第26章~シンデレラ・エクスプレス~
新しい朝が来た。
ベランダで街を見下ろしながら一服していると、
ラジオ体操の音が、どこからか聞こえる。
今日は桃子と、海に出かける。
湘南の鵠沼海岸。
角のコンビニで、海パンと、
お揃いのビーチサンダルとかいろいろ買って、出発。
運転手は桃子。助手席は一見、
ハワイの人さらいのような格好した昭吾。
鵠沼海岸といえば、
二人で訪れるのは二度目。
前は、五十九年のお正月休みに来ている。
あの時からだ。
桃子のお母さんとの、ギクシャク感。
今も、同じ心境だ。
五十九年の夏の、クラクション事件。
昭吾にとっては思い出話となっているのだが、
桃子や、家族の方々には、
どんな風に取られているのかわからない。
桃子が話してくれないし、
話しをさせようとしても、
「もー終わった事よ。」
の、一言だけだ。
鵠沼の海は人が多く、
二人でゆっくりと、という感覚になれない田舎者の昭吾。
初めて見る、桃子の水着姿に…ほの字。
思ってたよりは、トランジスタ・グラマーだ。
一言、感想を桃子に告げたかったが、
ビーチには多くの人。
田舎者の小心が言わせない。
栄螺が香る、焼きそばが香る、
そんなストアーが、閉店準備をし始めた時間、
ようやく二人で会話が出来るようになった。
「どう?湘南の夏は?」
「何か、落ち着けない感じだよ。」
「平日でも多いんだよね、人。広島の海はどうなの?」
「広島は、やっぱり人が多い所もあるよ。」
陽が傾いて、太陽は西の山に沈みかけた。
夕暮れ時、赤色の世界が立ち込める。
この時間とばかりに、サーファー達が姿を見せ、
沖でいい波を待ち続けている。
二人はシャワールームへと歩く。
「も、桃子。」
「なに?」
「すごく綺麗だったよ。」
「昭吾くん…。」
桃子の瞳に、鵠沼の海が映っている。
裸足で過ごしたクライマックスは花火。
二人で童心に返った。
最後の一本になった線香花火。
消えた瞬間、なぜか悲しくなった。
「何か、寂しいね?」
「そうね、昭吾くん…明日帰っちゃうんだね?」
「500マイルも離れてしまうね。」
桃子は、覚えてくれていた。
「初めて桃子の家に来てくれた時、
昭吾くんがギター弾いて歌った唄。いい唄ね?」
「ああ、あの曲ね?
桃子と文通始めた時から、よく歌ってたんだ。」
桃子は、歌い始めた。
『♪If you miss the train I'm on
You will know that I am gone…』
帰りの車を運転する昭吾。
途中ファミレスで、遅めの夕食を取った。
助手席で、寝息を立てている桃子。
真夜中の都心。
東京での運転経験が少ない昭吾。
道標以外、帰るナビゲーションは無い。
一つの道標を見逃し、
首都高に上がってしまい、焦る昭吾。
加速でエンジンがうねりを上げ、目覚めた桃子。
「どこ?ここ?」
「道、間違えちゃったみたい。」
左手には、東京タワーが光っている。
「東京タワーが、まだ光ってるよ。」
「ほんとだ。遅くまで付いてるんだね。」
時計は午前零時。
「はっ?」
「えっ?」
瞬間、タワーが消えた。
二人で、東京タワーの消灯を見た。
恋人同士でタワーの消灯を見たら、恋が成就する。
そんな言い伝えを聞いた事があるが、
果たして、昭吾と桃子の行方は?
桃子は江戸っ子なのに、
感動していた。
「桃子、初めて見たよ、タワーが消えるの…。」
桃子の部屋にたどり着いたのは、深夜二十五時過ぎ。
東京で過ごす夏休み最後の夜。
ゆっくりしようと考えていたが、
桃子が部屋のドアに挟んであった置き手紙を見て青ざめる。
「ヤバい、お母さんが来たみたい。」
「お母さん?」
「明日の朝、また来ますって、書いてある。」
昭吾も、胸が痛くなって来た。
「明日の朝、どこかへ行っておこうか?」
「昭吾くん…ごめんなさい。」
「早く起きて通りのファミレスで朝、食ってるから、」
シャワーを浴び、ビールを飲む間もなく、
二人は床に着いた。
朝5時過ぎに目覚めた昭吾は、
荷物を抱えて、近所のファミレスへと移動。
コーヒーを何杯もお替わりして、
店に置いてあるスポーツ紙を全て読みあさり、
時間を費やした。
9時になった。
桃子が車で迎えに来た。
「遅くなっちゃった。ゴメンね。」
「いいよ、色々出来たから。」
桃子は今日一日休暇を貰っていた。
「東京駅まで送るから、それまでどこかへ行こうよ。」
「うん、お願いします。」
桃子は車を都心方面に走らせる。
どこか見覚えがあるビルの山、渋谷だ。
「渋谷だ。オレたちの原点の街だ。」
「そうね、桃子も渋谷に来ると、昭吾くんを思い出すんだ。」
渋谷っていう街。
桃子との思い出が住んでいる街。
公園通りのパーキングに車を止め、街に繰り出した。
あの日のように、渋谷駅の構内にある、
スピード写真で記念撮影。
あの日とは、違う二人の表情のモノクロ写真。
二枚ずつ分け合った。
「昭吾くん?」
「何?」
「今でも、ロックンロール好き?」
「好きだよ、ずーっと。」
「六本木の、桃子のオフィスの近くに、
オールディーズのライブハウスが出来たんだ。
ケンネスっていう店なんだ。今度行こうよ。」
「へー、ケンネス?
それは行きたいなぁ。連れてってよ。」
「じゃあ、今度のサタデーナイトに…」
「土曜日は広島じゃけえ来れないよ。」
なんとなく、せつなくなってゆく二人。
新幹線の発車時刻が刻々とせまる。
昼食はイタ飯屋。
ざわめく店内で昭吾は、
お母さんの話を聞き出そうとする。
「お母さんはもう、昭吾くんの事忘れたみたいよ。
もう別れたって事になってるから。」
「そうか、しばらくはお母さんに内緒だね?」
「桃子も一人暮らしを始めたし、
連絡取り合えるね?」
胸のつっかえが少し、取れたような気がした。
そんな昼下がりの渋谷を後にし、東京駅へ向かう。
真夏の都心は、蒸し暑い。
「明日は…雨みたいよ東京。」
「そっか?じゃあ広島は、多分降ってるな?」
本当に語りたい台詞とは、うらはらな話をする二人。
あの頃とは、変わっていない。
人気の多いプラットホーム。
東京発一七時のひかりの前で、手を離せない昭吾と桃子。
しかし会話が無い二人。
最初に話したのは、桃子だ。
「昭吾くん、本当に東京に住むの?」
「うん、明日の夕方には人事部長に話せるよう、
朝電話しておいたから。」
「いつ頃になりそう?」
「話してみないとわからないけど、
多分この秋か、来春4月かな?」
「4月かぁ?」
桃子は、英検一級の試験を控えていた。
桃子は、米国で生きた英語を学んだ。
しかし英検は、高卒程度の資格しかなく、
資格が無いと、派遣先も少ない。
英語が堪能な桃子にとってみれば、
意地悪な資格試験だ。
「うん、4月が確実かな?」
「4月になれば桃子、英検受かってるかな?」
「うん、桃子ならきっと、大丈夫だよ、応援してるから。」
「ありがとう、昭吾くん。」
新幹線の発車ベルが鳴り響く。
「しかし、よく会う事が出来たよね?オレたち?」
「そうね?偶然にしては、出来過ぎてたよね?」
「会えて良かったよ、桃子。」
「桃子もよ。」
駅員から、早く乗車するようにと促される。
「いつ、会えるのか、聞かないの?」
「だって、いつでも連絡取り合えるでしょ?」
「そうだね、オレたち、いつだって繋がってるんだ。」
だけど桃子の目には、涙が。
「距離に、負けない。オレ。」
「桃子も。」
桃子に背中を見せ乗り込んだ瞬間、ガラガラ扉が閉まった。
手を振る桃子を残して列車は、
西へと走り出した。
四年前の夏、始めて桃子に会った日。
この別れ際が、一番辛かった。
今は…と言えば、辛くない訳が無い。
窓ガラスに映る自分の顔が、
東京に残した桃子に見える。
笑った顔、泣いた顔、おどけ顔、
いろんな表情の、桃子の顔。




