悪戯
翌日の朝。
霧の立ちこめる竜の谷に、ルピィに乗ったギルがゆっくりと降りてきた。部屋の窓からその様子を見ていたレナは、ギルが1人で戻って来たのを不思議に思う。寝起きのまま、レナは部屋を出た。
「セレムを連れに行ったんじゃないの?」
家に入って来たギルにレナは聞く。
「今日は家の仕事があるから来れないんだって。せっかく迎えに行ったのにな」
「……」
セレムも今日はアリシアに会いたくないんだと、レナは思う。同じ家に住んでいれば、どうしても会わなければならないけれど、レナも昨夜はシンやアリシアと目を合わせられなかった。
「どうかしたの?なんか昨日から元気ないよね」
「別に……」
「あっ」
ギルはレナの顔をまじまじと見る。
「なんだよ?」
「目が腫れてるよ。虫に刺された?何かにかぶれたの?」
「えっ?!……」
レナはギルから顔をそむける。まだ鏡も見ていない。きっと、昨日泣きながら眠ったせいだ。
「良く効く薬草があるからつけてあげる」
「何でもない!」
ギルから逃れ部屋に戻ろうとしたレナは、テーブルの上に白い花が飾られているのに気づく。昨日、セレムが持っていた花束だ。
「これ、どうしたの?」
「あぁ、綺麗な花でしょ?昨日セレムにもらったんだ」
ギルは花瓶に生けた花を見て微笑む。
「アリシアも珍しい綺麗な花だって、すごく気に入ってた」
「ふーん……」
セレムがアリシアにあげようとしていた花。届けたい人の元に届かなかった花を、レナは悲しく思う。まるで、シンに届かなかった自分の思いのようで切ない。レナは、セレムに冷たく当たったことを後悔した。
その頃セレムは、フェアリを連れて草原の丘に来ていた。
家の仕事など、本当はなかった。わざわざ迎えに来てくれたギルに嘘をついたことを悪く思ったが、どうしても今日はアリシアに会いたくなかった。
朝露で濡れた草の上を、フェアリと一緒に歩いて行く。朝は大分肌寒くなってきた。秋も深まり、もうじき季節は冬へと移っていく。村に初雪が降る日もそう遠くないはずだ。
フェアリはピョンピョンと飛び跳ねながら、セレムの前を歩いて行く。セレムの沈んだ心など知る由もないフェアリは、広い草原を元気に飛び跳ねる。時々、元気が良すぎて、何度も滑り転けた。それでも気にすることなく立ち上がり、また小さな羽をパタパタさせて歩く。その様子を見ていると、セレムの口元が弛んでくる。フェアリが側にいるだけで、心が癒され元気が沸いてくる気がする。今やもうフェアリは、セレムにとってなくてはならない存在となっていた。
フェアリと一緒に丘を登って行くと、アンナと母親が薬草を摘んでいる姿が見えた。傍らには大きな籠を背負ったロバがいる。ここ数日、アンナとは全く会っていなかった。アンナはセレムに気づき、顔を上げた。セレムは立ち止まる。
「……おはよ」
ためらいがちに声をかけたが、アンナはツンとすまして何も言わなかった。そのままアンナが草を摘もうとした時、フェアリがピョコピョコ飛び跳ねながら、アンナの元まで歩いて行った。
「あっ!何すんのよ!」
フェアリはアンナが薬草を入れていた籠に、頭を突っ込んでいる。またケーキの御馳走が貰えるんじゃないかと、籠の中を頭で探り、籠をひっくり返してしまった。セレムは慌てて、フェアリの元まで駆け寄りフェアリを抱き上げた。
「ごめん」
「もう!いつも邪魔ばかりするんだから!」
アンナは、辺りに散らばった薬草を見て怒る。
「また籠の中にケーキが入ってるかと思ったんだよ」
セレムの腕の中でフェアリはもがき、まだ籠の方に首を伸ばしている。
「本当に行儀が悪いわね!」
アンナはフェアリを睨み付ける。
「もう近づけさせないようにするよ……」
セレムは籠を気にしているフェアリを抱きかかえながら、アンナの元から離れていった。
「……」
しばらくその後ろ姿を黙って見つめていたアンナは、突然立ち上がるとセレムの方へ走って行った。
「セレム!」
セレムは立ち止まり、振り返る。
「?……」
「あの、怒って悪かったわ。その竜はまだ赤ん坊だものね」
アンナはフェアリを見て、ぎこちなく笑った。
「……後で、フェアリを連れて家にいらっしゃいよ。セレムとも仲直りしたいから、その子の好きなケーキ作って待ってるわ」
「……ありがと」
「午後のお茶の時間にはきっと来てよ。待ってるから」
アンナはそう言って念を押すと、走って行った。
「……」
急にフェアリに優しい態度をとるアンナを不審に思いながらも、セレムはアンナの好意を断ることは出来なかった。時に酷く我が儘なアンナだが、セレムにとって大切な友だちだ。
読んで下さってありがとうございます!
今回、初めて季節のことを書きました。(^^;)今日本は真夏ですが、ストーリーの都合上秋の終わりということにしました。季節のことも最初から書いておけば良かったなぁと思います。