消えたフェアリ
牛達が草を食んでいる丘を目指して、セレムは駆けていった。父親のウィルは、いつものように大きな木の元に腰を下ろして休んでいた。
「父さん!」
セレムが呼ぶと、ウィルは顔を上げてセレムの方を見る。セレムはそのままウィルの所まで走って行った。
「頼みたいことって何?」
息を切らせながら、セレムは問う。だが、ウィルはきょとんとした顔をして、
「頼みたいこと?……」
と、逆に聞いてきた。
「アンナから、父さんが僕に用があるって聞いて……」
「そんなこと言ってないぞ。お前が慌てて走ってくるもんだから、こっちこそ何かあったのかと心配したじゃないか」
「?……」
困惑した顔をして、肩で息をしているセレムを見て、ウィルは笑った。
「アンナに担がれたな。お前が最近竜にばかり夢中になるもんで、アンナが意地悪したんじゃないのか?」
「……」
ウィルは可笑しそうに笑っているが、セレムは急にフェアリのことが心配になってきた。アンナはまだフェアリのことを許していない。フェアリのことを嫌っている。そう考えると、気が気でない。
「アンナに聞いてみる」
そう言うと、セレムはきびすを返し急いで丘を下って行った。
「アンナ!」
心臓をドキドキさせながら、バタンッとドアを開ける。胸の鼓動は、走ったせいばかりではない。大きく膨らむ不安のせいで、一層高まっている。
「!……」
家に踏み込んだセレムは、その場に立ちつくした。不安が的中した。
家の中には、アンナもフェアリもいない。テーブルの上には、ティーカップがセットされたままでケーキも半分残っていた。
「フェアリ!」
セレムはテーブルの下を覗いたり、他の部屋も探してみるが、フェアリの姿はどこにもなかった。アンナがどこかにフェアリを連れて行ったのは間違いない。アンナはフェアリをどうしようというのだろう?食いしん坊のフェアリは、ケーキにつられて簡単にアンナについて行ったに違いない。一体何処に?
「……」
セレムがアンナとフェアリを探しに行こうとした時、玄関のドアが勢いよく開いた。
「まあ、良い香りがするわね。ケーキの焼けた匂いだわ」
高らかな声と共に、アンナの母親が帰って来た。
「あら?セレム、来ていたの」
アンナの母は、セレムに気づき笑顔を向ける。
「アンナったら、友だちを置いてどこに行こうとしてたのかしら…小さな竜まで連れて」
「竜!?おばさん、アンナと竜を見たんですか?」
「ええ、森の方へ向かってたようだわ。もうすぐ暗くなるから呼びとめようとしたんだけど、あの子ったら急いでて私に気づきもしなかったのよ」
「!……」
セレムはアンナの母親の横をすり抜けると、家を飛び出した。
「セレム、何処へ行くの?お茶に来たんじゃないの?」
もう、アンナの母親の声などセレムの耳には入らなかった。セレムは夢中で駆けていく。日暮れが近いこと、空の雲行きがあやしくなってきていることなど、セレムは気にもならなかった。