第22章~見つめていたい~
※この章には、未成年者が飲酒する不適切な表現があります。絶対に真似されぬよう、させないようにして下さい。
時は昭和五十九年、六月の土曜の午後。
昭吾は仕事で、車を転がしていた。
カーラジオから流れる、松本ちあきの新曲。
『東京シュガーベイブ』
軽快な、遠恋っぽいラブソングだが、
昭吾には、歌詞が重すぎる。
「桃子、元気にしてるかな?」
忘れようとして、
何度も涙した傷心がまだ癒えない時。
何事もなかったかのようにラジオから流れている。
それも二人を結びつけた、松本ちあきが歌う。
「また神様の悪戯かな?それとも…」
西広島バイパスを西へ走る。
今年の二月、修学旅行で広島に来た桃子。
ジャージ姿で宿を抜け出してきた桃子を連れて、
誰もいない海まで走ったこの道。
記憶だけが、中央分離帯をよぎっている。
歌を聴きながら、思いついた事。
「もう一度だけ。今回限りで構わない。
もう一度、桃子の気持ちを確かめたい。」
世間の子供たちが夏休みに入った七月下旬、
昭吾は、東京行きの夜行列車に乗っていた。
今度はアポ無しで、桃子の家に乗り込む計画だ。
確かに、強引だ。
でも、気持ちの方が強い。
500マイル。
一晩列車に揺られないと、着かない距離。
東京入りした昭吾は、渋谷界隈で一人過ごす。
翌朝借りるレンタカーを予約し、
安いカプセルサウナで一泊する。
入浴を済ませ、カプセルで寝ようとするが、
興奮して眠れない。
まだ梅雨が明けきれていない東京。
小雨がぱらついている夜の渋谷に出かけ、
カフェバーという店に入った。
店内はいくつものモニターTVがあり、
PVを流しっぱなし。洋楽のヒット曲が、
無機質に、次々と流れている。
昭吾はカウンターで、
慣れないカクテルを注文した。
モニターからは、ポリスの『見つめていたい』
スティングがウッドベースを弾きながら、
歌っている。
『見つめていたい』の意は、
恋人同士が見つめ合うラヴソングではなく、
「君が僕を裏切って行くのを、見つめていたい。」
と、歌われているのだ。
そんな、せつない歌が店内で、
ディスコのような大音響で流れている。
なぜかこの曲が耳につき、
グラス二杯を空けたところで店を出た。
首都高から、パトカーのサイレンが聞こえる。
湿度が高く、不快指数もMAXな渋谷の夜。
さっきカフェバーで耳にした旋律が抜けないまま、
眠りについた。
目覚めたのが朝八時。
アルコールのおかげでグッスリ、疲れが取れていた。
欧風テイストなスーツを身にまとい、
チェックアウトを済ませる。外はいい天気だ。
計画どおり、レンタカーで真っ赤な自動車を借りる。
この車で、桃子の家を目指す。
都心での運転は、慣れていない。
246号を西へ走り、
一つ目の大きな交差店を右に折れたところに、
開店準備中の花屋を見つけたので、車を停める。
「すいません、コレで買える花を下さい。」
店主に3万円渡す昭吾。
びっくりする店主。
「お兄さん、朝っぱらからプロポーズかい?」
「うん。」
店主は手際よく対応してくれ、
花籠を車内に積み込んでくれる。
「頑張りなさいよ、後悔の無いように。」
「ありがとう。」
しばらく走ると、桃子の家が見えた。
普通ならドキドキしてしまうが、
今の昭吾には、テレとか、
そんな感情を抱く余裕さえない。
車を横付けにし、花籠を抱えながら、
インターホンを鳴らすと、
お母さんが対応してきた。
「広島の掛井です。桃子さん居ますか?」
「掛井くん?ちょっと待ってね。」
一〇分ほど待った。
対応が無い。もう一度インターホンを鳴らした。
「掛井です。桃子さん・・・」
「桃子は居ません。学校へ行っています。」
との答えだが、後ろで桃子の声が聞こえていた。
「わかりました、また来ます。」
間違いなく桃子は、家の中に居る。
そう確信した昭吾は、とんでもない行動を取る。
車のドアを開け、クラクションを鳴らしはじめた。
プップップーーー
「桃子、居たら出てきてくれ。桃子、桃子ぉ~っ。」
プップップーーー
桃子の部屋へ、投げかけるように叫んだ。
玄関から、お母さんが慌てて出てくる。
「桃子に会わせて下さい。お願いします。」
「ご近所に迷惑でしょ?警察を呼びますよ。」
「構いません。呼んで下さい。桃子、桃子ぉ~っ。」
プップップーーー
桃子も出てきた。止めるお母さん。
「桃ちゃん、出てきちゃ駄目でしょ?」
「いいの、お母さん。
桃子、昭吾くんと話してくる。」
「桃ちゃん、およしなさい。
行っちゃ駄目よ桃ちゃんったら、桃ちゃん。」
桃子は助手席を開け、座った。
昭吾も車に乗り込み、発進させた。
車内での会話は、少なかった。
ただ、桃子が重そうに言った。
「あの大学生と、おつきあい始めたの。」
「昭吾くんと同級生で、身長が一緒なの。」
更に、トドメの一言。
「昭吾くん、ごめんなさい。」
昭吾には、「私を諦めて」に聞こえた。
「わかったよ。」
この一言しか、返せなかった昭吾。
連れ出して向かったのが横浜。
山下公園を歩いても、一言も口を聞かなかった。
浜スタへ向かう親子連れとすれ違う、
真夏の昼下がり。
しらけたムードで車に乗り込んだ二人。
桃子は、言った。
「横浜駅まで送って。電車で帰るから…。」
突然降り出した雨。
やがてワイパーが利かなくなるほど、
ボンネットを叩く。
横浜駅に着く。
桃子は傘をささないまま、人混みの中へと消えた。
昭吾は一人、車内の中。
カーラジオ、米軍放送から流れてきた曲が、
ポリスの『見つめていたい』
どっと涙が、溢れた。
「何で、何で似合いすぎる歌が流れるんだ。」




