■第4章 二人の月
土曜日の夜8時。ミチルはアパートのパイプベッドにあお向けになって考えていた。
「(今千尋は何をしているのだろう。無事葬儀は済んだってメールは来たけど。)」
金曜の深夜千尋からメールが来ていた。返信はするがミチルはこちらからメールするのは控えていた。葬儀時はいろいろと忙しいのは分かっていたからだ。
しかし一番の理由はなんと声をかけるのが良いのか分からなかったからであった。
千尋が実家に帰ってからは毎日深夜にメールが来ていたので今日もそうだろうとミチルは思った。
「(千尋は今どんな気分なのだろう。)」
「(あまり落ち込んでなければいいけど。)」
「(しかし千尋はおじいちゃんおばあちゃん子と言っていたし落ち込みようはかなりだろうな。)」そんな事を考えながらミチルはベッドから起き上がった。
そしてギターを持って駅へと向かった。何かしていないと落ち着かない気分であった。
月の明かりで外は意外に明るく感じた。ミチルは駅へと軽く走って行った。何かモヤモヤとした気分を体を動かしてでも解消できればと思ったのであった。
ミチルは駅に着くといつも千尋と話をしているロータリーの縁石に腰掛けた。
すると何か少し落ち着いた気分がした。そして持ってきたアコースティックギターを弾き始めた。ミチルは曲の間奏部分を繰り返し弾きながら自分の心を落ち着かせた。
そしていろいろと考えた。千尋が実家に帰ってからのことを。
何をしていても千尋の事を考えている自分がいた。
それは今回千尋に悲しさが降りかかったからであると最初は思っていたが。
ギターを弾き始めてあっという間に一時間半が経った。
ミチルは演奏を止めた。そしてふいに夜空を見上げた。その日は満月だった。白く無機質に光って見える。ミチルはそれを見て自分の中に何か少し特別な気分を感じた。
ミチルはおもむろにポケットから携帯を取り出しその満月を携帯のカメラで撮った。
そしてメールを打ちはじめ撮った満月の画像を添付し千尋に送信した。
すると意外にも千尋からすぐに返信が来た。
『そう言えば今夜はブルームーンなんだよ。いろいろあって忘れてたけどさ。』
そう書いてあった。
『ブルームーン?月が青いってこと?』ミチルは返信した。
5、6分くらいして千尋から返信が来た。
『本当はね。でも最近では1ヶ月の間に2回目出た満月をブルームーンっていうんだって。』
千尋がやたらと月に詳しいのにミチルは驚いた。
『そんなことってあるんだね。満月は1ヶ月に1回だけかと思ってたよ。』ミチルは返信した。
『3,4年に一回あるか無いかの珍しい事なんだって。』
そう千尋から返信が返ってきた。
『そうなんだ。全然知らなかったよ。』ミチルはまた返信を打った。
「他に言い伝えとかもあるんですぜダンナァ。」
ミチルの耳の後ろでそうささやく声がした。
携帯に集中していたミチルはビクッと体も一緒に驚いた。
しかしそれは聞き覚えのある声であった。
「千尋!?」ミチルは振り返りながら言った。
千尋だった。
「後ろには気をつけなって言ったはずだぜベイビー。」
千尋はいつものナイスガイ口調でそう言うと笑った。
「びっくりするだろ!?てかいつから後ろにいたの!?」
「今さっき。」
千尋は明日の日曜夜に帰ってくるはずである。今日はまだ土曜の夜なのになぜここにいるのかとミチルは思った。
「どうして!?」ミチルは言った。
「今日帰ってきたの。16時半発の新幹線乗ってね。で今着いたんだ。いやあ5時間は長かった~。しかも隣の席のおばさんが話好きでさあ。あ、メールは駅に着く少し前からだけどね。こっちに歩いてきながらメール打ってたんだよ。びっくりした?」千尋が澄ました顔で言った。
「びっくりするに決まってんだろ!大体千尋帰ってくるのって明日の夜のはずだろ!?」ミチルは言った。
「忠犬ミチ公が駅で待ってるんじゃと思ってさ~。」千尋はそう言いながらミチルの横に座った。
「え!?そんだけの理由で帰ってきたの!?」
「まあね。さみしかったかぁ~?ミチ公~。」
千尋はそう言ってミチルの頭を撫でながら頬擦りするマネをした。
「ちょっと!人見てるし!てかオレいなかったらどうすんだよ。」
ミチルは千尋の手を頭から取りながら言った。
「まあ確かに新幹線乗る時は分かんなかったけど。でも居るって分かったよ。ミチルの満月の写メ見て。」
「は?月でどうして?」
月しか写ってない写メを送ったのになぜ自分が駅に居ると分かったのかミチルは不思議だった。
「だって写メの月。いつも見てる月だったからさ。」千尋ニヤッとしながら言った。
ミチルはますます分からなかった。
「え?いつも見てる月って・・どういうこと?。」ミチルは全く分からないという顔で訊いた。
それを聞いて千尋はさらにクスクスと笑った。
「これを見たまえワトソン君。」
千尋がシャーロックホームズ口調で言いながら自分の携帯の画像を見せた。
「あ!」ミチルは驚いた。
そこには自分が今日撮った満月の画像とソックリな画像があったのだ。
「これはあたしの待ち受け画面。あたしが撮った今月の1回目の満月だよ。だからファーストムーンだね。まあちょっと雲かかってるけど。」
千尋は続けた。
「ほら見てミチル。この画面の右下。ミチルの画像と同じ木の枝が写ってるでしょ。」
見ると確かに同じ枝が写っていた。それはクネクネと曲がっていて他の枝とは明らかに違う特徴的な枝だった。
「まあミチルがもしこの場所から撮ってくれなかったら分かんなかったかもしれないけどね。」笑いながら千尋が言った。
「なんだ驚いて損したよ。」ミチルがやられたという顔で言った。
「損どころか超得したでしょ。チヒロ・ホームズの神がかり的な謎解きが目撃できたんだからさ!。」そう言って千尋は笑った。
しかしミチルは思った。いつもこの駅のロータリーの縁石に腰掛けて話をしたり歩く人などの何気ない景色を見たりしてはいたがそれは自分一人でではない。千尋も自分と同じ景色を一緒に見ているのだ。ミチルはそれに改めて気付かされた。
「ミチル。」
少しして千尋がふいに真面目な顔で言った。
「おばあちゃんの件・・心配かけたよね。」
「いや全然。てか何もできなかったし。」ミチルが言った。
「ううん。あたしミチルがいてくれると思ったらさ、なんかすごく心強くてさ・・。ミチル、ホントに・・ありがとう。」
千尋は少し涙ぐんでいるように見えた。おばあちゃんの事を思い出したのだろうか。ミチルは思った。
千尋は今日元気に帰って来はしたが実家に帰った日はお通夜で次の日は葬儀であった。千尋の性格から考えて、もしかしたらほとんど寝ていないのではないだろうか。あれだけ大好きだったおばあちゃんが亡くなったのだから。ミチルはそう思った。そして千尋の手を強く握った。千尋もその手を強く握り返した。
そしてしばらくの時間が過ぎた。
「今日ね・・」千尋がポツリと言った。
「手紙もらったんだ。おばあちゃんからあたし宛の。亡くなるちょっと前におばあちゃんがお母さんに渡してたんだって。もう長くないって自分でも分かってたみたい。」
「そうなの?」
「うん。」
「それ読んでさ・・。今日こっちに帰ってこようって思ったんだ。」
千尋は月を見上げながら言った。
そしてもういつもの千尋の明るい感じだった。
「そうだったんだ。」ミチルは言った。
そしてミチルは少し安心を感じた。
しかし手紙を読んですぐ帰って来るってくらいの内容とはどんなことが書いてあったんだろうとミチルは思った。
「何て・・書いてあったの?」ミチルは訊いてみた。
「それはね・・」
「いつか教えるね。」千尋はそう言ってニッと笑った。
「は~?そこまで言っといて?」
「いいじゃん。ほら満月!1000年に一度のブルームーンだよ~。」千尋が指差した。
「3,4年って言ってたろ。さっき。」ミチルが呆れた口調で言った。
「まあまあ、ミチル君、こうやって一緒にブルームーン見れたんだからさっ。」
そう言って千尋はミチルの左腕に自分の右手を回した。
そして千尋が言った。
「だだいま。ミチル。」
ミチルは左に座っている千尋をチラリと見た。
そして言った。
「うん・・。お帰り。」
しばらく二人は月を眺めた。
月は青くは無かったがミチルには銀色に強く輝いて見えた。ミチルはそれを見て綺麗だと感じた。
「あのさ千尋・・」ミチルがポツリと口を開いた。
「・・・」
返事がない隣を見ると千尋は眠っていた。
「(そうだよな。)」ミチルは心の中で言った。
ここ何日かの千尋の事を考えるとミチルは素直にそう思った。精神的にも肉体的にもかなり疲れているはずなのに。
その時ミチルは昨日涼子が言った『あなたのアンパンマン』という言葉を思い出した。
そしてミチルに寄り添いながら疲れて眠っている千尋を見つめた。
「(働き過ぎだよ。このヒーローは。)」ミチルは心の中でそう言って少し微笑んだ。
そしてまた銀色のブルームーンを見上げた。




