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Sugartownは恋の都  作者: びん せんと
8/31

第8章~きっと夏休み~

時は昭和五十八年四月一日、

昭吾は無事、神戸市に本社がある飲食業界に就いた。


職場は、広島市の平和公園近く。

自宅から国鉄と市電を乗り継いで、

一時間かけて通勤。

毎日が勉強。

包丁さえ握った事がない昭吾の指は、

日に日に傷だらけ。

洗剤による手あれ、

学ぶ為の残業。

先輩たちの手荒い洗礼…。


半月就いただけで気が参りそうになる。

そんな昭吾を、遠く離れた桃子が励ましてくれる。


「頑張っていれば、きっと夢が叶う。」

「ガンバレ、侵入社員昭吾くん。」


桃子がくれた言葉の中で、

昭吾にとって一番嬉しい一言だった。


だけど昭吾から、ペンを取る事はなかった。


桃子からの励ましは、凄く嬉しい。

たが、毎日始発終電の日々は、

昭吾のプライベートを奪っていた。


ゴールデンウイーク過ぎた五月中頃、

新入社員、昭吾は初めての大失敗を犯した。

仕入れの単位を間違えてしまったのだ。

社内で孤立する昭吾。

学ぶ為の残業をしなくなり、

すっかり及び腰になってしまったのだ。


早く帰宅していたので、

久々ペンを取った。

桃子に、弱腰な文章を書き始めた。

そして、文末に一言、今の心境を付け加えた。


「せめて今、桃子の声が聞きたい。」と。


毎日、出勤するのが辛い。

そんな日々が、一週間ほど続いたある日の事、

帰宅すると、母が一言。


「東京の桃子ちゃんから電話があったよ。

また後でかけますだって。」


桃子は昭吾を励まそうと、

電話をくれたのだ。


夕食を食べていたら、

再び電話のベルが鳴る。

昭吾は、心臓が張り裂けそうな感情を抑えつつ電話に出た。


「モシモシ、」

「モシモシ昭吾くん?桃子だよ。」


カセットテープの声とは違い、飾らない桃子の声。


「昭吾くん、五月病かな?」

「五月病?何それ?」

「心の病だよ、ママが言ってた。」


自分の存在を、桃子のお母さんが知っている。

緊張した。

しかし、これ以上桃子に心配はかけられない。


「五月病だったら、もう治っちゃったかな?」

「どうして?」

「だって、桃子と今日初めて、同じ時を過ごしているもん。」

「そうよね、初めてだね、話すの。

桃子も、昭吾くんの声が聞きたくって、

電話するきっかけを探していたの。」


昭吾は、率直な気持ちを伝えた。


「嬉しいよ、桃子。ありがとう。」


すると桃子が、


「いつか会いたいね。」


昭吾も、同じ気持ちだ。


「そうだね、いつになったら会えるかな?」

「夏休みに昭吾くん、東京へ来れない?」

「先輩に夏季休暇の予定を聞いてみるよ。」


旅費の心配があったが、感情が優先され、

話しの流れに乗った。

その後、毎週水曜日は、電話で会話する事を決めた二人。


「じゃあ、おやすみなさい。」

「おやすみ。」


十分あまりの、二人だけの時間だった。

昭吾はその後元気を取り戻し、

失敗を気合いで穴埋めする事が出来、

先輩たちからの信頼度が向上した。


毎週水曜日の電話のパワーは、

どんなビタミン剤よりも効いた。


六月下旬、

松本ちあきが四枚目のアルバムを出した日が水曜日。

二人の話題は当然、このアルバムだった。


「私ね、二曲目の『きっと夏休み』が好きかな?

昭吾くんが東京に来てくれそうで、」

「いい歌だよね、可愛い歌詞で…」

「私、もう鼻歌で歌ってるよ。」

「もう覚えたの?」

「うん、学校帰りにレコード屋さんに寄って、

それからはリピートで聴いているの。」


帰宅して間もない昭吾は、

まだじっくり聴いていない。

確かに、桃子の気持ちを、ちあきが歌っているようだ。


電話を切った昭吾も、桃子と同じように、

『きっと夏休み』をリピートで聴き始めた。


無性に、桃子に会いたくなり、

子守歌がわりして眠りについた。


次の朝、始発電車で広島駅に降り立った昭吾は偶然、

駅構内隣接している旅行会社のパンフレットに目をやった。


それは、


広島~東京往復九千九百円(往復)

八月二十六日夜、出発、

翌朝十時十分、東京駅着。

東京滞在時間は約十二時間、車中二泊。

『フリータイムin原宿』という、

下関~東京間に、日帰り臨時列車を走らせるプランだ。


「これなら、行ける。」


昭吾は先輩に、夏休みを打診するために、

パンフレットを一枚拝借した。


『きっと夏休み』

市電の中、ウォークマンで聴き始めた昭吾は、

心の中でつぶやいた。



「待っててくれ、桃子。」





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