第10章~夜間旅行記~
時は、昭和五十八年八月二十六日。
朝早く、震度四の揺れで目覚める。
今日から五日間、夏休み。
同時に、東京へ出発する日。
時が刻まれる毎に、緊張感が増す。
昭吾の家族も、ソワソワしている昭吾に気づきながら、
程よい距離を保ちながらシカトしている。
刻々と、出発の時間が近づいて来る。
シャワーを浴び、コロンを身体に振りかけ、
長い髪にクシを入れ、
「平常心、平常心、」
整髪料で、サイドを後ろで整え、鶏冠を作る。
いつものようにと、心で叫ぶが、
手が少し震え、うまく整わない。
整髪料が、若干多めにはなったが、
真っ赤なボーリングシャツを羽織り、
これで準備OK!!
鏡の中の自分に、惚れてしまいそうな昭吾。
「行って来まぁ~す」
元気よく、家を出た。
広島駅までは、いつもの通勤コース。
夕方の出発だからか?
気持ちが違う緊張感だからか?
通勤コースとは、思えない。
いつものローカル線なのに、
ツアーの待ち合わせ場所は、広島駅の新幹線口ロビー。
夜八時半なのに、
臨時列車に乗り込む人は多い。
いつもの広島駅五番ホームなのに、
なんとなく、違う。
添乗員に尋ねる。
「東京駅の何番ホーム到着ですか?」
「七番ホームです。」
すぐに桃子に電話する。
電話には、桃子のお母さんが出た。
「はじめまして、広島の掛井です。」
「昭吾くん、明日こちらに来るんだね。」
「はい、今から夜行に乗ります。」
「桃子に代わります。」
凄く、緊張した。
「モシモシ、昭吾くん?いよいよだね?」
「桃子、待っててね。一〇時一〇分、七番ホームだよ。」
「うん、わかった。」
「目印にちあきちゃんが表紙の週刊梵凡持ってるからね。」
「わかりやすいね。何両目なの?」
「三両目。後ろの扉から出るからね。
じゃ、また明日ね。」
「おやすみなさい。」
「また明日」か?
桃子に初めて使った言葉だ。
何か、凄く心地よい。
九時五五分、五番ホームに青い夜行列車が、
力強く入って来た。
行き先は『東京』と、表示していて、
その二文字に感動。早々に列車に乗り込む。
次にこの列車から降りる時には、
扉の前に桃子が居てくれる。
昭吾は凄く嬉しくなった。
寝台車ではなく、リクライニング式の普通の座席。
指定された席に着席。
椅子を倒したが、緊張感で目が冴えてしまい、
なかなか眠れない。
臨時列車なので、快速電車並みに停車駅が多い。
家族旅行の子供たちが眠りにつき、
ガタゴト線路の上を走る音だけになっても、
昭吾は眠れず、窓の外をじーっと見ている。
列車は、確実に桃子の住む街、東京を目指している。
日付が変わった頃、昭吾も眠りについた。
目覚めたのが、浜松あたり。
時間は午前五時前。
席の回りを見回すと、
いろんな人が乗り込んでいる。
前にはネクタイをしめた紳士。
横は、友達同士?
綺麗なお姉さんが二人。
その後ろは、寝ているおじいちゃん。
ヨダレが光っている。
待ちに待った、暦の○(マル)の日。
昭吾は洗顔を済ませ髪型を整え直し、
再び席につき、タバコに火をつけた。
静岡で停車し、朝食が配られた。
朝から仕出し弁当は、喉を通らない。
左側の窓には、富士山が見える。
車内で数時間ぼーっとしていた。
横浜を過ぎた頃から、景色は騒々しくなり、
多摩川を渡ると、大都会になって行く。
到着を知らせる車内アナウンスが流れる。
「当列車は、定刻どおり一〇時一〇分、
東京駅に到着します。
九番到着ホームに到着です。」
「はぁっ?」
昭吾は車内で声を上げ、
最後車両の車掌室へとかけ込んだ。
「あの~、七番ホーム到着じゃなかったんですか?」
「すみません、東京駅の指令から指示がありまして、、、」
国営得意な平謝りを済ませ、アナウンスを続行する車掌。
昭吾は、慌てた。
「桃子、パっ、パニックじゃあ!!」




