誕生日の夜
「牛をほったらかして、どこに行っていたの?」
日が暮れて帰ってきたセレムに、夕食の支度をしていた母親のメーシーは問いかける。
「父さんが行かなきゃ、牛たちは戻って来られなかったわよ」
「……」
「セレムにはまだ無理だったんだよ。頼んだのが間違いだったな」
黙ったままのセレムに、父親のウィルが答える。優しい口調だが、諦めの気持ちが込められている。
「でも、ラルフはちゃんと牛の世話をしていたわ。竜の世話だって…」
空気が重くなる。ラルフの話になると、いつも気まずい沈黙が流れる。十年の時が流れても、両親の心の中にはまだ少年のままのラルフが生き続けている。
「……ごめんなさい」
セレムは謝るしかなかった。
「…ま、次からは気をつけるんだな。さ、座って食事にしよう。今日はお前の誕生日だろう」
両親は一応セレムの誕生日を覚えていた。今夜の夕食はいつもより豪華だし、ちゃんとケーキも作ってくれていた。兄のラルフと同い年になったことも、分かっているのだろうか?
セレムはテーブルにつく。結局、セレムがどこに行っていたのかは話さなかった。両親にはさほど関心のないことなのだろう。今夜もいつもと同じ静かな食事が始まった。
早々と夕食を切り上げて、セレムは部屋に戻ってきた。昔、ラルフが使っていた部屋をそのままセレムに受け渡された。ラルフが使っていたベッド、ラルフが使っていた机、椅子…。13才のままのラルフが、まだこの部屋で生活しているようだ。
セレムは机の引き出しを開け、中から横笛を取り出すと、ベッドに腰を下ろした。ラルフの横笛。昔、ラルフが手作りした横笛は、今ではセレムの大切な宝物となった。ラルフはいつも横笛を持ち歩いて、暇さえあれば笛を吹いていた。
セレムは横笛に唇をあてて吹いてみる。見よう見まねでなんとか音は出るようになったが、曲を演奏するまでにはなっていない。
「ラルフに横笛習いたかったな…」
幼いセレムはラルフの真似をして笛を吹きたがったが、3才ではラルフの笛を吹くのは無理だった。
ふと、窓の外に稲光が光り、遠くでゴロゴロという雷の音がした。どうやら雨になりそうだ。横笛を握ったセレムの手が震えた。嵐は嫌いだ。また、鋭く外が光り、前より大きな雷の音がした。セレムは両耳を押さえ、ベッドに横になった。
雷は恐い。また、悪夢を見そうな予感に、セレムは恐ろしさで震える。