魔法の微笑み
「セレムはラルフの弟だったのね」
セレムがアリシアや竜の谷の人々と和やかな食事をとっていると、不意にアリシアに声をかけられた。一瞬ドキッとして、スープを飲もうとした手が止まる。
「ラルフによく似ているわね。まるでラルフに再会したみたい……」
アリシアは少し寂しげに微笑む。アリシアも子供の頃のラルフを知っている。子供の頃のラルフが、アリシアの心の中には今も生き続けているのだろうか?
「アリシアとラルフはとても仲が良かったのぅ。つい昨日のことのようじゃ」
コルバがほぉほぉと笑いながら答える。
「二人が並んで竜に乗っている姿は、絵のように美しかったのぅ」
「コルバ爺、俺もいたことを忘れるな」
横からシンが言う。
「そうじゃったかな?よく覚えておらんわ。まぁ、それにしてもアリシアは見るたびに美しくなっておる。わしが10才若ければ、プロポーズするんじゃが」
「10才くらい若くたって今と変わんないよ、コルバ爺さんは」
ギルはそう言って笑った。
「そうかの?では、今でもまだ望みがあるということじゃな」
「そう言う意味じゃないだろ。爺さんは幸せ者だな」
と、シンが言うとアリシアは楽しそうに笑った。
「……」
アリシアの笑顔が目に入るたび、セレムの心も明るくなる。アリシアの笑みは眩しすぎる。
「スープ、こぼれてるよ」
不意にレナがセレムに言った。スープを口に運ぼうとしたままアリシアに見とれてしまい、セレムはスプーンからスープがこぼれたことに気づかなかった。
「あ……」
スープはズボンの上にシミを作っていた。
「なにぼけっとしてんの?」
レナは苦笑いして肩をすくめた。
「ほぉっほぉっ、セレムもアリシアの美しさに見とれておったのじゃな」
「ち、違います!」
コルバに図星されて、セレムは思わず大声を上げた。とたんに皆の視線が集まり、セレムの顔は真っ赤になる。
「……」
「若いとは良いもんじゃ」
コルバは声を立てて笑った。
セレムはろくに食事をとることが出来なかった。ギルの美味しい手料理さえも、アリシアの微笑みの前では味を無くしてしまう。
食事の後、ギルとレピィに乗って帰ろうとした時、アリシアが駆け寄って来た。金髪の長い髪を薔薇の髪飾りで留めている。
「セレム、もう帰ってしまうの?もっとゆっくり話したかったわ」
「……あの」
アリシアに見つめられるだけで、セレムの心臓は早鐘のように打ち始める。本当は帰りたくはない。ずっとアリシアの側にいたかった。
「また、また明日も来ます!」
セレムはどうにかそれだけ言えた。
「本当に?良かったわ。明日は一緒に竜で出かけてみましょうか」
「!……はい!」
セレムの心は舞い上がりそうになる。
「じゃ、また明日ね」
アリシアは手を振る。竜が空に上がってからも、セレムはずっとアリシアに手を振り続けていた。
「明日も来るってことは、僕が迎えに行かなきゃいけないよね?」
「あっ……うん、お願い」
気やすく返事をしたセレムだが、竜の谷が家からかなり遠いということを忘れていた。
「いいよ。セレムから来たいっていうの珍しいね」
「そうかな?」
「セレムもアリシアに会いたいんだね。アリシアは美人で優しいからみんなの人気者なんだよ」
ギルが笑う。セレムの頬はまた熱くなった。
「あの、アリシアが髪につけてた髪飾り、ギルが作ってたものだよね?」
「うん、そうだよ」
「ギルがプレゼントしたの?」
「正確には、シンに頼まれて僕が作ったものをシンがアリシアにプレゼントしたんだ」
「ふーん……」
自分も何かアリシアにプレゼントしたい、とセレムは思った。
家に帰ったセレムは、さっそくやりかけの薪割りの仕事を始めた。母親はセレムがまた仕事をほっぽりだして遊びに行ったことで、機嫌が悪かった。けれど、セレムはちっとも気にならなかった。明日のことを考えると、心が躍り出して自然と笑顔になってくる。
アリシアの微笑みは、まるで魔法のようにセレムの心を軽くする。薪割りさえ楽しく感じるセレムだった。