竜の谷の夜
西の空が赤く染まる頃、シンとレナが竜に乗って帰って来た。二人は森の木を運んだ後、竜に乗って出かけていたらしい。竜の背に乗せた籠には、たくさんの木の実や果物や山菜が詰まっていた。
二人の帰りを知り、セレムとギルも外に出て行った。
「今日も大収穫だったな」
レナは顔をほころばせながら、シンに言う。
「そうだな。明日はもう少し遠くまで行ってみるか」
シンは竜の背から籠を下ろす。シンの竜は黒い竜で、レナやギルの竜より一回り大きい。キリッとした凛々しさをセレムは感じだ。
「シンの竜はハーンって言うんだよ。黒くてカッコイイだろ」
ギルが言うと、竜のハーンはグルグルッと喉を鳴らした。セレムが近づくと、毅然とした態度でセレムを見下ろす。逞しくて強そうだ。
沈みかけの太陽が眩しく光り、セレムは目を細める。
「僕、もう帰らなきゃ」
シンは木の実がいっぱい入った籠をセレムに差し出す。
「今夜は泊まっていけ、時期に日が沈むからな。これ、運んでくれ」
セレムは籠を受け取る。
「でも、家に帰らないと叱られるから……」
「泊まってってよ。もう一度僕の手料理が食べられるんだからね」
迷っているセレムにギルは言う。
「セレムにはまだまだ話したいことがいっぱいあるんだ」
「フッ、セレムもギルの長話につき合わされて大変だな。が、今夜は泊まってった方が良い。夜の飛行は素人には危険だ」
「ハーンを使いにやればいいじゃろ」
皆の話を聞きつけたコルバが、杖をつきながら外に出てきた。
「ハーンは賢い竜じゃ。伝言をちゃんと伝えてくれるぞ。ほれ、この紙をくくりつけておけ」
コルバは伝言を書いた紙をシンに差し出す。
「爺さん、いつの間に?」
「ほぉっほぉっ、ワシは最初からセレムに泊まってもらうつもりだったぞ」
紙には『セレムは竜の谷に泊まります。ご安心あれ。竜の谷の住民より』と達筆で書かれていた。
「やった〜!」
ギルは飛び上がって喜ぶ。レナは傍らで冷めた目をして見ていた。
「よし、ハーン、セレムの家まで飛んでこれを渡してくれ。いつも通ってる村だ」
シンはハーンの首に紙を入れた袋をくくりつけた。
「ハーンは、シンの言葉が分かるの?……」
じっと竜の目を見つめて語りかけるシンを、不思議そうにセレムは見つめる。
「竜と竜使いは深い絆で結ばれているのじゃよ。ちゃんと心が通じ合える」
コルバは答えた。
「お客人がおると楽しいのぉ。ワシは夕飯までもう一眠りするとしよう」
コルバはそう言い、笑いながら家に入って行った。
シンの言うことを理解したハーンは、一声吠えると羽を広げて上空に舞う。そして、赤い空に向かって飛び立って行った。
竜の谷の夜は、ゆっくりと暮れていく。和やかな夕食、気持ちの良いお風呂に浸かった後、セレムはギルの部屋の窓辺に佇んでいた。ギルとレナは一緒にお風呂に入っている。
窓から見上げた空には三日月が浮かび、満天の星がきらめいていた。セレムがぼんやり空を見上げていると、シンが歩いて来た。シンは、セレムの家まで使いに行っていたハーンに餌を与えに行っていた。ハーンはちゃんと使命を果たし、伝言を届けたようだ。
「竜達は眠った。今夜は静かな夜だな」
シンも空を見上げる。
「あの、ありがとう。伝言を届けてくれて……」
「礼ならハーンに言いな。明日はハーンに乗って一緒に出かけてみるか?」
「え、いいの?」
セレムの顔がぱっと明るくなる。
「ああ。その代わり朝は早いぞ。寝坊するな」
「うん」
竜も竜の谷の人々も温かい。幼い頃、セレムはよくラルフとこんな会話をしていたような気がする。『ラルフ、明日も一緒に連れてって』『良いよ。でも、寝坊しちゃダメだよ』『うん、ラルフより先に起きる!』ラルフとの約束。けれど、約束が守られることはなく、いつもセレムは寝坊してラルフに起こされていた。
シンの姿がラルフとダブり、セレムは懐かしく思った。
読んで下さってありがとうございます!
後1人と2匹の竜の登場で、ようやく全員登場となります。最初に竜を「匹」と書いてしまったばっかりにずっと「匹」で通してますが、「頭」と数えた方が良かったかな?と思ったりしてます。(^^;)