンナは後ろを振り向いた。
「セレム!?」
その時アンナの目に、森に向かって走って行くセレムの後ろ姿が映った。
「待ちなさい!夜の森は危険よ!こんなに天気が悪いんだから!」
アンナの母も驚いて叫んだが、セレムは振り返らずそのまま森に入って行く。
「セレムー!!」
悲鳴に近いアンナの叫び声も、セレムの耳には聞こえない。やがて、セレムは暗い森の中へと消えていった。
セレムの頭の中には、フェアリのことしかなかった。夜の闇も激しい雨も凍える寒さも、セレムには気にならない。フェアリを失うことの方が、もっと恐ろしかった。
雨でぬかるんだ道を走り、ようやくアンナとフェアリが滑って転んだ場所まで辿り着いた。急な坂を下り、辺りを見回す。日が暮れて、もうほとんど辺りは暗闇に包まれていた。
「フェアリ!」
森の闇に向かって声を上げながら、セレムは更に奥へと進んでいった。と、遠くでゴロゴロという雷の音がして、セレムは立ち止まる。まだ、雷の恐怖が消えたわけではない。セレムの心臓はドキドキと高鳴っていった。ここは、ラルフとコーリーが死んだ森……。
「……」
セレムの体は、寒さと雷の恐怖のため震えた。
「……フェアリを探さないと。フェアリを見つけるんだ……」
そう自分に言い聞かせて、セレムはまた歩き始めた。
更に森の奥に進んでいくと、木々が一層茂ってきて足場もかなり悪くなっていった。山へと続く坂道から、雨水が川のように流れ出している。一歩一歩踏みしめて歩いても足を取られてしまいそうだ。
その時、ピカッ!と稲妻が光り暗い森の中が一瞬明るくなった。ビクッとして立ち止まったセレムの耳に、凄まじい雷の音が響く。
「ワァー!!」
両手で耳を塞ぎ身をかがめた瞬間、バランスを崩しぬかるみに足を取られた。そのまま、ズルズルと坂道の下に転がっていく。雷はまだ鳴っていた。地面に打ち付けられた体の痛みより、雷の方が気がかりなセレムは、倒れ込んだまま耳を塞いだ。泥だらけになったセレムの体には、冷たい雨がなおも打ち付ける。
寒さと傷みと恐怖で、意識が遠のきそうになった時、ふとセレムの顔の近くに何か温かいものを感じた。
「……?」
震えながらそっと目を開いてみると、目の前に円らな大きな二つの瞳があった。じっとセレムを見つめて、小さな声で鳴いている。
「フェアリ?!」
フェアリは小さな舌を出すと、ペロペロとセレムの顔をなめた。セレムは半分身を起こし、フェアリをギュッと抱きしめた。
「良かった!フェアリ!無事だったんだね」
セレムの顔がぱっと笑顔になる。あまりに強く抱きしめたせいで、フェアリはセレムの腕の中でもがき、羽をパタパタさせた。
「帰ろう、フェアリ、みんな心配してるよ」
嬉しさで笑いながら、フェアリを抱いたまま立ち上がろうとしたが、足に力を入れたとたん両足に激痛が走った。右足からは血が滲んでいる。セレムは傷みに顔を歪めて足をさすった。
「……ダメだ。歩けそうもないや……」
セレムの顔から笑顔が消える。寒さで体中がガチガチと震えた。フェアリを見つけた喜びもつかの間、寒さと恐怖に加え、足の痛みもセレムを襲う。
フェアリは、心配げにセレムの顔を覗き込み、またペロペロと舌でセレムをなめて、クゥクゥと鳴いた。
「大丈夫……フェアリがいるから恐くないよ」
また鳴り出した雷に怯えながら、セレムはそっとフェアリを抱きしめた。
読んで下さってありがとうございました。
毎回、一話の長さが長くなったり短くなったりしてます…(^^;)今回は二日がかり、一度書いたものを何度も修正しました。ようやくフェアリと再会!でもまだまだ試練はあるのです。セレム頑張れ!(ちょっといじめすぎてる気が…^^;)最後の山場。後少し、かな?