竜の谷間
草原を流れる小川のほとりに、セレムは1人佇んでいた。いつも牛達を放牧している場所よりずっと遠くまで歩いてきた。そっと腰を下ろし、持ってきた横笛を口にあてる。草原を吹き抜ける風と穏やかな小川の音の中に、横笛の音色が響いた。
耳に残るラルフが吹いていた曲を、思い出しながら吹いてみる。自己流で吹く横笛は、なかなか上達しなかった。音がずれたりかすれたりする。途中で曲が分からなくなったセレムは、横笛を吹くのをやめた。そのままごろんと仰向けに寝ころぶ。
セレムの上には雲のない青空が広がっている。あの空は、竜達が住んでいる谷間へと続いているのだろうか?セレムが空を見ながら考えていると、青空に黒い物体が見えてきた。それはだんだん大きくなり、やがて竜の形になった。
今朝セレムの家にやって来たグレイの竜だ。竜は草原の上空をゆっくり旋回すると、スピードを上げてセレムが寝ころんでいる草原に舞い降りてきた。竜の羽ばたきで、草がざわざわっと揺れる。
「?…」
セレムは半分身を起こし、目の前に降りてきた竜とレナを見つめる。
「あたしの後ろに乗って」
竜の背に乗ったまま、いきなりレナが言う。
「えっ?…」
セレムは意味が分からない。さっきは竜使い以外竜に乗ってはいけないと言ったはずだ。
「早く乗りなよ。あんたに会いたいっていう人がいるんだ」
「でも、僕は竜使いじゃないから…」
「良いって言ってる時は良いんだよ!」
強引なレナの口調に、セレムは渋々立ち上がる。
「僕に会いたい人って誰?」
「会えば分かるさ」
セレムはよく事情が飲み込めないまま、ゆっくりと竜の背に乗る。
「どこに行くの?」
「竜の谷」
「!…」
セレムが驚いてる間に、竜は羽ばたいて地上を飛び立った。どんどん高く舞い上がり、ぐんぐんスピードを上げていく。気づいた時には風を切って、空を飛んでいた。昨日の竜よりずっと速度が速い。セレムは振り落とされないよう、必死で竜にしがみついていた。
森を抜け、海を越えて、山脈を抜ける、昨日行った山脈よりももっと遠くに飛んでいく。次々に景色は変わり、セレムが見たことのない世界が広がる。
もう一度海の上を渡って行き、深い森を超えた後、また新たな山脈が広がって来た。 最初の山脈よりさらに険しい山脈だ。レナの竜は徐々にスピードを弛めると、山の一角を目指してスッと舞い降りて行く。辺りを険しい山々で囲まれた谷間に、木で作られた家が見える。竜は家の前に降りていった。
「ここが、竜の谷間?…」
竜から降りたセレムは、辺りを見回した。鳥たちのさえずりが山々から聞こえ、川のせせらぎが近くで聞こえる。
「あんたに会いたいっていう人は、その森の奥にいるはずだから」
レナは、木の家の向こうに広がる森を指さす。
「……」
セレムは期待と不安の気持ちを抑えながら、ゆっくりと森の方へと歩いて行った。
読んで下さってありがとうございました!
これから新たな登場人物が増えていく予定です。ちまちまとした更新ですが(^^;)、最後までお付き合い下さいませ。