新しい家族
日暮れ前、セレムは小さな竜フェアリを連れて家に帰って来た。1人で竜の世話をするのは、少しばかり不安だった。だが、竜使いになる決心をした今、自分の竜と離れる訳にはいかない。竜はセレムにとって分身のような存在だ。そして、これから共に生活する竜を、早く両親に見せたかった。
両親は、竜使いになることを許してくれるだろうか?竜を迎え入れてくれるだろうか?ラルフが亡くなって以来、竜の話はいっさいしなくなった両親のことを考えると心配になる。
「……ただいま」
フェアリを胸に抱えて、セレムはそっと家の中に入って行った。フェアリはスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。母親のメーシーは、セレムに背を向けて台所に立っており、父親のウィルは、椅子に腰掛けて斧の手入れをしていた。セレムが声をかけても、二人とも振り向かない。
「あの……竜を連れてきたよ」
突っ立ったままのセレムは、小声で言った。その声は、かまどでグツグツ煮える鍋の音にかき消される。セレムは竜を抱く腕に力を込め、深呼吸した。
「僕、竜使いになりたいんだ!」
セレムが大きな声を出すと、腕の中のフェアリはビックリして目を覚ました。両親も驚いて、セレムに顔を向ける。
「あの……竜を家で飼ってもいい?」
突然の言葉に目を丸くしている両親に、セレムは戸惑いながら聞いた。沈黙が流れる。フェアリは新しい環境に驚いて、辺りをキョロキョロ見回しながら鳴いた。
「その竜は?……」
メーシーは白い竜にくぎ付けになる。
「……山の中で見つけたんだ。今日、卵から孵ったばかりで、誰かが世話をしないと死んでしまうんだよ。だから、僕が竜の面倒をみる」
「お前が竜の親代わりになるというのか?」
ウィルは椅子から立ち上がり、竜をよく見ようとセレムに近づく。フェアリは怖がる様子もなく、首を伸ばしてクゥクゥと鳴いた。
「ずっと面倒見る。竜と竜使いは一生離れないんだ。ずっと一緒に暮らすんだよ」
「……」
メーシーは口に手をあてたまま、黙ってセレムを見つめていた。
「……竜使いになっていい?……」
何も言わない母親に、セレムは不安になる。やっぱり自分では無理だろうか?家の仕事さえちゃんと出来ないのに、竜使いになることなど出来ないのかもしれない。ラルフのようにはなれないのだろうか?弱気になったセレムは口をつぐむ。
「……ラルフと同じだわ」
しばらくして、メーシーが口を開いた。その目には涙が浮かんでいる。
「ラルフも小さな頃、お前のように赤ん坊の竜を抱いて家に帰って来た」
「コーリーを連れて来たの?」
メーシーは頷く。涙が一筋流れたが、顔は微笑んでいた。セレムが覚えているのは、成長した大きなコーリー。あのコーリーが子供の手で抱えられる程の大きさしかなかったなんて、信じられない。それよりも、ラルフが亡くなって以来、竜の話などしたことがないメーシーが、嫌がらずラルフと竜の話をしている。その事がセレムには意外で、嬉しかった。
「ラルフもお前のようにたずねたわ。竜を家で飼ってもいい?竜使いになってもいい?って」
「最初はビックリしたがな。まだ小さな子供が竜使いになるなんて無理だろうと思ったよ。だが、ラルフがあまりにしつこく頼み込むんで、しまいには許してやったよ」
ウィルも昔を懐かしむように微笑む。
「僕は?……僕のことは許してくれる?」
セレムは不安な気持ちを抑えながら聞いた。
「きっと、お前にもラルフと同じ血が流れているんだわ。竜使いの血が。……竜使いになるのが運命なんだね」
メーシーは涙を拭いて笑った。久しぶりに見るメーシーの笑顔だった。セレムはそれだけで嬉しくなる。
「じゃ、竜を飼ってもいいの?僕も竜使いになっていい?……」
念を押すセレムに、メーシーは無言で頷く。
「今更ダメだと言ったら、この竜の行き場がなくなるだろう。竜はお前が責任を持って育てるんだ」
ウィルは、自分の方に手を伸ばして来たフェアリを抱き上げてやった。フェアリはとても人なつっこい竜のようだ。
「こんな小さな竜が、半年もすれば人を何人も乗せられる程の大きさになる。お前がこの竜で空を飛ぶようになる日もすぐに来るだろうな」
セレムは、大きくなったフェアリに乗って空を飛ぶ姿を想像してみた。それだけで胸がワクワクしてくる。
「ありがとう。僕、必ず竜使いになる」
初めて両親に自分のことを認めてもらえた気がした。まるで竜のフェアリが、家に幸せを運んできてくれたみたいだ。