嘘
午後のお茶の時間に、セレムはフェアリを連れてアンナの家を訪ねてみた。アンナの家はセレムの家の隣だが、隣りと言ってもかなり距離があり家の屋根さえ確認出来ない。アンナの家は、草原を流れる川を渡った場所に、ポツンと建っている。
フェアリはセレムの前をピョンピョン飛び跳ねながら、家の前に架かっている小さな橋を渡っていく。
橋を渡ると、風に乗って香ばしい甘い香りが窓から漂ってきた。
「こんにちは」
セレムが声をかけると、待ちかまえていたようにドアが開いて、アンナが姿を現した。
「ちょうどケーキが焼けたところよ。入って」
アンナは笑顔でセレムを迎え入れた。部屋に入ると、ケーキの焼けた良い香りが一層広がる。
「おばさんは?」
「ママはお昼から出かけて行ったわ」
アンナの父親は、遠い街に働きに出ている。年に数回しか帰って来ないため、いつもは母親と2人暮らしだ。セレムが住んでいる小さな村では、農業をしない人々の多くは遠い街に働きに行っている。村に残ったアンナと母親は、花や薬草を売って暮らしていた。部屋にはアンナ達が摘んだ花が、あちこちに飾られていた。
テーブルの上には、野いちごのケーキとお茶が用意されている。フェアリは、鳴きながら羽をパタパタさせて、テーブルの上を気にしている。さっきから漂ってくるケーキの甘い香りに我慢できない様子だ。テーブルの上まで飛べないことが、もどかしいらしい。
「フェアリ!」
セレムは、またフェアリがケーキを台なしにするんじゃないかと思い、気が気ではなかった。アンナは、そんなフェアリを一瞥しただけで、何も言わなかった。
「セレム……」
ふと、アンナは口を開いた。
「ウィルおじさんが、後で寄って欲しいって言ってたわ。頼みたいことがあるんだって」
「父さんが?……」
ウィルはいつもアンナの家近くで、牛達を放牧している。アンナの家の近くには、牛達が好む草がたくさん生えていた。
「何だろ?」
「急いでないみたいだったから、お茶の後でいいんじゃない?」
言いながら、アンナはケーキをカットする。
「……」
何でもないように言うアンナだが、セレムは余計に気になった。
「すぐ近くだから、ちょっと行って来るよ。フェアリ、おいで」
セレムは、ケーキに夢中になっているフェアリに声をかけた。
「あ、いいわよ。この子には先に食べさせてあげるわ。もう我慢できそうもないみたいだし」
アンナは、さっきより羽を激しくばたつかせて飛び上がっているフェアリをみて、苦笑した。
「そうだね……じゃ、すぐ帰って来るから」
セレムはフェアリのことも気になったが、そう言うと急いで家を出ていった。
「……」
アンナは、セレムがパタンとドアを閉めて出ていくのを確認すると、ケーキをカットする手を止めた。
「そんなにケーキが食べたい?」
アンナは、飛び跳ねてはしゃいでいるフェアリをじっと見つめた。
読んで下さってありがとうございます!
なんかあやし〜い、アンナです。(^^;)ふと、ミステリーを書きたい気持ちになりました…(夏だし)今回短めなのに、暑さでバテ気味でかなり時間がかかりました。暑さに負けないよう頑張ります。