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■第6章 100万回生きたねこ

12月のある日曜日。その日ミチルと千尋は二人で市の水族館に行く約束をしていた。朝10時にいつもの駅で待ち合わせであった。

8時半頃アパートで用意をしてるミチルの携帯が鳴った。

それは大学の友達の広瀬からであった。

ミチルと広瀬とは以前コンビニのバイトで一緒だった。広瀬は高校時代はラグビー部であったこともあり根っからの体育会系であった。また面倒見の良さからもバイト先でもみんなから頼りにされていてミチルもすぐに広瀬と仲良くなった。

電話は広瀬がインフルエンザにかかってしまい今日のバイトに出られないのでミチルに代わりに出て欲しいという内容だった。

バイトの代役が今日に限って見つからないらしく以前バイトしていたミチルならOKとオーナーが言ったらしい。

「でもなあ・・予定が・・」

「頼むミチル!。ホント困ってんだ!。9時から16時まででいいんだ。もうお前しかいなくてさ!。でないと店開けられないんだ。ホント頼む!」

「うーん。・・・わかった。9時から16時までな。」迷ったがミチルは引き受けた。

「サンキュー!マジ助かったよ。」

ミチルは電話を切って時計を見た。既に8時45分だった。「(やばい。あと15分しかない。)」すぐに千尋に断りの電話をかけたが話中であったためミチルは今日行けない趣旨をメールで打って千尋に送った。千尋には申し訳ないと思ったが千尋なら分かってくれるだろうとミチルは思った。

ミチルはそのまま急いで代役のコンビニへ向かいなんとか間に合った。

通りに面したその店は日曜のドライブ客などでとても忙しく昼飯の時間もほとんど取れない程だった。

バイト交代の16時になってミチルは携帯を家に忘れてきていることに初めて気が付いた。

結果的にドタキャンになってしまったのでおそらく千尋から何かメッセージも来ているだろう。

そう思いミチルは急いでアパートに帰って携帯を見た。

すると千尋から3件着信があった。

二時間おきに。

メールも来ていた。

ミチルはもしかしてと思って自分の送信メールを見た。

すると×マークで未送信になっていた。

「しまった!。」ミチルはすぐに千尋に電話した。

「千尋ごめん。メール未送信になってて。今どこ?」

「駅だぜ。ベイビー。」いつものナイスガイ口調だった。

ミチルは少しホッとした。

「ごめんすぐ行く!」ミチルはそう言うと急いで駅に向かった。

20分後ミチルは駅に到着した。

しかし探してもそこに千尋の姿は無かった。

「(もしかしてやっぱ怒ってて帰っちゃったとか。6時間だしな・・。)」ミチルは千尋に謝りの電話をかけようとした。

その瞬間、

「16時サンマル分、遅刻犯緊急確保!」

その声と共にミチルは後ろからタックルされた。

千尋だった。

ミチルが驚いて振り返ると千尋が笑っていた。

「もう連絡ないから何かあったのかと思ったよ!」千尋はそう言ってミチルの胸にパンチするマネをした。

「ホントごめん。」そしてミチルは理由を説明した。

「しょうがないヤツだなベイビー。」ナイスガイ口調で千尋が言った。

「怒ってないの?」ミチルが言った。

「まあ確かに退屈だったけどあたしも5時間待たせたこともあったしね。」千尋が笑いながら言った。

「そだね。」

「あら開き直っちゃう?でも結構退屈しのぎにいろいろ考えてたらいい案が浮かんだのよ。」

「いい案?」

「そう。遅刻犯は逮捕5回で実刑に処します。」

「え?」

「ミチルが5回遅刻したら・・」

「ペナルティとして、言ってもらいます!」千尋が深刻な顔で言った。

「何を?」ミチルが訊いた。

「『千尋ちゃん好きだよ~』って。もちろんかわいらしく感情込めてね!。そしたらあたしが『知ってるぜベイビー』ってカッコ良く言うからさ!。」

「やだよ!!かっこ悪いなんでそんな・・。」ミチルは即答した。

「か弱い女の子を6時間も待たせておいて?あ~寒かったなぁ~駅は。」

千尋はコートの襟を立てて寒がるマネをした。

「てかオレ遅刻しないタイプだし。高校も無遅刻無欠勤だったし。」

「ならいいじゃん。ミチルちゃん、あと4回でペナルティだぜベイビー!。」

そう言って千尋は改札へミチルを引っ張って行った。

「え!?」

「え?って水族館よ。」

「でも水族館17時までだよ。もう16時50分だし。」

「いいからいいから。」

千尋はそう言ってミチルを電車に乗せた。

水族館に着くと予想通り17時で門が閉まり閉館していた。

「ほらね。」ミチルは言った。

「よし門を乗り越えるぜベイビー。」千尋がいつものナイスガイ口調で言った。

「え!?まじで!?」ミチルは驚いた。

「冗談よ。貸しきり水族館は映画の世界でしょ。」

「水族館より海岸散歩したかったの。前、電車から海岸見えた時きれいだなあって。」

そう言って千尋は水族館のすぐ横の道を指差した。

二人は海岸を散歩した。

辺りはもうかなり薄暗かったが昇りかけた月と外灯のおかげで灯台の方へ続く道まで見えた。

二人は海の見える階段状になっている石のところに腰を下ろした。

風もなく海は静かだった。

海の向こう側に見える小さな街のビルや店の明かりはまるで何かまだ発見されていない別の街のようにも見えた。

「なんか・・きれいだね。」ミチルがポツリと言った。

「うん。」千尋が答えた。

15分くらい座っていたがお互いそれ以外何も話さなかった。

そして千尋が口を開いた。

「初めて会った日さ・・」

「あたしが猫に話しかけてたの見て正直引いたでしょ。」

「え?まあ・・あの時は少し。」

「だよね。はは(笑)」

「いつもそうなの?」

「うーん。本読んでからかな。」

「何の?」

「100万回生きたねこ。知ってる?」

「さあ。どんな話?」ミチルは訊いた。

「100万回繰り返し生きたねこが最後に愛を知ってからはもう次生まれ変わることは無かったって話かな。うまくいいとこ説明できないけど。」

「その本読んでからはさ、なんか道路の野良ネコとかも、もしかしたら何かを探して生きてたりするのかなあなんて気がしたりしてさ。なんか生きる意味みたいなやつ。人みたいにさ・・。もしかして何万回か生きたネコだったりするかもしれないし。・・なんてね。あ~ダメだ。こういう訳分かんないことベラベラ言うからダメなんだよねあたし。止めようとは思ってんだけど気抜くとついね・・(汗)。男の人ってこういう変なこと言う女好きじゃないもんね。」千尋が笑いながら言った。

「はぁ~。」千尋が大きなため息を一つついた。

そして少し黙った。

「あ、人には言わないでよ。変人に思われるから。」

「・・もちろん。」

ミチルはそう答えるとバックからペンを出して千尋の手の甲に文字を書いた。

「ちょっとそれ油性?」

「残念ながら水性。はい出来上がり。」

千尋は書いてある文字を見た。

『この人はミチルの変人です。』と書いてあった。

「ちょっと!何でヘンジンなのよ!」

「ごめん、千尋がヘンジンヘンジンって言うから間違ったよ。貸して。」

ミチルは笑いながら『変人』に大きく×印を入れてもっと大きく『恋人』と書き直した。

そしてミチルは千尋をみつめて言った。

「おれは・・今のままの千尋でいいと思うよ。」

千尋は何も言わずミチルをギュッと抱きしめた。

月だけがさっきよりも高く昇っていた。とても静かな夜であった。


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