表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/42

花束

 連なる山々の上を、ゆっくりと竜に乗って飛んでいく。初飛行から数日後、セレムはルピィに乗り1人で飛行することが多くなった。竜の飛行にもすっかり慣れてきた。ルピィが背負った籠の中には、フェアリが入っている。フェアリも少し大きくなってきて、籠が手狭になりつつある。

「あの山に降りてみよう」

 ルピィに声をかけ、眼下の山の頂に下降していく。そこは、周りの山々より一際高い場所だった。他の山が緑色の海のように、その山を取り囲んで広がっている。

 籠から出たフェアリは、小さな羽をパタパタさせて、ピョンピョンと飛び跳ねた。

「フェアリ、崖から落ちないように気をつけるんだよ」

 近頃のフェアリは、あちこち歩き回るようになり目が離せられない。セレムはルピィから降りて、フェアリの後を追う。クゥクゥと鳴きながらはしゃぐフェアリは、岩につまずいて転んだ。

「危ない!」

 セレムは走り寄ってフェアリを抱き上げた。もう少しで崖から落ちるところだった。そんなことを気にすることもなく、フェアリはセレムの腕の中で両手足と羽をばたつかせる。セレムはよろめいて、その場にドシンとしりもちをついた。体重も増え重くなってきたフェアリに暴れられると、とても支えきれない。

「痛っ……」

 立ち上がろうとした時、岩の向こう側に白い小さな花がたくさん咲いているのが見えた。顔を近づけると、甘い香りが漂ってくる。

「フェアリみたいに真っ白な花だね」

 セレムは可憐な白い花を見て微笑む。

「少し摘んで持って帰ろうか……」

 セレムの頭の中にアリシアの笑顔が浮かぶ。花が好きだと言っていたアリシア。清楚な白い花は、アリシアによく似合う。セレムは白い花に手を伸ばした。


 白い花の花束を作って、セレムは竜の谷に戻って来た。ルピィを着地させると、家の中からギルが出てきた。

「セレム、お帰り!今日はどこまで行って来たの?」

「近くの山まで。綺麗な花が咲いてたよ」

 籠の中のフェアリが羽をばたつかせて、ルピィから降りた。そのままピョンピョン跳ねてギルの元まで歩いて行く。ギルのとこに行けば何か美味しい物が食べられるという習慣が、すっかり身についてしまった。

「フェアリ、お腹空いたの?」

 ギルが聞くと、フェアリは甘えた声で鳴いた。

「フェアリは食いしん坊だな。この頃一日中何か食べてる気がする」

 セレムは軽くため息をつく。

「竜の子は大きくなるまでよく食べるんだよ。それだけ早く大きくなれるんだ。おいで、フェアリ」

 ギルの後について、フェアリは嬉しそうに鳴きながら飛び跳ねていく。

「あっ、アリシアはどこ?」

歩いて行くギルにセレムは聞く。

「アリシア?あぁ、森の方へ行ったみたいだよ」

「ありがと」

 セレムは白い花の花束を掴むと、森の方へ駆けていった。


 昼下がりの森には、木漏れ日が優しく降りそそいでいる。手に持つ花束が揺れる。セレムは、はやる心を抑えつつ、森を走って行った。

 しばらく行くと、木々の向こうからアリシアの笑い声が小さく聞こえてきた。軽やかな笑い声は、木々に反射して木霊する。誰かと一緒なんだろうか?セレムは立ち止まり、木の陰に隠れてそっと覗いてみた。

「……」

 そこには、アリシアとシンがいた。2人は向かい合って、楽しそうに話している。セレムは花束を握りしめた。2人の姿は木漏れ日の光りの中で、あまりに眩しく映る。セレムはアリシアに声をかけることが出来なかった。 ふと、アリシアとシンの会話がとぎれ、森の中を静寂が流れる。

「!……」

 セレムは息を呑んだ。美しい光りの中で、アリシアとシンはそっと口づけを交わしている。胸が高鳴る。セレムは身動きすることが出来なかった。


「帰ろう……」

 固まったセレムの腕を、突然誰かが引っ張った。セレムはビックリして振り返る。

「何、覗き見してんだよ」

 そこにはレナが立っていた。レナはセレムの腕をグイッと引っ張る。

「……」

 セレムは黙ったままレナについて行った。

「あんたも失恋したんだね」

 しばらく森を歩いた後、レナがぶっきらぼうにボソッと呟いた。

「……僕も?」

  恋という意味さえよく分からないセレムには、失恋なんてことはもっと分からない。ただ、アリシアとシンのキスは衝撃的で、セレムの心がズキズキと痛んでいる。

 レナは足早に、セレムを置いてさっさと歩いて行く。セレムは手に持っていた花束を見つめると、レナの元まで駆けていった。

「これ、あげるよ」

 セレムは渡し損ねた花束を、レナに差し出す。レナはそれを見てムッとした。

「いらない!失礼だよね、あんたって」

「?……」

 セレムは何故レナが怒ったのか分からなかった。それより驚いたのは、レナの瞳に涙がいっぱい溜まって、今にもこぼれ落ちそうだったこと。

「ごめんなさい……」

 セレムは訳が分からず謝った。レナが涙を見せるなんて考えられない。

「バカ!」

 レナは、セレムに背を向けたまま走って行った。

「……」

 光りを受けて白く輝く白い花が、セレムの目には悲しく映った。  

読んで下さってありがとうございました!

今回、初めて2000文字を超えました。どこで区切っていいか分からず、いつもよりちょっとだけ長くなりました。ラブシーンを書くのは照れます…(*^_^*)その後、2人はどうなったのでしょう?ご自由に想像してください。(^^;)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ