湖にて
澄み切った静かな湖に、二匹の竜は並んで降りていった。遠くで聞こえる鳥のさえずり以外、聞こえるものはない。 竜達が湖に降り立つと、透明な湖に波紋が広がった。
「セレムは竜の操縦が上手いわね。初めてとは思えないわ」
「ルピィが言うことを聞いて飛んでくれたからだよ。僕は何もしてないもの」
セレムが言うと、ルピィが小さく鳴いた。
「ルピィとも相性が良いみたいね。岸に上がってみましょう」
アリシアは微笑み、クレスを湖の岸に移動させる。セレムもその後に続く。
「ここで休んでいてね」
アリシアはクレスに声をかけると、岸辺の森に降りた。森の中は木々が茂り、木漏れ日と湖からの風が気持ち良い。
「セレム、よく熟れたポームがたくさんなっているわ」
アリシアは近くの木々に実を付けてるポームを指さした。
「ほんとだ」
セレムも岸に降り立ち、ポームの木々を見上げた。
「ポームの季節ももうじき終わりね。少し持って帰りましょうか」
「うん」
セレムはポームのなっている木から、真っ赤に熟れた実を採り、高い枝になっている実を採ろうと木に登った。
「セレムもポームが好きなの?」
アリシアはその様子を見て微笑む。
「え?……うん」
実を採ることに夢中になっていたセレムは、木の上からアリシアを見下ろし頬を染める。
「ラルフもとてもポームが好きだったわ。そうやって木に登ってよく採ってくれた」
「……アリシアは、よくラルフと遊んでいたの?」
「ええ、ラルフは私やシンのお兄さんみたいだった。色んなことを教えてくれたわ。横笛を作って吹き方を教えてくれたりしたの」
「横笛?……アリシアも横笛が吹ける?」
アリシアは首を振って笑う。
「私はダメ。シンはすぐに上達したみたいだけど」
「僕も。なかなか上手くならない……」
セレムはシンが横笛を吹いていたことを思い出す。ラルフとシンとアリシア、三人はセレムの知らない思い出をたくさん共有している。アリシアのことが羨ましくもあり、今もなおアリシアに慕われているラルフのことが羨ましくもあった。
「はい」
セレムはアリシアに木の上からポームを手渡した。
「ありがと。ラルフは竜の乗り方も上手かったわ。いつか、私の住んでる南の国にも行ってみたいって言ってた……」
アリシアはポームの実を少し囓る。甘酸っぱいポームの味は、アリシアにとっても切ない思い出の味だった。
「……僕も、いつか行きたいな。アリシアの住んでる国」
はにかみながら、セレムは微笑む。
「フェアリが大きくなったら、乗って行きたい」
「楽しみに待ってるわ。私の国にはここよりたくさんの竜が住んでいるから、竜達も伸び伸びと生活しているの。竜の楽園みたいな所よ。……でも、セレムはこの国に住んでいてね」
「え?」
「この国に竜がいなくなってしまったら寂しいでしょ」
「?……でも、竜の谷にはまだ三匹いるし、フェアリを産んだ竜もどこかにいるかもしれないよ」
「そうね。実は……」
アリシアが何か話しかけようとした時、空から竜のいななきと羽音が聞こえてきた。セレムが木の上から空を見上げると、シンとレナが竜に乗って湖に降りて来るところだった。
「クレスとルピィの姿が見えたから、寄ってみた。セレムは1人でもここまで飛んでくれるようになったんだな」
竜を降りて岸に上がって来たシンが言った。
「ええ、もう1人でも大丈夫みたいね。さすがはラルフの弟だわ」
アリシアはシンを見て微笑む。
「あっ、いっぱいポームがなってる!採って帰ろうよ。ポームもそろそろお仕舞いだから」
レナはセレムが登っている木を見上げる。
「おい、レナ。今日はもう充分採ったからいいだろ。竜達だって重くて運びきれないぜ」
竜のハーンとレピィの背には、既に籠一杯の木の実や山菜が詰まっていた。
「クレスとルピィに運んでもらえばいいさ」
「ちょうど私とセレムもポームを採ろうとしてたのよ。みんなで採って帰りましょ」
アリシアはそう言って、食べかけのポームを頬張る。
「やれやれ、やっと帰れると思ったのにな。レナの収穫熱心には感心するよ」
「だって、あたし達の生活がかかってるんだからね」
レナは木の枝に腰掛けているセレムを見る。
「ほら、ボケッとしてないで。ポームを採りなよ」
「あ、うん……」
もうしばらくアリシアと二人だけで静かに過ごしていたかった、と思うセレムだが、レナにせかされポームの収穫に取りかかった。