角笛の忘れ物
険しい山脈の真ん中に、平らな山頂が見えてきた。ギルはそこを目指して竜の高度を下げていった。竜のルピィは、ゆっくりと山頂に舞い降りる。
「いつもここで休憩してるんだ」
ギルはぴょんとルピィの背中から飛び降りる。セレムは竜が着地した後も、まだ空を飛んでるようなふわふわした感覚が残っていた。
「竜酔いしたの?」
なかなか竜から降りてこないセレムに、ギルが笑って言う。
「ううん…」
じっと座って待っているルピィから、セレムはゆっくりと降りた。辺りは高い山脈が果てしなく連なっている。まるで天上に上った気分だ。
「ルピィ、水を飲みに行っといで」
ギルはルピィの背から籠を下ろすと、ルピィの首を優しくなでた。ルピィは小さく鳴くと、足を立て羽を広げてゆっくりと飛び立った。見る見るルピィの姿は山の向こうに遠ざかって行く。
「竜はいつ戻ってくるの?」
こんな険しい山の頂に取り残されて、セレムは少し不安になる。
「これがあるから大丈夫!」
ギルは、首にかけていた紐を服の中から引っ張り出す。紐の先には、小さな角笛がついていた。
「これでルピィを呼ぶんだ」
ギルは角笛を吹く真似をした。
「どんなに遠くに行ってても、竜は必ず笛の音を聞き分けるからね。誰かの助けを呼ぶ時にも必要だから、大切な物なんだ」
「横笛でも竜は戻って来るのかな?」
「横笛?そうだね、角笛より音は小さいかもしれないけど、戻って来るんじゃないかな?」
「……」
ラルフはきっと、コーリーを呼ぶ時横笛を使ったに違いない。
「セレムは横笛を吹けるの?」
「…少しだけ」
「ふ〜ん、今度聞かせて。じゃ、僕達もポームを食べて休憩しようか」
セレムとギルはその場に腰を下ろすと、ピクニック気分でポームを食べた。新鮮な山の空気の元で食べるポームは、特別に美味しく感じられた。
ポームを食べてしばらく横になっていた後、ギルは角笛を取りだした。
「吹いてみる?」
ギルは首にかけた角笛を外すと、セレムに差し出した。
「吹けるかな?…」
「横笛みたいに吹くといいんだよ」
セレムはためらいがちに角笛を受け取ると、そっと口にあてて吹いてみた。かすれた小さな音しか出ない。
「もっと強く吹いて」
セレムは息を吸い込み、一気に強く吹く。今度は大きな音が鳴り響き。音は山々に反射して山彦となる。
「そうそうもう一度」
セレムが二、三度続けて吹くと、やがて空にルピィの姿が見えてきた。自分が吹いた角笛の音でルピィが飛んできたことに、セレムは感動した。ルピィはゆっくりとセレムとギルの元に舞い降りる。
「セレムは本物の竜使いみたいだね」
「……」
セレムは自然と笑顔になる。憧れていた兄に近づけたようで嬉しかった。
「もう少し竜で飛んでみようよ」
ギルはポームの籠をルピィに乗せて、ルピィに飛び乗る。
「でも、もう帰らないと…」
「ほんの少しだけだよ。今度はセレムが手綱を持ってごらん」
「うん」
ギルの角笛を首にかけると、セレムは竜に乗った。
竜を操縦するのは面白い。セレムは本当に竜使いになった気分だった。竜で飛ぶことにもすっかり慣れて、セレムとギルはあちこちを飛び回った。時間が立つのも忘れて…。
気づいた時、日は既に西に傾きかけていた。慌てて村の草原に戻ったセレムだが、牛の群の姿はもうなかった。
「…牛がいない…」
浮かれ気分からすっかり冷めたセレムは、がっくりと肩を落とした。
「ごめんセレム、僕も早く帰らないと…レナにまた怒られる」
セレムが竜から降りるとすぐに、ギルはまた飛び立って行った。
「あ…」
セレムはギルの角笛を首にかけたままだったことに気づく。見上げた空には、もう竜とギルの姿はなかった。




