兄の友人
竜の谷の森は、木々が茂り辺りには新緑の香りが立ちこめていた。生い茂る葉の間から、木漏れ日が降りそそぐ。小鳥たちのさえずりが木霊し、木々の間を駆け抜けるリス達の姿が見えた。
森をしばらく進んで行くと、どこかからコンコンという音が響いてきた。
セレムは、その音のする方へと歩いて行く。だんだん音が大きく聞こえてきて、木々の間に森の木を切る人の姿が見えてきた。
「……」
セレムに背を向けて、若者が斧で木を切っている。
「ラルフ?…」
13才だったラルフよりは年上の青年の体つきをしているが、何故かセレムはその青年に兄の面影を見た。ラルフもよく家で薪木を切っていた。懐かしさがこみ上げてくる。
その時、青年が人の気配に気づきゆっくりとセレムの方を振り向いた。漆黒の真っ直ぐな髪、切れ長の黒い瞳、どことなく異国を思わせる顔立ちの青年が、じっとセレムを見つめる。
「お前がセレムか?」
青年は口元を弛める。
「あの頃のラルフにそっくりだ」
「!…」
セレムは驚いて息を飲み込む。
「ラルフを知ってるの?…」
青年は、答える代わりに斧を木の幹に打ち込み、セレムを手招きした。
「まぁこっちに来な」
青年は切り株に腰を下ろす。セレムは青年の方へ近づいて行った。
「俺の名はシン。ラルフは俺より二つか三つ年上だったが、気が合ってよく遊んでいたな」
シンは、セレムを見て微笑む。
「ラルフはよくお前の話をしていた。やんちゃで手が掛かるけど、可愛くてしかたないみたいだった」
「……」
セレムは目を伏せる。
「ラルフはよくここにも来ていたが、ある日突然来なくなって心配していたんだが…」
「ラルフは…」
「聞いた」
シンはセレムの話を遮った。シンの顔が曇る。自分のせいでラルフが亡くなったことをシンは知っているのだろうか?セレムの心は暗くなる。
「ラルフは良い竜使いになっていただろうに残念だ。お前は竜に乗るのか?」
セレムは首を振る。
「竜もいないし…僕には無理」
「ふん、随分自信がないな。ま、竜使いになるには、ある程度の修行も必要だ。そうだ…」
シンは腰に巻き付けている袋の中から、何かを取りだした。
「こいつはラルフにもらったもんだ」
「!……」
シンがセレムに差し出したのは、手作りの横笛だった。セレムが持っている横笛と同じだ。
「ラルフは何をするにも器用だった。横笛を作るのも吹くのもな」
そう言ってシンは、横笛を口にあて音楽を吹き出した。セレムが知っているいつもの曲…。静かな森の中にシンの横笛の音が響く。セレムはシンが羨ましかった。自分が習いたかった横笛を彼はラルフに習った。しかも、間違えることなく上手く吹くことが出来る。
横笛の音は、いつもより美しく悲しく、セレムの耳に響いていった。