竜の谷の人々
「シーン!セレムー!」
シンが何曲か横笛を吹いたところで、森の中に甲高い声が響いてきた。
「昼飯が出来たようだ」
シンは横笛を袋の中に戻すと、切り株から立ち上がった。
「……」
突っ立っているセレムの元に、ギルが息を切らせながら走って来る。
「今日のメニューは何だ?」
枝木を取り集めながら、シンが聞く。
「ギルのオリジナル特性シチューと特大ポームパイだよ!」
ギルが明るく答える。
「セレムも僕の手料理食べてってね。一度食べたら忘れられないくらい美味しいから」
「ま、料理の腕は認めてやる。竜の扱いもそれくらい出来ればいいがな」
シンは抱えられるだけの枝を肩に担いだ。セレムもシンが切った枝を拾い集める。
「セレムは気が利くな。ギル、お前も運んで行け」
先に帰ろうとしたギルをシンが呼びとめる。
「力仕事はレナに任せてよ。レナの方が力あるんだから」
「確かに。後の枝はレナに任せるか」
シンは声を立てて笑った。セレムもつられて笑う。
「男っぽいとか力持ちとか、レナに言っちゃダメだよ。昨日からずっと機嫌悪いから」
ギルはセレムに念を押した。
「うん、分かった」
セレムは微笑んで頷いた。
木の香りがする丸太の家から、美味しそうなシチューの香りが漂ってくる。木の枝を玄関先に置いたセレムは、シンやギルと家の中に入って行った。
「?……」
テーブルの一番奥に座っている白い服を着た老人を見て、セレムは思わず立ち止まってしまった。白いローブを着て、白髪の長い髪を垂らし、白く長い顎髭を生やしている。まるで、魔法使いか仙人のようだった。
その老人と目が合い、セレムはドキリとした。
「怖がらなくても良いぞ。わしはただの老いぼれ竜使いじゃ」
老人はセレムを見ながら、ほぉっほぉっと笑った。その様子が益々人間離れして見えた。
「彼は長老のコルバ爺さん。コルバ爺さんを見ると大抵みんな驚くんだよね」
笑顔でギルが答える。
「さ、さ、お若いの。シチューが冷めないうちに席に着きなさい。セレムという名じゃったかの?」
「はい…あ、初めまして」
セレムはぎこちなく挨拶すると、シンの横の空いた席に着いた。シンの前には既にレナが座り、その横にギルが座った。皆が席につくと、コルバが短い感謝の言葉を呟き、指を組み目を閉じる。セレムの家では、食事の前に感謝の言葉を唱えていないが、セレムも同じように感謝の言葉を呟いた。
静かな祈りが終わると、すぐに賑やかな食事が始まった。
「見れば見るほどセレムは、ラルフによく似ておるな。ラルフは栗色の髪をしていたと思うが、お前は金色じゃの。どちらにしても男前じゃな」
ゴルバは楽しそうにほぉっほぉっと肩を揺らせて笑った。
「さぁセレム、冷めないうちにお食べ」
「はい……」
セレムは少し照れながら、シチューを口にした。
「美味しい」
とろけるような美味しさにセレムの顔はほころぶ。
「だろ!僕のシチューは誰も作ることが出来ないくらい美味しいんだよ」
「ギル、水取って」
浮かれているギルにレナが声をかける。ギルはレナに水差しを渡す。
「少しはレナもギルに手料理を習えばどうだ?」
「いいんだよ、ギルは好きで作ってんだから。あたしは他に仕事があるし」
シンに言われ、レナは口をとがらせる。
「ああ、そうだったな」
シンは笑う。明るい話し声、朗らかな笑い声、こんなに楽しい食事をするのは何年ぶりのことだろう?竜の谷の人々の会話を聞きながら、セレムは次第に晴れやかな気分になっていった。