第24章~青春の忘れ物~
「も、桃子…」
「昭吾くん?昭吾くん…。」
昼下がり、真夏の交差点の、
予期せぬ出会い。
一瞬時が、止まった。
と言っても、実際止まった訳ではない。
歩行者信号は、既に赤。
車のクラクションで現実に帰る事になる。
歩道へ戻る昭吾。
連れの黒人に頭を下げる桃子。
「東京へ来たの?」
「うん、元気だった?」
「うん、昭吾くん、どうして渋谷に?」
「忘れ物を取りに寄ったんだよ。」
「忘れ物?時計?財布?」
「それよりも、大きなもんかな?」
「で、昭吾くん、いつ帰るの?」
「明日だよ。」
桃子は、黒人にもう一度話しかけた。
誰だろう?この人?
「ごめんね昭吾くん、今、仕事中なの。
通訳の派遣会社に勤めてるんだけど、
夜七時には、事務所に戻ってるから、
ここに電話してくれる?」
桃子は名刺を、昭吾に差し出す。
「わかった、電話するよ。」
「じゃ。」
「またね。」
一分強の、束の間の再会。
あの、横浜での別れから三年経ったが、
昭吾の胸中はなぜか、せつなさが残る。
本当は、嬉しいはずなのに。
道玄坂のコーヒーショップで、
有線放送から、どこかで聴いた事がある曲に、
せつない日本語の歌詞が乗せられたロッカバラードが、
聞こえて来る。
誰かのリクエストなのだろうか?
♪~サヨナラ言って 諦めさせて
今更 愛してると
今電話で あの時のように
あの店で 待ち合わせ
WOW 無駄な事とWOW
YEAY 僕は知ってる
甘く せつない
ランデヴー~♪
何て曲なのかはわからないが、
こんな胸中でこんな歌聞くと、頭から離れなくなる。
あの夏。
桃子と初めて会ったあの日、
ロカビリーショップへ行った。
まだあの店、あるのだろうか?
原宿まで歩いてみたが、どこかへ移転したのか?
シャッターが降りていた。
胸の中の振り子が、あの時のように甦る。
夕暮れ時、先輩のアパートへ帰ろうか?
それとも…。
有楽町で一人、迷っている昭吾。
夜七時、公衆電話の前。
電話をしようとしている自分が、
なんとなく、悔しいような気持ちもある。
「偶然とはいえ、このまま電話してもいいのか?」
「いや、偶然が物語っている。電話すべきだ。」
決心し、桃子の会社に電話を入れる。
「昭吾くん今、どこに居るの?」
「有楽町だよ。」
「今、六本木のオフィスに居るから、
八時にはそちらに行けると思うの。
マリオンの入口で待っててくれる?」
「うん、待ってる。」
「じゃあね。」
昼間あの、コーヒーショップで耳にした歌が、
頭の中で流れ始めた。
甘く せつない、ランデヴー♪
ネオンが明るい界隈。
仕事帰りのサラリーマンが、
昭吾の前を行き交う。
そんな時、昭吾の前に、一台の車が停まり、
ヨーロピアンなクラクションが響く、外車。
時計は八時前。
「昭吾く~ん。」
車から桃子が呼んでいる。
「今行くから、」
甘く せつない、ランデヴー♪
昭吾は桃子の車に乗る。
二人を乗せた車は、都心方面に消えて行った。
昭吾は言う。
「何か、信じられないな。」
「そうね、渋谷で偶然は、ね?」
桃子の愛車、ワーゲンゴルフは、
246号沿いのファミレスに入る。
「お腹すいたぁ昭吾くんは?」
「オレも。腹ペコ青虫くんだ。」
「相変わらず面白いね、昭吾くん。」
テーブルを挟んで二人、向かい合わせ。
何年ぶりだろう?
前は高校生だった桃子。
今は、薄化粧した社会人だ。
サーファーカットは、ワンレングスに。
学生服は、ボディコン手前のスーツに。
少し色っぽい桃子。
ただ、使っている香りだけは変えていない。
だから昭吾も、渋谷のスクランブルでも桃子に気づいたのだ。
「昭吾くん、何にする?」
メニューを見つめて考え込む桃子。
あの頃から、治っていない。
オーダーを通して、暫く間があった。
何て話したらいいか、わからない昭吾。
「昭吾くん、あの時はごめんなさい。」
桃子は、申し訳なさそうに言う。
何て答えていいかわからない昭吾に、
「幼かったな、私。
親の考えるがままに過ごしてた。
自分っていう物を、持っていなかった。
そんな私だったから、昭吾くんに辛い思いをさせちゃった。」
昭吾は心のまま、厳しく答えた。
「いいよ、桃子、忘れよう。
オレたちはもう、終わったんだ。」
涙を浮かべる桃子。
大きな瞳は、アイシャドウが落ちて真っ黒。
「やり直せるか?オレたち。
どうやって埋めるんだ、500マイルっていう距離。
オレは今更、自信が無い。」
昭吾の傷心は、桃子が思ってたより深かった。
あれだけ恋して、愛して、振られて、
今更としか言えないほど、心はズタズタになっていた。
桃子の話を、じっくりと聞いてみた。
桃子も、心の中はズタズタのようだ。
大学に、行けたものの進学せず、
反抗期の最中、親元から飛び出して、
大好きな語学を学ぶためにアルバイトをし、
米国に渡り、生きた英会話を習得。
そして今、通訳の派遣会社に勤務している。
「お願い昭吾くん。
今夜は家に来て、桃子のそばに居て欲しいの。」
都会の追い風の中を一人暮らし。
よほど、辛い思いをしてきたのだろう。
「いいよ、桃子。これ以上泣かないで。
桃子には、オレが居るじゃないか。」
長い、長い間の蟠りは解け、
桃子の顔、昭吾の顔にも笑顔が戻った。
桃子の笑顔そのものが、
『青春の忘れ物』なのかもしれない。
渋谷のサプライズから12時間後、
昭吾は、桃子の部屋に居る。




