第20章~君と僕の世界~
いじけモードで広島へ帰って来た昭吾。
「最低、最悪、二度と…」
とまで思ったりと、かなりの重症。
ふさぎ込んでいる、ある夜の事、
たまたまつけていた夜十時からのテレビドラマ。
テーマ曲が、桃子への思いを募らせる事となる。
ジ・アルフィーの『星空のディスタンス』
激しい向かい風が胸の中に舞っている昭吾。
カシオペア、500マイル、会えない辛さ…
歌詞のキーワードだけを拾い集めると、
今の昭吾そのものだ。
そんな切ない曲が、突然テレビから。
神様の悪戯なのか?それとも…指令?
ディストーションの利いた泣きギターのソロが、
山手線の発車ベルを想い出させ、
空耳で聞こえて来る。
「やっぱり、桃子が好きだっ。」
この辛い現実から逃げて、桃子を忘れる事も、
帰りの新幹線の中で考えた。
それが、桃子の為だ…と。
でもそれは、汀の誓いを裏切る行為。
「気持ちは充分、確かめ合っているんだ、僕たち。」
一人夜風に当たりながら、
北の空を見上げると、
あの日桃子と一緒に見上げたカシオペア。
この時昭吾はカシオペアを、
聖なる星座と位置づけた。
今度は広島で、桃子とカシオペアを見上げたい。
そんな気持ちになっているある日の事、
桃子から手紙が届く。
内容は、ごめんなさいの言葉が多く、
桃子自身も、辛そうだ。
あの日、明美と電話したとおり、
桃子のお母さんに妨げられ、どう思ったか?等、
便箋にびっしりと書いてある。
文末に、修学旅行の宿泊先が書いてある。
「これで昭吾くんと会うの、最後かもしれない…。」
力が入っていない、一行の言葉。
昭吾は、すぐにペンを取った。
「一月二十九日の日曜日、昼の三時。
桃子と話したい。電話の前に居てくれ。」
妹に宛名書きを依頼し、投函した。
一月二十九日の三時、
日曜出勤の休憩時間の事。
桃子が出てくれと願いながら、
職場の公衆電話から電話した。
「元気だった?桃子?」
「うん…最近落ち込みっぱなしなの。
昭吾くん、ごめんなさい。私…。」
「いいか桃子、もう謝らないでくれ。
オレは、怒ってなんかいない。」
「だって…。」
「広島で話そう。な?来月にはまた会えるよ。」
「うん。」
会話が弾んでいない。
ギクシャクしている。
昭吾は、焦りながら修学旅行の事を聞きだした。
二月十六日に、宮島から平和公園に。
宿泊先は、昭吾の職場から徒歩一分の修学旅行宿、
『福万』だ。
最後に、震える声で桃子に尋ねる。
「オレたち、本当に会えなくなるの?」
「わかんないよ、桃子にも。」
「わかった。会って話そう。」
「うん。」
「二月十六日午後三時。レストハウスの前に行くよ。」
「うん、待ってるね。」
電話を切った。
本当に会えなくなるのか?
まだ高校生の桃子に尋ねる自分が、愚かだった。
期待。
そして、不安。
半月後の、桃子との出会いを、
複雑な心境で迎えなければならない。
そうこうするうちに、当日を迎えた。
二月十六日、木曜日。
天気は、雲が多いながらも晴天。
朝の気温は0度だが、
早く帰宅出来るよう、スクーターで出勤。
本川沿いを走る昭吾は、
皮のジャンパーで身を包んでいる。
信号で停まった前に建つ、
修学旅行宿を見上げる。
今夜ここに、桃子たちが泊まると考えると、
ドキドキして来た。
昭吾の昼休憩は、いつも二時半から一時間。
この日は昼食が喉を通らず。
着替えをしている時間が無いので、
白いコックコートの上に皮ジャンを着て、
平和公園へスクーターで行く。
向こう岸には、観光バスが数台停まっている。
ワクワクしながらレストハウスを目指す。
本川橋を渡ると、制服姿ばかりが自由行動。
どこに桃子が居るかさえ、わからない。
約束どおり、レストハウスの前で、
桃子に探してもらう事にした。
「昭吾く~ん。」
女子高生数人が、昭吾へ駈け寄る。
「桃子、いらっしゃい。」
「さっき着いたよ。」
「誰が桃子かわからないよ。みんな制服だから。」
「仕事中?かっこいいよ、コックさん。」
「うん、この時間は昼休憩だからね。」
桃子が、嬉しそうにスクーターをのぞき込む。
「これ、一緒だね?」
「うん、買っちゃった!」
二人が会話している間、
他の女子高生はヒソヒソ話。
「紹介するね、この子が速水響子ちゃんよ。」
「は、速見響子?聞き覚えがある名前だね。」
「そう、名前を貸してもらってる子だよ。」
女子高生数人に囲まれている昭吾を見て、
男性教員が慌てて駈け寄って来た。
「あなたは…?」
「先生、この人、私の従兄なの。」
状況をうまく掴んで、昭吾が口にした言葉。
「桃子が、いつもお世話になっています。」
先生も挨拶してくれて、どこかへ居なくなった。
その姿を見て談笑する、女子高生集団。
「今夜、宿に来てね。」
「大丈夫なの?女子高の修学旅行だろ?」
「たった今、うまくフォローしてくれたでしょ?」
「ん、まあな。」
「八時過ぎならOKよ。」
「うん、行くよ。」
桃子と、恐々しい約束を交わした。
「じゃ、仕事に戻るから。」
「どこ?昭吾くんの職場?」
「あの白いビルだよ。」
「じゃ、八時過ぎに、ね。」
果たして、会いに行けるのでしょうか?
仕事を早めに切り上げて帰宅。
自宅から車に乗り換えて、
職場の駐車場に停めた。
時間は午後八時。
宿まで歩き、門を叩いた。
修学旅行宿なので、
先生らしき男性が出てくる。
先ほどレストハウス前に駈けて来た、
桃子の担任教師。
「先ほど挨拶しました、桃子の従兄です。
面会に参りました。」
「はあ、どうも。
桃子くんからは面会届けが出ています。
こちらの部屋へどうぞ。」
部屋の中へ入ると、他の生徒も面会中。
多分、おじちゃんおばあちゃん?
面会専用の部屋のようだ。
ソファーに腰をかけて暫く待っていると、
ジャージ姿の桃子が部屋に入って来た。
「兄ちゃん。」
白々しい呼び方だ…。
「桃子、おさげ髪じゃん?」
「おかしいでしょ?お風呂上がりなんだ。
ね、昭吾くん、何ニヤけてるの?」
「桃子のあんちゃんが、面白可笑しくって、」
「ヤダぁ~もうっ。」
桃子は昭吾の横に座って、ささやくように話し始めた。
「昭吾くん、今日は車?」
「そうだよ。」
「ね、ドライブにつれてってよ。」
ヤバい事を真顔で話す桃子。
「この旅館の鍵、中からかけてるだけみたいよ。」
「大丈夫なのかよ?」
「他校の娘も、抜け出したって有名な宿よ。」
「そーなんだ。」
「友だちに十二時に鍵を開けてもらうから、
それまで、ね。いいでしょう?」
「オレは、構わないけど。」
「良かったぁ。前から昭吾くんの車、乗りたかったんだ。」
すごい…作戦だ。
簡単に抜け出せる宿が、この世に存在するんだ。
「じゃあ昭吾くん、九時の点呼が終わっら、作戦開始よ。」
「わかった。旅館の前はヤバいから、
ひと筋向こうに公園がある。
そこで待ってるから。」
「うん、わかった。」
昭吾も悪乗りした。
「じゃ、昭吾くん、
他の東京の人に話しかけないようにね。」
「あ~修学旅行のナンパの?まだ覚えてるの?」
「うん、多分、一生忘れない。」
昭吾は、修学旅行宿を後にし、
近くの公園の横に車を停め、
ラジオの米軍放送を聴きながら、
息を潜める。
時を待つ事、夜九時半。
ジャージ姿の桃子が、助手席側のドアを開けた。
「どーも、昭吾くん。」
「来たね、桃子。さ、行くでぇ。」
ラジオからはタイムリーに、
トミー・ジェイムス&ションデルズの、
『君と僕の世界(ふたりの世界)』が流れている。
昭吾は車を西へと走らせた。
「寒くないか?」
「うん、なんか、凄く楽しい。」
バイパスを時速100キロで走る。
修学旅行のオプションツアーか?
実はこれが昭吾と桃子の、
初めてのドライブとなったのだ。
昭吾の気持ちは、
期待と不安が入り交ざっているまま。




