第13章~トラックス・オブ・マイ・ティアーズ~
ギターを弾きながら部屋の時計を見る。
5時を指す。
列車の発車時刻まで、残り5時間。
少し赤く染まった銀色の電車が走っている。
「昭吾くん、時間大丈夫?」
「そろそろ、どこかへ行こうか?」
「どこへ連れて行ってくれるの?」
「池袋のサンシャイン60へ行こうか?」
「うん、行きたい。桃子、行った事ないよ。」
桃子はお母さんに、夜のお出掛けの交渉。
まだ高校生の桃子には、なかなか許可が下りないのか?
部屋に戻って来ない。
三〇分ぐらいしてようやく、桃子が部屋に戻って来た。
「お母さんが渋谷まで送ってくれるって。」
車で246号を渋谷方面へ。
途中、ファミレスで食事をご馳走してもらい、
渋谷で、お母さんと別れた。
「やっと二人きりになれたね、連れてって、昭吾くん。」
渋谷から山手線で池袋まで。
サンシャインは、昭吾は二度目。
修学旅行以来だ。
建物が高い分、サンシャインまでは迷わずたどり着いた。
六〇階まで、あっという間にたどり着くエレベーター。
降りるとそこには、東洋一の夜景が広がる。
「わぁ、きれい…ね、昭吾くん。」
「うん。」
夜景よりも、硝子の中に映る桃子を見ている昭吾。
このまま、時間が止まって欲しいと願う。
館内のBGMは、
『トラックス・オブ・マイ・ティアーズ』が流れている。
時計は、夜8時。
二人が離れてしまう時間まであと、二時間。
「桃子。」
「なーに?」
「寂しいよ。」
「桃子も、寂しい。」
人が居なくなった館内で、抱き合う二人。
涙が、溢れた。
「このまま、離れたくない。」
二人の気持ちは一緒。
「昭吾くん?」
「何?」
「もう一か所、一緒に行きたい所があるの。行く?」
「うん。」
二人は急いでエレベーターを降り、池袋駅前のディスコへ。
黒服のお兄さんが出迎えてくれた。
「お二人ですか?」
「は、はいっ。」
「どうぞ、いらっしゃいませ。」
時計を見たら8時半過ぎ。
会話さえままならない大音響の空間。
土曜日なので、客も多い。
桃子は着席するとすぐ、リクエストカードに何か書き始める。
「桃子、何書いてるの?」
「私たちの曲をリクエストするの。」
「私たちの曲?」
桃子は黒服に何か言いながらカードを手渡す。
二人、ジュースを飲み始めた瞬間、館内が暗くなり、
ストリングスのイントロが、流れ始めた。
昭吾も、聞き馴染みのあるイントロ。
BGTの『君の瞳に恋したい』だ。
「昭吾くん、桃子と踊って?」
「行こう、僕たちの曲だ。」
DJブースから声がした。
「待ってましたぁ~
都内のモモコちゃんと、広島のショーゴくん。
ペンフレンドの二人が、きょう初めて出会ったんだよ~
二人のリクエスト~」
ミラーボールの下、
黒服達からは勿論、他の客からも祝福を受ける。
曲がピアノとストリングスになる所で、
皆に囲まれてしまった。
その小節がサンプリングされ、繰り返されている。
館内の皆は、何かを待っているようだ。
そして桃子も…
二人の唇が重なり、時が、止まった。
「やったぜベイベ~。」
二人はDJブースに頭を下げ、店を後にした。
夜の9時、池袋から東京駅へと移動。
会話は、無かった。
ただ二人、寄り添っているだけ。
東京駅、一〇番ホーム。
そこには青色の列車が停まっていた。
まだ、黙り込む二人。
まず昭吾が桃子に、話しかけた。
「遅くなっちゃったね、帰り大丈夫?」
「お父さんが渋谷まで迎えに来てくれてるから、大丈夫よ。」
「桃子。」
「何?」
「ありがとう。今日は凄く楽しかった。」
「桃子も、昭吾くんが東京へ来てくれて、嬉しかった。」
無愛想な駅員のアナウンスが始まった。
何となく、邪魔されているように感じる昭吾。
「また、来てもいいかな?」
「うん、今度はディズニーランド行こうね。」
「そうだね、まだディズニー行った事ないんだ。」
「じゃあ、来週の日曜日に、待ってるからね。」
「来週の日曜日かぁ?来たいけど、来れないなぁ。」
また駅員が、列車に乗り込むようアナウンスを始めた。
桃子が言う。
「今度、いつ会えるの?」
「お正月の連休かな?三連休あるようだし。」
「じゃあ桃子、待ってる。」
駅員のアナウンスが止まらなくなり、
発車のベルが鳴りはじめた。
列車のドアの前で、抱き合う昭吾と桃子に、
駅員は話しかける。
「早く乗って下さい。発車します。」
昭吾は列車に乗り込み、桃子の手を放そうとしない。
車内アナウンスが言った。
「ドアにお気を付け下さい、発車します。」
「桃子、待っててくれ。」
「うん、待ってる。」
二人の手が放れた瞬間、列車のドアが閉まった。
また涙が、溢れた。
右手を振ってくれる桃子を東京駅に残し、
列車は西へと、走り出した。
暦の○(マル)の日が、終わった。




