第27章~春まで待ちます~
最終電車で帰宅した深夜過ぎ、
暗い部屋で電話が鳴る。桃子からだ。
「良かったぁ帰ったの?
寝過ごして九州に居るのかと心配で…」
「数日間置いてくれて、ありがとうね。
また、行くけえね。」
「昭吾くんの広島弁、聞けないの寂しいな?」
「もーちーとしたらまた電話するけえ、
いい知らせが出きるように交渉してみるけん。」
例の、東京に転勤する希望。
明日の退勤後、人事部と交渉する予定だ。
眠る前、4年前に撮ったスピード写真と、
今日撮ったスピード写真とを見比べる。
尖った頃、リーゼントにボーリングシャツを着た昭吾と、
サーファーカットで大人しげな桃子。
4年後の夏、
ポロシャツの昭吾と、
薄化粧をしたワンレングスでオフタイムファッションの桃子。
「少し落ち着いて来たのかな、オレたち?」
写真の中の桃子に話しかける。
月日は4年。
お互い、少しだけ大人になってからの再会。
よかったんじゃないかな?
次の日、土産を持参して夕方、
仕事帰りに人事部長と会う。
オフィスではなく、広島市内の居酒屋で待ち合わせ。
「すみません、遅くなりました。」
と、少し遅れ気味に着いた昭吾。
「ご苦労さま。」
と、人事部長。
あれ?もう一方の太い声。
支社長も同席されていた。
「どうもどうも…」
頭をかきながらテレを隠していると、
「掛井~っ、ここに座れ~」
支社長の太い声で座り込んだ。
「どうしたんない?掛井?」
支店長までもが聞く姿勢だ。
「ここでハッキリしておかねば…」
昭吾は心の中で悟り、
上司二人の前で、転勤希望の意志を伝えた。
「ほうか?今の職場が嫌なんじゃあないんか?」
「はい、嫌ではありません。」
人事部長と支社長は昭吾の目が踊っていないか、
睨みつけるように確かめている。
しばしの沈黙の後、二人の上司は決断を出した。
「嫌じゃあ無いんなら掛井…、」
「はあ…はいっ。」
「半年ほど辛抱せい。」
支社長はこの十月の移動で、東京支社へ転勤が決まり、
半年後には昭吾を呼ぶと言ってくれた。
支社長は昭吾の肩を叩きながら、
「お前の席は、俺が用意してやるから。心配すんな、
わかったかぁ?」
「はっ、はいっ、ありがとうございます。」
「ということで部長、東京の人事には話しておくからな、」
「わかりました、支社長。掛井くん?」
「はいっ。」
部長の眼鏡の向こうに、嫌な予感。
「半年間例の会社の研修施設に出張じゃ。」
「わかりました、部長。」
「正月以外は、山から降りて来れないぞ。」
死の宣告か?
どうやって桃子と連絡を取り合えばいいのか?
新しい悩みが生まれた。
家に帰った昭吾は、早速桃子に電話した。
「春の異動なの?」
「うん。」
「良かったあ、昭吾くんが東京に移り住むなんて。」
胸のつっかえを話す昭吾。
「実はね、来週から半年間出張なんだ。」
「えっ?どこどこ?」
「広島の山奥。郵便物が週一で届くか、
届かないかっていう場所らしいよ。」
「電話は、あるのかな?」
「行ってみないと、わかんないよ。」
テンション下がり気味な二人。
「一応住所は伝えておくからメモってね。」
何かと不自由だから、考えれば考える程落ち込んでしまう。
「電話出来たらしてね、待ってる。」
「うん、わかったよ桃子。」
それから一週間後、
昭吾は、西中国山地の山荘に就き、
孤独に近い生活が始まった。
まだ、昼間は真夏の気温。
夜も蒸し暑い八月。
翌年二月の下山まで耐えないといけない。
その間桃子とは手紙の交換はせず、
週に一度の電話で、お互いの心境を交わしていた。
春まで待つ覚悟。
施設のホールの片隅にある、一台の公衆電話だけが、
二人を繋いでいる。
山での生活に慣れた頃、季節は秋から冬。
一二月、施設周辺は銀世界だ。
近くにあるスキー場から、微かにBGMと、
楽しそうな声だけが聞こえてくる。
この時期だけは、賑々しい場所。
「もうすぐ昭吾くん、誕生日だね?
何歳になるのかな?」
週一の電話で桃子は、思い出したように話し出す。
「お、おー忘れてたよ、誕生日。
桃子もこの間、誕生日じゃったんじゃね?
おめでとう。オレは一八になるよ。」
「一八って、二三歳?でしょ?桃子より2つ上だもの。」
「そう、オレは年々歳が1つずつ減るんだよ。」
「相変わらずおバカね?
お誕生日のプレゼント、そこだと贈れないね。」
「いいよ、桃子とこうやって話せるだけで、
オレはハッピーだから。」
桃子はふと、昔話を始める。
「十六歳の誕生日、覚えてるよ。」
「十六歳?五年前の事だね。」
「そう、あの日、昭吾くんからカセットが届いたの。」
「そう、贈ったよね?何吹き込もうか考えて、」
「まだ、持ってるんだ。この間久しぶりに聴いちゃった!」
昭吾の頭の中でも『シックスティーン・キャンドルズ』
が、流れ始めた。
「あの曲がテーマで使われた映画のビデオを今、観てたの。
何か十六歳の頃、思い出しちゃった。」
「何ていうタイトルの映画なの?」
「すてきな片想いって映画。今度一緒に観ようよ。」
「うん、一緒に観ようね。」
「劇中真っ赤な車が出てくるんだ。真っ赤な車って、
昭吾くんのイメージしかわかなくて、、、」
「オレの車も、あの時のレンタカーも、赤い車だもんね?…」
電話を切った後、枕元で昭吾は考えた。
最近調子が悪い車、クオーレ。
中古で五年も乗りまわすと、そろそろ買い替え時。
楽しいひとときだった。
施設の廊下に置いてあるクリスマスツリー。
どこかの部屋から聞こえる、
テレビCMであろう賛美歌。
イブの夜は、この施設で過ごす。
ラジカセから、ストレイ・キャッツの曲、
『シックスティーン・キャンドルズ』
この曲を聴いてるだけで、桃子と繋がってると思う昭吾。
全ては春が来ないと、先に進まない。
昭吾がこんなにまで春を待つ事は過去、なかった。




