花束
連なる山々の上を、ゆっくりと竜に乗って飛んでいく。初飛行から数日後、セレムはルピィに乗り1人で飛行することが多くなった。竜の飛行にもすっかり慣れてきた。ルピィが背負った籠の中には、フェアリが入っている。フェアリも少し大きくなってきて、籠が手狭になりつつある。
「あの山に降りてみよう」
ルピィに声をかけ、眼下の山の頂に下降していく。そこは、周りの山々より一際高い場所だった。他の山が緑色の海のように、その山を取り囲んで広がっている。
籠から出たフェアリは、小さな羽をパタパタさせて、ピョンピョンと飛び跳ねた。
「フェアリ、崖から落ちないように気をつけるんだよ」
近頃のフェアリは、あちこち歩き回るようになり目が離せられない。セレムはルピィから降りて、フェアリの後を追う。クゥクゥと鳴きながらはしゃぐフェアリは、岩につまずいて転んだ。
「危ない!」
セレムは走り寄ってフェアリを抱き上げた。もう少しで崖から落ちるところだった。そんなことを気にすることもなく、フェアリはセレムの腕の中で両手足と羽をばたつかせる。セレムはよろめいて、その場にドシンとしりもちをついた。体重も増え重くなってきたフェアリに暴れられると、とても支えきれない。
「痛っ……」
立ち上がろうとした時、岩の向こう側に白い小さな花がたくさん咲いているのが見えた。顔を近づけると、甘い香りが漂ってくる。
「フェアリみたいに真っ白な花だね」
セレムは可憐な白い花を見て微笑む。
「少し摘んで持って帰ろうか……」
セレムの頭の中にアリシアの笑顔が浮かぶ。花が好きだと言っていたアリシア。清楚な白い花は、アリシアによく似合う。セレムは白い花に手を伸ばした。
白い花の花束を作って、セレムは竜の谷に戻って来た。ルピィを着地させると、家の中からギルが出てきた。
「セレム、お帰り!今日はどこまで行って来たの?」
「近くの山まで。綺麗な花が咲いてたよ」
籠の中のフェアリが羽をばたつかせて、ルピィから降りた。そのままピョンピョン跳ねてギルの元まで歩いて行く。ギルのとこに行けば何か美味しい物が食べられるという習慣が、すっかり身についてしまった。
「フェアリ、お腹空いたの?」
ギルが聞くと、フェアリは甘えた声で鳴いた。
「フェアリは食いしん坊だな。この頃一日中何か食べてる気がする」
セレムは軽くため息をつく。
「竜の子は大きくなるまでよく食べるんだよ。それだけ早く大きくなれるんだ。おいで、フェアリ」
ギルの後について、フェアリは嬉しそうに鳴きながら飛び跳ねていく。
「あっ、アリシアはどこ?」
歩いて行くギルにセレムは聞く。
「アリシア?あぁ、森の方へ行ったみたいだよ」
「ありがと」
セレムは白い花の花束を掴むと、森の方へ駆けていった。
昼下がりの森には、木漏れ日が優しく降りそそいでいる。手に持つ花束が揺れる。セレムは、はやる心を抑えつつ、森を走って行った。
しばらく行くと、木々の向こうからアリシアの笑い声が小さく聞こえてきた。軽やかな笑い声は、木々に反射して木霊する。誰かと一緒なんだろうか?セレムは立ち止まり、木の陰に隠れてそっと覗いてみた。
「……」
そこには、アリシアとシンがいた。2人は向かい合って、楽しそうに話している。セレムは花束を握りしめた。2人の姿は木漏れ日の光りの中で、あまりに眩しく映る。セレムはアリシアに声をかけることが出来なかった。 ふと、アリシアとシンの会話がとぎれ、森の中を静寂が流れる。
「!……」
セレムは息を呑んだ。美しい光りの中で、アリシアとシンはそっと口づけを交わしている。胸が高鳴る。セレムは身動きすることが出来なかった。
「帰ろう……」
固まったセレムの腕を、突然誰かが引っ張った。セレムはビックリして振り返る。
「何、覗き見してんだよ」
そこにはレナが立っていた。レナはセレムの腕をグイッと引っ張る。
「……」
セレムは黙ったままレナについて行った。
「あんたも失恋したんだね」
しばらく森を歩いた後、レナがぶっきらぼうにボソッと呟いた。
「……僕も?」
恋という意味さえよく分からないセレムには、失恋なんてことはもっと分からない。ただ、アリシアとシンのキスは衝撃的で、セレムの心がズキズキと痛んでいる。
レナは足早に、セレムを置いてさっさと歩いて行く。セレムは手に持っていた花束を見つめると、レナの元まで駆けていった。
「これ、あげるよ」
セレムは渡し損ねた花束を、レナに差し出す。レナはそれを見てムッとした。
「いらない!失礼だよね、あんたって」
「?……」
セレムは何故レナが怒ったのか分からなかった。それより驚いたのは、レナの瞳に涙がいっぱい溜まって、今にもこぼれ落ちそうだったこと。
「ごめんなさい……」
セレムは訳が分からず謝った。レナが涙を見せるなんて考えられない。
「バカ!」
レナは、セレムに背を向けたまま走って行った。
「……」
光りを受けて白く輝く白い花が、セレムの目には悲しく映った。
読んで下さってありがとうございました!
今回、初めて2000文字を超えました。どこで区切っていいか分からず、いつもよりちょっとだけ長くなりました。ラブシーンを書くのは照れます…(*^_^*)その後、2人はどうなったのでしょう?ご自由に想像してください。(^^;)




