不思議な男
「あっつ~・・・・・」
外は灼熱地獄と言っていいほどの暑さ。
熱中症の人が多い理由が窺がえる。
「図書館に行くのは止めだ・・・。」
長い時間をかけて図書館まで行く体力が無いと分かった葵は、近くの大手本屋に入った。
中は比較的空いており、広い店内に数人の男女がいるのみだ。
「あの小説、ないかな~。」
少し前から気になっている新星作家の小説。
ホラーなのにギャグも盛り込まれている話題の一冊。
これだけ広いならば、中々見つからないだろうと察した葵は、検索機で見つけることにした。
「本の名前は、確か・・・・・」
記憶を手掛かりに名前を探しだす。
「青い夏、じゃないかな、おじょーさん。」
後ろからした声に、振り返る。
そこには、中々の美青年。
「何で・・?」
「お嬢さん、さっきからボソボソ呟いていたから。ギャグとホラーの小説とか、新星作家のやつ、とか。」
「あ、そうでしたか・・・。ありがとうございます。では・・」
イケメンにしゃべりかけられたのは嬉しいが、自分の恥ずかしい姿を見られたのは嫌なことだ。
しかも、初めて会った女性に対していきなり話しかけるのは非常識ではないか?
少し、苦手なタイプっぽいな・・・・。
検索機から本の位置を印刷し、レシートのようなその紙を握りしめて、何処かを探す。
「これか。」
目の前には店員の手書きのポップ。
カラフルなペンで書かれたそれは、周りから少し浮いているが、それでも異彩を放っている。
一冊手に取り、パラパラとページをめくる。
目に留まったのは、クライマックスのシーン。
ネタバレを気にするような性格でもないので、そのまま読み進めてみる。
主人公の少女は、とある町に引っ越してきた。
大きくもなく小さくもないその町を少女は好きになり、周りとも打ち解ける。
だが、少女が引っ越してきてから半年経ったころ、町から出られないことに気づく。
町の人はそのことに気づいておらず、その事実を知っているのは少女だけ。
少女は町から出ようと試みるが、何をしても無駄だと悟る。
ついに少女は出られる方法を見つけ、出られたが・・・・・・・・・
「その町自体がこの世界だと知る、か。」
内容は暗いようで暗くなく、怖いようで怖くはない。
ホラーと銘打っているだけあって、怖さもあるが、爽快さもある不思議な小説だ。
人気な理由がわかったわ・・・。
そのままレジに持っていき、会計を済ます。
家に帰っても、ゆっくりと本を読めないことは分かっているので、近くのカフェに入ることにした。
奥の方の席へ案内され、カフェオレとチーズケーキを頼んだ。
出されたカフェオレを飲みながら、少しずつ読み進める。
主人公に感情移入しながら、ハラハラドキドキしながら読める。
「おじょーさん、それ、面白い?」
声をかけられ、振り返ると、すご後ろの席に先ほどの男がいた。
「あっ、さっきの!」
「さっきはどーも、」
ヘラヘラ笑いながらこちらに向かって手を振っている。
「まだ少ししか読んでいないので・・・。でも、すごく面白いです」
素直に感想を言ってみる。
「どこらへんが?」
「えっと、主人公が町から出られないのに悲観せずに、逆に楽観的に捉えてるところとか、ホラーなのに爽快感があるところとか、かな?」
変な人・・・。そんなこと聞いてくるなんて・・・。
「そっか~。」
「あ、はい・・・・。」
「お嬢さん、俺のこと変な奴って思ってるでしょ?」
悪戯っ子の様な目で見られると、返事を返せず「うっ」とつまる。
「いいね~、可愛らしい反応!そういうのを期待してたんだよ。」
「い、いえ!初めて会ったのに、随分と親しくしてくるな~って・・・」
笑いを堪えられなかったのか、思いっきり笑い始めた。
「それって、こいつ馴れ馴れしいな~って言ってるのと同じだよ!君、素直な子だね~!」
「それが取り柄ですから・・・・・」
言ってて恥ずかしくなってきた・・・!!
何だ、この人!!
「俺さ、その本の大っファンなのよ。だから、お嬢さんの意見も聞きたいな~って」
「まだ、読み終わっていないので、何とも言えないんですが・・・」
「携帯、貸してくれない?」と言われたので、素直に携帯を貸す。
彼も自分の携帯を出して、何か操作し始めた。
「これ、俺のメアド。」
葵の携帯の画面には、その男の名前らしき「立川斎」の文字が。
「勝手に携帯に登録するなんて、どこの恋愛小説の登場人物だよって感じだよね~」
内心大きく頷く。
「読み終わったら、感想くれないかな?嫌なら、俺のメアド消去しちゃっていいからさ。」
そこは強要しないんだ・・!!
「じゃーね、おじょーさん」
その男は飲みかけのコーヒーをそのままにして去って行った。
カッコよく颯爽と出ていくのかと思ったら、途中でイスにつまづいて転びそうになっていた。
「こっちをみながら歩いているからだよ、謎のイケメンさん。」
恋愛小説みたいな展開を期待してはいないけれど、何もなかった夏が、楽しくなりそうな気がした。