■第2章 ギターピック
それから2週間が過ぎた。その日の夜も千尋のバイトが終わってミチルと千尋はいつものように駅のロータリーの縁石に腰掛けて話をしていた。
「ねえミチル~もし今この瞬間ここに宇宙人が襲ってきたらどうする?」千尋が言った。
「どうするってそんなのありえないし。」ミチルが言った。
「だから言ってるでしょ、もしもの話だって。どうする?ミチル」
「じゃ~まあとりあえず戦うかな。でも地球に攻めてくる宇宙人ってくらいだから科学も進んでるだろうしオレ達なんて簡単に殺られるんじゃないかな。」
「おっ、戦うんだ~。」千尋が興味深そうに言った。
「まあ・・ね(汗)」
「ならばこのチヒロめもミチル姫と共に戦いましょう!この命、燃え尽きるまで!」千尋がナイスガイ口調で言った。
「なんでオレ姫なんだよ!」
「いいじゃん。ミチルって名前なんだしさ。姫にピッタリ。」そう言って千尋は笑った。
ミチル達の会話はいつもこの様な感じであった。
あのキスをした次の日、千尋は何も変わらずいつもと同じであった。そのいつもと変わらない千尋の様子は昨日の事はもしかしたら何かの夢だったのではとも一瞬ミチルに思わせたが手の甲の油性ペンの跡が現実であるということをミチルに再確認させた。
二人は彼氏と彼女の関係にはなったが今までの関係と特に何も変わりはなかった。千尋のバイトが終わる22時くらいに駅で逢い仲良く話をする。以前と特に変わらない関係であったが少し変わったと言えば二人が電話やメールでも連絡を取るようなったという事であった。もちろんそれは圧倒的に千尋の方からが多かったがそれによりミチルと千尋の距離は以前よりも近くなったのは確かであった。
しかしミチルの中で1つのある思いは消えていなかった。
それは千尋はなぜ自分なんかに好意を持ってくれているのだろうという疑問であった。
千尋は確かに少し風変わりなとこはあるが性格もいいと思う。
客観的に見ても綺麗な顔をしているしスタイルも良いし服だって今風でオシャレだ。
雑誌なんかの街角スナップに載ってたとしても別に不思議な気はしない。
別にわざわざ自分でなくても・・・ミチルはそう思っていた。
ミチルも大学に入ってそれなりにカワイイ子達とは付き合ってきたがそれはバンドがあっての事だと自分でも思っていた。
人気バンドのヴォーカルと言うだけで向こうから勝手にやってきた。
自慢の彼氏の役目は彼女を飾り付けるアクセサリーでしかなかったがもちろん自分もその恩恵にあやかっていたので文句は無かった。
人気バンドのヴォーカルでも無ければ人を信じるような心も持たない今の自分に千尋が好意を持ってくれているのがミチルには不思議でならなかった。
「ねえミチル、オソロイの携帯ストラップとか付けちゃう?」千尋が笑いながら言った。
「やだよ。そんなカッコ悪い。」ミチルは即答した。
「そお?あたしは気にしないけどなあ。」
「こっちが気にするよ。てかオレあるし。ストラップ。」
そう言ってミチルは自分の携帯のストラップを見せた。
「何それ?」千尋はその白い物体が何か尋ねた。
「これはさ、グリーンデイって外人バンドのギターピックだよ。」ミチルは自慢げに言った。
「ふーん。」
「ふーんって・・結構貴重なんだけどなこれ(汗)。これはさあ、オレが高校の時初めてバンドのライブってものを観に行った時ゲットしたお宝なんだ。そのライブさ会場の全員が叫んでんの。一体化してるっつーか。それ見てさ音楽のパワーってすごいなあってマジドキドキしたよ。何かホント初めての感覚っつーかさ。オレも絶対バンド始めたいって思ったんだ。でそん時ギターボーカルのビリーが投げたこのピックをホント偶然キャッチしたんだ!ダイレクトでだよ。丁度席が5列目で近かったのもあるけどね。」
「へー!」千尋は目を輝かせた。
「そう、だからこのギターピックはオレのお守りとしてそん時からずっと携帯のストラップにしてるんだ。みんなからはせっかくの記念ピックに穴あけてもったいないって言われるけどお守りは常に持ってないとねって思ってさ。だから切れないようヒモの代わりに極細のチェーンにしてるけどね。」
ミチルは自分の携帯と白いギターピックを繋ぐ細いがしっかりしたチェーン部分を見せた。
「なるほど。わかるそれ!あたしもお守りみたいの持ってるもん。」
「そうなの?」
千尋はそう言うと自分のバックに付けたキーホルダーを見せた。
それは小さなLEGOブロック製のキーホルダーで映画スターウォーズの悪役キャラクター『ダースベイダー』だった。
「あたしさ高校入ってすぐ大事な腕時計失くしたことがあったんだ~。入学祝いにプレゼントされたやつ。家のどこ探しても無いの。自分の部屋も居間も洗面所も服の中も。両親は学校じゃないのかとか言ったけど自宅でさっきまで付けてたのは確かだったの。」
「で一週間探しても無かったの。あきらめかけて落ち込んでた時、友達が映画の試写会当ったっていって連れて行ってくれたんだ。スターウォーズ。スターウォーズ知ってる?ミチル」
「男ならみんな知ってるよ。」ミチルは笑って言った。
「それでね。試写会でなんとダースベイダーが来てたのよ。あの黒いヤツ。」
「へー。」ミチルは興味深げに言った。
「そしたらダースベイダーがあたしにキーホルダーくれたの。このLEGOブロックのベイダー。」
「マジ!?。」
「なんかすっごくうれしくてさ、で家に帰ったらなんと腕時計も見つかってたの。あれだけ探して無かったのに。」
「犬小屋の中にあったんだって。たぶん庭で落としてうちの犬が犬小屋に持ってったんだろうって。」
「それであたしさ、なんかあのダースベイダーにキーホルダーもらったから時計が見つかった様な気がしたんだよねその時。ほら映画でさ、宇宙人に遭遇した人が不思議な石を貰ってさ、それ以来その石の周りでいろんな奇跡が起こるって映画があったじゃん。あんな感じ。だからそれ以来このダースベイダーをあたしいつも持ち歩いてるんだ。」
「これ、あたしは『奇跡のベイダー』って呼んでるけどね!。ちなみに他にもいくつか奇跡を起こしてるんだよ。」
「へぇ~。」ミチルは少し苦笑いしたが千尋らしいなとも思った。
「そしてこれが発見された時計ね!ほらっ!」千尋は自分のしている腕時計をミチルに見せた。
「え?」ミチルは思わず二度見した。
「あれ?どしたのドナルド嫌い?」千尋が言った。
それはディズニーのドナルドダックの両手が針になった腕時計だった。
「(似たようなミッキーのやつを中学の時女子が持ってたような・・)」ミチルは思った。
「ミチルちゃん、あなた今これをちょっと馬鹿にしたでしょ。」
千尋がそう言ってミチルにしかめっ面をした。
「おじいちゃんが高校入学の時プレゼントしてくれたんだ~。ミッキーじゃなくてドナルドってチョイスがニクイでしょ。でもおじいちゃん寿命でそれからすぐ死んじゃったけどね。」
千尋は最後の方は少し言葉をにごした。
「あたしんち共働きでさ。学校帰りいつも近所のおじいちゃんちに帰ってて。まあ典型的なおじいちゃんおばあちゃんっ子だったんだよね。おじいちゃん映画が好きで家にいっぱいビデオもあったし。」
「形見みたいなもんなんだ。じゃあ・・。」ミチルは申し訳なさそうに言った。
「まあね。でも気に入ってるから付けてるんだよ。さすがにベルト部分はもう変えたけどさ。」千尋は笑顔で言った。
「そっか。」ミチルも微笑んだ。
しかしミチルはその時自分の中でハッとした。
それは微笑んだ自分と同時に千尋という人間に嫉妬している自分にも気付いたからであった。
ミチルはいろいろと千尋が話してくれる話を聞いて千尋のことを何か大きな澄みきった海のようにも感じていた。
それはミチルの持っていない、水溜りのうちに既に枯れ果ててしまったものだ。
何も間違わずに正しく綺麗な心で生きてきた人。ミチルにはそう思えた。そして今の自分が人として欠落している様にも感じ何か悲しい気持ちにもなるのであった。
もしこの人に『誰かを好きになるとはどういう事か』と聞いたら即答してくれるような気もした。
もしこの大きな海に裸になって溺れることができたのならばもしかすると自分も心が浄化されて変わることができるのかもしれない。
もしかするとそうなのかもしれない。ミチルはそうも思った。
しかし自分自身がそれを恐れているのもミチルはわかっていた。
自分はなんて臆病な心なんだろう。
一方でそう思うミチルもいた。
自分と千尋は全てが違いすぎる。
自分の過去の事は千尋に全て話しはしたミチルではあったがそれだけに今の黒い影の様な心の自分に、真っ白な心の千尋はじきに呆れて去って行ってしまうのではないだろうか。
ミチルの中には自分の様な人間のもとからたとえ千尋が去ってしまったとしてもそれは当然であるという気持ちがあり、またその一方でそうなった時のことを考えると心を全て開くことが怖かったのである。
誰か人を信じるなんてとっくに止めていた自分に大丈夫だ人を信じろと急に言っても完全には信じきれない恐れている自分がいてそれをミチルは情けないとも思い自己嫌悪にもなった。
でも今はいろいろと考えるのは止めて千尋との時間を過ごそう。今はそれだけでも楽しいのだから。
ミチルは毎回そう思うのであった。
「そう言えばミチル君、何か気が付きませんか?」ふいに千尋が言った。
「え?いや・・別に。」
さっき別の事を考えていたミチルはいきなり質問されたのでとっさにそう答えた。
「はあホント。ミチル君はなあ~。」千尋は足をブラブラさせて言った。
「あっ、ブーツ?」ミチルは言った。
「正解!!」
「これね、前からほしいなって思ってたんだけど昨日見たらバーゲンになっててさ。丁度バイト代入ったから思い切って買っちゃったんだ~!どう?似合う?似合う?」千尋がうれしそうに言った。
「うん。似合うと思う。」ミチルは言った。
ホントに似合ってるなとミチルは思った。
上品な茶色の革で出来たロングブーツは千尋の細く長い足をさらに格好良く見せた。
「でしょ?あたしもそう思うんだ~このブーツはあたしが指紋をすり減らしてパンを売りまくった血と汗の結晶なのだよ。ミチル君。」
千尋が演劇口調で言った。
「カッコいいよ。」ミチルは褒めて言った。
「カッコいいって言葉が聞きたかったんじゃないんだけどな~。」千尋が呆れた口調で言った。
「まあまあ。ほらなんか雨も降りそうだし。そろそろ帰ろっか。カッコいいブーツ濡れたらやだろ?。」ミチルが笑って言った。
ミチルは雨が降りそうな微妙な夜空を見上げた。
「傘あるから大丈夫だぜベイビー。」千尋が傘の先で軽くミチルをこずいた。
そしてその日もいつものように駅で反対方向に二人は別れた。
時刻はもうすぐ0時になろうとしていた。
ミチルは自分のアパートへの帰り道をゆっくり歩いていた。そして歩きながら千尋も普通に女の子なんだなとちょっと前のやり取りを思い出していた。
ミチルが家路への3分の1くらいの距離を来た時、小雨が降ってきた。
ミチルは持っていた傘をさそうとした時、ふいに携帯を地面に落とした。
しまった。とすぐに拾い上げたがミチルはあることに気付いた。
ストラップが無いのだ。
あのギターピックのストラップが。
「(今まで落としたことなんて一度も無かったのに。)」
ミチルは辺りを戻りながら探したが見当たらなかった。
ミチルは千尋に電話した。
千尋もまだ帰ってる途中だった。
「あのさ千尋、さっき駅で別れる時オレ携帯ストラップ付いてたかとか覚えてる?」ミチルは焦りを押さえながら言った。
「どうしたの?無いの?!」
「まあ・・。帰る途中で気付いたんだ。どかな?覚えてたりする?」
「あったような無かったような・・・。ごめんちょっと定かじゃない。あたしも探すよ!」
「いやいや大丈夫大丈夫!。もう遅いし雨も降ってきてるし。オレも明日朝駅とか探そうと思ってるから。」
ミチルは明日一緒に探そうという事にして電話を切った。
「(もう夜も遅いし雨も降っているしそれに・・・・。)」
おそらく頼めば千尋は心よく手を貸してくれるだろうとミチルは思った。
しかしミチルは千尋に探すのを手伝ってもらうのは申し訳ないと思ったのである。
そしてまたミチルには一人でも絶対に見つけてやるという強い意思があった。
ミチルは駅の方へと来た道をストラップを探して歩いて行った。
道は外灯はあるが夜の0時に人はほとんど通らない。通行人が拾うとは考えにくい。
来た道に無いとすればもう駅しかない。ミチルは思った。
雨も小雨から大粒の雨となり既にスニーカーも服もギターケースもかなり濡れていた。
しかしミチルにとってはあのストラップの方が断然大切だった。
「(もし無かったらどうしよう。)」ミチルは思った。
そして何かミチルの持っている全てが自分のもとから去って行く様な気がした。
駅に着くとミチルは驚いた。
千尋がいたのである。
駅の階段の所でストラップを探しているようだった。
ミチルは走って千尋のもとに駆け寄った。
「千尋、なんでここにいるんだよ。」傘をたたみながらミチルが訊いた。
閉じた傘の先から床に小さな水溜りができた。
「なんでってあんなに大切なストラップだって言ってたじゃん。」千尋は普通に答えた。
「それはそうだけど・・。」ミチルは言った。
「ミチルこそ明日探すんじゃなかったの?」千尋も訊いた。
「それも・・そうなんだけど・・。」
ミチルは雨で濡れてぐしょぐしょになっている千尋のブーツに気付いた。
服に泥もたくさん跳ねている。
また走って来たのか?。ミチルは思った。
「千尋ありがと。でもあとオレ探すから。せっかく買ったブーツがほら・・・。」
「いいよ。そんなの洗えばいい。」
「千尋・・でも。」
「ほら探そ!ストラップ」
「・・・」
「・・・」
大粒の雨の音だけが響いていた。
ミチルは千尋に申し訳ないと思った。
そしてまた自分なんかのためにどうしてそこまでして一生懸命に探してくれるのかミチルには理解ができなかった。
ミチルはしばらく黙っていたが今まで自分の中で思っていた事を千尋に言った。
「千尋・・なんでそこまでしてくれんだよ・・。」
「え?」
「オレなんかのためにさ・・。」
「オレさ・・・なんで千尋がそこまでしてくれるのか意味がわかんねーよ!。」
「前言ったろ・・。オレはホントに人を好きになったことが無いって。そして誰も信じてないって。オレはそういうつまんねー人間だよ?。なのになんでそこまでしてくれんだよ!。」
降ってくる大粒の雨が地面にぶつかる音にも負けないくらいの声でミチルは言った。
「・・・・」
千尋は黙っていた。そして千尋が口を開いた。
「そういうの・・、ヤボって言うんだぜベイビー・・。」ミチルを見つめ千尋が静かに言った。
ミチルは自分の唇を噛んだ。
「・・教えてくれないか・・千尋・・。」ミチルも静かに言った。
強い雨の音だけが響いた。
しばらくして千尋が静かに口を開いた。そしてそれはミチルを見つめ今まで見たことがないくらいの真剣な表情であった。
「・・あたしは・・前ミチルの話を聞いてもそんなことは一つも思わなかったよ。だってあなたは冷たい人でも心が無い人でもないもの。」
「現に今日も・・あたしのことを思って明日探そうって言ったんでしょ。せっかく買ったブーツが濡れるとか思って。あたしはそう思ったわ。」
「あなたは・・確かにホントに人を好きになったことは・・まだ・・無いのかもしれない・・。でも一つ確実に言えることがあるわ。」
「それはあなたが『何かを探してる人』だってことよ。」
「あたしは・・あなたの話を聞いてそれを強く思ったの。」
そして少し間を置いて千尋は言った。
「・・あたしも・・・・探してるから・・。」
「・・・・。」ミチルは黙っていた。
“あたしも探しているから”という千尋の言葉はミチルの心の中に強く共鳴して響いていた。暗く冷たい凍土の高い崖の先端でひざを抱え、崖のずっと下に大きく広がる深い海をジッと見つめているミチルを千尋が自分の小さな手漕ぎボートで迎えに来てくれているようなイメージをミチルはその時感じていた。
そして千尋は高い崖の上のミチルに手を差し伸べている。あとはミチルがその崖から海に浮かぶ千尋のボートに飛び降りるだけであった。
もし千尋とこの大きく深い海を旅すればどんなに楽しいだろう。もしかすると自分は苦労も苦労とは感じないのかもしれない。ミチルはそう思った。
そしてミチルは凍土の崖から立ち上がった。そして崖の遥か下の水面で待ってくれている千尋を見つめ少し微笑んだ。あと1歩足を前に出せば千尋の待つボートに飛び込める。ミチルは覚悟を決めた。
しかし頭にある事がよぎった。自分などと旅をしても千尋は幸せになるのだろうか。自分と千尋の心の色はあまりに違いすぎる。黒い心と白い心。絵の具を溶いた黒い水と白い水の様に2つが混ざれば自分にも千尋の白い色が混ざり黒い色もいくらか薄くすることができるかもしれない。しかしそれは逆に千尋の白い色を自分のせいで汚してしまうのではないだろうか。ミチルはそう思うとあと1歩が踏み出せないでいたのであった。
大粒の雨の音だけが二人の無言の時間を埋めていた。
千尋は悲しい目をした。
「・・ミチルには・・私は必要・・ないのかな・・・・。」千尋が小さな声で言った。
千尋はミチルを見つめた。
「・・・・。」
やはりミチルは黙ったままであった。
千尋は唇を一文字に結んだ。顎の先端から涙が流れ落ちた。そして千尋は下を向いた。
そして千尋はゆっくりと回れ右して自宅の方へ歩き始めた。
このまま千尋を行かせてしまうという事が、二人の関係の終わりを示すという事はミチルにも分かっていた。しかしミチルはやはり黙ったままであった。
無言の千尋がゆっくりとミチルから遠くなっていく。
千尋のブーツの音がどんどん離れていく。
そして千尋の姿が小さくなっていく。
千尋という存在がミチルの中から消えていく・・。ミチルにはそう見えた。
ミチルは自分の心の中で自分自身に弁明をしていた。
だって・・オレと千尋は違いすぎるんだ・・・。
自分は千尋にはふさわしくない・・
これでよかったんだ・・結果・・。
ミチルの脳裏には千尋と出会った日から今のこの瞬間までがゆっくりと流れていた。
そして千尋の姿が見えなくなると同時にミチルの中からも千尋の映像はTVのコンセントを抜いた様にプツンと消えた・・。
ミチルはその瞬間から周りの一切が無音に感じた。
何も聞こえない・・。
聞こえてこない・・。
終わったんだ・・。
・・・・全部・・・・
ミチルはそう感じた。。
そしてミチルは両膝をガタンと地面に落とした。
・・オレが悪いのに・・。
・・ごめん・・。
ミチルは虚ろな目をしていた。
目の焦点なんて合ってはいなかった。
ただぼんやりと1点を見つめていた。
ミチルは意識が朦朧としていた。
降りしきる大粒の雨の中、ただ駅の外灯だけが冷たく光って見えていた。
少ししてミチルはポツリと言った。
「・・イヤだ・・・。」
そしてミチルは自分にある感情が沸き起こってきているのを感じた。
それはとても明確で、ミチルを突き動かす直線的な熱の様なものだった。
自分の心臓が創り出している一音一音がはっきりと聞こえた。
自分の感情の最前列から最後列までの全てが強く叫んでいるのが聞こえた。
それはあの日初めてライブを観に行った時に感じた情熱にも似た感情であった。
イヤだ!。
絶対に!
千尋がいないなんて!。
ミチルはもう走っていた。
論理や思考などそんな崇高なものでは無かった。ミチルを動かしたのはたった一つの単純な感情ただそれだけであった。
ミチルは全速力で走って千尋に追いついた。
「千尋!!。」
そして後ろから千尋の手首を掴んだ。
大粒の雨に打たれ、もう二人ともズブ濡れ状態であった。
後ろを向いたままの千尋にミチルは走って乱れた呼吸のまま言った。
「・・・・手伝ってくれないか・・・・・・。・・探すの・・・・・。」
「・・・・・・。」
千尋は何も言わなかった。
ミチルは続けた。
「・・一緒に・・。」
すると千尋はその立ち止ったうしろ向きの姿のまま、ゆっくりとうなずいた。
ミチルは後ろから千尋を抱きしめた。
「ごめん・・。千尋・・。」
ミチルの目からは涙が流れていた。
千尋は声を出して泣いていた。
そして千尋は泣きながら、小さく言葉をつまらせながら言った。
「・・・涙・・は・・・似合わないぜ・・ベイビー・・。」
「・・いいんだ・・・・。・・もう・・・・。」
ミチルも泣きながら言った。
そして千尋を強く抱きしめた。
雨は少し小降りになっていた。
そしてそれはミチルの心を潤し、二人を優しく包んでくれているかのようにも見えた。
しばらくして雨はやみ、二人は一緒に駅を探した。
ロータリーの周りや縁石の隙間から駅の回りまで。
ゴミ箱の中から側溝の中や植え込みの中まで探した。
歩いたところとそれ以外も考え付く所は全て探した。
衣服は既に雨で濡れていたがさらに泥でも汚れた。
しかし二人は気にならなかった。
時刻は既に午前4時になっていたが一向にストラップは見つからなかった。
「これだけ探して見つからなかったら仕方ない。あきらめもつくよ。ありがとう千尋。」ミチルが言った。
「まだ探してみよ。どこか探してない場所にあるかもしれないし。」
「いや。もう大丈夫だと思う・・。ストラップ無くても。」ミチルがつぶやいた。
「でも・・。」千尋が言った。
「ミチル。」
千尋はそう言って手に握ったものをミチルに手渡した。
「これ、あげる!。」
それは千尋のダースベイダーのキーホルダーだった。
「いやいやこれは貰えないよ千尋。だってこれは千尋の『奇跡のベイダー』だろ。そんな大切なもの貰えないよ。」
ミチルは千尋に返した。
「ミチルに使ってほしいの。」
「いや貰えないよ。」
「・・じゃあ・・わかった。」千尋が言った。
バキッ!!
「千尋!」
千尋は手に力を込めて奇跡のベイダーを2つに割った。
ミチルは驚いた。
割ったと言っても構造上実際割れたのは『頭部』と『その下半分』の2つになったのたが。
「はいミチル。半分あげるよ・・ベイダーの奇跡。」そう言って千尋は大きい方をミチルに渡した。
「・・・・バカだよ・・ホント・・。・・千尋ってさ・・。」
ミチルは受け取ったベイダーを握った手で千尋の頭を抱き寄せ涙が出そうなのを隠した。
「おーこんな朝早くから?君たち。でもまだ始発無いよ。」
それは駅員だった。以前一度ミチルに声をかけてきた、千尋がミチルのことを尋ねたあの駅員だった。
「あ。おはようございます!。駅員さん。」千尋が礼儀正しく答えた。
「あっ、どうもです。」ミチルは気まずい感じで答えた。
「あ、もしかしてグリーンデイのギターピック探してる?白いの。」駅員が言った。
「そうです!!」二人が驚いて言った。
「昨日深夜駅でキーホルダーにしてあるピックを拾ってね。裏に日付けとか丁寧に彫ってあったからこれライブでGETしたピックじゃないかと思ったんだ。おじさんもこう見えて昔はロックやってたんでね。でグリーンデイのピックだったからもしかして君のじゃないかと思ってたんだよ。」
「君、駅でよくグリーンデイの曲も弾いてただろ?。おじさんもKISSってバンドのコピーしてたんだよ。まあ昔の話だけど。」
「それに弾き語りで洋楽やってる子はあんま見ないしね。ここら辺じゃ。」
そう言って駅員室からストラップを持ってきてくれた。
ストラップを見るとチェーンの金具が緩んでいた。はずれた原因はこれのようだった。
それから駅員とミチルは少しの話をした。
レッドツェッペリンとディープパープルはどちらが好きかとか自分はKISSのベーシストであるジーン・シモンズと同じ誕生日だとか。
千尋はまったく話がわからなかったが楽しそうに話すミチルの顔をずっと見ていた。
「ホント、ありがとうございました!」ミチルと千尋は丁寧にお礼を言って駅員と別れた。
「まさか駅員さんが持ってたとはね。」歩きながらミチルが言った。
「ホントなんで考えつかなかったんだろう。」千尋が笑いながら言った。
「でも見つかった時、正直ホントビックリしたよ。もう見つからないだろうなって思ってもいたからさ。」ミチルは言った。
「もしかしたらベイダーの奇跡かもよ~。」千尋が言った。
「うん。そうかもね。」ミチルは素直に言った。
その時ミチルは思った。もし千尋が最初に駅員と知り合いにならなければ今日あの駅員にギターピックの件で自分は声を掛けられただろうか。
もしそうならあのピックは一生見つからないままだったかもしれないと。
そして千尋という人間をやっぱり不思議な子だと思った。
「でもよかったね。ミチル。」千尋が言った。
「うん。ありがとう。」
その言葉は千尋に対するミチルの素直な感謝の言葉であった。
「あ~、ちょっと待ってて。」
ミチルはそう言うと駅の3分間証明写真機の方に走って行ってその横で何かしていた。
戻ってくるとミチルは千尋に言った。
「これ千尋が半分持っててくんないかな。」
見るとさっきのギターピックだった。2つに切断されている。
ミチルは証明写真機に備え付けのハサミでピックを二つに切ってきたのであった。
千尋は驚いた。
「穴の位置の関係でちょっと形、変だけどさ(汗)。」ミチルは付け加えた。
「どうして切っちゃったの!?だってそれミチルの大切なピックでしょ!?」千尋は言った。
「だから持っててほしいんだ。千尋にも。」ミチルは言った。
千尋は微笑んでゆっくりとうなずいた。
「でも無くしちゃうかもよ~。ミチルみたいに。」千尋が冗談気味に言った。
「そしたら・・。新しく取りに行こうよ。ライブ。一緒にさっ。」ミチルは言った。
「うん。」千尋は笑顔で言った。
そして千尋は続けて言った。
「このチヒロめが喜んでお供いたしましょう!。ミチル姫。」
いつものナイスガイ口調だった。
「なんでオレが姫なんだよ。毎回!。」ミチルがいつものように言った。
「いいじゃん。」千尋もいつものように答えた。
まだ完全に夜は明けていなかったが晴れそうな朝だった。
それからミチルの携帯には白いイビツな三角のギターピックの片割れと首から下だけのダースベイダーが、千尋の携帯には白いイビツな三角形のギターピックのもう片方と頭だけのダースベイダーがストラップとして付いた。
「オソロイになっちゃったね。ミチルちゃん。」千尋が言った。
「まあ・・ね。」ミチルはそう言って少し笑った。




